百十四話 陰謀のピクニック
――不落門を抜けた僕らは、セレンたちと別行動をする為に別れてしまった。
西塔に向かうセレンたちは心配だが、あちらには万能のルピィ先生もいる。
何が起きようと、まず問題はないことだろう。
なんでもアリの闘いでルピィに勝てる人間がいるわけもない。
……僕だってあっさりとやられそうなのだ!
ルピィは倫理観が欠けている人なので、やり過ぎてしまいそうなことが不安といえば不安なぐらいだ。
――しかし、最大の不安要素は何と言っても〔仲間割れ〕だろう。
協調性という言葉を知らないシーレイさんは大丈夫だろうか?
シーレイらしくもなく僕との別行動に異を唱えなかったのも、僕の意識に引っ掛かっているのだ。
この機会に、僕の仲間たちを排除する気なのでは……?
いや、いくらシーレイさんでもそこまではしないはず。……そう信じたい。
――とにかく、考えていても仕方がない。
僕らは速やかに〔東塔〕を確認しよう。
そして一刻も早く、皆と合流すればいいのだ。
「よぉし、さくさく東塔を確認して、早くセレンたちと合流しよう!」
「ま、まぁ待てよアイス。そんなに焦ることもない、落ち着いていこうぜ」
……? レットの様子が妙だ。
消極的な意見もさることながら、いつもは僕の目を真っ直ぐ見て話すのに、今日に限っては視線を合わせようとしない。
これは何かを隠している時のレットだ。
だが、ゆっくりと行動する理由か……。
慌てて行動することで影神たちを見落とす、あるいは不意を突かれて攻撃を受ける可能性を懸念している……?
……いや、違う気がする。
レットの反応は、第三者に言い含められている事を隠しているような反応だ。
となると、セレンたちから何かを言われている……?
うん、これはありそうだ。
差し当たっては――セレンたちが直接影神たちと決着をつけたいから、僕を引きつけておいてほしい、といったところだろう。
特にルピィあたりはプライドを傷付けられて静かに激怒していたので、さもありなんである。
そういうことなら、多少は融通を効かせてもいいだろう。
意を汲んで、慎重に時間を掛けて〔東塔〕の探索をするのだ。
――だが東塔に入り、僕は拍子抜けしてしまう。
大きな塔だから、一階ずつ確認していくだけでも時間が掛かりそうだと覚悟していたのだ。
しかし実際のところは、一階に大きな資料室があったぐらいで、最上階の部屋以外は全て吹き抜けとなっていたのだ。
ここは展望台のような用途で使用していたのだろうか?
だがこれでは、いくらなんでもデッドスペースが広すぎるだろう。
あまりにも無駄の多い設計ではないか。
つまるところ、ここは十中八九――将軍の意向で建造された建物だ。
将軍は税金で無益な〔箱モノ〕を作るのが大好きなのだ。……嘆かわしいことである。
おそらく、この塔にいた人間は全員が避難したのだろう。
閑散とした最上階の部屋は、面積以上に広く感じられる。
僕らの血税がこんなモノに使われたかと思うと……僕の心も閑散としてしまう。
そして恐ろしいのは、この東塔だけではなく、同じような高さの西塔も存在するということだ。
塔の中の造りも同一なのだろうか……?
こんな近距離に展望塔を二つも造って、いったい何がしたかったのだろう……?
「――わぁぁ……おにぃちゃん、パパたちが見えるよ〜」
僕らは最上階の部屋から、梯子を使って屋上に上がってきていた。
この展望塔は無駄の塊なのだが、こればかりは絶景と呼べる景色だと認めざるを得ないだろう。
ジーレの言った通り、王都の外周に展開しているナスル軍も見える。
……おや、不落門の跡地を通って逃げ出していく人たちがいる。
その恰好からすると、どうやら王城の使用人たちのようだ。
不落門に兵士が詰めていたから、今まで逃げるに逃げられなかったのだろうか?
こうなると、不落門を分かりやすい形で消し去ったのは結果的に大正解だったと言えるだろう。
見るからに〔通り抜け自由〕となっているので、使用人たちも安心して脱出出来るというものだ。
使用人たちに紛れて将軍が城外に逃げ出す恐れはあるが、その可能性は極めて低いはずだ。……逃げる機会はいくらでもあったのに、わざわざこんなタイミングで逃げる必要もないのだ。
それに不落門では、指無し盗賊団の人たちが見張りに立っているだけではなく、多くの群衆が王城に詰めかけている。
影神のような能力でもなければ、顔の知られている将軍の脱出は困難であろう。
「アイス。その、あれだ……見晴らしも良いし、ちょっとここで休憩していこうぜ」
……誰だ、この男は!? レットだ!
この東塔に影神たちがいなかったので、もう一方の西塔でセレンたちが交戦中である可能性が高い。
観光気分で休憩していくなどとは言語道断だ……!
僕の知っているレットがこんな事を自発的に言うわけもないので、やはりセレンやルピィから邪魔をするなと言われているのだろう。
しかし、時間を掛けて東塔の探索をするぐらいなら許容出来るが、のんびりと休憩していくなど問題外だ。
断固として拒絶しなくては――
「――わぁーい!」
なっ!?
既にジーレがレジャーシートを広げている!
可愛らしいバッグを持参していると思っていたが、〔ピクニックセット〕を持ってきていたのか……!
