百四話 密やかな共感
「――坊っちゃんっ! ご無事ですか!?」
外で待機してもらっていたシーレイさんが来てしまった。
空に打ち上げられていた僕を遠目に目撃して、心配してくれたのだろう。
僕は内心の動揺を押し殺しつつ、屋根からふわりと飛び下りる。
「ご心配おかけして申し訳ないです……その、ちょっとした、王都の皆さんへの挨拶、みたいなものですので、ご安心を」
まさか胴上げされていたとは言い出しづらかったので、つい言葉を濁してしまう。
将軍を倒した訳でもないのに何をしているんだと怒られてしまう……。
……しかしそんな僕の心情を無視して、ルピィがよからぬ事を吹き込む。
「シーレイさん? 大丈夫だよー、いつものようにアイス君が女の子をナンパして、いつものように成功してたから、お祝いしてあげてたんだよー」
「ぼ、坊っちゃんが女の子を……!?」
ルピィが嘘八百をシーレイさんに吹き込んでいる!
なんてことを、なんてひとに言うのだ。
僕に猛獣をけしかけようとしているようなものだ!
独占欲が人一倍強いシーレイさんは、僕にレットという友達がいる事すら気に食わないようだったのだ。……姉のような存在として、僕の交友関係も管理されていたのである。
それなのに、僕が日常的に軽薄な行動を取っているなどと誤解されれば……。
「な、何を言ってるんだよルピィ。僕は女の子をナンパなんて、しようと思った事すらないよ」
シーレイさんは肩をわなわな震わせながら、血気盛んな様子で僕に詰め寄る。
「坊っちゃん、本当ですね!? 本当なんですよね!?」
僕が応えるより早く――ホラ吹きルピィが口を挟む。
「そんなのウソウソ。アイス君は目を離すと――いや、目を離さなくても、ボクらの目の前で堂々と女の子を口説くんだから!」
「わ、私が近くにいなかったばかりに、坊っちゃんが女たらしに……!」
シーレイさんが僕の両肩をガッチリ掴んで興奮している……これはまずい!
――ボギッ。
「っ……」
僕の両肩は砕けてしまった。
シーレイさんは身体能力特化の加護を持っており、興奮すると強大な力のセーブが出来なくなるのだ!
「ああっ……坊っちゃん! 申し訳ありません、私は、また……」
シーレイさんは泣きながら僕の胸に縋り付いている。
僕も痛みに泣きそうだったが、ここで涙を見せるわけにはいかない。……シーレイさんをますます悲しませてしまう。
粉砕した肩の痛みより、シーレイさんの泣き顔を見ている方が、胸が苦しくて、胸が痛くなるのだ。
シーレイさんの言葉からも分かるように、こんなことは初めてではない……そう、どうということは無いのだ!
「大丈夫ですよシーレイさん、こんなのはかすり傷ですから! ほら、泣かないで、笑っていてください」
僕は腕が動かせないので、顎でシーレイさんの頭を優しくトントンとつつく。
「…………坊っちゃん」
シーレイさんは少し落ち着きを取り戻したようだが……僕の仲間たちの反応は様々だ。
ルピィは、面白がって煽った結果が、まさかこんな事になるとは予想していなかったらしく、僕の肩が砕けた時にはいつになく動揺していた。
そして今は、僕らを見ながら何かを言いたそうに口元をもにもにさせている。
……いつも歯に絹着せない、舌鋒鋭いルピィには珍しい。
セレンの状態は一番分かりやすい。
僕の両肩を砕いたシーレイさんを、今にも殺しそうな眼で見ているのだ……。
この面子では最も危険な状態にあるので、僕は「大丈夫だよ」と、柔らかい視線でセレンに伝えている。
ジーレは、肩を砕かれてぷらぷらしている僕の腕を、好奇心の宿った瞳で面白そうに見ている……前々から感じていたが、この子が一番危険な存在な気がする……。
常と異なる反応を見せているのはフェニィだ。
僕が今まで見たことのない瞳で、シーレイさんを凝視している。
見たことはないが僕には分かる、あれは――共感だ。
出会った当初のフェニィは、自分の力を持て余していた。
そして、些細な事で他人を殺傷してしまう自分を嫌悪していた。
フェニィとシーレイさんは似ているのだ。
二人とも身体能力が高過ぎるが故に、自身の意図に反して人を傷付けてしまう。
今となってはフェニィは活き活きとして人を切り刻む…………フェニィを肯定していく僕の方針は正しかったのか不安になるが、フェニィが暗い顔をしているよりはずっと良い。
――ちなみにシーレイさんがやってくるのと同時に、王都の人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ去っている。
『狂犬のシーレイだ!』という声が僕の耳に聞こえたので、人々がいなくなった理由も、シーレイさんの王都での立ち位置もよく分かった……。
しかし反乱軍である僕たちが歓迎されているのに、王都を守るべきシーレイさんが恐れられているのはどうなんだろう……?
「――ともかく、王城に動きは無いことだし、王城を攻めるのは明日にしないかな? 今日は王都の宿でのんびりしようよ」
僕の砕けた肩は、治癒術を行使すれば明日には快復しているだろうという事で、今日は諦めて明日にしようと皆に提案した。
腕の治療の為に王城攻略を遅らせるという事など、わざわざ口にはしない。
シーレイさんが責任を感じるかもしれないのだ。
「いいねぇ。王都の宿は初めてなんだよね。ナスル王のお金で一番いいとこ泊まろうよ!」
僕の意図を汲んでくれたのであろうルピィが、すぐさま僕の意見に飛び付いた。
……後半の台詞が引っ掛かるが、必要経費という事にしておこう。
皆も諸手を上げて賛成してくれたので、こうして僕らは最終決戦前の休息を取ることとなった。……ナスルさんとナスル軍は王都の外に駐留したままであるが。
指無し盗賊団の人に伝令に行ってもらって許可は得たが、伝令の人は一体どうやって説明したのだろうか……?
明日も夜に投稿予定。
次回、百五話〔蠢く殺害計画〕