『異世界将棋食堂マンガ先生・オンライン』②
ここは都内の某喫茶店。
入社五年目の若手編集と、デビュー作の一作のみヒットを飛ばしてそれ以来鳴かず飛ばずのライトノベル作家が打ち合わせのために店にやって来ていた。
二人の打ち合わせは開始から一時間ほど進み、現在は休憩をとっている。
ちなみにこれまでの打ち合わせで決まったことは以下の通りだ。
1.新しい小説のタイトルを『異世界将棋食堂マンガ先生・オンライン』とする。
2.主人公は「ひき肉を作る機械に飛び込んで死ぬ」という死に方と、「キキララのレーザーで死ぬ」という死に方のちょうど中間に位置する「貧乏過ぎて餓死」によって死亡する。
3.主人公は「自分の指を相手に向けるだけでその相手が消滅する能力」というチートスキルを所持している。
4.主人公は金を大量に所有しており、とにかく女にモテる。だが魔王を倒した後バブルが弾けて没落する。
※何のことだか意味不明な人は前回の議事録、『異世界将棋食堂マンガ先生・オンライン①』を読んでいただきたい。
ここまで売れる予感が一切しない『異世界将棋食堂マンガ先生・オンライン』。果たしてこの後どのような展開を見せるのか。
店内奥にある静かな席で、今現在も二人の不毛な打ち合わせは続いている。
*
「はい。コーヒー」
「申し訳ありません先生。ご馳走になったしまいまして」
「いいっていいって。私が君のところの出版社に浴びせた赤字のことを考えたらこれくらい。はははは」
「……絶対に自分でヘラヘラしながら言うことでは無いと思うのですが」
「ははは。今回はちゃんと頑張るから」
「前回みたいにコウロギの図鑑に売り上げ部数で負けることがないようにしてくださいね」
「そこはなんとかクリアしたいね。ははは。それで次は何だっけ」
「将棋です」
「異世界で?」
「異世界で将棋です」
「これはさすがに無理があるよ」
「私もそう思いますが、逆にこれでしっかり話を成立させれば先生はラノベ界のレジェンドになります」
「レジェンドかあ。悪くないね」
「そう言ってくださると思っていました」
「まあ考えられる方法は二つだね。異世界にも将棋の文化があることにするか、主人公以外にも異世界転生した日本人がいてそいつと将棋で勝負するか」
「前者は無理がある気がします」
「となると後者か。じゃあラスボスの魔王は実は自分と同じように異世界転生してきた日本人ということにしようか」
「何だかアツい展開な気がしてきました」
「そんで最終回で世界を救うために将棋で決着をつけると」
「最終決戦で熱いバトルを期待していた読者全員から『なんじゃそら』って突っ込みが入りますね」
「あ。最終回じゃないね。その後バブルが崩壊して主人公が没落するところまで書くんだった」
「まあそういう細かいところは…………あ」
「どうかしたかい?」
「先生。困ったことに気が付きました。この展開だと早くも矛盾が生じてしまいます」
「え、もう?」
「主人公のチートスキルと将棋の相性が悪すぎます」
「えーっと主人公の能力は相手に指を向けると相手の存在を消してしまうスキルだよね」
「主人公が初手を指した瞬間に魔王が死にます」
「あー将棋は指すときに指が相手の方に向くから、先手二4歩ぎゃああああああ!みたいなことになるわけか」
「最悪のクライマックスです」
「うーん……。ここはまあ保留にしておこうか。最悪思い付かなかったら魔王は初手で殺そう」
「これには魔王も涙目ですね」
「まあいいじゃないか、どうせ魔王は殺されるんだし。えーそれで他に考えなきゃいけないことは」
「先生。そう言えば仲間を考えていませんでした」
「そうか。ドラクエみたいな剣と魔法の世界である以上は一人旅って訳にもいかないよね」
「ハーレム要素のこともあるので女性キャラがいいかと思います」
「主人公が持つ金に目が眩んだ女たちが集まってくるわけだね」
「そこの設定は先生のさじ加減ですが……。職業はどうしますか?」
「金でホイホイついてくるんだから全員キャバ嬢でいいでしょ」
「剣と魔法の世界で仲間の職業が全員キャバ嬢ですか」
「じゃあ一人だけ魔法を使える賢者にしよう」
「またバランスの悪さが著しいですね」
「これで構成員が主人公とキャバ嬢七人と賢者一人」
「構成員って。暴力団じゃないんてすから」
「暴力で魔物を倒して金でキャバ嬢を連れ回しているんだから暴力団みたいなもんだとおもうけどね。でもこれでかなりハーレムっぽくなってきたんじゃないか?」
「うーん。ハーレムっぽいはハーレムっぽいですが、七人もいるキャバ嬢のキャラ付けがまた難しそうですね」
