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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第七部 王城陥落
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最終話 武神

 ……それでは始めるとしよう。

 開始の合図代わりに、指で小石をピンッと弾く。

 一直線に将軍の頭部へと飛んでいく小石――だが、予想に違わず父さんの剣に迎撃された。


 ヒュッ――剣で風を切る音が、僕の耳に遅れて届く。

 将軍は攻撃されたことにすら気付いていなかったようだ。

 いつのまにか抜かれた父さんの剣を、どたどたと立ち上がりながら驚きの眼で凝視している。


 ――しかし速い。

 もう少し父さんの腕は鈍っているかと考えていたが、注視していなければ抜き手が見えなかったくらいだ。

 やはり希望的観測は良くない。

 こぼせない大一番なのだから、最悪を想定してしかるべきだった。

 僕がつらつらと思考している間にも、父さんはその場から消えている。


 僕が軽く仰け反った場所を――剣閃が疾風のように通り過ぎる。

 多少の誤算はあったが、ここまでは概ね想定通りだ。

 将軍を攻撃したことによって、僕が父さんの攻撃対象となったのだろう。

 ……仲間に剣が向くわけではないのでやりやすい。


 玉座の近くから僕の元までの踏み込みは、()()()()()ような反則的な速度だったが、踏み込み動作の〔起こり〕が丸見えなので回避は可能だ。

 やはり牽制もフェイントもしてこない洗脳術下特有の愚直さは、こちらにとって大きなアドバンテージである。

 本来の父さんなら、目線で、体の動きで、体内の魔力の動きで、ありとあらゆる手で惑わせてくるので、狙いを絞れないのだ。

 もっとも、魔力の微細な動きでのフェイントなんて、魔力を視認出来る僕ぐらいにしか効果は薄いのだが……なぜ僕を狙い撃ちするような技能を習得しているのだろう。


 しかし無駄な動きが無いということは、その分動きが速くなる――というか、速すぎる……!

 父さんの攻撃は剣を振るっているというよりは、決められた型を舞っているかのようだ。

 これがまさに剣舞というやつだろう。

 研鑽を重ねた舞のように滑らかな動きで、まるで事前に僕との演舞を練習していたかのように錯覚させる。……もちろん僕には演武の練習をした記憶など無いので、必死に動きを読んで回避しているのだが。


 しかし、僕は無手とはいえ、回避に専念していながら躱しきることが出来ない。

 まったく……父さんは出鱈目な強さだ。

〔軍国最強〕の通り名は、伊達ではないということだろう。

 武器も待たずに父さんを圧倒してやろうなどとは、大言壮語も甚だしかった。


 ……時間の経過と共に傷が増えていく。

 このままでは長くは持たない。

 早速だが――奥の手を使うとしよう。


「――ジーレ!」

「――――えいっ!」


 繰り返して練習した通りに、ジーレの重術が発動する。

 父さんと――()()


