九話 メテオインパクト
絶好調の僕だったが、危険人物の動向には目を光らせている。
しかし意外にも、ルピィは感情を感じさせない表情のまま窓辺から下がった。
……んん、妙だな?
僕の知るルピィの性格からすると、鉄球のみだれ打ちぐらいはしてくるかと思っていたのだが。
彼女らしからぬ行動に疑問を覚えていたが、その答えはすぐに分かった。
ルピィと交代するように窓辺に立ったのは――ジーレ!
――いけない、これは危険だ!!
僕の第六感が危機を知らせてくれたが、時すでに遅かった。
「――ええいっ!」
「ぅくっ……!」
僕の身体は大きな手で叩き落とされたように落下する!
なんという圧倒的な圧力だ――僕は空術では凌ぎきれないと判断して、すぐさま重術へと切り替えた。
重力操作で降下速度の軽減を図るが…………全く対抗できない!
さすがは本家本元の〔重神持ち〕の重術だ。
これだけ距離が離れているのに支配力で圧倒されてしまうとは。
……というか、ちょっと本気過ぎやしないだろうか?
これほどの重力負荷をかけられて高所から地面に叩きつけられようものなら、普通なら死んでしまうところではないか。
ここぞとばかりに、最近溜まっていた鬱憤を晴らそうとしているに違いない。
そして、もう一つの要因が――
「――ニャァァァ!」
僕の頭に必死でしがみついて悲鳴を上げているマカ。
……このマカが僕と一緒にいたのも不幸な事だった。
そう、僕にとってもマカにとっても不運だった。
ここ最近ジーレに恨みを買っていた僕と、元から〔優先殺害対象〕だったマカ。
この今をときめく両者の組み合わせが、ジーレから手加減という意識を奪っているのだろう……。
身体を縛る重術からの脱出が困難である以上、僕の取る手段は一つしかない。
僕は手に持っている〔レットの盾〕を、風を防ぐような体勢で構えた。
そう、回避できないならば――衝撃に備えるしかない……!
視界に猛烈な速度で迫るは民家の屋根――
――ドガンッ!
僕はマカを頭に乗せたまま、盾を前に突き出した状態で屋根を突き破った。
屋根を抜けても推進力は止まらず、勢いよく民家の床板をも突き破る……!
――バギッ!
床下の地面に少しめり込んだところで、ようやく僕は重術の脅威から開放された。
「いたた……マカ、大丈夫?」
「にゃ……」
マカはぐったりしているが、なんとか事なきを得たようだ。
それにしてもジーレめ……なんてデンジャラスな事をしてくれるのだ。
たまたまレットの盾を持っていたから無傷で済んだようなものじゃないか……!
本当にレットには感謝してもし足りない。
地面にめり込んだ影響で、レットが丹念に磨いていた盾が泥だらけになってしまったから、感謝の言葉と共に謝罪もするとしよう。
いや、それは却ってレットへの侮辱になるかもしれない。
きっとレットなら『お前が無事ならそれで良いんだ!』と言ってくれるはずだから……!
しかし、空術で距離を取って説得することが目的だったはずなのに、なぜ気が付いたら手の届かないところから挑発などしていたのだろう?
まったく、勢いというものは恐ろしいなぁ……このまま城に帰ったら痛めつけられそうな気がするので帰りたくないではないか。
……いや、駄目だ駄目だ。暗い未来を考えても落ち込むだけだ。
ここは綺麗サッパリ忘れて先送りにしよう……!
「――な、なんじゃ、隕石が落ちてきたのか?」
おっと、いけない。
この家の家主に謝罪することがなによりも先だ。
幸運にも住人を巻き込まずに墜落したとはいえ、大切な自宅に大穴を開けてしまったのだ。
しかし、なんと申し開きをしたら良いのだろう?
王都の住人という事で、おそらく僕の顔を知っていると考えるべきだ。
そんな僕が、〔軍国の王女〕であるジーレに撃墜されたなどと正直に伝えて言いのだろうか?
