百十話 軍国の闇
わしたち〔指無し盗賊団〕の面々も、アイス兄さん組とセレン団長組にそれぞれ半数ずつ分けられた。
わしは団長たちのグループだ。
これからやる事は事前に聞いている。……そうだ、アイスの兄さん以外の全員に通達されている。
これから向かうのは〔西塔〕、軍国の研究所がある場所だ。
研究所と言えば聞こえは良いが、そこには軍国各地から徴発された〔神持ち〕が拘束されている疑いがあるらしい。
――街の教会で加護を調べて〔神持ち〕と判明した人間は、王都に集められる。
もちろん、軍団にスカウトする為だ。
だが……本人にその気があれば何も問題は無いが、入軍を拒否した人間の処遇が問題だ。
神持ちは個人で一軍に匹敵するような存在だ。
軍国からすれば野放しにしておくには不安だということだろう。
軍国に不利益をもたらす恐れがある神持ちはそのまま王都に拘束される、という噂は巷でも存在していた。
わしも以前から耳にしていた噂だ。
そしてシーレイの姐さんによると、普段立ち入りが制限されている〔西塔〕に捕まっている人たちがいるんじゃないかって話だ。
このことをアイスの兄さんに伏せているのは、捕まっている人たちが現在どのような状況に置かれているかが不透明だからだ。
……噂の一つには、無理矢理子供を産ませて優秀な人材を作りだそうとしているという、胸クソが悪くなるような噂もある。
〔神持ち〕からは加護持ちの子供が生まれやすい。
だが、軍国の戦力底上げの為とはいえ……そんな事が許されて良い訳がねぇ。
万が一にもその噂が事実なら、そんな事にアイスの兄さんを関わらせたくない、ってのはシーレイの姐さんの意見だ。
それに関しては、わしも異存はねぇ。
アイスの兄さんは優しい人だ。……優しすぎて、脆い人だ。
あの人が知れば、きっと誰よりも悲しみ……誰よりも絶望する。
軍国の非道な所業の噂は、話だけなら聞いているかもしれないが、疑惑とそれを認知することでは天と地の開きがある。
――アイスの兄さんと剣神との顛末に、心が動かなかったやつはいないだろう。
目で追うことも出来ないような人知を超えた戦いだったが、全部が終わった後に、アイスの兄さんが化け物だなんて印象を持ったやつは少ないはずだ。
わしには詳しい事情は分からない。
だが、アイスの兄さんは剣神を慕っていたのだろう。
……剣神の亡骸に縋り付いて、人目も憚らず子供のように泣いているその姿は、剣を振るっていた時のような豪傑の面影はなかった。
アイスの兄さんの悲しむ顔を見たくないのは、団長たちだけじゃねぇ。
わしだって同じだ。
そしてなにより、純粋なあの人に――人間の汚い部分を見せたくなんかねぇ。
ただ問題なのは、こっちのグループは、団長、ルピィの姐さん、シーレイの姐さん、それに加えて神獣のマカだ。
そうだ、この面子には――ブレーキが存在しない。
この人らが敵に遅れを取るとは思えねぇが、心配なのは仲間割れだ。
ちょっとした言い争いが、すぐ殺し合いに発展しかねない人たちが揃っている。
今は仲良く談笑しているようだが――
「――ええ、私も坊っちゃんと一緒に剣術大会に参加していましたよ。あの日のことは私の大切な思い出です。今でも夢に観ますから……私の四肢を切り落として、天真爛漫な顔で笑っている坊っちゃんの顔を……」
――悪夢じゃねぇか!?
うっとりと嬉しそうに話してるが、内容がひでぇ。
なんで団長とルピィの姐さんは妬ましそうなんだ……。
「ところでシーレイさん。西塔の研究所にはどれぐらいの人間がいるの? 〔影神〕と〔迷神〕もそこにいるだろうって話だけど、研究所に無関係な人が西塔にいるか分かる?」
「実質、第五軍団の本拠地になっている場所ですから、私は入ったことがないのですが――そうですね、捕まっている人たち以外は皆殺しにすればいいと思いますよ」
ええぇっ!?
