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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第六部 終焉への始まり
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百二話 終わりゆく軍国

「……シーレイさんは第一の副団長の娘さんなんだ。『坊っちゃん』っていうのは、僕が第一軍団の人たちにそう呼ばれてたから、シーレイさんもそう呼んでたんだよ」


 僕は皆に説明しながらシーレイさんの様子を(うかが)う。

 ……予想通り、シーレイさんはピンピンしていた。

 シーレイさんはダメージを感じさせない足取りで、照れているように、はにかみながら歩いてくる。


「……これは失礼しました。久し振りの坊っちゃんの匂いに、つい我を忘れてしまいました。フフッ、坊っちゃんは罪作りな方ですね」


 なぜか僕が悪いことになっているが、何も言うまい……心配をかけた僕が悪かったのだ。

 フェニィに蹴り飛ばされても平然としているシーレイさんに、ルピィが溜息をつきながら呆れた声を上げる。


「はぁ……アイス君は王都を離れて正解だったね。あんな変態が近くにいたら危険だよ」

「……坊っちゃん、従者はちゃんと選んだ方が良いですよ? 特にそこの貴方、いきなり人を足蹴にするとはどういう了見ですか」


 フェニィに常識を問うシーレイさん。

 ……たしかにフェニィの常識力は中々のものだが、なにしろ再会した幼馴染の身体をまさぐり倒すようなシーレイさんだ。

 フェニィに負けないくらいな非常識ぶりなので、発言に説得力が欠けていた。

 きっと僕のことを弟のように大事に思ってくれているのだろうが……肉食獣が獲物に襲いかかるようなスキンシップは恐ろしいのである。


「……アイスに触るな」


 フェニィが怒っている。

 押さえつけるような視線でシーレイさんを威嚇しているのだ。

 今回ばかりはフェニィを支持したい気持ちもあるが、シーレイさんも懐かしさのあまり冷静さを失っただけだろう。……責めるのは酷と言うものだ。

 そして気が付けば、お馴染み同士の感動の再会だったはずが、すっかり緊迫した刺々しい空気になっているではないか……。

 ――これはいけない。僕が仲裁するべきだろう。


「シーレイさん。彼女たちは従者なんかじゃありませんよ。僕の大切な仲間たちですので、仲良くしてくれると嬉しいです。……そうだ。シーレイさんはレットと会うのも久し振りですよね」


 僕は荒んだ場を和ますべく、もう一人のお馴染みの存在をアピールした。

 そう、王都育ちなのでレットとも顔馴染みなのだ。


「ああ……レット=ガータスですか。生きていたのですね」


 シーレイさんは心底どうでも良さそうに冷淡な態度だ。

 ……ひどい、あんまりではないか! 

 だが当のレットは気にした様子も見せずに苦笑している。……そう、レットは酷い扱いを受ける事など慣れっこなのだ……!


 それにシーレイさんは、レットだけに冷たいのではない。

 昔から基本的に人間嫌いだったのである。

 特に、僕に近付く人間については、男女を問わず排除しようとしていた困った人だったのだ……!

 それでも僕はめげずに先を続ける。


「それに、ほら。セレンもいるんですよ。当時はまだ小さかったですけど、シーレイさんも覚えてますよね?」

「まあ、セレンさん? ……坊っちゃんによく似て……ないですね。本当に貴方、坊っちゃんの妹ですか?」


 なんてことを!? 

 セレンから溢れ出した殺人的な魔力が、ナスル軍兵士たちの意識を奪っていく――ばたばたと地面に倒れていく兵士たち。

 セレンは激怒している……そう、セレンが怒ると無関係な人々に甚大な被害が出てしまうのだ!


 最近ではセレンにせよフェニィにせよ、魔力を上手く抑えられていたのだが、今回は感情の高ぶりが限界を超えてしまったようである。

 ……それにしても、僕とセレンが似ていないなどと言われたのは初めてだ。

 どう見てもソックリだと思うのだが……しかしこれは聞き捨てならない。


「シーレイさんといえども、セレンを悪しざまに言うのは止していただけますか? 僕の大事な可愛い妹ですので」

「あぁ、あぁ……申し訳ありません申し訳ありません! ……坊っちゃん、私のことを嫌いにならないで……」


 途端に泣き出しそうになるシーレイさん……。

 そう、肉体は頑健でも、精神は傷付きやすい人なのだ……!


