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番外編-とある部活の日、恋を知らない私は-

「あーあーあーあーぁーーー」


無駄に良く響く私の声ともう1つ、同じクラスの鈴花ちゃんのハープの音色が廊下に響く。

このままだと「部活は叫ぶ場所じゃないです」ととびきり可愛いジト目で言われてしまうのでとりあえず黙っておく。

私が所属している弦楽部は、まだ私が1年生ということもあってか非常に個人練が多い。9時から6時まで部活がある日となるとそれはもう、こんな事言ってはいけないのだが…


「暇……」


つい、言葉になってしまう。


私の担当する楽器はコントラバス。まぁわかりやすく言えば大きいバイオリンだ。

第1志望のハープには、いろいろとあってなれなかったので今こうしてコントラバスをやっている。

そして今日は朝から夕方までずっと個人練をしなければならない、いわば地獄のスケジュールである。


「で、何ぼーっとしてんだ?」


「!!」


気づけば目の前にはいちばん仲の良い、ただしすごく厳しい先輩がいた。

静かな廊下に、他の音はしない。


「あぁ、もうこの曲もこの曲もひけるようになって暇ですって?」


「え、え、え、」


「ほらひいてみろ」


いかにも「してやった!」という風な満足げな先輩ですが、別に私、後輩なんですけど……


「ごめんなさい、まだここまでしかできないです…」


「それなのにぼーっとしてちゃ駄目だぞ。どうせまた『どうしたら先輩とあの人がくっつくんでしょ〜?』とか考えてるんだろう?」


呆れるほど変な声真似で私の図星を突こうと頑張っているようだが、今日に限ってそんなことは考えていない。

でもここで否定するといろいろと面倒なのでまぁそういう事にしておこう。

……………どんだけ上からなんだ私。


「…そうです…今から頑張って練習します!」


「よし!そのやる気だ!」


どっかの運動部の顧問か…とツッコミたいくらいの意気込みのせいで廊下の体感温度が5度ほどあがったような気がした。


「じゃあ私は行くからな!ちゃんと練習するんだぞ〜!」


「は、はぃ…」


先輩がいなくなって、廊下は私ひとり…いや、忘れられていたけれどハープを抱えて熟睡中の鈴花ちゃんと2人。


「先輩、ちゃんと鈴花ちゃんも起こしてあげなきゃ駄目じゃん…」


しょうがなくずるずると鈴花ちゃんの方へ歩いていき、肩を揺さぶってみる。


「にゃ…」


いい夢を見てたのに、というように不機嫌そうにこちらを睨む鈴花ちゃんをぎゅーぎゅーしたく………い、いえ、そうはならない。そうじゃなくて…


「部活中!」


「ふぁい…」


効きすぎた冷房のせいで冷たくなっていた手を額に当てる。

やっとハープに手をかけてくれた。


「んじゃ、戻る」


また数メートル程ずるずると歩いて自分の楽器の方へ行く。気に入っているいちばん太い第4弦に指を置き、心地よい低い音にひたる。


==============


かくして50分。

集中力が切れるのは早いもので、もうアニソンを弾き始めてしまっている。


「よし!」


唐突に立ち上がって、頭に浮かんだ考えを実行しようとする。意外とフットワークは軽いのだ。

今の声で鈴花ちゃんが起きてしまったのではと思ったが、あいにく微動だにしていない。

まぁ、今は寝ていてもらった方が都合がいいのでそのまま放っておき、そのまま人気のない階段を降りてついこの間見つけたドアを開ける。

部活の休憩にうろついていたら見つけた、外階段の後ろのドアだ。


「……もう1周!」


野球部の練習と思われる声が聞こえてくる。この場所が見つかるのも嫌なので、さっさとドアを開けて中に入った。


植木鉢に植えられたまま放って置かれて成長してしまったよくわからない植物。

学校ないとは思えないこの空気。

ここは、長年誰も使っていなかったと思われる学校の隠されたベランダなのだ。


発見した時は本当にびっくりした。それと同時にすごく、すごく感動してしまった。

他には誰も手を付けていなさそうなので、早速掃除をして、ある程度は過ごしやすくなった。

───そうして部活の合間にここを訪れて1ヶ月。


「………ひと…???」


私以外の人がここにいるのを見たのは、これが初めてだった。


「寝てる…」


私が入ってきても動く様子はないので、相当深く眠っているようだ。先ほど放置してきた鈴花ちゃんとどこかかぶる。

