五話 暴走する筆
その日の僕は、レットの絵を描き続けていた。
言うまでもなく、先の〔裁定神カード〕用のイラストである。
僕のアイデアを仲間に相談してみたところ、ルピィを筆頭に諸手を上げて賛成してくれた。――そう、特にルピィが大絶賛してくれたのだ。
『面白いっ、ボクも全面協力するよ!』と、我が事のように大喜びだ。
仲間を思うルピィの心に触れて、僕が思わずホロリときてしまうのも仕方がない事だろう。
正直、ルピィ以外の面々については、喜びと興奮に包まれている僕とルピィに感化されていただけのような気もするが、それはそれで良いのだ。
そんなわけで早速ナスルさんにも相談してみたが、当然のように〔レット大好き〕のナスルさんも大乗り気だった。
なにしろ、ナスルさんに相談したその日の内には――ナスルさんの口利きで、商会との打ち合わせに漕ぎ着けることとなったぐらいである。
商会の人間は最初こそ〔題材がレット〕であることに難色を示したが、僕が絵師を受け持つと宣言してサンプルの図絵をいくつか見せたところ、商会の人間はたちまち目の色を変えてくれた。
実際のところ、商会側が慎重になる気持ちも理解出来る。
最近でこそ、クーデターの関係者として〔裁定神持ち〕の評判も上がってきているが、まだまだ軍国内では、裁定神持ちは〔死神〕というイメージを持っている人も根強いのだ。
そこで、恥ずかしながら僕の出番だ。
今や軍国では〔アイス=クーデルン〕の名は鳴り響いているのだ。
武神の息子であり、ナスル軍の中核として〔クーデターを成功に導いた人間〕などとも言われてしまっている。
ロブさんを差し置いて、僕なんかがナスル軍の中核などと呼ばれるのは、恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいになってしまうが、今回ばかりは好都合だ。
噂の〔アイス=クーデルン〕が、それなりの画力もあるこの僕が、友人の裁定神持ちを描いたというだけで、大衆の注目を集めることになるのである。
……このネームバリューを利用しない手はないだろう。
加えてレットは〔カード映え〕する、キリリとした顔付きの好青年。
これだけ条件が揃っていて、裁定神カードが大ヒットしないわけがない。
それを商会の人間も理解したのだろう、興奮した面持ちで商品化を確約してくれたのだ。
そしてそれからの僕はといえば、寝食の時間も惜しむようにレットの絵を描き続けているというわけである。
もちろん、レットの目を盗んでだ。
レットへのサプライズプレゼントも兼ねているので、本人に察知されるわけにはいかないのだ。
いつも『アイスは放っておくとロクな事をしない』などと言われているが、今度ばかりはその視界の悪い眼を〔開眼〕させてやろうではないか……!
――僕が絵を描いている周囲では、いつも通り仲間たちが僕を取り囲んでいる。
ああだこうだ言いながら、僕の作品を寸評しているのだ。
間違いなく仲間たちは暇潰しでやっていることだろうが、それでも僕にとっては有益だ。
大衆に向けて販売する以上、第三者目線からの感想は必要不可欠なのだ。
実際、描いた絵の全てが〔商品〕として採用されるなどと自惚れてはいない。
ボツ作品が多く出るのは承知の上で、とにかくインスピレーションのままにレットの絵を描き続けているのだ。
描いた作品の何割が商品化に繋がるかは分からないが、親友であるレットの為にも妥協するわけにはいかないのである……!
「アイス君! コレ、コレは絶対にカード化するべきだよ!」
時々こうして、ルピィからの猛プッシュもある。
笑顔のルピィが手に持っているイラストは、さっきまでルピィが抱腹絶倒していたものだ。
そのイラストとは――〔太鼓を叩くレット〕!
ねじり鉢巻をした上半身裸のレットが、雄々しくも凛々しい顔で太鼓を叩いている絵だ……!
レットがねじり鉢巻をしているところも太鼓を叩いているところも、僕は一度だって見た事はないのだが、大事なのはイメージである。
親友として、それくらいのイメージを形にする程度は児戯に等しい。
笑わせる為に描いた作品ではないので、ルピィに爆笑されてしまうのは少し複雑なのだが……僕の作品が皆を笑顔にしていると思えば、悪い気持ちではない。
「うん、ありがとうルピィ。僕も気に入っている作品だから、商会に強く勧めておくよ!」
ルピィへと素直にお礼を言っていると、不意に僕は気付いた。
――このカードが軍国中で売れたら、レットに〔太鼓の名手〕というイメージが定着してしまうのではないか?
実際のレットには太鼓経験は無いので、結果的にレットが嘘吐きであるかのような誤解を生んでしまうのではないか……?
これは由々しき事態だ……!
あの嘘が嫌いなレットが〔ほら吹き〕呼ばわりされるなんて、親友として看過出来るわけがない!
ならば、僕の取るべき手は一つ――
「皆、レットの為に〔太鼓〕を買いに行こうと思うんだけど、一緒に行かないかな?」
そう、事実にしてしまえばいいのだ!
さりげなくレットが太鼓を嗜むように誘導していこうではないか。
裁定神カードの事を伏せたまま、僕の狙いを悟らせないままに、レットを〔太鼓の達人〕へと仕向けるのだ。
その為なら、高額な太鼓の購入費用だって惜しくなどない……!
「ふふ……相変わらず、にぃさまの発想は常人の枠には収まりませんね」
セレンも僕の思惑に気付いたのだろう。
ルピィと同じように、しきりに感心しながら僕を褒めてくれる。
仲間たちからの賞賛の嵐を受けた僕はご機嫌だ。
反射的にセレンの頭を撫でようとして――避けられてしまっても、落ち込むこともなく心は平穏そのものだ。
イラスト作成は早々に切り上げて、僕らは城下街に出る支度を始めた。
そうだ。フルートを吹いている絵もあったので、こちらも忘れずに購入しておかなければならない。
……ふふ、これからレットは忙しくなるぞ。
太鼓にフルート……あ、そういえば、バイオリンもあった!
僕も弾いたことがない楽器なので、せっかくだからレットと一緒に練習してみるのも面白そうだ。
レットが一人前の奏者となった暁には、誰にもレットを〔ほら吹き〕だなんて呼ばせたりはしないぞ……!
明日も夜に投稿予定。
次回、六話〔戦争狂〕