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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
二章 第一部 取り戻した平穏 
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四話 躍動させられる親友

 その日の僕は、帝国への旅に持参する荷物の選定をしていた。

 長い旅になるので、持ち歩く品は厳選しなければならないのである。

 僕を悩ませている代物は他でもない――〔天穿(てんうが)ち〕だ。

〔鍛冶神持ち〕が創り上げたという不朽の逸品であり、剣神のネイズさんが僕に形見として遺してくれた剣でもある。


 ……ネイズさんの件については、僕の口から父さんに告げた。

 不器用で交友関係の狭い二人だが、二人は数少ない友人同士だった。

 僕は父さんの友人であるネイズさんの命を、この手で奪ったのだ。

 ネイズさんの死を父さんに伝える人間は、僕以外には存在しない。


 友人の死を伝えられた父さんは、ネイズさんを鬼籍に送った僕を責めることもなく――「そうか」とただ一言、そう言っただけだった。

 どこか寂しそうなその声には、驚きの色は含まれていなかった。


 父さんもネイズさんの人柄をよく知悉している。

 ……ネイズさんが将軍の最期に殉じることを理解していたのだろう。

 父さんは僕を非難するわけでもなく、物悲しい双眸で見えない何かを見詰めているだけだ。

 そんな父さんを見ていると、僕には悲しむ資格なんか無いのに胸が潰れそうな気持ちになり、自分を見失いそうになってしまった。


 僕に慰めを受ける権利など無いのだが、父さんは僕の頭に手を置いてくれた。

 頭を撫でるわけでもなく、ただ置いただけの手の重さに……僕の視界は滲んでしまった。


 ――――天穿ち。

 父さんにもこの剣を受け取る権利はあるのかもしれないが、父さんにだってこの剣を渡したくないのだ。

 僕は普段から剣を使うわけでもないので、宝の持ち腐れとなってしまう事は重々承知している。……それでも、ネイズさんが遺してくれたこの剣は誰にも渡したくないし、僕が持っているべきだとも思っている。

 

 そして目下の悩みの種は、天穿ちを帝国への旅に持参するかどうかだ。

 なにしろこの剣は…………かさばる!

 刃渡り百センチはある長剣である。

 重さは苦にならないが、旅の荷物としては如何なものだろうという大きさなのだ。


 長旅の荷物とは、極力最小限にコンパクトであるべきだ。

 この剣は、あらゆる点で旅向きでは無いと言えるだろう。

 ……しかも僕は、ほとんど剣を持たないのだ。

 果たして、使うかどうかも怪しいような長剣を持っていくべきなのか?


 さらに付け加えるならば、僕は帝国へと〔争い〕に行くわけではないのである。

 話し合いが目的であることを自称する人間が、いかにも業物という長剣を背負っていたら――その真意を疑われてしまうのも無理は無い。


 ……いや、迷っていても(らち)が明かない。

 ここは頼りになる仲間の意見を聞いてみるとしよう。


「レット、この天穿ちなんだけどさ……。旅の邪魔になるから置いていこうと思うんだけど、レットはどう思う?」


 そう、レットだ。

 分別をわきまえたレットならば、僕の迷いの霧を一掃してくれるに違いない。


「真剣な顔して〔天穿ち〕を見てると思ったら…………まずお前は、その〔イーゼル〕を置いていけよ! ……まったく、ちょっとでもアイスを心配した自分に腹が立つ!」


 なんと、知らぬ間に心配をかけていたのか。

 なるほど、天穿ちと言えばネイズさんなので、僕がネイズさんの事で思い詰めているんじゃないかと心配してしまったのだろう。

 ……相変わらずレットは気の回る優しい男だ。

 しかし、それはそれとして――聞き捨てならない発言じゃないか。


「僕を心配してくれたことにはお礼を言うよ、ありがとう。……だけどレット、イーゼルを置いていけだって? 気は確かなのか?」


 僕の心を(おもんばか)って心配してくれた事は嬉しかったので、その点については素直に感謝を述べる。

 だが、正気とは思えないレットの発言には、つい厳しい言葉で追及してしまう。


「それはこっちの台詞だ! 性懲(しょうこ)りもなくイーゼルと折り畳み椅子なんか持っていこうとしやがって……。そんなもん持っていくぐらいなら迷わず剣を持っていけよ!」


 ――なんてことだ、レットはまるで分っていない。

 このイーゼルと折り畳み椅子を使うことで、僕のベストパフォーマンスを発揮出来るというのに……!

 きっとレットは意固地になっているのだ。

 以前、レットが戦闘を繰り広げている最中――僕がその光景を絵に描いていたことを、まだ恨みに思っているに違いない。


 レットの為を思って描いていたのに、散々文句を言われたのだ。

 挙句の果てには、僕の魂を込めた力作を〔受け取り拒否〕ときたものだ!

 遺恨があるとしたら、それはむしろ僕の方だろう。

 絵を受け取らなかったばかりか、僕の描いた絵を徹底的に否定したのだ。

 ……この屈辱、必ず晴らしてみせよう!