 本来ならば、座標を指定して行使する重術は、父さんのような俊敏な相手には逃げられやすい。

 それでなくとも魔力の気配に敏感な父さんなら、重術発動の前兆を嗅ぎ取って回避することが可能だろう。

 しかしそれは、障害が()()()()()()の話だ。

 僕との戦闘中にみすみす逃がすような事はさせない。

 ジーレが父さんを攻撃することにより、ターゲットがジーレに移る危険性はあるが、ジーレは仲間たちが守っている。


 ……それに、僕が父さんを離しはしない。

 重術をまともに受けた父さんは、倒れこそしないものの、動きが一瞬だけ静止する――その千載一遇の隙を見逃す僕ではない。

 僕はジーレとの訓練で、加重を受けた状態での鍛錬にも余念が無かったのだ。

 しかも僕は、ジーレから重術が飛んでくるタイミングも把握していた。

 これだけ状況が揃えば、もう僕の独壇場だ。


 僕は父さんの両腕を抱え込むように身体を抱き締め――両脚を払って一緒に倒れ込む。体勢としては大外刈りに近いだろう。

 ――さしもの父さんとて人間だ。

 過重を加えられた状態で腕を封じられて、足払いを掛けられれば、地に倒れる他はない。


 父さんを拘束した時点で、僕は魔力干渉を開始している――そう、解術だ。

 容赦の無いジーレの重術が、僕の骨をも軋ませていくが気にならない。

 魔力抵抗に使っていた分の魔力を解術に回した反動でしかない。

 ……この程度で音を上げるような鍛え方はしていないのだ。


 極力父さんを傷付けたくなかったが、これぐらいは子供の重さと思ってもらって許してもらうとしよう。

 父さんの魔力量は僕と同じくらい、つまりはフェニィと同じくらいだ。

 成功の前例もある。

 ここまで持ち込めば、あとは解術に集中していくだけだ。


 魔力を流す事だけに集中していると――()()()は唐突にやって来た。

 洪水で堤防が決壊するように、父さんの中で堰き止められていた何かが、勢いよく僕の中に流れ込んできた。


 …………僕は怖い。

 これから視ることになる記憶は、父さんの絶望の記憶であり、僕の弱さの記憶でもある。……それでも、僕は逃げるわけにはいかない。

 この記憶と正面から向き合うことは、僕の責務なのだから――――


 ――――――。


 ここは……食堂? 王城の食堂のようだ。


「――びひぇひぇ……! 武神と言えども毒には抗えなかったか。余に逆らう不忠者め、成敗してくれるわ!」


 将軍だ。

 品の無い笑い声をあげながら父さんを罵倒している。

 僕の意識は父さんの記憶と共にある。……だからこそ違和感を覚えてしまう。

 あの父さんが、毒程度で動けなくなっている?

 信じがたいことだが、実際に父さんのこの身体は動かない。

 父さんの焦燥感が僕にも直接伝わってくるのだ。


「――それはいけませんよ。契約を忘れたのですか? 私の目的はイレギュラーである子供二人の殺害。武神は消すわけにもいかないので……そうですね、あなたの護衛で飼い殺しにしてあげましょう」


 この男は、間違いない――()()だ。

 フェニィの記憶で視た時と、全く同じ姿、同じ声で、笑みを浮かべながら僕の父さんの処遇について話している。

 予想はしていたが、やはりこの悪魔は、僕の父さんの件にも噛んでいたのか。

 ……どれだけ僕の大事な人たちの人生を狂わせるというのか。

 腸が煮えくり返るような思いを押し殺して、僕は悪魔の発言について思索する。


『子供二人の殺害』が目的、この悪魔は確かにそう言った。

 ……どういう事だろう? 

 その言葉を鵜呑みにするなら――悪魔が父さんに干渉したのも、僕とセレンを殺す手段として利用する為だったという事になる。

 百歩譲って考えると、この時点でも王都において僕の顔は売れていたから、僕が標的になるのはまだ理解出来る。……だが、セレンは? 

 まだ生後一年のセレンを害する理由が見つからない。

 それもこんな迂遠な手段を用いてだ。

 この悪魔なら、幼い僕とセレンを直接手に掛ける事だって難しくは無いだろう。


「――動けないでしょう? 私の特製品ですから当然です。闘う為だけの存在、武神が家庭を持とうなどと欲をかくから……こんな事になるのですよ?」


 僕ら兄妹のせいで父さんがこんな目に遭わされていると聞かされ、僕は大波のような不安に襲われた。

 父さんが僕らに向ける感情を知るのが、怖くなったのだ。


 しかしそれも杞憂に過ぎなかった。

 父さんの心にあるのは、不覚を取った自分への怒りと、それより遥かに大きな感情――家族を守りたいという感情だけだ。

 その想いは僕の心を直接揺さぶる……父さんは、僕らを――愛している。


 だが、悪魔は止まらない。

 僕が何を感じようとも、これは()()()()()()()()()なのだ。

 悪魔は父さんの頭を手で掴み、愉快そうな顔をしながら囁く――


「――あなたの家にいる家族を――皆殺しにしなさい」


 ――――。


 そこから先の光景は見るに耐えないものだった。

 母さんを手に掛け慟哭する父さん。

 生まれて初めて目の当たりにする人の死――母さんの死に、混乱して何も出来ないままに恐怖に怯える幼い僕。


 そしてこれらを父さんの視点で視ることによって、新しい発見があった。

 胸を刺し貫かれて力を失う母さんの唇が、今際の際に言葉を形作っていたのだ。

 その発せられることの無かった言葉は、父さんにも、僕にも、確かに伝わった。


 それはたったの三文字――『()()()』。

 ……それが、母さんの最期の言葉だ。

 優秀な治癒術士である母さんには、自らの死の直前に、父さんの置かれている状態が分かったのだろう。


 分かっていながら、みすみす自分を()()()()()()()()事を悔いている。

 それが、父さんにも僕にも……確かに伝わった。

 だが、母さんが謝るようなことは何もない、何もないのだ。


 死にゆく母さんの遺言が、父さんの深い絶望が、僕の意識を押し潰す。

 気を強く持っていないと、激情の濁流に呑み込まれそうになる。

 ……今の父さんは、かつてのフェニィと同じだ。

 全ての元凶である悪魔より将軍より――自分を憎悪している。


 ……僕も自分自身が憎かった。

 無能で惰弱な幼い僕は、母さんの突然の死に怯えているだけだ。

 異変を察したバズルおじさんが部屋に飛び込んできても、加勢するわけでもなく、セレンを連れて逃げる足取りすら覚束ない。

 この記憶は、父さんの絶望の記憶であり……僕の罪の記憶だ。


 ――――――。


 ――僕は、長い旅から帰ってきた。

 解術は間違いなく成功した。

 父さんが、眼を開けたまま目を覚ますのが分かる。


「――――アイス」

「久し振りだね……父さん」


 改めて父さんに再会の挨拶を告げる僕だったが――不意に、自分の置かれた現状に気付いてしまった。

 ……なんてことだ。

 僕ときたら、いい歳をして父親に抱き付いて泣いているではないか……!


