百十七話 辿り着いた終着点
「――マカ、悪いけどフードから出ててくれるかな?」
「んにゃん」
マカを追い出すようで心苦しいが、それも仕方がない。
マカにフードから出てもらうのは、ネイズさんと対峙した時以来になる。
おそらくは今回も、マカの事を気遣う余裕が無いことだろう。
マカはフードから肩へと飛び乗り、僕の顔にバシッと尻尾を当ててから飛び降りる…………うむ、これは叱咤激励のつもりなのだろう。
セレンたちがイラッとしているのが感じ取れるが、どうか許してあげてほしい。
しかし、マカはどれほどセレンたちに脅されたとしても、気位を崩さず卑屈な態度にならないから大したものだ。
その場では怯えていても、しばらく経てばケロリとしている。
仲間にはいつも自信を持っていてほしいと思っているので、実に喜ばしいことだ。
――――。
――玉座へと続く、大扉。
さすがにここまで来ると、父さんの圧倒的な存在感が、圧力を伴うかのように扉越しにも伝わってくる。
当然、仲間たちにもそれが分かっている。
……あの豪胆なルピィでさえ緊張した面持ちなのだ。
僕も緊張しながら扉を開けようとした時――
「――ちょっといいかな」と、ルピィに声を掛けられた。
「アイス君がお父さんを助ける為にずっと旅してきたのは知ってる。だけどね、アイス君が危なくなったら……ボクは武神を殺してでも止めるよ――アイス君に嫌われてもね」
それは困るな……僕はこの日の為だけに生きてきたのに。
他の皆も口にこそ出していないが、ルピィと同意見のように感じる。
だが、解決策は簡単だ――
「――大丈夫だよ、僕は誰にも負けない。昔より、ずっと強くなったからね」
僕は自信満々に、いや、傲岸不遜なくらいに皆へと宣言した。
仲間が不安がっているならば、僕の自信を分けてあげればいいのだ。
それに旅立ちの際、セレンにも誓ったのだ。
僕は誰と闘っても圧倒出来るぐらいに強くなると。……それは相手が父さんとて例外ではない。
まだ皆には不安の感情が見え隠れしていたので、僕はさらに言葉を続ける。
「それに今の父さんは、全盛期の半分の力も無いはずだよ。まともに鍛錬だって出来てないだろうし、洗脳術に囚われていると動作が単調になるからね。……だからさ、ルピィはいつも通り、ヘラヘラ笑いながら見ててくれれば良いよ」
「アイス君…………ヘラヘラって、他にも言い方あるでしょ!」
「おえんああい……」
しまった、つい心に浮かんだ通りに喋ってしまった!
やっぱり僕も緊張しているのだろう。
……僕は頬をぎゅぅーっと引っ張られながら素直に謝罪した。
「坊っちゃんに何をするのです!」
ルピィの蛮行に慣れていないシーレイさんが、慌ててルピィを追い払う。
「ああ……こんなに赤くなって…………はぁはぁはぁ」
僕の頬を擦っているシーレイさんの息が荒くなってきたので、シーレイさんを傷付けないように、自然な動作で優しく振り払う。
もう恐ろしいくらいに、皆は平常運転だ……!
