十話 酒場での出会い
衣服の清算を済ませ「それでは」と、店を出ようとした時、見知らぬ男が慌てた様子で店に飛び込んできた。
「おい、聞いたか? 空き地でバラバラの死体が見つかったらしいぜ!」
どこかで聞いたような話だった――というか、隠蔽工作は功を奏さず、速攻で遺体が見つかってしまったようだ。
路面の血痕を誤魔化す為に水を大量に撒いたが、その一帯だけ地面が泥だらけになっていたのが不味かったのかもしれない……。
「本当か? 誰がやられたのか分かってるのか?」
「あいつらだよ、ジィの連中だよ。いつも昼間っから酒ばっか飲んで、盗みやら無銭飲食やら、ろくでもねえ事ばかりしてたあの三人組が全員やられたんだよ」
「あいつらか……イージスの奴等が喜びそうだな。犯人は分かってるのか?」
「いや、まだ分かってねぇみたいだ。綺麗にスッパリやられてたらしくて、よっぽどの手練れらしいぜ」
なんとなく予想はしていたが、やはり穀潰しな男達であったようだ――少しだけ罪悪感が薄まる思いだ。
それにしても、凶行に及んだ実行犯たるフェニィは、すぐ横で自身の犯した殺人事件の話をしているにも関わらず、顔色一つ変えず無表情のままだ。
このポーカーフェイスぶりは見習いたいものである。
新しくコベットを訪れた旅人ということで、それだけで僕らが嫌疑を掛けられる可能性もあったが、なにしろ僕らは寸鉄一つも身に帯びていないクリーンな体だ。
厳密に言えば、少し前まで小振りのナイフを所持していたが、フェニィによって焼失させられてしまっている――まったく、何が幸いするか分からないものだ。
「アイス達も気を付けろよ。物騒なやつがいるみたいだからな」
身を案じてくれる声に笑顔で礼を返しつつ、僕は何食わぬ顔で店を立ち去った。
「――もう一人の仲間と合流する予定まで、あと二、三日はあるから、それまではなるべく目立たないように過ごそうか」
「……ああ」
僕らは宿を取った後、情報収集も兼ねて酒場に食事に行くことにした。
ようやく、まともな食事をフェニィに食べさせてあげられるので楽しみだ。
可能であれば――排斥の森の近況や、軍の動向なども知っておきたいものだ。
――――。
僕らが酒場の扉を開けた瞬間、店内の喧騒がまたたく間に止んだ。
酒場に姿を見せたフェニィの影響だ。
見上げるような長身に加え、造形美すら感じる顔立ち。
そしてその胸部は『ボクはここにいるよ!』と言わんばかりに、シャツを引き裂くかのように存在を主張している――下卑た男ならずとも目を奪われるのは無理もない。
「お姉ちゃん。そんなとこに立ってねぇで、中に入ってこいよ。なんなら俺がお姉ちゃんの中に入ってやるぜ。うへへへ……」
「なに馬鹿なこと言ってやがる。それより俺と飲もうぜ、そんなひょろい兄ちゃんなんか置いといてよ」
もはや条件反射的に絡まれている。
このまま放っておけば、過去の悲しい事件の二の舞だ。
僕はフェニィを庇うように――実際は男たちを庇うように、一歩前へ出ようとしたが――
「…………」
フェニィが無言で僕に視線を送ってきた。
これは、自分で対応するから任せておけ、という事だろう。
そんなフェニィの成長に、僕は……娘の成長を喜ぶ父親のような心境になりながら――感動してしまう……!
感動をありがとう、と伝えたい!
「そんな女みてぇな男より、俺……」
絡んできた男が何かを言いかけて、フェニィの方へ手を伸ばした時だった。
――ひゅん、と音が聞こえた気がした。
既視感を覚える光景――まずい、またやってしまったのか!
さっきのアイコンタクトは一体何だったんだ、僕の感動を返してほしい……!
と、刹那の間に思考を疾駆させていた僕の耳に、音が聞こえてきた。
「て、てがぁぁぁ……! 俺の手がぁぁぁぁぁぁ……!」
男の右手首から先が――地面に落ちていた。
その綺麗に切断された切り口からは血が流れているわけでも無く、まるで――体から〔手〕という部品を外したかのようだった。
これは……切断の瞬間に切断面を焼いているのか?
しかも魔爪術に用いた爪も、あっという間に消失させている。
これでは、周りの人間には何が起きたのか全く分からなかったことだろう。
気が付けば手が落ちているというのは、中々の恐怖に違いない。
その考えを裏付けるかのように――店内は阿鼻叫喚のパニック状態だった!
「きゃああああああ!!!」
「なんだっ!! 何が起きたんだっ!!!」
これはいけない。目立たないようにするどころか、僕らはベストヒットだ。
今、この街で最もホットな二人に違いない。
どうする? フェニィが何かをした証拠はないものの、状況を考えれば限りなくクロだ。
このままでは詰問を受けるのは必然だろう。ここは……
「僕の連れに軽々しく触れないでもらえますか」
――開き直るしかない! 堂々とした態度を取る人間は糾弾しづらいものだ。
多くは語らず、さりげなくこの場から立ち去ろう……!
僕はフェニィに合図をして、何事も無かったかのように二人で店を出た。
幸い、異様な光景に恐れをなしたのか、僕らを呼び止めるものはいなかった。