二話 突然の殺害計画
一通り仲間を紹介したところで、残すはコミュニケーション能力の絶望ぶりには定評があるフェニィだ。
なにしろ僕の父さんとて、フェニィに毛が生えたようなものなのだ。
……僕という仲介者無くして会話が成立するわけがない。
「…………」
実際、ルピィに続いて一歩前に出たフェニィは、にこやかに挨拶をするどころか「がるる……」と、野生動物の唸り声が聞こえてきそうなくらいに警戒している。
父さんもまたフェニィを警戒しているのか、軽く戦闘態勢に入っている。
それに呼応するように警戒を強めるフェニィ、さらにそれを受けて戦意を昂ぶらせる父さん――負の連鎖!
このままでは遠からず殺し合いに発展するのは明白……!
仕方が無いので、まずは父さん側の〔心の壁〕から切り崩していくとしよう。
そうすれば、おのずとフェニィも落ち着いてくれるはずだ。
…………それに二人には、哀しい共通点もある。
父さんもフェニィの事を知りさえすれば、争う気持ちなどたちまち霧散することだろう。
「父さん……こちらは僕の仲間のフェニィ。……彼女は、父さんと同じように〔洗脳術〕に囚われていたんだ」
はっと、父さんは小さく目を見開いた。
そしてその瞳に、どこか寂しそうな色がよぎる。
……母さんの事を思い出しているのだろう、僕にはそれが分かった。
同時に父さんは気が付いたはずだ。
フェニィも自分と同じように〔大事な人を殺めてしまった〕という事実に。
その証拠に、もう父さんにはフェニィへの戦意が消えている。
父さんがフェニィに送る眼差しには、言葉にできない哀しさがあるだけだ。
――父さんが臨戦態勢を解き、フェニィからも強い警戒が消えた。
一言も言葉を交わしてはいないが、この二人はこれで十分だろう。
言葉を交わして心を通わすようなタイプの人間でも無いのだ。
ともあれ、これで一通りの面通しは終わりだ。
……と思ったが、部屋の隅で丸まっている白い毛玉を発見してしまった!
しまった。僕ともあろうものが、可愛いマカの事を失念していたとは。
マカは僕と目が合った瞬間、身体を縛る恐怖から解放されたかのように、タタタッとこちらに走り寄ってくる。
どうしたんだろう……?
マカはとても怯えているようだ。
四肢を切り落とされて〔ダルマ〕にされている将軍と、何か因果関係があるのだろうか……?
将軍だった物体に近付かないようにしながら走ってくるのだ。
よしよし、ここは僕が温かく抱きとめてあげるとしよう。
僕とて、マカとずっと会っていなかったような感覚がある。
父さんを解放したり、仲間を紹介したりで、短くも濃密な時間を過ごしていたからだろう。
マカが走り寄る勢いを殺さず、そのまま僕に飛びつこうとする瞬間。
――――殺気!
「――危ないっ!」
迫る死の気配を察したと同時に、飛び上がっているマカを――蹴り飛ばす!
「ニャァァァ…………」
残響を残して吹き飛んでいくマカ。
……ふぅ、危ないところだった。
もう少しで手遅れになるところだったではないか。
マカがいた場所の床には、大きな亀裂が走っている――父さんの仕業だ。
抜き打ちの斬撃でマカを殺害しようとしたのだ……!
父さんは幼い頃から軍団長時代に至るまで、何十頭もの神獣を討伐してきた超一流の〔神獣ハンター〕だ。
神獣を狩り続けてきた父さんには、神獣が仲間という概念が無いのだろう。
そしてそんな父さんだからこそ、マカを瞬時に神獣だと見破り――しかも僕に向かって猛走しているものだから、僕が危ないと判断して即殺行動に及んだのだ。
これはもう、完全に僕のミスだ。
マカを懐かしむあまり、父さんの心情に考えが及ばなかったのだから。
まさに間一髪のところだった……。
もう少しで――「さよならニャン」だったじゃないか!
僕に蹴られることで危機を回避したマカは、さすがのバランス感覚で〔壁〕に着地を決めている。
見たところ怪我一つ無さそうだ。
うむ、これくらいなら鍛錬中にもよくある事なのだ……!
「――おじちゃんすごーい! もう一回、もう一回やって!!」
くっ……ジーレめ!
父さんがマカを瞬殺しようとしたのがお気に召したのか、大喜びしながら再攻撃をうながしているではないか……!
少しだけマカに対する殺意が弱まってきたと思っていたが、さすがに〔マカを殺す会〕の副会長を務めているだけはあるな。
マカを殺処分する機会は見逃さないという訳だろう。
僕の仲間を見渡す限りでは、全体的に「グッジョブ!」という空気が形成されているし、やはりまだ仲間たちも油断ならない。
――おおっと、こうしてはいられない。
父さんが獲物を見る眼をしながらマカに近付こうとしていたので、僕は滑り込むように眼前へと立ちはだかった。
「待って父さん! あの仔猫――マカは、僕の友達なんだ。攻撃なんかしちゃ駄目だよ」
先ほどマカを蹴り飛ばしてしまったが、あれは攻撃などでは無いのだ。
緊急回避としてやむを得ず、あのような行動を取っただけに過ぎない。
もちろんマカもそれを理解している事だろう。
僕らは固い信頼関係で結ばれているのだから……!