「こ、こちらこそすみません……強く言い過ぎました。……本当にごめんなさい」


 僕は素直に謝罪した。

 僕自身は厳しい事を言ったつもりは無いが、そんな事は問題では無い。

 言った側の感覚より、聞いた側の感覚が重要なのだ。


 俗に言う、苛めた側は覚えていないが、苛められた側は覚えているというやつだろう。

 加害者にそんなつもりは無くとも、被害者の心に癒えない傷を付ける事はある。

 ――僕自身にトラウマが多いので、他人の心のケアには敏感なのだ……!


「坊っちゃん……相変わらず優しい……」


 傷付きやすいが立ち直りも早いシーレイさん。


「そ、それより、そろそろお互いの軍を収拾しませんか? シーレイさんのお父さん、副団長さんが第一軍団の代表ですかね?」

「フフッ、坊っちゃんたら。私がこの第一軍団の代表ですよ?」

「……シーレイさんのお父さんは、どうしたのですか?」


 僕の質問に、シーレイさんが沈痛そうな表情を浮かべた。

 ――その瞬間に僕は悟った。

 いや……本当は、シーレイさんが副団長をやっていると聞いた時点で、薄々感づいていたのだ。


「……僕の、父さんですか?」


 拙い質問だったが、シーレイさんには伝わった。


「…………はい。団長の件で将軍に陳情に行った際に、父が将軍に掴みかかり――次の瞬間には団長に斬られていました」

「……そう、ですか」


 性根の真っ直ぐな副団長さんが、自我を失っている父さんの件で何も思わないはずが無かったのだ。

 将軍の仕業だと断定して陳情に行ったのかは分からないが、話し合いの過程で将軍の関与を知ったのだろう。

 激昂して掴み掛かろうとしたが、将軍の〔護衛の命令〕を受けていたと思われる、僕の父さんに――殺されてしまったということだ……。


「坊ちゃん、そんな顔をしないで下さい。団長が洗脳術の影響を受けていることは、私も軍団の皆も知っています。悪いのは全部あの〔ブタ野郎〕なんですから、坊ちゃんはいつものように不敵な顔で笑っていて下さい!」


 シーレイさんは僕の頬を引っ張りながら慰めてくれた。

 ……ブタ野郎とは、多分〔将軍〕のことだ。

 シーレイさんは丁寧な口調の中に悪罵を混ぜ込んでくるので、慣れていない人は自分の耳を疑ってしまうことだろう。


 ――というか、僕は不敵な笑みを浮かべていた事なんか無いのだが……。

 頬を引っ張っていたシーレイさんの手が、フェニィにバシッと払われ、再び抗争が勃発しようとしていたので、慌てて僕は話を再開する。


「と、とにかく、積る話もありますが、まずは第一軍団の兵士さんたちに投降してもらってもいいですか? ナスル軍で丁重に受け入れますので」


 努めて気にしないようにしていたが、第一軍団もナスル軍も混乱状態にあった。

 なにしろ、第一軍団の代表が猛然と僕を押し倒し、更には物凄い勢いで蹴り飛ばされているのだ。

 挙句の果てには、ナスル軍内で原因不明の集団昏倒だ……! 

 …………そう、原因は不明なのだ!


 これはもう、両軍の兵士たちには何が何やらさっぱりだろう。


「お任せください坊ちゃん! 四の五の言うやつがいたら殴り殺してやりますよ!」

「そ、そうですか……」


 ……本当に不思議だが、なぜ人間嫌いで精神が不安定なシーレイさんが責任者をやっているのだろう?

 まったく世も末ではないか……いや、実際に将軍の治世は終わろうとしている。

 そういう意味では、ごく自然な事なのかもしれない。


第六部終了。

明日の夜の投稿からは第七部【王城陥落】の開始となります。

次回、百三話〔遅れてきた胴上げ〕

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