三話 穏やかな食卓
王城がナスル軍の手に落ちて一カ月。
煩雑であった戦後処理も、ここにきてようやく落ち着きの兆しを見せつつある。
僕は父さんを救うという目的は達したわけだが、すぐに次の目標である〔帝国〕に向かって旅立つような事はしていない。
なにしろまだ国内情勢は乱れたままである。
これを放っておいて、すぐに軍国を発つような薄情な真似はできないのだ。
最大の懸念材料であった帝国については、特段目立った動きを見せていない。
むしろこちらの戦力を勘案すると――帝国が攻めてきてくれたところを一網打尽にする方が、簡単に将来の憂い事を取り除けたかもしれないが……。
……いや、それはいけない!
平和主義である僕らしからぬ乱暴な発想だった。
ルピィあたりに感化されているのかもしれない、気を付けなくては。
軍国では政権交代もあったのだ。
もう両国が争う必要は無いのかもしれないのである。
この一カ月でナスル軍の義勇兵も解散しており、軍に残る者、故郷へ帰参する者、それぞれが思い思いに新しい道を選択している。
この国は平和への道を歩み始めている最中だ。
軍国に住む民の一員として、この僕も争いのない世界構築に尽力すべきだろう。
先の戦争での〔人的被害〕がほとんど無かったのも幸運だった。
国を二つに割るような内戦ではあったが、〔平和の伝道師〕たる僕が矢面に立っていた成果で、結果的にはナスル軍の兵士は全く戦闘していないのだ。
むしろ軍というよりは、デモ隊に近い様相を呈していたと言えるだろう。
というか、よくよく考えてみれば、ナスル軍内での犠牲者は――ほとんどが僕の仲間たちによるものではないか……!
……いや、それも仕方がないことだ。
犠牲の多くは、軍内でのスパイ狩りや悪人の粛清による犠牲者なのだ。
その犠牲者数は千人を超えているので、やや多過ぎる気もしないでもないが…………うむ、仕方がない!
――――。
「――父さん、今日は〔シカ〕がベースの神獣を狩ってきたんだ。今夜はシカ鍋にしよう!」
最近の僕らの行動パターンは定まりつつあった。
僕らは時間をみつけては精力的に〔神獣狩り〕をしているのだ。
かつての治世者――〔将軍〕による悪政の結果、軍国の屋台骨を揺るがしかねないほどに神獣が増殖していたのである。
そして、神獣を討伐出来るような人材は限られている。
ならば神獣討伐が可能であり、時間的にも余裕がある――暇を持て余している僕らが、積極的に狩り取っていくべきだろうというわけだ。
もちろん神獣の中には、人間の言葉を理解出来るような個体も存在するが……なにせ図抜けた力を持って生まれてきて、勝手気ままに生きてきた神獣たちだ。
神獣の多くが、人間にとって〔悪〕と呼ばれる存在になるのは必然だろう。
うちのマカのように、生後間もない段階で保護出来ればまた違ってくるのだろうが、マカのようなパターンは前例が無いほどのレアケースだ。
マカと僕らとの邂逅があと半年遅ければ、マカも討伐対象となっていた可能性は高い――そう、あれはまさに運命の出会いだった。
初対面でろくに言葉も交わしていないのに「目と目が合えばもう友達ニャン!」と、あっという間に親友になったのだ……!
…………うむ、多少の記憶の齟齬はあるかもしれないが、だいたい合っている。
とにもかくにも、僕らはようやく訪れた平和な生活を謳歌していた。
かつて僕が王都で住んでいた家は消え去っていたので、僕は仲間や家族と一緒に〔王城〕で暮らしている。
ポトでもナスル城で生活していたことであるし、なにやら王侯貴族のような生活に慣れてしまいそうで怖い。
「アイス君、最近ずっとご機嫌だよね〜」
シカ鍋をつついていると、他人の事が言えたものではないルピィに指摘された。
――そうなのだ。かくいうルピィも、最近はすこぶる快調と言える。
父さんも含めたこの王城での生活にも慣れてきて――「ルピィたちも僕の家族みたいだね」と僕が本音を漏らした時も、ルピィは眩しい笑顔で喜んでくれたのだ。
ルピィだけでなくフェニィも嬉しそうだったのは……もしかしたら、二人にはもう家族がいないからかもしれない。
しかしそういうことなら、本人の希望次第では〔クーデルン家〕の一員として迎え入れてあげるのも悪くないだろう。
クーデルン家の常識人と言えば僕だけで、あとはクセの強い非常識な二人だ。
この上、素行に問題がある姉が二人ぐらい増えたところで問題はあるまい。
「――それはそうだよルピィ。積年の悩みがようやく解決したんだから。もう解術の練習をする必要もないから、最近は新しい術の練習をしているんだよ」
父さんを洗脳術から解放したので、これ以上解術の練度を磨く必要も無いのだ。
そんなわけで、かねてより気になっていた高度な術の練習に励んでいる次第だ。
ルピィが「なになに〜、どんな術なの?」と聞いてくるが、僕ははぐらかして答えない。
完全に会得出来てから――大々的にお披露目してビックリさせたいのだ……!
それにしても、本当に夢のような光景じゃないか。
なにしろ、同じテーブルに父さんとフェニィがいて、競い合うようにしながら〔シカ鍋〕を黙々と食べているのだ。
出会ってから今日に至るまで、二人が会話をしている光景を見たことが無いのだが、どこか似ているこの二人は険悪な関係などではない。
先日、僕が目を離している間に二人が模擬戦をしていて、フェニィの右腕が父さんによって〔パージ〕させられていたが…………二人は敵対関係ではないのだ!
聞き取りをしたところ、模擬戦では父さんが木刀で、フェニィは無手で闘ったらしいのだが、フェニィは〔魔爪術〕も〔炎術〕も使わなかったらしい。
武器を持っている父さんが相手では、いくらフェニィとはいえ無手で挑むのは無謀過ぎると言えるが、あの負けず嫌いなフェニィが〔爪〕の一つも出さなかったのである。
僕の家族と仲良くしようというフェニィの意思が伝わってくるというものだ。
――――そんな二人も、今はシカ肉を奪い合うように食べている。
おっと、早くシカ肉を追加しなくては。
フェニィは腕を落とされても遺恨を残すような性質ではないが、食べ物への執着心は強いのだ。
シカ肉の争奪戦が〔命の争奪戦〕に発展する可能性は大いにある……!
23:30の投稿で本日分の最後です。
次回、四話〔躍動させられる親友〕