 まぁそれはそれとして、とりあえずはレットに説明してあげなければなるまい。


「ふぅ……いいかいレット、よく考えてみなよ? 旅の途中で突然『絵が描きたい!』となった時に、イーゼルが手元に無ければ後悔するかもしれないだろ? 逆に『人が斬りたい!』なんて事になったら剣が必要かもしれないけど……そんな事があるわけないだろ? もっと常識で考えてくれよレット」


 思慮が浅いレットに対して、噛んで含めるように丁寧に説明する僕。

 しかし大丈夫だ。これぐらいの事は日常茶飯事である。

 レットが少しぐらいおかしな事を言いだしたところで、僕はレットを見捨てるような真似はしない……!


「ワケ分かんねぇ事を偉そうに言ってんじゃねぇ! 絵が書きたければスケッチブックでも持ってけよ!」


 ぐぅ……なるほど。

 一流の芸術家を目指すならば、どんな環境化でも最高の結果を出せという事か。

 たしかにこれは僕が間違っていた。

 道具を言い訳にするなどとは言語道断ではないか。

 さすがにレットは良いことを言いよる……!


「……うん、レットの言う通りだ。次こそはレットを満足させてみせるよ!」


 そう、つまるところレットが言いたいのは『今度はスケッチブックに俺を描いてくれ!』という事なのだろう。

 良いだろう、望むところだ……! 


 しかし、やるからにはレットの度肝を抜いてやりたい。

 前回の自信作は、けちょんけちょんに言われてしまったのだ。

 我ながら、技術面では中々の作品だったと自負しているにも関わらずだ。

 おそらく、レットが僕に求めているのは技術ではない。

 ならばなにか……? 


 ――そう、発想である……!

 前作も〔勝利に喜ぶレットが敗者の顔に足を置いている〕という絵を描くことで、圧勝を表現したつもりだったが、あの程度では工夫が足りなかったのだろう。

 あの時、表向きでは僕を罵倒するレットだったが、僕には心の声が聞こえていたのだ――『お前はもっとやれるだろ?』と……!

 友人の期待に応えてこそ、〔親友〕を名乗るだけの資格があるというものだ。


 だが、レットの要求は中々に厳しい。

 中途半端な作品を披露しようものなら、レットに鼻で笑われてしまうのは必定。

 僕が試されているのは発想力――思考の柔軟性だ。

 なにか、なにか無いのか……レットの審美眼を潜り抜けるような、見る人全てを魅了するような、そんな革命的なアイデアは……?


「……おいアイス、また何か変な勘違いをしてるだろ」


 勘違い……?

 ――そうか、そういう事か! たしかに僕は勘違いをしていた。

 なにも既存の着想を避けようとする必要は無かったのだ。

 温故知新。古きを温ねて新しきを知る。

 つまり、すぐれた着想なら積極的に取り入れるべきなのだ。

 僕の求めるヒントは目の前に転がっていた。


 かつて幼いレットや大衆を惹きつけた――〔武神カード〕だ!

 軍国中で一世を風靡した、あのカードのアイデアを模倣すれば良いのだ。

 あの武神カードの製造販売を担っていたインチキ商会。……業腹ではあるが、彼らの力も借りねばなるまい。


 そう――僕が絵師を請け負って〔()()()()()()〕を造り出すのだ……!

 これにはレットも大喜びするはずだろう。

 なにしろ、幼少期に自分が夢中になっていたカードの主役になれるのだから。

 軍国におけるクーデターの立役者の一人として、ちょうどレットに注目が集まっていることもタイミングが良い。

 せっかく売り出したカードが在庫の山になれば、レットの心を傷付けることになってしまうのだが、クーデター直後のこの時期なら飛ぶように売れることだろう。


 そして、期待出来るのは売り上げばかりでは無い。

 人々の持つ印象が悪い〔裁定神の加護〕のイメージアップにも、このカードの普及は大いに貢献するはずなのだ。

 この裁定神カードのターゲットは若年層が中心となる。

 つまり、自然な形で若い世代から意識改革を刷り込んでいこうというわけだ。


 ――考えれば考えるほどに素晴らしい計画ではないか。

 これはレットの喜ぶ顔が楽しみというものだ。

 もちろん僕も、裁定神カードをコンプリートするつもりだ。

 買ったカードが被ったとしても――レットを捨てたりなんかしないぞ……!


「ふふ、任せてよレット。安心して僕に全てを任せてほしい」


 浮かぶ、浮かぶぞ……!

 湯水の如く、裁定神カードに描くレットの姿が脳裏に浮かんでくるではないか。

〔弓を持つレット〕、〔太鼓を叩くレット〕……描ききれないほどに、恰好よく躍動するレットのイメージが次々と浮かんでくる……!


「…………嫌な予感がする。またロクでも無い事考えてるだろ、アイス」


 僕に対して疑り深いレットがあらぬ疑いをかけてくるが、それぐらいで僕の気持ちは揺らいだりしない。

 僕の持てる力を全て注ぎ込んで、このプロジェクトを実現させてみせよう。

 折よくナスルさんから〔将軍打倒の報酬〕を受け取ってほしいと言われている。

 僕も仲間たちも「必要無い」と言って断っていたが、裁定神カードの販売に協力してもらう事を報酬としようではないか……!


 欲の無いレットはおそらく遠慮するはずだから、本人には秘密裏に計画を進めるべきだろう。

 帝国から帰国した時には――大流行している〔裁定神カード〕!

 しかめっ面をしている時が多いレットと言えども、思わぬサプライズプレゼントには満面の笑みを浮かべるに違いない……!


本日分終了。

明日も夜に投稿予定。

次回、五話〔暴走する筆〕

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