はらはらと泣く空
ズキズキズキズキ、痛むのは心なのかくじいてしまった足なのか。
取り敢えず自分が今までにない程惨めなのはわかった。
片足を引き摺るようにして、涙の痕を隠すように俯いて歩く私に声をかける物好きなど存在しない。
そもそもこんな状況を見て知り合いでも声をかけるか怪しいだろう。
あぁ、なんて……。
「何て世知辛い世の中なんだ」
母が聞けばアホかみたいなことを言って、私の頭を小突くだろうが生憎私は一人。
ツッコミを入れてくれる人も慰めてくれる人もいない。
痛む足を引きずって人気のない公園のベンチに座った。
灰色の分厚い雲から僅かに見えた夕焼け。
子供も帰る時間なのだろう錆びれた遊具と私だけが取り残されたこの空間。
堪えていた涙がまた漏れ出す。
ボロボロ、ボタボタ、嗚咽だけは噛み殺して涙を流す私は何て滑稽なのだろうか。
二年……二年間も付き合った彼氏がいて、久々のデートをして、言われた言葉は私を殺すには十分過ぎた。
「好きな人ができたから、正直邪魔なんだ」
あぁ、あれはもうデートじゃないな。
遅めの昼食を取ったあとに珈琲を飲みながら言われた言葉。
胸倉掴んで殴ってやりたかった。
でも、出来なかった。
お冷を掴んで彼氏……元彼の顔面にかけた後の記憶が曖昧だ。
でも殴ってはいない。
驚きとか怒りとかが頭の中をいっぱいにして、何より心の一部を抉り取られたような気がしたのだ。
支払いもせずに店を飛び出したがそれくらいはいいだろう。
アイツが払えば。
久々に履いてみたハイヒールは店を飛び出して走っている間に、かかとから見事に折れて再起不能と化した。
その拍子に足はくじくし、通行人から向けられた哀れの目は正直堪えたな。
思い出せば思い出すほどに自分が惨めになって、涙が溢れて止まらなくなる。
綺麗に施された化粧も無意味になり、時間を掛けてセットした髪は乱れてしまった。
惨め惨め惨め、今世界で一番惨めなのは私なのではないか。
馬鹿みたいな事を考えても涙は引っ込まずに、むしろそれに同調するように灰色の空から落ちてくる水。
最初は長い間があったが、直ぐにザァザァと耳障りな音を立てて土砂降りになる。
生憎傘は持ち合わせていない。
そもそも天気予報だと今日の天気は一日快晴だった気がしなくもない。
どこまで私を惨めにさせれば気が済むのか。
「巫山戯んなよぉ……」
成人した女がこんな所で雨に打たれてマジ泣きなんて、笑い話にしかならないというのに。
パチャ、水と泥の跳ねる音。
雨音の隙間から聞こえたそれはとても小さかったけれど、私の耳にはしっかりと届いていた。
僅かに顔を上げて見えたのは黒の革靴。
こっち来るな、こっち見るな、私は見せ物じゃない。
強く目を閉じて涙を拭う。
ザァザァザァザァ、雨音は気分を憂鬱にさせる。
「……あの、大丈夫っすか」
おずおずと、問いかけられた言葉。
放っておいてくれ。
俯いて反応のない私を見てそのまま立ち去って来れ。
その願いは叶えてくれないし、私の心の叫びも相手には聞こえていない。
体に当たっていた雨が遮られ、もう一度大丈夫かと問われた。
掠れた低い声は男のものだとわかる。
「……風邪、引きますよ」
少しだけ顔を上げれば足元には黒の革靴。
ピカピカに磨かれていたはずのそれは泥で汚れてしまっている。
ゆっくり足元から視線を上げていけば、黒いスラックス、黒いジャケット、真っ白なワイシャツ、深い赤のネクタイ、休日出勤をしていたサラリーマンのような格好。
困ったように下げられた眉と少し釣り上がった目は何だか不釣り合いというか……そんな表情は似合わない感じがした。
色素の薄い髪は雨に打たれて水を滴らせている。
持っていた傘は私の方へ傾けられていて、自分の傘の意味を成していない。
「……う、大丈夫、に、見えるんですかっ!」
半ば八つ当たり気味にそう言えば、男の人は目を丸めて私を見る。
それから小さく首を横に振った。
そりゃあ大丈夫だったらこんな所にいない。
早く帰って温かいお風呂にでも入って体を温めている頃だ。
あぁ、でも、何でもいい。
傘をこちらに傾ける男の手に私は手を伸ばす。
だが手ではなく袖を掴んで私はまだ泣く。
まだ雨は止まない。