六話 戦争狂
王城の夜。僕たちは食堂で夕食を取っていた。
ちょうど食事も半ばに差し掛かり、皆の心も落ち着いてきたところだ。
そろそろ頃合いだろうと見た僕は、今後の予定について語り始めた。
「国内情勢も安定してきたことだし……一週間後に王都を発とうと思う」
もちろん目的地は〔帝国〕だ。
かつてフェニィが拘束されていた、帝国の研究所を叩き潰すことが目的である。
とはいえ、最初から武力で訴えるような野蛮なことはしない。
帝国に対して思うところはあるが、まずは話し合いからだ。
……うむ、まるで外交官のようじゃないか。
しかし、場合によっては力技で解決せざるを得ない可能性もある。
軍国出身の僕たちが帝国という〔国〕と武力衝突となった際には、内戦が終結したばかりの軍国に迷惑をかけてしまうことだろう。
だから僕は、軍国所属の肩書とは関係なく個人として帝国に赴くつもりなのだ。
――だがそれでも、軍国に迷惑が掛かる可能性は捨てきれない。
僕が『軍国とは無関係です!』と主張したところで、〔アイス=クーデルン〕が軍国のクーデターに加担した事実は諸外国にも知られているのだ。
また偽名を駆使して旅に出ようかとも考えていたのだが……有事の際にはナスルさんが公式に〔僕との関係を否定してくれる〕と約束してくれたので、僕としては心置きなく軍国を発つことが出来ることになった。
薄情にも思えるかもしれないが、為政者として正しい判断だろう。
僕としても、その方が気兼ねしなくて済むのでやりやすいのである。
もっとも、初めてナスルさんに帝国行きの意向を伝えた時には、『帝国を、潰すのかね……?』などと深刻な顔で言われてしまったのだが……。
……いったいナスルさんは僕たちを何だと思っているのか。
客観的に見ても、常に僕は争いを回避するべく努力をしているのだ。
僕らが帝国を訪れるだけで、帝国を破滅させる結果になるとでも思っているのだろうか……?
まるで〔新種の病原菌〕みたいな扱いじゃないか……。
まったく……ナスルさんは自然体で失礼な事を言うから困ったものだ。
平和主義の僕らが戦争狂のように思われるのは心外である。
……いや違う、そうじゃない。
そうか、そういう事か――ナスルさんが戦争狂なんだ!
どうして僕は気付かなかったのだろう……。
よく考えれば、今回の内戦を起こしたのもナスルさんだ。
一見すると戦争は気が進まないような顔をしていたが、内心では『殺せ! 殺せ!』とハッスルしていたのだ……!
さらなる証拠としては――ナスルさんの愛娘のジーレだ。
そう、ジーレは超好戦的な性格をしているのだ。
似ていない親子などと勘違いしていたが、内実は違ったのだろう。
ジーレが重術を乱用している時にはナスルさんは困った顔をしていたのだが、実際は『潰せ! 潰せ!』と大興奮していたに違いない……!
……うん、これならば色々と辻褄が合うぞ。
つまりナスルさんは、『帝国を、潰すのかね……? うむ、いいぞ! ぶちかましてやりたまえ!』と言おうとしていたに違いない!
恐ろしい、なんて戦争狂な人なんだろう……戦争なんて、外交手段においては最後の選択肢なのに……。
一見するとナスルさんは平和主義者のように見えるが、一皮剥けば『ウォー!(戦争ー!)』という事なのだろう。
危なかった……即座に僕が『違いますよ!』と否定したから助かったのだ。
僕には流されやすい自覚があるので、危うくナスルさんに〔帝国殲滅!〕の意識を植え付けられえるところだった。
……今後も戦争を促してきた際には気を付けなくてはならないな。
そして――事前に僕らが帝国に旅立つことは周囲には伝えてあるが、その際には様々な問題が噴出していた。
まずはシーレイさんだ。
ナスル王体制となった軍国は、大きく分けて三つの軍団で編成されている。
各軍団の団長を務めるのは、当然の如く僕の見知った人たちだ。
第一軍団は〔武神〕――僕の父さん。
これはある意味では変わっていない、従来通りのままだ。
過去の事を考えれば反対の声が上がっても不思議では無かったが、軍国の人々は熱狂的に父さんを受け入れてくれているようだ。
第二軍団は〔血神〕――シーレイさん。
一応は副団長としての実績もあり、戦闘能力が極めて高いこともまた事実であるので、シーレイさんが選ばれたのだ。
第三軍団は〔短剣神〕――そう、我らがロブさんだ。
間違いなく、この三人の中では最良の上司となることだろう。
昔はともかく、今のロブさんは人の痛みがよく分かる人格者なのだ。
ちょっとした言語障害を患っているので、興奮すると何を言っているのか分からなくなる事だけが玉に瑕だ。
ちなみに、ロブさんには軍国が平和になったということで、教国の聖女による治療を勧めたのだが――『ハハッ……オレニ、ワルイトコナンカ、ネェゼ!』
と言われてしまって、僕は言葉を返さなくなった……。
それはともかく、問題のシーレイさんだ。
当然シーレイさんは、帝国行きへの同行を熱望した。
しかし狂犬と呼ばれていたシーレイさんも、今や軍団長であり立派な責任者だ。
それでなくとも、僕の旅には神持ちの仲間が多いのだ。
さすがにこれ以上、軍国の保有戦力を削るわけにはいかないだろう。
僕の説得にも耳を貸さないシーレイさんだったので半ば諦めかけていたが――ルピィ先生がゴニョゴニョとシーレイさんに耳打ちした結果、渋々ながら留守番を了承してくれたのだ。
……さすがは口巧者のルピィである。
どう言って丸め込んだのかは不明だが、取り付く島も無かったシーレイさんを納得させるとは、ルピィの手腕にはただただ感心するばかりだ。
なにせシーレイさんは『軍団が足枷になるなら、皆殺しにしてしまいます!』なんて冗談も言っていたくらいだ……。
目も血走っていて鬼気迫る迫力だったので――まるで本気で言っているかのようだったのだ……!
