百一話 幼馴染との再会
ネイズさん率いる第三軍団をも降したナスル軍の勢いは止まらない。
第三軍団も合流したナスル軍は、今や紛れもなく軍国最大規模の戦力だ。
もう王都まで数日の距離で、この大軍勢である。
こちらの戦力はもはや隠しようがない――というより、もはや戦力を隠さず誇示すべき段階に来ている。
これまでの軍団長たちとの戦闘もあって、ナスル軍内で僕らが神持ちの集団という事を知らぬ者はいない。……厳密に言えば、僕だけが違うので騙しているような罪悪感はあるのだが。
そして今となっては、その情報は恣意的に外部へと発信されているのだ。
武神の息子が神持ちの仲間を引き連れて、洗脳された武神を救いに来た、というストーリーだ。
……元々僕の事は話題になっていたが、最近では複数の神持ちが仲間にいる事も公になっているのだ。
ナスル軍内での僕を取り巻く環境も変化していた。
ネイズさんとの戦いを境に、僕へと親しげに接してくれる人が増えたのだ。
むしろ引かれるのではないか、と思っていただけに意外な変化である。
ルピィ曰く「アイス君が皆の前で泣いてたからね……アイス君が同じ人間だって分かったんでしょ」と面白くなさそうな顔で教えてくれた。
……なぜルピィが僕の〔立場向上〕を不満そうにしているのかは疑問だ。
しかし衆目の中で醜態を晒したのは一生の不覚だと思っていたが、これも怪我の功名というやつだろうか。
現状は面映ゆくはあるが、ネイズさんを打倒したことの影響で僕なんかが英雄扱いを受けている。
……それもネイズさんが残したものの一つだと思えば、居心地が悪いなどと不満を漏らすことはできないのだ。
そしてあとは残すところ、実質第一軍団のみだ。
第一軍団には僕の顔見知りが多い……幼い頃の僕は、練兵場を頻繁に訪れていたのだ。
今の父さんが軍団を指揮出来るはずもないので、副団長が指揮を代行しているのだろうか?
神持ちの副団長さんは、父さんの信頼厚い人格者だった。
副団長さんの娘も神持ちで、当時六歳の僕より少し年上の、一風変わったところのある女性だったが、僕にとても優しくしてくれたのを覚えている。
……まだ少女と呼べる年齢でありながらも、僕と同じように練兵場の訓練に混じって腕を競っていたのである。
王都を出奔する前に挨拶をしていきたかったが、僕ら家族の事情に巻き込んで危険な目に遭わせる訳にはいかなかったので断念したのだ。
……ただでさえ、ガータス家を最悪の形で巻き込んでいたのだから。
今も父娘が第一軍団に在籍していてくれたら、説得もしやすいことだろう。
――第一軍団はほとんど王都から動かないので、実情が不明瞭なのだ。
――――。
王都を目前にして、その時はやってきた。
王都を守護するように、第一軍団が布陣していたのだ。
兵士の数でも神持ちの数でもこちらが圧倒しているが、軍国はまだ僕の父さんを温存している上に、第一軍団は全軍の中でも精兵揃いのはずだ。
油断してしっぺ返しを喰らう訳にはいかない。
なにはともあれ、まずは説得からだろう。
知り合いの多い第一軍団なのだから、フランクに攻めてみるとしよう。
懐古心を刺激して良い結果に結びつくに違いない。
もうお馴染みになりつつあるように、僕はフェニィの上で演説を開始する――
「やあやあ、皆さんこんにちは。酸素を吸って優しさを吐いている人間と言えば? ――そう、この僕ことアイス=クーデルンです! 皆さんの気持ちは分かっていますよ。ナスル軍と戦いたくないんですね? ならばここに武器を置きましょう、そして一緒に将軍を倒しましょう! さぁ、皆さんご一緒に――レッツ革命!!」
うむ、今回も完璧だ。
数をこなしてきたせいか、手慣れてきた感すらある。
〔平和の伝道師〕のフレーズは定着しなかったので、今回は趣向を変えてみたのだがどうだろうか……?