いくらなんでもそいつは乱暴すぎやしねえか……!
何も知らずに下働きしている人間だっているかもしれねえのに、そいつはいけねえ。
しかし悪い噂が全部本当のことだったとしたら、犠牲になっている被害者がいることになる。
その被害者からすれば、自分が救われた後も関係者が生きているというのは気分が悪くなりそうなもんだから、そう考えれば間違っちゃいねえのかもしれねえが……。
「う~ん、それでもいいんだけどね……一応、セレンちゃんに軽く視てもらってからやっつけた方が良いかな。悪人以外を殺しちゃったら、アイス君に怒られちゃうしね」
「坊ちゃんに怒られる!? ……それは是が非でも避けなければなりませんね。坊ちゃんも『セレンは悪人探しが得意なんだよ!』と、おっしゃってましたし、生殺の判断はセレンさんに一任しますね」
「今の軍国に生かすべき価値のある者がいるとは思いませんが、そうですね……にぃさまなら無益な殺生は望まないでしょう。私が見極めます」
ふぅ……なんとか無差別大量殺人は避けられそうだ。
この場にいなくても影響力があるとは、さすがはアイスの兄さんだ。
そもそも神持ちの人たちはクセが強くて、他人に従うどころか、他人の話すら聞かない人ばかりなのに、よくもまぁ上手くまとめてるもんだ。
フェニィの姐さんなんかは、会話が成立したことすらないぜ……!
「それにしても、昨晩にぃさまを襲撃した不埒者たち。あれらの本拠地が西塔だとしても、今も逃げずに留まっているとはさすがに考え難いのですが? 軍国側が〔詰み〕の段階に来ているのは、いくら脳無しの無能であっても分かっていることでしょう」
団長の意見ももっともだ。
寝込みを襲っての不意討ちが失敗した以上、この王城に帰還したところで未来はないことだろう。
「ふふっ……それは心配ないと思うよセレンちゃん。神持ちってのは、どいつもこいつも、自分が負けるなんてことは想像もしてない連中ばっかりだからね。きっと、ボクらを返り討ちにする為に待ち構えているはずさ。……ボクだって、アイス君と戦うまでは、自分が負けることなんて想像もしてなかったよ」
「おや、ルピィさん。あなたも坊っちゃんに身の程を教えられたクチでしたか。……私も子供の頃、幼い坊っちゃんに完膚なきまでに叩きのめされましてね。フフ……あどけない坊っちゃんの笑顔を見ていると、負けた悔しさなんて欠片もありませんでしたが」
「悪びれもしない顔が目に浮かぶよ……。ボクはアイス君と一緒に行動するようになってすぐだね。ボクが『仲間集めなんか必要ないよ、二人だけで王城に行こうよ』って言ったら、『今のルピィさんじゃ僕にだって勝てないですよ。力不足です』なんて生意気なこと言うから、泣かせてやろうと思ったんだけどね……」
「坊っちゃんに現実を教えられた、という訳ですか」
「いやぁ……言い訳もできないくらいの完敗だったよ。挙句の果てには『もう、やめませんか……?』って、アイス君に泣きそうな顔で言われちゃったよ」
「にぃさまが負ける姿なんて、それこそ想像も出来ません。当然の結果ですね」
「そうなんだけどさ〜。未だにアイス君より強い人間って見た事ないんだよね。『戦闘系の加護を持ってない僕でこれですから、戦闘系の神持ちである軍団長はもっと凄いんですよ!』とか言ってたけど、完全に騙された気がしてるよ……」
「坊っちゃんの基準はお父様、〔武神〕が基準ですからね。――さて、そろそろ我々は露払いといきましょうか」
姐さんたちが話している間に、わしらは西塔に辿り着いていた。
「入り口の扉に施錠すらされてないね。まったく舐められたもんだ……ボクらには好都合だけど」
「ええ、好都合です。にぃさまがこちらに来てしまう前に、早く片付けましょう」
明日も夜に投稿予定。
次回、百十一話〔伏魔塔〕