冗談とはいえ、そんな物騒な言葉を口走ってしまうシーレイさんだ。
僕としては軍団長の資質を疑ってしまうのだが、今の軍国には神持ちの数は限られているので、シーレイさんに軍団長を任せざるを得ないのが実情である。
実際、軍国の神持ちは僕の周囲に固まっているのだが、仲間の誰もがシーレイさんと似たりよったりの危うさだ。
僕の妹であるセレンだけは、一大組織である〔指無し盗賊団〕の長をやっていたぐらいなので、軍団長だって問題無いことだろう。
しかしセレンは、盗賊団ですら〔僕を捜す〕という目的の為だけで運営していたくらいである。
セレンが地位や名誉を欲するわけもないので、軍団長を引き受ける理由が無い。
僕個人の感情としても、セレンには手の届くところにいてほしいのだ。
そして、ルピィやフェニィについては……フェニィはまず論外だ。
シーレイさんに匹敵するぐらいに論外だ。
シーレイさんも本来ならアウトなのだが、人材難だった〔将軍体制〕の頃による実績でナスルさんも目を瞑っているのだ……。
次にルピィ……能力だけなら問題も無く、どんな仕事もこなせることだろう。
ヤル気にさえなれば、器用で如才ない人物なのだ。
だが、ルピィもまたムラっ気が強い。
気分次第で何をするか分からないところがある上に、気に食わない部下がいようものなら大変な事になるのが想像出来る。
きっと部下を窓際へと追いやってしまい、延々と非生産的作業を課すことで自ら退職を志願するまで追い込むことだろう……。
なんたる陰湿さ、許せない……!
とにかく、憂苦の種であったシーレイさんには留守番に納得してもらえたのだ。
あとの問題はジーレだけだ。
何を隠そう、もうジーレは〔王女〕である。
そんなジーレを、敵国である帝国に連れて行けるはずがないのだ。
だがそんな理由で、我儘王女のジーレが納得してくれるはずもない。
散々ダダをこねたり、マカに八つ当たりしたりと、王城を破壊せんばかりの暴れようだったが、今は少しだけ落ち着いて「ぶすーっ」としながら鍋を食べている。
そのジーレが憎々しげに睨みつけているのは、テーブルに鎮座しているマカだ。
――誰が見ても不合理な恨みをぶつけられているにも関わらず、当のマカがケロリとしているのは救いだろう。
今も「にゃぁ」と一声鳴いて、空っぽになった皿を僕に押し出しているのだ。
うむ……鍋のお代わりをよそってほしいということか。
もちろんマカの要望を断るわけもなく――肉や白菜、豆腐などを皿によそい、味噌ベースの汁をひとすくい入れる。
そしてマカは猫舌なんてものは存在しないかのように、ハフハフしながら肉をおかずにご飯を食べている。……食べ方が人間と変わらないが、中に人間が入っているわけではないのだ。
思えば、マカも随分逞しくなったものだ。
これほど露骨にジーレから殺意を向けられているのに、目の前の肉にしか意識を向けていないのである。
マカは賢い子なので、この食堂で襲われることは無いと分かっているのだろう。
……そのふてぶてしい態度がジーレを更に刺激しているわけなのだが。
ジーレとしては――自分が留守番を強いられているのに、憎らしいマカが皆とお出掛けするというのが許せないのだ。
筋違いの恨みではあるが、元々マカを敵視していたジーレだ。……自身の不満をぶつける相手としてはうってつけという事なのだろう。
僕らが旅立つまでには、ジーレにも留守番を納得してもらいつつ、ジーレの心にあるマカへの悪感情を取り除きたいものである。
明日も夜に投稿予定。
次回、七話〔狂王〕