よく見れば綺麗な顔つきをしていた。身体(からだ)もほっそりとしていて白い肌だが、それも不健康には見えなかった。

少し怖いが勇気を出して近付いて話しかけてみる。


「…どう…したの?」


ぴくり、とその綺麗な手が動いたような気がしたのは錯覚だろうか。気になって触れてみる。

──すると、もぞもぞと少し動いたその手はぎゅっとつかんだのだ。私の手を。


「え、えええ?」


それでもまだ目を開ける様子はないので、きっとこれは寝ぼけていたんだろう。そう思ってもなぜか心臓がマラソンで走った後みたいに鳴り止まない。


なんだろう、これは。病気か何かなのかな───────


気持ちの良さそうな寝顔を見ながら考える。

そういえば、先輩に恋の話を聞いていた時、心臓がドキドキするって言ってたな。私って、あんなに先輩をいじってるくせに、「恋」ってしたことないんだもんね。情けないなぁ。


「むぅ…」


熟睡しているらしい彼が唸って寝返りを打った。


じゃあこれが?…………そんな訳、ないか。だってまだ会って10分なんだよ?…………そっか、もう10分なんだ。

眠っている彼を見ていただけなのに、どうしてか部活中と違って飛ぶように時間が過ぎてしまう。

なぜかどうしても、起きている彼を見たくなって。


「ねぇ、どうしたの?」


鈴花ちゃんのときと同じように、冷たい手を額に当てる。それだけなのに、なんでだろう、鈴花ちゃんを起こすのと全然違う───


「んっ…む…………」


もぞもぞと動いて目をこする動作にも、反応してしまって…


「…君、は?」


聞きたかった声は、私の大好きなコントラバスの第4弦の音みたいだった。


「私は…いつも、ここにきてて…それで…」


「そうなんだ。僕も、昨日ここを見つけてね?すごく綺麗にしてあったから誰か居るのかなとも思ったけど…外にいると先輩に見つかっちゃって寝れないからさ。」


そう言って彼は悪戯っぽく笑った。


「ここに来てるのは君だけなの…?」


「…はい。そうだと思います…」


「そっか。ねぇ、僕もたまに来ても良いかな?…えっと、僕は2年生のたける…です。…苗字は、あんまり好きじゃないから言わない。」


2年生…彼は思った通り、先輩だった。敬語を使っておいたのは正解だったようだ。


「私…は、1年生です。…るなっていいます…。」


「るなちゃん、だね。あれ…?そういえば部活は…」


「弦楽部で……て、え!あ、あの、私もう30分もここに居たんですか…?ごめんなさい先輩に怒られちゃいます…」


さっきから本当に時間の進み方がおかしい。でもその理由(わけ)なんてもちろん私にはわからなかった。

そのまま席を立って彼を振り返る。彼は変わらずのんびりした笑顔でこっちを見ていた。


「そっか、じゃあ僕はもう少し寝てから行こうかな。」


「「いつでも、ここ…」」


「え…」


ハモった…?

私がきょとんとしていると、彼も驚いていたらしく「え…」とつぶやいている。

そして、お互いの顔を見あってクスクス笑う。


「えー、なんで笑うんですか〜!っはは…」


「ふふふ、だ、だってさぁ…」


つい先ほどまで、先輩に怒られるという事でいっぱいだった頭が、彼とのくだらない会話に満たされてしまっている。なんだろう…さっきから、私…。


「じゃ、じゃあさっき言いかけてた事言わなきゃね。」


まだ笑いが抑えられていないまま、彼は言う。


「いつでも、ここで待ってるから…」


「いつでも、ここに来てください…」


お互いの言葉がじんわりと暖かくて。そんな気持ちのままで、ドアを閉めた。


==============


カチャリ。木製のドアが閉まって、今までの分のいろいろな感情があふれ出てきてしまう。

そのせいで、私はひとりでにやついている変な人になってしまった。……それも、彼の所為。

さっきの白昼夢のような30分間をもう一度思い出して、これならあと3時間、個人練も耐えられると、先輩の待つ廊下へと歩く。


「……また、明日も来ます。」


==============


「……また、明日も行こう。」

今回は先輩の恋ではなくて後輩ちゃんの、初めての小さな恋のお話でした!

いつもと比べると長くはなりましたが、後輩ちゃんの魅力を詰め込めて良かったです。

ちなみに、後輩ちゃんの名前、初公開でした。気づきました?

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