そう、僕は果敢に新しい挑戦をする――研鑽を怠らない男なのだ……!
「何が『レッツ革命』だよ……アイス、お前説得する気ないだろ」
むっ、失礼な。
ちゃんと投降した兵士さんにリサーチもしているが、僕の誠意を込めた説得は好評なのに――戦う気が無くなったと、専らの評判なのだ!
「何言ってるんだよレット。第一軍団には知り合いも多いんだよ? 皆、友達みたいなものなんだから、しゃちほこばったやり取りなんか野暮というものだよ。……まぁ見てて、激的な反応があるはずだからさ」
僕はそう口にしながらも不安だった。
大丈夫だろう、と自分に言い聞かせていたと言える。
――だが、実際に激的な反応はあった。
砂塵を舞い上げながら、一人の人間がこちらに走り込んできたのだ。
その速度は速い――弓から放たれた矢のような速さだ。
咄嗟に警戒態勢を取る仲間たちだったが、僕は手を上げてそれを制する。
僕に向かって一直線に駆け抜けてくるが、僕には回避する気は無い。……そこには敵意が無いのだから。
マカがフードから射出されたような勢いで脱出するが、僕は地面をしっかりと踏みしめてその場に留まる。
――ドスッ!
僕は勢いよく抱き付かれた。
踏ん張ろうとするが堪えきれず、結局地面に押し倒されてしまった――痛い。
敵意は無くとも、ダメージは受けるのだ……。
しかし、僕には相手を責める気は無い。
この程度の痛みは甘んじて受けなければならない。
僕を抱き締める彼女は――泣いていたのだから。
「……坊っちゃん! ……やっぱり、やっぱり生きていたのですね」
副団長さんの娘、シーレイさんだ。
これほど心配をかけていたとは思わなかった……。
僕の生存を喜び、涙してくれたことが嬉しくて、思わずもらい泣きしてしまう。
「……連絡もしないですみませんでした。……お久しぶりです、シーレイさん」
シーレイ=センデルス。
黒い前髪を真っ直ぐ切り揃えた、一見清楚でお淑やかな女性だ。
だが、先の行動からも分かるように、かなりアグレッシブな女性なのだ。
年齢はたしかフェニィと同じくらいのはずだ。
……この年頃の神持ちは、攻撃的な人が多いのだろうか?
「いいんです。……こうして帰って来てくれましたから。……ナスル軍が坊っちゃんの偽物を看板にしていると聞いていましたが――私が坊っちゃんを間違える訳がありません!」
僕が生きている事を確かめるように、僕の頭を顔を体を触る、触る、触る……!
「あぁ……昔と変わらず愛らしい……はぁはぁはぁ……」
――怖い!
「あ、あの、すみません。は、離してもらえますか……?」
「……可愛いなぁ……いい匂いがするなぁ」
シーレイさんは普段は礼儀正しくて優しい人なのだが、時々言葉が通じなくなって暴走することがあるのだ……!
――ドゴッ!
フェニィの前蹴りがシーレイさんの横腹に炸裂する!
砲弾のような勢いで吹き飛んでいくシーレイさん。
――なんてことをするんだ!?
「……フェニィ。助かったけど、ちょっとやりすぎだよ……本当に助かったけど」
シーレイさんへの恐怖のあまり、縋るようにフェニィの脚を掴みながら注意する僕。
昔の僕ならシーレイさんをすぐに振り払っていたが、今回は心配を掛けてしまった負い目があったので邪険に出来なかったのだ……。
しかしフェニィの蹴りで、シーレイさんは十メートル以上吹き飛ばされてしまった。……シーレイさんでなければ致命傷だったことだろう。
――そう、彼女なら問題は無いのだ。
「アイス君、あの変態とはどういう知り合いなの? 坊っちゃんとか呼んでたけど」
何事も無かったかのように、平然と僕に質問するルピィ。
この人はこの人で恐ろしいな……。
明日の夜の投稿で、第六部は終了となります。
次回、百二話〔終わりゆく軍国〕