神獣を友達だと言い張る僕を、父さんは正気を疑うような眼で観察している。
事実、疑っているのだろう。
神獣に〔精神干渉術〕の類を受けているのではないかと疑われている気がする。
僕の仲間たちがマカの討伐に積極的なのも、父さんの疑惑を深める要因になっていることだろう……。
こうなれば、僕とマカが友達であることのアピールをするしかあるまい。
――そろそろと用心しながら僕の方へ歩いてくるマカ。
父さんばかりか僕までもが警戒対象になっている気もするのだが、きっと気のせいだろう。
ここはマカを安心させるべく、暖かい声を掛けてあげるとしよう。
「やぁやぁ、マカ。危ないところだったね。でも安心してよ、僕がいる限りはマカに危害なんか加えさせないから!」
僕が差し伸べた手に――「ニャァッ!」と、マカが噛みつく!
なぜだ……!? マカは非常にお怒りではないか。
なにか怒らせるような事をしてしまっただろうか……?
……いや、分かったぞ。
きっと僕の靴が汚れていたから、綺麗好きなマカには許せなかったのだ。
つまり「もっと綺麗な靴で蹴るニャン!」ということだ……!
だがこれは危険だ。もちろんマカの攻撃が危険なのではない。
たしかにマカの牙には魔力が込められているので、僕の魔力壁を破って出血させられてしまっているが、そんな事はどうでもいい。
父さんに安全な神獣アピールをする予定だったのに、興奮状態にあるマカからは安全性が微塵も感じられないのだ。
周囲から不穏な気配がする。
この機会を逃してはなるまいというわけなのか、父さんの殺意に便乗して仲間たちからも殺意が感じられる。
仲間たちからすれば――普段は模擬戦でもほとんど怪我をしない僕が、マカにだけは怪我を負わされてしまっているのが不愉快なのだろう。
マカを助けてあげたのに噛まれているというのは理不尽ではあるが、こんなものは仔猫の甘噛みに他ならないのに。
そこで僕は、噛みついているマカを覆い隠すように抱き締める。
こうやって僕が身を呈して守ることにより、マカが生命の危機に見舞われるようなことは避けられるはずだ。
さらに〔仲睦まじいアピール〕の為に、マカへと気さくに話し掛ける。
「え? ……そんな、お礼なんて良いんだよマカ。僕がマカを助けるなんて、当たり前の事じゃないか!」
あたかもマカが僕にお礼を言っているように装う僕。
だが当のマカは、ますます怒気を強めて執拗にガブガブと噛みついている……!
しかし大丈夫だ。
僕の体に隠されて、マカの狂暴性も覆い隠されているのだ。
傍目には仲の良い〔一人と一匹〕としか見えないはずだ……!
――――散々ガブガブしたおかげなのか、ようやくマカが落ち着いてきた。
僕の手からはダラダラと流血しているが、仲間の視界からは隠匿しているので問題は無いだろう。
セレンに目撃されたら即座にマカが抹殺されそうなので、こっそり治癒術で直しておくとしよう……。
マカもやり過ぎたと反省しているのか、ぺろぺろと僕の怪我を舐めているのだ。
この可愛いマカを責められるはずもない。
正直、マカのザラついた舌で舐められると患部が痛いのだが、その慈しんでくれる気持ちが嬉しいので文句など言わない……。
もしかしたら、一見労わっているようなこの行動も〔攻撃の一部〕である可能性があるのだが、そんな事は無いはずと信じよう……!
――――。
もうマカは大丈夫だろうということで、改めて父さんに紹介すると――父さんはいきなり剣を向けた自分の非を認めて「すまなかった」とマカに謝ってくれた。
小動物が相手でも誠実に謝罪が出来るとは、さすがは僕の自慢の父さんである。
……マカはプイと顔を背けて、僕のフードに収まってしまったが。
ま、まぁ、問答無用で殺害されそうになったわけだし、多少不機嫌になるのも仕方がないだろう。……きっと時間がわだかまりを解決してくれるに違いない。
その時間を稼ぐ為にも、僕はマカを守ってあげなくてはならない。
なにしろ、父さんが軽くあしらわれたのでセレンが激怒しているのだ……。
無言で僕のフードを見ているセレンからは、慈愛の感情が全く感じられない。
……うむ、いつ凶行に及んでも不思議ではない雰囲気だ。
僕はマカをフードに収めたまま、さりげなく〔盟友〕レットの近くに歩み寄る。
セレンが〔父さんの無念を晴らす為〕などと理由を付けて、マカに襲いかかる可能性が否定出来なかったのだ。
父さんがマカの態度に腹を立てるわけもないが、〔マカを殺す会〕の魔手からマカを遠ざけておくに越したことはない……!
本日は22:30、23:30にも投稿予定。
次回、三話〔穏やかな食卓〕