百十五話 追及のピクニック
僕らが西塔へと急行してみると、三人と一匹は退屈そうにしながら炎上する西塔を眺めていた。
「やぁやぁ皆、無事そうで何よりだよ」
和やかに語り掛ける僕だったが――
「遅いっ! 遅過ぎるよアイス君! いったい何処で何をしてたの?」
うぐっ……口調とは裏腹に、ルピィの目は笑っている。
これは、僕の口からルピィの望む言葉を言わせるつもりだろう。
「……東塔の屋上にいました」
「屋上? 屋上に何かあったの? 何してたの、ねぇねぇ」
ルピィは分かっていながら僕に聞く。
レットへの根回しといい、ジーレのピクニックセットといい、疑う余地もないくらいにルピィの仕込みなのに。
もう笑みを隠せなくなっているくらいに嬉しそうなルピィを、僕はさらに喜ばせなくてはならないのか……。
「…………食事をしていました」
「しょくじ~~? ボクらが命懸けで死闘を繰り広げてた時に? いったい何を食べてたの? ほら、言ってごらんよ」
「チ、チキンカツサンドを食べていました……すみませんでした」
僕の希望では無かったとはいえ、本来なら僕は制止すべき立場だったのだ。
見苦しい言い訳などしない、素直に謝るのみだ。
「へぇ〜っ、ボクらが必死で闘っている最中に、助けに来るわけでもなく、高みの見物を決めて屋上でゆっくりと――チキンカツサンド! いやぁ〜、いいご身分じゃないのアイス君〜」
「…………おっしゃる通りです……ごめんなさい」
くそぉ……全てルピィの思惑通りに事が運んだはずなのに。
……いや、ここで僕が謝罪させられるのも含めて、ルピィのシナリオ通りなのだろう。
笑っていられるのも今のうちだ……今に見ているがいい、ルピィめ。
いつか、半袖半ズボンで虫取り網を持たせて『虫採りに行こうよ!』と言わせて、少年の心を思い出させてやる……!
イジリという名のイジメ行為が一段落ついた後、僕らは情報の交換を始めていた。……といっても、僕ら東塔組の方は〔何も無かった〕という事を改めて報告するだけだったが。
「――そうなんだね……。影神たちを倒しただけじゃなく、無実の罪で幽閉されていた人たちまで解放してあげてたんだ……うん、偉いよ。仲間として誇らしいよ」
聞くところによれば、西塔には不当に投獄されていた人たちがいたとのこと。
そして優しい皆は、その罪なき人たちを牢屋から解放してあげたらしい。
しかし、無実の罪で投獄か……。
軍国に批判的な意見でも口にしたのだろうか?
昨今では裏金によって結果が変わる不当裁判も横行していると聞くが、その人たちも冤罪で陥れられたかもしれない。
……いずれにせよ、酷い話だ。
しかし確かな目を持つセレンとルピィならば、公平に正当な判断を下してくれたに違いない。……本当に大したものじゃないか。
これでは、僕がルピィにどれだけ責められても文句など言えようはずもない。
「いやぁ〜〜、人として当然の事をしたまでだよ。ボクらは正義の味方だからね!」
倫理観に乏しかったあのルピィが、進んで善行を為したというだけで嬉しいことなのだ。
赤の他人が牢屋に囚われていても、平気な顔で素通りしそうな人だと思っていたのに、ちゃんと事情を聞いた上で逃してあげるとは。
見たところ、ルピィには嘘を吐いている様子もない。
……いや、疑うのも失礼だ。
まったく、自分の猜疑心の強さが恥ずかしい……!
第五軍団も一掃したようだし、これらの功績を鑑みれば、展望塔を勢いで焼き払ってしまうくらいは些細な事である……!
その炎上立役者のマカはと言えば、僕の姿を確認するなり駆け寄ってきて、肩に飛び乗り――滑るようにフードに収まっている。
……ふむ、活躍を褒め称える隙もないくらいの早業だ。
フードに入ってからは、まるで緊張の糸が切れたように小刻みに震えているがどうしたのだろうか……?