「よし。もう面倒だからキャバ嬢は七つ子だということにしよう」
「また唐突におそ松くんもビックリな設定を。同じ顔のキャバ嬢七人って気味が悪くないですか?」
「キャバ嬢なんて元から気味が悪いよ」
「でもさすがに七人は……」
「なら途中で多すぎて不都合があったら主人公のスキルで消していこう」
「発想がサイコパスすぎます。もう少し自重してください」
「じゃあここも要検討で」
「このまま全部保留になっていく気がしますけど」
「途中で止まるよりはいいよ。さあつぎつぎ」
「将棋の要素はもう入れたので……次は食堂ですね」
「食堂?」
「はい」
「食堂ってなに? そもそも流行ってるのそれ」
「所謂グルメものですね。舞台も学園から異世界まで様々で。これは盛り込みやすいかと思います」
「異世界でグルメかあ。モンスター食ったりするってこと?」
「そういう作品もありますよ。しかもかなりの人気作で」
「へー。それは斬新で面白いな。よし。そのまんまパクろう」
「露骨にパクると叩かれたりしないですかね」
「こんなクソみたいな作品、どうせ誰も読まないから大丈夫だよ」
「先生、我々はヒット作を作るための打ち合わせをしているんですが」
「よし。主人公はモンスターの肉を食べるのが何よりも好き、と」
「都合の悪い時だけ無視するのやめてください」
「でもそれだけだとやっぱりつまらないな。グルメものといえばやっぱり食べたときのリアクションじゃないかい?」
「食げきのソーマみたいな感じですか」
「私の世代はミスター味っ子と中華一番だったなあ」
「でもそっちに足を伸ばすと料理バトルをすることになっちゃいますよ」
「それもいいんじゃない? 異世界料理バトルもの。新しいんじゃないだろうか」
「確かに異世界で料理バトルというのは聞いたことがないですね」
「じゃあ決定ね」
「具体的に何と料理で戦うんです?」
「んー。そう聞かれると困るなあ。ドラゴンとかが料理するのは想像つかないから、とりあえず相手は亜人種とかでいんじゃかいかな」
「その亜人種とどういう経緯で料理バトルをするんですか?」
「そこら辺の設定は考えるとキリがないから出会い頭とかでいいよ」
「出会い頭に料理バトル……?おっしゃっていることの意味がミジンコほどもわからないのですが」
「草むらに料理ができる亜人種がいて、主人公と目があったら近付いてきて料理バトルみたいな感じで」
「なんかポケモンのトレーナーバトルみたいな仕組みですけど……」
「『短パン亜人種のタツロウが勝負をしかけてきた』みたいな感じ」
「なんですか短パン亜人種って。長ズボンを穿けちゃんと」
「でもポケモンの戦闘方式を採用すると審査員をとうするかが面倒だね」
「他にも色々破綻していると思いますよ」
「まあいいや。バトルは諦めよう。あくまでも自分達のための美食ということで」
「では次ですが、マンガ先生です」
「また変なのがきたね。どんなジャンルなのそれ」
「簡単に言うと漫画家やラノベ作家を主人公にした作品ということですね」
「あーなるほど。昔から人気のジャンルではあるよね。ジャンプでも中学生二人がプロの漫画家になる話があったし」
「でも今回は異世界が舞台ですので漫画もラノベもありません」
「ここまで八方塞がりな設定もめずらしいよ」
「そこを何とかするのが先生の役目です」
「異世界には漫画やラノベに変わるものはあるのかい?」
「本はあるでしょうね。本を読むことで魔法を覚えるって描写を読んだことがあります」
「なるほど。本を読むことで魔法か。じゃあ主人公はそういう本を書く作家だということにしようか」
「魔法作家ですか。確かにカッコいいですね。それに今までに無い感じもします」
「ただの魔法作家だとマンガの要素が消えちゃうから四コマ漫画で魔法を伝承することにしよう」
「……有り難みの欠片も無いですね。急激にダサくなりました」
「そんなこと言っても君がタイトルに『マンガ先生』を入れたんだろう」
「最近のトレンドですので」
「そればっかりだね君は。まあいいか。それで次は?」
「オンラインですね」
「何だそれ。ネットに繋がっていればいいの? 異世界にWi-Fi環境があるとか」
「そんなネットカフェみたいな異世界は嫌です。この要素は所謂VRものですね」
「ぶいあーる? 何の略?」
「バーチャルリアリティーです。ゲーム等の仮想空間のことです」
「転生したと思っていた異世界が実はゲームの世界だった。とかそんな感じか」
「ですね。ただ実際にゲームの世界でなくてもいいと思いますよ。ゲームっぽい世界観であれば」
「異世界にいる時点で十分にゲームっぽくない?」
