一話 回転祝い
※二章を読む前に、間章【神の女王と解放者~諸国漫遊記~】を一読することを推奨しています。
間章〔https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n7882ep〕
二章【帝国~神殺し~】
僕と父さんは立姿をバルコニーで見せることで、王都の人々に戦勝を告げた。
ほどなくしてナスルさんたちも王城にやって来るはずだ。
ナスルさんたちが来る前に、僕の仲間たちを父さんに紹介しておくとしよう。
なんだかんだで共に死線をくぐり抜けたメンバーなのだ。
もはや仲間というよりは家族に近いと言えるかもしれない。……これまで僕が死を意識した機会のほとんどは、その仲間たちの手によるものだが。
まずは誰から紹介しようかな、と僕が思案を始めたのを見計らったかのように――「おにぃちゃん!」と、ジーレが僕に向かって駆け込んできた。
おぉ、そういえばジーレをまだ褒めていなかった……!
これは僕としたことが手抜かりだった。
なにしろ、ジーレが重術で父さんの動きを止めてくれたからこそ、僕が解術に専念することが出来たのだ。
言ってしまえば、今日の〔最優秀賞〕を贈呈しても良いくらいの活躍である。
ろくにヒーローインタビューすらしていなかったとは恥ずかしい……!
たかたかと抱きつく勢いで走ってくるジーレを見守っていると――僕は閃いた。
よし、ここはかねてより披露する機会を狙っていた〔あの技〕でいこう。
――どん!
予想に違わず勢いよく抱きついてきたジーレだったが、僕はそのまま受け止めるような芸の無いことはしない。
衝突の力を殺すことなく、そのまま回転力へと変換したのだ。
つまり僕は自分の踵を軸にして、ジーレを掴んだまま――コマのように回転しているというわけだ!
もちろん、やるからには中途半端な真似など認められない。
僕は巧みに重術を駆使しながら、ぐんぐん遠心力を高めていく。
加速、加速、加速――!
「わぁぁぁ……!」とジーレの歓声をも置き去りにするような高速スピン。
一度速度が乗ってしまえば、これ以上僕が手を加えるまでもない。
そう――今の僕らは最強のコマ!
誰とぶつかっても弾き飛ばしてみせる……!
……しかし、僕が調子に乗っていられるのも長くは続かなかった。
回転力が強すぎたのだろう、踵が熱くなってきたのだ。
このままでは激しい摩耗で靴に穴が空いてしまう。……いや、もう空いているかもしれない。
僕は泣く泣く「よっと、と……」と回転を緩める。遠心力の低下により、宙に浮いていたジーレの足も地面へと着地した。
……だがよくよく考えてみれば、バルコニーの近くでくるくる回していたのは軽率だったかもしれない。
なにせうっかり手を離そうものなら、ジーレがバルコニーの外に放り出されてしまうのだ。……そんなことになれば大惨事だ。
ジーレの父親であるナスルさんに――怒られてしまうかもしれない……!
しかし危険を冒しただけの甲斐はあった。
僕が予期した通り、ジーレは大喜びしているのだ。
過去に〔胴上げ〕した時も大はしゃぎしていたので、こういった派手なアクションは大好物だと踏んでいたが、まさに僕の目論み通りである。
この手のアクションはフェニィも大好きだろう……と視線を向けてみれば、フェニィばかりか他の仲間も羨ましそうに見ている……!
よしよし、今度皆にもやってあげようではないか。
コツを掴んだので、今回よりもさらに高速回転が出来そうな気がしているのだ。
レットだけは呆れたような顔で僕を見ているが、この男は嘘が吐けないくせに本心を隠そうとする傾向がある。
もちろんレットにもやってあげるべきだろう。
そう、同じ仲間で差別するような事は許されないのだ……!
遠慮がちなレットが「やめろ!」と拒んだとしても、僕にはレットの本心はお見通しだ――強引にやってやろう!
とりあえず……これ以上くるくるしてしまうと、本格的に僕の靴がご臨終を迎えてしまうので、続きはまたの機会だ。
うっかり僕も夢中になってしまったが、まだ僕にはやるべき事がある。
そう、まずはジーレを父さんに紹介しなくてはならない。
――父さんは不思議そうな目でジーレを観察している。
きっとジーレが僕を「おにぃちゃん」と呼んでいたので、自分に〔隠し子〕がいたのかと当惑しているに違いない。
僕はジーレを褒め褒めしながらも、まだ興奮の只中にいるジーレに自己紹介をするように促す――
「〔重神〕ジーレ=テングレイだよ、よろしくね!」
うむ、さすがは怖いもの知らずなジーレだ。
少し威圧的なところがある父さんが相手でも、いつもと変わらずマイペースなものである。……今でもセレンを少し怖れているのが不思議でならない。
ジーレは僕の父さんからも「世話になった」などとお礼を言われて、「えへへ〜っ」と、ご機嫌過ぎて空まで飛んでいきそうな笑顔をしている。
場が落ち着いたら父親のナスルさんからも褒めてもらえるはずなので、ちょっとした〔褒め褒め連鎖〕じゃないか……ちょっと羨ましい。
さて後は――なぜかまだ警戒した様子の、ルピィとフェニィだ。
いや、ルピィに関しては警戒しているというよりも、緊張しているようだ。
……あの傍若無人で無礼千万なルピィにしては珍しい。
「は、初めまして、ボクはルピィ=ノベラークです」
実際に挨拶するところを見る限りでも、やはりルピィは緊張が隠せない様子だ。
〔武神〕が相手だからといって、物怖じするような人でもないはずなのだが…………まさか、アレなのか?
