百六話 夜の襲撃者
人々が寝静まった夜、僕は悪化した肩を治療しながら半覚醒状態で寝ていた。
後から考えれば、これが良かったのだ。
完全に熟睡せずに現世に意識を残した状態。
だから僕は、それに気付く事が出来たのだろう。
空気の揺らぎ、としか言いようがない些細な違和感に。
それを察した時には――僕は寝ていた場所から飛び退いていた!
――ザクッ!
僕が寝ていた場所にナイフが突き刺さっている――襲撃!
両腕が動かない分だけ動作が遅れて掠り傷を負ってしまったが、文字通りの掠り傷だ。
この程度であれば、戦闘に支障が出るはずもない。
「――チッ」
僕の眼前に立つ男は、てらてらと光る濡れたナイフを持っている。……どうやら毒が塗ってあるようだ。
しかしこの男……目の前に立っているのに、殺気どころか気配もほとんど無い。
これは相当の手練と言えるだろう。
「……どうも、こんばんは。ひょっとして第五の軍団長さんですか?」
そう、魔力量からして相手は神持ちなのだ。
神持ちでこの高い暗殺技術となれば、第五の軍団長である可能性は濃厚だろう。
血の臭いがしないので仲間は無事だとは思うが、これは容易ならない相手だ。
「へへっ、その通りだ。強がっていても無駄だ、アイス=クーデルン。このナイフの毒を受けたんだ、呼吸も出来ないくらい苦しいんだろ? へっへっへっ、この部屋は部下の〔迷神持ち〕が隔離している――お前に助けは来ねぇよ」
暗殺技能は高そうだが、口の軽い男だ。
……いや、毒ナイフで傷を付けたので勝利を確信しているのだろう。
それに……なるほど。
この部屋の扉が無くなっているではないか。
――そう、扉があった場所には壁があるだけだ。
しかも木製のはずの壁が、金属のような光沢を放っているように見える。
〔迷神〕とは聞いたことがないが、察するに環境を変化させる術を使えるのだろう。
……こんな時の為に毒耐性を身につけておいて良かった。
僕は普段から定期的に毒を摂取しているので、並大抵の毒は効かないのだ。
せっかくなので、毒が効いている振りをして色々情報を喋ってもらうとしよう。
「め、迷神……?」
「そうだ、第五の副団長だ。アイツは今日、魔晶石まで使って創り上げた王城の罠が無駄になったってブチ切れてたぜ? ……まさか、王都にまで来て宿に泊まるとはな。どこまでもフザけた野郎だが……それが命取りになったな!」
なんと、真っ直ぐ王城に向かっていたらそんな事になっていたのか。
僕自身も、まさか王都の宿で一泊することになるとは思っていなかったので、予想出来ずとも無理はない。
そして男の話しぶりからすると、この術は長時間維持出来るようなものではないらしい。
これはシーレイさんのファインプレーではないか……いや、シーレイさんが僕の両肩をクラッシュしたおかげで、現在危機に陥っているのだ。
これは差し引きゼロが妥当だろう……。
ついでに、もう一つ気になっている事を尋ねておこう。
「ど、どうやって、この部屋に入ったんですか……?」
いくら神持ちの軍団長とはいえ、ルピィの警戒網を抜けてくるというのはただ事ではない。
この男が部屋に現れた時からずっと気になっていたのだ。
僕の部屋が外界から隔離されているともなれば、余計に不思議である。
「へへへっ、俺は〔影神持ち〕だ。俺の影術に入り込めない場所はねぇ。 ……へっへっへっ、そろそろ毒が身体に回ってきたんじゃねえのか? もう腕も動かせないみたいじゃねぇか」
なるほど。
ペラペラ喋ってくれると思っていたが、毒が効く時間稼ぎをしたかったのか。
…………しかし、〔元から仲間に両肩を粉砕されていた〕と言っても、信じてもらえるだろうか?
なにしろ――僕だって信じたくない……!
影術というものも気になるが、どうやら質問タイムは終わりのようである。
男は薄ら笑いを浮かべながらじりじりと迫ってくる。
……だが、この男は大きな勘違いをしている。
この部屋にいたのは――――僕一人ではない。
「ニャッ!」
そう、マカもいたのだ。
今日は僕の枕元で寝ていたので襲撃で怪我を負わせずに済んで幸運だった。
マカは鳴き声を上げると同時に雷術を発動している。
狙いは男ではない――部屋の扉だ。
正確には、扉が存在していた場所である。
僕が一番やってほしい事をやってくれるとは、さすがにマカは賢い。
――ズドォン!
鉄製だったであろう壁はマカの一撃で消し飛び、壁の向こうにいたルピィたちの驚く姿が見える。
――そう、この異常事態に僕の仲間たちが気付いていないはずがないのだ。
この男の命運はここに尽きたと言える。
「まさか……神獣かっ!?」
男は驚愕しながらも毒ナイフをマカに投げつけるが、僕は即座にそれを蹴り上げ――ナイフは勢いよく天井に突き刺さる。
マカを傷付けようとするとは……許せない!
僕は追撃しようとするが、投げたナイフは時間稼ぎだったのだろう。
なぜか部屋の隅に逃げたかと思えば、そのまま男は影の中に沈んでいく。
これが影術か、と感心している間にも、ルピィたちが部屋に雪崩込んでくる。
「――アイス君っ!?」
ルピィは部屋に入り、影に消えていく男を視界に入れた瞬間――男にナイフを投げていた。
「ぐぁぁっ!!」
ナイフは男の眼球に吸い込まれ、男が苦悶の絶叫をあげる。
夜を騒がせた襲撃者は、ナイフを眼に刺したまま影の中に消えていった。
……それにしても、ルピィの技量は言語に絶するものがある。
驚くべきは、その判断速度だろう。
見知らぬ男を視界に入れた時には、もう既に攻撃している――それも極めて正確無比な攻撃をだ。
影神の襲撃なんかより、よっぽど背筋が寒くなってしまう……なにしろその狂刃は、しばしば僕に向けられているのだ……!
明日も夜に投稿予定。
次回、百七話〔心得ているツボ〕
※本日で一章の終了まで書き終えました。
3/1 0:00過ぎ(2/28夜間)の更新が最終投稿予定です。