十話 自戒のピクニック
晴れ渡る空、カラリとした陽気な午後。
絶好のお出掛け日和ということで、僕ら一行はピクニックに来ていた。
それも最近の日課となっている〔神獣討伐〕も兼ねてのピクニックだ。
今日は久し振りにメンバーが多い――というのも、固定メンバーである女性陣に加えて、忙しくて別行動が多いレットや父さんも混じっているのだ。
父さんは軍団長を務めているので多忙なのは仕方が無いとして、なぜレットの参加が珍しいものになっているのか……それは完全にシーレイさんのせいである。
シーレイさんは第二軍団の軍団長に任命されているが、僕の知る限りでは軍団をほぼ放置している。……というか、いつも僕らと一緒にいるのだ……!
僕はもうじき帝国への旅立ちも控えているので、待機組であるシーレイさんには厳しいことが言えないのだが、これは軍団長の職務放棄とも言える事態である。
そんな状況を最高責任者たるナスルさんが放っておけるはずもないのだが、なにしろ相手はシーレイさんだ。
シーレイさんに文句を言おうものなら、首をもがれて二度と文句が言えなくされてもおかしくないのだ……!
頭を抱えたナスルさんから懇願された事もあって、今や実質レットが軍団長の職務を遂行しているというわけである。
この現状を兵士さんたちから大歓迎されてしまっているのが、日々僕の不安を煽っている……このままなし崩し的に、レットが軍団長になってしまうのではないかという懸念だ。
そうなれば帝国行きのメンバーには、レットの代わりにシーレイさんが加入するということになってしまう。
もしそんな事態になれば、貴重なブレーキ役がいなくなるばかりか、爆弾を抱えるような旅になってしまうのだ。
それでなくともルピィやフェニィという、種火も無いのに自然発火するような人たちがいるにも関わらずだ。
無差別兵器みたいな三人を連れて出掛けようものなら、帝国が滅びるどころか、通過予定である教国や民国まで滅びてしまってもおかしくない……。
そんな引っ張りだこの父さんやレットであるが――今回ばかりは時間を作ってのピクニック入りだ。
当然、普段から軍務をサボっているシーレイさんも、二人の穴を埋めるなどと考えるわけもなくピクニックに参加している。
今回のピクニックには神獣討伐という名目もあったのだが、この面子でそんな些事に時間を取られるわけもない。
僕の仲間たちが先を争うように獲物の奪い合いをした結果、最終的にはフェニィの炎術によって消し炭にされてしまったのだ。
なにはともあれ、仕事も終えてランチタイムに突入だ。
今日のお弁当は、僕が丹精込めて仕上げた特別製なのだ。
かなり手間を掛けてしまったが、皆の喜ぶ顔が見られるなら安いものである。
「――うおっ、なんだこれは……」
早速レットの驚く声が聞こえてきた。
ふふ……驚くのも当然だ。
レットが蓋を開けた弁当箱には――レットがいるのだから。
ご飯の上に海苔で描かれているのは〔光輝く剣を空に掲げるレット〕。
そう、これは巷で流行りの〔キャラ弁〕である……!
しかもこれは、裁定神カードのレア候補として提出した〔勇者レット〕だ。
後にレットは気付く事になるだろう――『こ、この絵は、あの時の弁当に描かれていたやつじゃないか!』と。
将来、裁定神カードの事を知らせた時に驚いてもらえるように、しっかり伏線を張っておくというわけである。
「……なんでボクの絵は、財宝に囲まれて偉そうにしてる絵なの?」
おっと、ルピィからも疑問の声だ。
レットと父さんの絵のテーマについては、純粋に格好良さを追求した作品なのだが、女性陣たちに関しては違う。
実際ルピィも『なんで?』と聞きつつも、僕の意図しているところが伝わっている様子だ。
――ずばり、女性陣の絵のテーマは〔自戒〕。
ルピィを例に挙げれば、彼女は日常的に僕の財布を盗んで嫌がらせをしてくるので――財宝に埋め尽くされた部屋の中、豪華な椅子に座って足を組みつつ〔ドヤ顔〕をしている絵をチョイスしたのだ。
つまり、〔大盗賊ルピィ〕をイメージした絵だ。
これにより、『僕の目からルピィはこう見えていますよ』というメッセージを込めたわけである。
なにしろ彼女たちには口頭で注意してもまるで効果がない。
そこでこうして、食べる為には視界に入れざるを得ない〔キャラ弁〕を利用することにより、我が身を振り返らせて反省を促そうという作戦だ。
「すごーいっ! お弁当にジーレが描いてある!」
なっ!?