 これは恥ずかしい……またルピィにからかわれるネタが増えてしまう!

 僕は努めて自然な動作で身体を起こす。

 そう、軽いハグでの挨拶をしたようなものだ。


 こんな事で動揺している場合ではない。……まだ将軍が残っているのだ。

 聞きたい話もあるので息の根を止める訳にはいかないが、これまでの所業の報いを受けさせてやらねばならない。

 将軍に対する怒りに我を忘れないようにしながら、僕は視線を将軍に移した。


 …………そこには、()()()になって泡を吹いている将軍がいた。

 四肢を切り落とされている――出血が少ないのでフェニィの仕業だろう。

 僕が護衛の父さんを抑えている間に、無防備な将軍にやりたい放題やっていたようである……。

 ……僕の中で怒りの感情が霧散していくのを感じる。

 さすがにこの惨状を目の当たりにすれば、これ以上痛めつけてやろうという気にはならない。


 将軍は見るからに酷い事になっているが、どうやら生きてはいるようなので万事解決としよう。……なにより、父さんが将軍を見る目にも怒りはないのだ。

 あれほど色々な事があったのに、怒りどころか何の感慨も感じさせない。

 さすがは僕の自慢の父さんだ。


 ――その場で佇む僕と父さんに、セレンが近付いてくる。

 セレンは父さんの事を覚えてはいないだろうが、実に十二年ぶりの再会だ。

 父さんからしても、赤子だった娘が立派に成長しているのだから、万感の想いがあることだろう。


「――セレンか」

「――はい、父さま」


 ……二人の会話はそれだけだった。

 だが、それだけの会話で通じ合っているのか、父さんもセレンも共に満足しているように見える。……二人が情に薄いわけではない事は、他ならぬ僕がよく知っている。

 情が薄いどころか、家族に対する情愛の強さは、二人共に相当のものだ。

 父さんの胸の内は覗いてしまったことであるし、セレンのことも僕はよく知っている。


 この二人には、言葉を並べる必要性すらないということだろう。

 僕が寂しいような嬉しいような複雑な心境を抱えていると、レットとシーレイさんもこちらへとやってくる。


 洗脳術の支配下にあったとはいえ、レットとシーレイさんの父親は……僕の父さんに殺されている。

 バズルおじさんに瓜二つであるレットと、副軍団長の娘さんであるシーレイさんの存在に、父さんも気が付いたようだ。

 父さんは二人に口を開きかけるが――


「――――俺は、友人の為に死ぬなら後悔なんかしません。……きっと、親父も同じです」


 父さんは謝罪の言葉を出そうとしたかもしれない。

 ――だが、レットはそれをさせなかった。

 むしろ、父さんが謝罪することは()()()()()()だと言わんばかりの、はっきりとした口調だ。

 レットの意見に同調するように、シーレイさんも薄く微笑んでいる。

 父さんは故人を想うような瞳で、静かに二人を見詰めていたが、何も言わないままに小さく頷いた。


 しかし……レットの言う友人の枠には、僕は入っているのだろうか?

 もしもそうなら嬉しいが、レットが死ぬくらいなら僕が死ぬ道を選ぶので、心中複雑な思いもある。


 ――――。


 さて、父さんにはルピィたちのことも紹介したいが、それは後だ。

 吉報を待ち望んでいる皆に、戦争の終結を知らせなければならないのだ。

 ちょうどこの玉座の間からは、屋外に通じるバルコニーがある。


 僕と父さんが並んでバルコニーに顔を見せると――眼下では怒涛のような歓声が上がった。

 やはり僕と父さんの顔を見せるのが、何よりも瞭然とした勝利の証なのだろう。

 父さん――武神が民衆の前に顔を晒すことは、十年以上も無かったことなのだ。


 この歓声は、王都の外にいるナスル軍にも届いているはずだ。

 時を置かずして、ナスルさんも王城にやってくることだろう。

 これから先もやるべき事は山積みだが、僕は心配していない。

 僕には父さんがいる、セレンもいる。

 そして、いつも僕を助けてくれる――仲間たちがいるのだから。

一章【軍国~神捜し~】完。


今後は、一章→間章→二章……と進行していく予定です。

間章【神の女王と解放者~諸国漫遊記~】は独立した小説となっていますので、お手数ですがトップページ下部のリンクなどから飛んでいただければ幸いです。

URL〔https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n7882ep〕

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