――――僕の父さんは言わずと知れた有名人だ。
それもそのはず、建国王以来の〔武神の加護持ち〕なのだ。
そんな父さんではあるが……実際のところ、極端に口数が少ない人であり、笑顔も中々見せる人ではない。
それどころか、抑えようとしても抑えきれない覇気が周囲に威圧感を与えてしまっている。
だが父さんは王都――いや、軍国全土において絶大な人気がある。
圧倒的な強さを誇る〔武神〕とはいえ、無愛想で威圧的な人物にも関わらずだ。
それはなぜか……?
ずばり――父さんがイケメンだからだ……!
フツメンが無愛想であると『なんだアイツ、感じ悪いな』となるところが、これがイケメンとなると『クール、素敵!』となるわけだ。
そして軍国での父さんの人気に拍車をかけたのが、とある商会によって売り出された〔武神カード〕の存在である。
これは〔武神〕を絵師が描き、その下絵を元に版画を作成して――カードに大量印刷したものだ。
この武神カードの出来栄えは実に素晴らしく、また〔弓を持つ武神〕、〔槍を持つ武神〕などなど、豊富なバリエーションの存在するカードでもある。
そう、この武神カードが民衆の心を鷲掴みにしたのだ。
……かくいう僕もカードを集めていたぐらいである。
レアな〔鎖鎌を持つ武神〕が欲しくて、なけなしのお小遣いをつぎ込んでいたのだが、結局手に入れる事が出来ないままに王都を去ってしまったのだ。
カード袋を空ける度に〔斧を持つ武神〕ばかりが貯まっていくという悪夢……。
父さんが斧で闘っていたことなんか滅多にないのに……あのインチキ商会め!
――おっといけない。
苛立たしい記憶を想起したせいで思考が逸れてしまった。
つまるところ、ルピィがいつになく緊張著しいのは……僕の父さんがあまりにも格好良いから見惚れているのではないか? ということだ。
身内贔屓もあるかもしれないが、僕の目から見ても父さんは格好良い。
加えて父さんは、実年齢以上に若く見える。
二人の大きな子供がいるにも関わらず、父さんの外見は二十代半ばの精悍な青年といったところなのだ。
……ということは、展開次第では僕がルピィを『義母さん!』と呼ぶことに!?
それはなんだか、すごく嫌だな…………いや、大丈夫だ。
ルピィと旅を始めて間もない頃、好みのタイプを聞く機会があったのだが、『年下の男の子が、す、好きかな』などと言っていた。
そして『頼りない感じの子が良い』とも付け加えていたのだ。
いずれにせよ、僕の父さんとは真逆のタイプであろう。
ちなみに、それを聞いた僕は早合点して『なるほど、レットですね! 僕に任せてください。二人の仲を取り持ってあげようではありませんか!』と提案したところ、かつてないほどの怒りを買ってしまった経験がある。
身近にレットのような男がいるのだから、〔年下で頼りない〕と聞いてレットを連想するのは自然な事だったのだが……。
善意からの発言だったのだが、あの時は本当に酷い目に遭ってしまった。
なにしろ一晩〔逆さ吊り〕にされていたせいで、すっかり顔がむくんでしまったのだ……!
仲間のこととはいえ、人の恋愛に口を出そうなどと考えた僕が愚かだった。
しかもあの一件以来、変な誤解をされないようにする為なのか、ルピィのレットへの扱いがぞんざいになってしまった気もしている。
レットには申し訳ない事をしてしまった……ただでさえ雑な扱いだったのに!
――ともかく、珍しくルピィは口下手になっているのだ。
ここは僕がフォローすべきところだろう。
「父さん、ルピィは凄いんだよ。ルピィときたら物を盗むのがべらぼうに上手でね、僕の財布もしょっちゅう盗まれちゃうんだ。ひどいことばかりする人なんだけど、とっても頼りになる仲間なんだよ!」
ルピィのアピールポイントの最たるところは〔盗術〕だ。
これを宣伝せずして何を宣伝するというのか。
そして、僕のアピールに嘘は存在していない。
ルピィは盗術の練習と称して――頻繁に嫌がらせのように僕の財布をちょろまかすのだ!
嫌がらせのようにというか、実際に嫌がらせそのものではあるのだが……。
しかし、僕は客観的に見ても警戒心が強い傾向があるので、財布を盗むなんてことは並大抵の盗っ人には難しいはずなのだ。
もちろんそれを父さんも理解しているので、口には出さずとも感心しているような顔をしている。
――だがルピィには僕の称賛する気持ちは伝わっていなかった。
「ちょっと、なに人をコソ泥みたいに言ってんの! それに、ボクがいつアイス君にひどいことしたってのよ!!」
そう言いながら、僕の頬をぐにゃーっと茹でた餅のように伸ばすルピィ。
いま、ひどいこと、されてます……!
しかしルピィも僕の父さんが目の前にいる事を思い出したらしく、照れたように愛想笑いをしながら僕を解放してくれた。
……ふふ、今更取り繕ったところで無駄だ。
僕の言葉には真実しか存在しないことが、父さんにもよく理解出来たことだろう。
本日は21:30、22:30、23:30にも投稿を予定しています。
次回、二話〔突然の殺害計画〕