「……じ、じゃあ、行こうか。皆、油断しちゃ駄目だよ」
僕はむしろ逃げるように玉座へと続く大扉を開けた。
大扉を抜けた先には――――父さんがいた。
僕が覚えている姿より、随分と痩せている。
哀しくなるくらいにその瞳は何も見ていない。
だが意識を向けられてすらいないのに、凄みのある畏怖を覚えてしまう。
……そこだけは、相変わらずの父さんだ。
父さんの背後には、自力では動けないくらいに肥えた男――将軍。
その傍らには側近らしき男たちが三人寄り集まっていたが、そんな連中のことはもう僕の目には入っていない。
父さん……父さんの事を考え過ぎると思い詰めてしまうので、思い出しそうになる度に思考を逸らしていた。
だが、そんな必要はもうない。
「――久し振りだね父さん。もう少し、もう少しだけ……待っててね」
父さんは予想通りに無反応だが、言葉は届いているはずだ。
……洗脳術下にいても、意識は残っているのだから。
『貴様がアイス=クーデルンか! 死に損ないがっ!』
『将軍様に弓引くとは、反逆者どもが……あの世で後悔するがいい!』
『第一の〔狂犬〕も一緒か。寝返っておきながら、よくもおめおめ顔を出せたものだ』
側近たちの雑音が耳障りだった――が、それもすぐに止んだ。
ルピィが腕をサッと横に薙ぐ。
ただそれだけの動作で、側近たちの首にはナイフで栓がなされ――彼らは永遠に沈黙したのだ。
……もはやルピィの投擲術は芸術の域にある。
しかも、ただでさえ目で追えないくらいのナイフを、セレンの刻術がさらに加速させているのだ。
初見で対処出来るのは、父さんかネイズさんくらいのものだろう。
当然の事ながら、将軍の傍らで相槌の手を打つだけだった側近には、死を運ぶナイフから逃れられる手を打てるはずもない。
大物ぶっているように余裕の表情を浮かべていた将軍も、あまりにも突然な側近たちの死に動転しているようだ。
――そう、ルピィは将軍には攻撃をしていない。
事前の打ち合わせ通りだ。
今の父さんに関する様々な情報を集めた結果――父さんに直接攻撃、あるいは将軍が攻撃された場合にのみ、反撃行動を行うことが分かっている。
逆に言えば、いくら将軍の側近たちを攻撃しようとも、将軍を直接攻撃しない限りは無反応なのだ。
だから僕らにとって最悪のケースは、将軍が戦争の最前線に出てくることだったのである。……父さんをナスル軍にぶつけられようものなら、想像を絶する被害が出ていたことだろう。
しかし、今となってはそんな心配もない。
父さんへの命令を可能とする魔晶石の魔力も、まだ必要分だけ溜まりきっていないはずだ。……貴重な魔晶石の魔力を、〔迷神〕が無駄打ちしたとも聞いている。
残っているのは父さんと将軍のみ――ここからが本番だ。
ちなみに、今日の僕は武器を持ってきてはいない。
解術に武器は邪魔になるからだ。
武器ごしに魔力を伝えることも可能だが、わざわざ伝導率を下げる必要もない。
方策としては、ネイズさんが遺してくれた〔天穿ち〕でも使って、父さんの両腕でも切り落とした後に落ち着いて解術を行使するという手もある。
現在のパフォーマンスが低下している父さんが相手なら、それも可能だろう。
効率だけを考えれば、それが最も効率的かつ安全なやり方でもあるのだ。
ここには優秀な治癒術士である元神官さんもいることだから、元通りに治療することも問題はない。
父さんとて文句など言うはずもない。
いや……むしろ「そうしてくれ」と推奨するくらいだろう。
――だが、僕が嫌なのだ。
これはフェニィの時と同じだ。
戦闘不能に追い込んでから解術を行使すべきだと、頭では分かっているが――もうこれ以上、傷付けたくないのだ。
フェニィにせよ、父さんにせよ、もう十分以上に心が傷付いている。
そこから更に肉体まで傷付けるという行為に――僕が耐えられないのだ。
これは完全に僕のエゴで、我儘でしかない。
相手がそんなことを望んでいなかろうが関係ない。
結果として解術の成功率が下がろうとも、僕はこのやり方しか選びたくない。
実際、フェニィの時には、あと一歩で大失敗に終わるところだった。
それでも反省していないのだから、僕は救いようが無いのかもしれない。
……しかし今回はあの時とは違う。
やる事の大筋は変わらないが、今回は仲間の力も借りるつもりなのだ。
本日夜間(3/1 0:00過ぎ)の投稿で、一章完結予定です。
次回、最終話〔武神〕