僕らの立場を考慮すれば、『ナスル王はアイス=クーデルンを邪魔に思って殺害しようとした』などと、あらぬ噂を立てられてしまう可能性が捨て切れないのだ。
そんな噂が広がってしまえば、平穏になりつつある軍国を不必要に揺るがすことになってしまうはずだ。
ならばここは、上手く誤魔化すしかないだろう。
「き、君は、アイス=クーデルンじゃないかね!?」
僕が床下からひょっこり顔を出すと、家の主らしきお爺さんの声に迎えられた。
……やはり僕の顔を知られていたようだ。
想定内とはいえ、やはりやりづらい。
下手な手を打って評判を下げるわけにはいかないのだ。
屋根の破片が散らばる部屋の中、老夫婦が食卓を囲んだまま動きを止めている。
見たところ、食事中であったようだ……これは不躾なことをしてしまった。
しかし、この状況を利用しない手は無いだろう。
「いやぁ……いい匂いがするものですから、ついつい屋根から飛び込んでしまいました。これはとんだ失礼をしてしまいましたね。急な訪問で申し訳ないのですが、僕の分もいただけますか?」
ジーレにやられたなどと口にする訳にはいかないので、機転を利かせて〔突撃、王都の晩ごはん!〕とばかりに自然な流れで誤魔化してしまう。
――うむ、我ながら実に自然……!
しかも今日の献立は〔肉じゃが〕なのだ。
他所様の家庭料理を味わう機会など中々あるものでは無い。
まさしく降って湧いた幸運というやつではないか……!
「そ、それは構わないが……いやはや、アイス=クーデルンは〔突き抜けた変わり者〕だと聞いていたが、まさか屋根を突き抜けてやってくるとは思わなかったな」
おっと、なにやら上手いこと言われてしまった。
僕が変わり者などとは聞いたことがない話だが、おそらく非常識な仲間たちの行状を僕のそれと混同されているのだろう。
迷惑な話じゃないか、僕のような常識人を変わり者扱いだなんて。
「あ、お婆さん、ついでにこの仔猫の分もいただけますか? ――おっと、お婆さんの心配事は把握していますよ? ご心配はいりません――この子には好き嫌いが無いんです!」
ついでにマカの分も要求しつつ、僕はお婆さんの悩みを先読みして答えた。
そう、お婆さんは途方に暮れたような顔をしていたのである。
きっと猫へ提供する食事に思い悩んでいたのだろう……!
――そうだ。これも忘れぬうちに渡しておかなければ。
「些少ですがどうぞ」と、僕は懐から〔家屋の修理代〕として金貨を積み上げた。
これほど豪快に破壊しておいて、弁償しないわけにはいかないのである。
でも大丈夫だ――この世の中、大体の事はゼニで解決出来てしまうのだ……!
過分に金貨を渡したせいかお爺さんは恐縮しきりだったが、お婆さんの方は目を輝かせて受け取ってくれた。……うむ、バランスの良い夫婦である。
しかしメテオインパクトに巻き込まなくて本当に良かった。
もうすぐお迎えがきそうな老夫婦とはいえ、僕の手で昇天させてしまったら大変後悔するところだった……!
しかし、もし昇天させてしまっていたら……僕かジーレ、どちらが罪に問われることになったのだろう……?
直接衝突したのが僕だから、僕が殺人犯ということになるのか?
それとも〔僕を武器として使った〕ということで、ジーレが責められるのか?
……いや、待てよ。
レットの盾との衝突が死因になるわけなので、レットという線も捨てきれない。
なにしろ仮に老夫婦が亡くなっていたとして、僕がそのまま現場から逃走しようものなら――現場にはレットの盾が残されるのだ……!
――ともかく、王城に戻ったらジーレを厳しく叱っておかなければ。
僕とマカだけならともかく、第三者を死に至らしめる可能性もあったのだから。
何故かまたマカが逆恨みされてしまう気もするが、ジーレ教育の為の必要な犠牲だ……やむ無し!
明日も夜に投稿予定。
次回、十話〔自戒のピクニック〕