「もっとです。もっと露骨にゲームの要素を入れる必要があります」
「例えば?」
「簡単なところで言うと能力の数値化でしょうか。ステータスやレベルが数値として表れる設定です」
「最近の読者は小説をロープレのゲーム実況か何かと勘違いしているんじゃないかなあ」
「とりあえず読者の闇は置いておきましょう」
「そのステータスとかレベルってドラクエみたいな感じをイメージすればいいの?」
「ええ。その通りです」
「数値にしちゃうと強さの序列がはっきりしちゃうからあんまり気が進まないなあ」
「でしたら戦いと直接関係の無いような項目を数値化したらどうです? そっちの方が先生の作風にも合っている気がします」
「なるほどね。どうでもいいことを数値化するってことか」
「そうです。小説の中における無駄な要素で先生の右に出る人はいません」
「それは全く褒められていない気もするけど。まあいいか。じゃあ数値化される項目は全力でふざけよう」
「いいですね。こんなにも先生が頼もしいことも中々ないです」
「せっかくだから現代社会で必要なものにしようか。主人公は元現代の日本人なわけだし」
「異世界で生きる人間にとっては死ぬほど無意味ですね。ちなみに例えばどういうのですか?」
「今スマホでいいのを見つけたよ。経済産業省によると、社会人に必要な力は『前に踏み出す力』『考え抜く力』『チームで働く力』の三つらしいからこれで行こう」
「……この力でどうやってモンスターを倒すんですか。会社のために残業することくらいしか出来なそうですけど」
「モンスターはステータスとは関係ない無慈悲な超能力で倒すから平気」
「レベルアップの意味が一つも無くなりますね」
「まあ所々の調整は書きながらするよ。そんで次は?」
「次は……無いですね。以上です」
「おー!ついにこの設定地獄も終わりかー」
「どうですか先生。書けそうですか?」
「話として成り立たせるのは不可能に近いと思うけどとりあえず書いてみるよ」
「では初稿を楽しみにしております」
***
そして、何だかんだで一年後。
「先生。先生の引退をかけた作品である『異世界将棋マンガ先生・オンライン』が発売されてから一ヶ月が経ちました」
「私そんな大仁田厚みたいな約束をしたつもりないんだけど」
「去年最初の打ち合わせで売れなければ筆を折る覚悟で書いてくださいとお伝えしたはずです」
「そんくらいの気持ちで頑張って書いたけど、本当に引退するかどうかはまた別問題だよ。仕事なくなっちゃうし」
「まあ先生の引退については売れていなかった時にまた考えるとしましょう。それで今日なんですが、午前十時に先月のライトノベルの売り上げランキングが発表されます」
「上位に入っているといいね」
「ちなみに先生の前作はラノベの新巻のくせにコウロギの図鑑に売り上げ部数で負けるという良くない方の伝説を作りました」
「そんなこともあったね。今回は良い方の伝説になればいいんだけど」
「私もそうなることを祈っています」
「ちなみに何時?」
「もうそろそろ十時になるはずですが……あ、もう十時なってました。先生。先生の作品の売り上げ速報が発表されますよ!」
「おーついに来たね。さすがの私でもなんだかドキドキするよ」
「ではスマホでサイトにアクセスして……と、……ん? え……? これマジで!?」
「どうだった?」
「せ、先生やりましたよ!!先月の全書籍の売り上げランキングでなんと第二位です!」
「ほ、本当かい!? あの作品が!?」
「間違いありません!発行部数十三万七千冊!これは我が出版社のライトノベル部門始まって以来の快挙ですよ!」
「うわー。本当にそんなに売れたんだね。何だか嬉しさを通り越して不思議な気分だよ」
「私もです。ですがとにかく今は喜びましょう!先生!本当にありがとうございます。私は先生を信じて一緒にやってきて本当に良かったです。最初は本当にどうなることかと不安で不安で……うぅっ」
「そんな泣くことはないだろう。私も君には本当に感謝しているよ。君がアイディアを出してくれなければこの小説は出来上がらなかったからね。これは私だけの作品じゃない。二人で作り上げたものだと思っているよ」
「うぅっ……先生ぇ……」
「いやー、それにしても良かった良かった。あ、ちなみに私は二位だったんだよね?」
「はい、ライトノベル部門だけではなく、全書籍の中で第二位です」
「ほー。それは自信になるなあ。ちなみに一位は?」
「一位ですか? えーっと……。ちょっと待ってくださいね」
「うん」
「一位は……あ、ありました。一位はコウロギの図鑑です」
「コウロギの図鑑つええええええええええええ!」