なんてことだ……僕でさえ愛用のイーゼルを自粛して持ってこなかったのに。
ジーレには緊張感が皆無ではないか……。
「ジ、ジーレ、どうしたの、そのピクニックセットは?」
僕は動揺を隠しきれない。それも当然である。
ジーレがピクニックセットを持っていたことなんか、かつて一度もなかったことなのだ。
それがよりにもよって、この大事な局面でニューフェイスが鮮烈なデビューを飾っている。……これが動揺しないでいられようか。
「えへへ〜っ、これはルピィちゃんに貰ったんだよ、いいでしょ〜」
ルピィ!?
ということは、この展開は全てルピィの想定通りということか……!
レットをも抱き込んだ巧妙な作戦だ。
なんといっても、ジーレの笑顔に弱いという僕の弱みを的確に突いてきている。
――くっ、なんてことだ……フェニィもお弁当を開け始めているではないか……!
そのお弁当とは、宿屋のおばさんに持たせてもらったお弁当である。
……もう完全にピクニックの流れになっている。
ジーレもフェニィも、不遇な幼少時代を過ごしてきた子たちだ。
その彼女たちが、あんなに嬉しそうな様子でピクニック体制に移行している。
止められない――僕にはこの流れを止められない……!
もはや盤石の構えを見せるジーレとフェニィに続いて、僕とレットもレジャーシートに座り込む。
だがレットの顔には「これでいいのだろうか?」と自問自答している様子が見受けられる。
根が真面目なレットのことだ。
ルピィの根回しを受けていたとはいえ、敵地でピクニックという暴挙に気が咎めているのだろう。
――だが、レットは間違っている。
こうなったからには覚悟を決めて――全力で楽しむのが正解なのだ!
僕の淹れた紅茶を片手に、ジーレがごく自然に僕の膝に座り込んでくる。
ふむ、怒りそうなセレンがいないのをいいことに、ここぞとばかりに甘えようというわけだな。
フェニィがじーっと見てくるが……ジーレはまだ甘えたい盛りの子供なのだ、好きにさせてあげるとしよう。
――その時、僕はある事に気付く。
ジーレの髪の生え際。
白髪のはずの髪の根本に、〔銀色〕の毛が混じっているではないか……!
元々ジーレの地毛は、輝くような〔シルバーブロンド〕だったと聞いている。
それが……呪術の影響で寝たきりの生活が続く中、ジーレの髪は輝きを失い、年齢に見合わない白髪へと変貌していったらしい。
呪術が直接の悪影響を与えていたのか、重度の不眠から解放された影響なのかは分からないが、このジーレの回復には僕も感無量の思いだ。
しかし、薄毛の悩みなんかは気にしてしまうとストレスで悪化すると聞く。
ここはあえてジーレに指摘せず、小さな萌芽を温かい目で見守るとしよう。
……僕は無言で、ジーレの頭を慈しむように優しく撫でる。
「えへへ……」とジーレはご機嫌だ。
フェニィがじじーっと見てくるが、僕は気にしない。
むしろ関係ないはずのレットが居心地悪そうにしている。
――それにしても、朝食を食べてそれほど時を置いていないのに、フェニィはよくそんなにも食べられるものだ。
それもよくよく見ると〔カツサンド〕ではないか。
朝からカツ丼、トンカツときて、昼食にカツサンドか……。
カツ、カツ――――カツ!!
なんということだ、ビクトリー精神が強過ぎるぞ……!
かくいう僕も、弁当のおかずを朝食に転用することはよくやるので、宿屋のおばさんの心情は理解できるのだが。
……ん? そこで僕は違和感に気付く。
「フェニィ。そのカツサンド、ひと口貰えないかな?」
「…………」
無言のフェニィに、カツサンドをあーんと食べさせてもらう。
もちろん、パンくずがジーレの頭に落下しないように気をつけている。
それぐらいの事は当然の配慮である。
……もぐもぐと食べた僕は、疑惑を確信に変えた。
やっぱりだ、これは――チキンカツだ……!
朝食のトンカツを転用しただけかと思いきや、チキンカツをぶち込んでくるとは……王都一番の宿屋の評判は伊達じゃない!
飽きさせないようにという、行き届いた心遣いではないか。
フェニィが顔色一つ変えずに食べていたから、危うく見逃すところだった。
これは、カツ違いに気付いた僕の慧眼もちょっとしたものだぞ……!
――待てよ。
朝に豚、昼に鶏ときたら、夜には牛が出てくるのだろうか?
気になるな……もう一泊したら判明したのに。
…………いやいや、僕は何を考えてるんだ!
だいたい、宿代はナスルさんが払っているのだ。
将軍を倒す倒すと言いながら、ずるずると金をせびり続けるなんて――悪質な詐欺グループじゃないか……!
……いや、もっと悪い。
娘さんの身柄を預かっている訳だから、何度も身代金を要求する卑劣な誘拐犯のようだ……!
……なんだかんだ言いながらも、僕らは舌鼓を打ちながらカツサンドを全て平らげてしまった。
そんな時だ、聞き覚えのある轟音が鳴り響いたのは。
――ズドォン!
むむ、間違いない。マカの雷術だ!
というか、西塔が激しく燃え盛っているではないか。
のんびり食後の紅茶を嗜んでいる場合じゃない。
早く、早く――ピクニックセットを片付けなくては……!
明日も夜に投稿予定。
次回、百十五話〔追及のピクニック〕