馬鹿な、素直に喜んでいるだと……!
ジーレのお弁当は、ミンチ死体を前にジーレが笑っている絵だ……。
――そう、どこか狂気を感じさせる絵にしたはずなのに……!
いや、ジーレだけじゃない。
言葉には出してないが、フェニィも嬉しそうではないか!
フェニィのお弁当は、バラバラの死体が散乱する中でフェニィがポツンと立っている絵だ。
その哀愁漂う姿に、殺人の虚しさを感じさせてしまう絵なのに……!
「おいアイス、あの二人の弁当は駄目だろ……。しかもデフォルメ絵ならともかく、リアル志向の絵じゃねぇかよ」
レットに注意されてしまった。
ミンチやバラバラ死体を表現する為に、鳥そぼろやパプリカを巧みに使って凄惨な光景を表現しているのがアウトだと言うのだろう。
料理の味も良く、自分への戒めにもなるという、徹夜で作った苦心の逸品だ。
そしてたしかに、その見た目は食欲を減退させると言える。
……というか、それを狙って作ったお弁当である。
僕の計画としては『せっかく美味しいのに、日頃の行いが悪いばっかりにこんな絵に!』と、反省させるつもりだったのだ。
「――あぁ素晴らしい、坊ちゃんと私が……私のお弁当だけ特別ではありませんか!」
んん……?
おかしい、あり得ない反応だ。
たしかにシーレイさんのお弁当には〔シーレイさんと僕〕が描かれているが、シーレイさんが僕を強く抱き締めすぎて、〔苦悶に歪む僕の口から内臓が飛び出ている〕という絵なのだ……!
この絵のどこに喜べる要素があるというのだろう?
……普段から過剰なスキンシップで僕を脅かしている事を揶揄した絵なのに。
もしもこの絵が〔僕の願望〕などと勘違いされてしまったら、想像するだけで恐ろしい事になってしまうではないか……!
シーレイさんの歓喜の声に引き寄せられるように、皆も覗き込んでいる。
……しかし、なぜ仲間たちは羨ましそうなんだろう。
あのセレンですら悔しそうな顔をしている。
セレンはレットに厳しいところがあるので〔セレンの足元でボロボロになったレットが倒れている絵〕にしたのだが、もしかして気に入らなかったのだろうか?
当のレットは、セレンのお弁当に登場するという栄誉を授かったにも関わらず、嫌そうな顔でお弁当を見ているが……まったく贅沢な男だ。
「それにしてもコレ。良く描けてるから崩すのも気が引けるし、自分の絵が描いてあるしで、食べづらいったらないね……」
ルピィがぶつくさ文句を言いながら食べている。
うむ、むしろ目論み通りだ。まさにしてやったりである。
皆の感性は揃ってズレていると思ったが、意外にもルピィだけは正常だ。
しかし……皆はともかく、シーレイさんの食べ方が気になって仕方がないな。
僕とシーレイさんの絵を切り取るように周囲から食べているので、文字通り惨劇が〔際立っている〕じゃないか……!
意図に反して、僕の方が精神的なダメージを受けてしまう……。
――女性陣たちとは反対に、黙々と食事をしているのが父さんとマカだ。
父さんは驚いた様子を見せつつも、間髪入れずに箸を入れていたのだ。
反応が薄いのは物足りない気もするが、相手が父さんだと考えれば驚かせただけ上出来だろう。
一方のマカへのお弁当は、〔両手両足をピンと伸ばして滑空しているマカ〕だ。
先日、空術で一緒に空を飛んだ際、マカが大興奮していたのは記憶に新しい。
そこで僕は……マカには飛行願望があるのでは? と予想したのだ。
実際にはマカが空術を会得するのは難しいだろうが、せめて絵の中だけでも願いを叶えてあげようという心遣いである。
しかしこの絵には、見た目以上に画力が要求されている。
なにしろ画力が不足してしまうと――ハンティングされたマカが〔敷物〕にされているように見えてしまうのだ……!
……そんな恐ろしい未来予想図を描くわけにはいかないので、生者特有の生命力を表現するべく特に気を使った作品と言える。
しかも、マカの好物である〔醤油をまぶしたカツオ節〕で描かれているのもポイントだ。
見て嬉しい、食べて美味しいという工夫を凝らした傑作なのだが……マカはお弁当の蓋を開けてわずかに「ビクッ」と驚いただけで、次の瞬間には何事も無かったかのようにハグハグしている。
こちらもまた、父さんと同じく絵に対する反応が鈍いが、マカは満足そうにがっついているので僕も満足すべきなのだろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、十一話〔飛翔するピクニック〕