七話 狂王
旅立ちの予定日は、残り三日を切っている。
軍国を旅立ってからは〔教国〕と〔民国〕を経由して、帝国を目指すつもりだ。
帝国入りするには教国経由が最も確実なルートということもあるが、その経路を選んだ理由はそれだけではない。
僕は教国や民国にいる友人たちに、戦勝報告をする予定なのだ。
なにしろ一度は助力を頼んだこともある友人だ。
結果として都合が合わずに協力を仰げなかったとはいえ、無事に最良の結果を得られたことは報告しておくべきだろう。
義理を果たし、久闊を叙したあとは――満を持しての帝国入りとなる。
もっとも、帝国での事はそれほど心配をしていない。
僕たちが帝国を訪れるのは二度目ということになるので、帝国の地理に不案内なわけでもないのだ。
少し前の軍国よりずっと治安の良い国であったことであるし、帝国に住む人々も温かい人が多かったのである。
――そう、僕らは帝国へと戦争に向かうわけではない。
軍国の人も帝国の人も、本質的には何も変わらない同じ人間なのだ。
争う理由など、どこにも存在しないのである。
さすがに帝王とは会った事は無いが、誠意を込めて説得すれば分かってくれることだろう。
もし万が一、話が通じない相手だったとしたら、武力行使もやむを得ないが……これについても心配はしていない。
戦力的に考えて、僕らが敗北を喫する道理が無いのだ。
軍国と帝国は何年にも渡って戦争を続けていたが、それは両国の戦力が拮抗していたからではない。
少なくとも、僕の父さんが軍団長になってからは戦力差が明白だった。
軍国最強である父さん――武神を止められる戦力は帝国には存在しないのだ。
それでも帝国が滅びずに存続しているのは、ひとえに父さんが戦争を望んでいなかったからだ。
父さんは軍国の専守防衛のみに集中していて、たとえ将軍から侵略戦争の命令を受けたとしても首を縦には振らなかったのだ。
それが将軍の不興を買ってしまい、洗脳術を受けた父さんが帝国の砦を殲滅するという結果になってしまったのだが……それももう終わったことだ。
少なくとも、この件に関して軍国内で父さんを責める声は無い。
……仮にあったとしても、僕がそれをさせない。
とにかく、事実として――かつて帝国の精鋭部隊が軍国に侵攻してきた際にも、父さんは紙切れを千切るように容易く撃退しているのだ。
……そんな反則的存在であるところの父さんとて、僕や仲間たちを同時に敵に回すような事になれば、こちらに軍配が上がってしまうことだろう。
贔屓目無しに見ても、僕らの存在は相当な軍事的脅威と言えるのである。
つまり、父さん一人に四苦八苦しているような帝国では、僕らの脅威になり得るはずがないのだ。
実のところ、シーレイさんの同行を断った背景にはこの事も要因としてある。
帝国行きのメンバーは、僕、セレン、レットに、ルピィやフェニィもいるのだ。
おまけに戦力扱いはしていないがマカもいる。
過剰戦力も問題だが、最大の問題は〔仲間の制御〕ができないことだ。
セレンやレットはともかくとして、ルピィやフェニィはとにかく喧嘩っぱやい。
ルピィやフェニィを抑えるだけでも手一杯なのに、さらにこの上シーレイさんも加わるとなれば……まさに悪夢!
帝国でどんな惨状が発生する事になるかは想像もしたくない……。
シーレイさんに軍国防衛の要の一人として残ってもらいたいと説得したのは、僕にとって本音でもあり建前でもあるのだ。
そして同じく留守番組のジーレだが、こちらは〔王女〕だから連れていけないと伝えているが、これも本音ではあるが完全な真実では無い。
劇物のような仲間たちだが、ジーレはその中でも傑出して倫理観が欠けている。
……具体的に言及すれば、すぐに『ぐちゃっ』としてしまうのだ。
敵意とも呼べないくらいの小さな悪意にも、強烈な対応をしてしまうのである。
つい先日にも――素行の悪い兵士に少しバカにされただけで、兵士が後悔する間も与えないほどの〔スピード対応〕を行ってしまったのだ……!
ジーレは王女なので、ミンチ兵士の発言は〔不敬罪〕とも言えるのだが、僕がジーレの将来を不安視して、ナスルさんに相談してしまうのも当然のことだろう。
……だが、ナスルさんがまた駄目なのだ。
ずっと病床で苦しんできたジーレを見続けてきた反動なのか、とにかく娘に甘いのである。
なにしろ『あまり兵士を殺してはいけないよ、ジーレ』などと、まさかの〔笑顔〕を浮かべながらの軽い注意だ……!
――そう、ナスルさんは完全に狂っている!
一人の命が失われているというのに、この甘々対応。
むしろ、強く成長している娘の姿に喜んでいるようですらある。
もちろんジーレが罰を受けるような事などあるはずもなく、素行不良の兵士は〔訓練中の事故死〕として処理された。
いったいどんな事故に巻き込まれれば〔ミンチ〕になると言うのか……。
遺族への遺体の引き渡しが気になって仕方がないではないか……!
……いかんいかん。
軍国の未来を考えると胃が重くなってしまうから、その問題は棚上げにしておいて、明るい未来を考えねばならない。
僕という人間は、一つの目標に向かっている最中には――同時に〔次の目標〕についても考えている人間なのである。
父さんを救う前の段階では〔帝国の研究所を潰すこと〕を次の目標に定めていたが、大願成就した今となっては、その次についても検討しておくべきだろう。
上手く事が運べば、帝国での仕事が終わった暁には、軍国と帝国との間には恒久的な平和が訪れることになるはずなのだ。
僕と帝王との〔平和的な会談〕の結果、両国の長い因縁にピリオドが打たれることは確信している。
当然、非道な所業を行っていた研究所も取り潰しになるはずだ。
だから、僕が考えるべき事はその後のことである。
明日も夜に投稿予定。
次回、八話〔堂々たる婚活宣言〕