なにやら恐ろしい体験でもしたかのようだが……いや、気のせいだろう。
戦闘自体は圧勝だったらしいので、闘いで怯えるようなこともなかったはずだ。
おそらくは、もはや一心同体とも言える僕と離れて、長時間別行動を取ったから寂しくなったのだろう。
ホームシックならぬフードシックというわけだ……!
しばらくそっとしておいて、マカが落ち着いたらたっぷり甘やかしてあげるとしよう。
「セレンも大活躍したみたいだね、よしよし……良い子良い子」
働きをねぎらう為に頭を撫でようとした僕の手は、セレンにすっ、と後ろに下がられ躱される――しかし予測していた僕は、すすっ、とさり気なく追尾する!
ふふ……照れ屋なセレンが逃げる事などお見通しなのだ……!
何事も無かったかのようにセレンの頭をナデナデする僕。
「……子供扱いしないで下さい」
拗ねているような口調だが、口元の緩みは隠し切れていない。……可愛い子だ。
おっと、そろそろ仲間の皆さんの視線が厳しくなってきた。
仲間たちは〔褒めたがられ屋さん〕ばかりなので、一人だけを褒め過ぎると大変な事になる。
僕は名残り惜しくもセレンの頭から手を離す。
そう――僕らの人間関係は、常に危ういバランスで保たれているのだ。
特にシーレイさんが危険だ、危険すぎる。
セレンを見るその眼は、縄張り争いをする肉食獣のようではないか――
「――って、あれっ? シーレイさん、怪我してるじゃないですか!?」
全員、怪我一つ無いとばかり思い込んでいたら、シーレイさんの腕の内側に切傷がある!
――これは〔血術〕を使ったに違いない。
おそらくは影神を相手にした時だろう。
影に潜る前に瞬殺したかと思っていたが、血術を使ったという事は、ルピィあたりがいつもの余裕を見せてわざと潜らせたのだろう。
しかし、セレンたちのグループには元神官さんがいたはずなのに、何故治療をしていないのか?
疑問を抱えつつも、すぐにシーレイさんの腕を取り治癒術の行使を始める。
「あ〜、それね。治療してもらいなよって言ったんだけど、アイス君じゃなきゃ嫌だ、とかワガママ言ってたんだよ」
僕の内心の疑問にはルピィが答えてくれた。
「駄目ですよシーレイさん。女性なんですから、怪我の跡が残ったら大変じゃないですか!」
僕は治療をしながらシーレイさんに苦言を呈する。
シーレイさんは出血を自由に止められることもあって、昔から自分の怪我に無頓着な人だったのだ。
だが、浅い傷ならともかく、深い傷はしっかり治癒術をかけておかないと、傷痕が残ってしまうのである。
いくら人間嫌いだからといって、治癒術士を選り好みしている場合ではないのだ。
「申し訳ありません、久し振りに坊ちゃんの治癒術を受けてみたかったのです」
治療をしているうちに機嫌まで良くなってきたシーレイさんは、まったく反省した様子も見せずにニッコリ微笑んでいる。
本当に困った人だなぁ……。
それに『久し振りに』なんて言われてしまったら、負い目のある僕にはこれ以上言えなくなってしまうじゃないか。
「……これで、よしっと。本当に気を付けて下さいね? 嫁入り前の大事な体なんですから」
「そ、それはプロポーズっ――」
「――なワケないでしょ! さ、ほら、治ったんならさっさと行くよ!」
シーレイさんの発言をぶった切ってルピィが僕らを急かす。
――そう、ルピィの言う通りプロポーズなわけがない。
僕なんかがシーレイさんのような素敵な人に求婚するなんて、身の程知らずにも程があるというものだ。
人間嫌いではあるが性根は優しく、神持ちでとっても強くて、おまけに外見だけならお淑やかで清楚な美人さんである。
人間嫌いさえ克服すれば、男など選びたい放題のはずだ。
だが、シーレイさんは興奮すると相手に危害を加えてしまうので、相手の男性はよほど丈夫な身体をしているか、治癒術を使える人間の方が良いだろう。
粉砕骨折みたいな重度の怪我は、他人の治療となると時間がかかる。
つまり、結婚して新居を構えても――ずっと入院生活による別居を余儀なくされてしまうのだ……!
あと三話で一章完結予定となります。
明日も夜に投稿予定。
次回、百十六話〔王子の策謀〕