第五章 さらわれたミル
いよいよラスボス登場です。今回は顔見せですが。
そして舞台は木星に作られた人工太地スープラマンデーンへ。
第二章でショコラとタルトを襲った女も再登場します。
*帰らずの森*
木、木、木……樹木。どこを見回しても木ばかり。
森の中なのだから当然であるが、この森はどこかおかしい。
ブナ、ナラ、椎、松、杉、柿、栗、木の種類は豊富だ。
だが、他の植物は見当たらない。
草も、羊歯も、笹も、苔やカビすら見当たらない。明らかに人の手が加えられてる様子であるが、それでもどこか違和感がある。
何時間もこの森をさ迷っているうちに、彼女もようやくその事に気が付いた。この森の木々は、現実に存在している木々とどこか違う。明らかに生きているのに、まるで作り物のようだ。
何よりもおかしいのは、この森には一枚の葉っぱも、一本の枝も落ちていないのである。 試しに、近くにあった枇杷の木から葉を三枚もいでみた。
手触りは普通の葉と変わらない。
葉を落としてみた。
ゆっくりと葉は落ちていく。だが、地面には届かなかった。
地面に落ちる寸前に、葉は煙のように消えてしまった。
「なっ!?」
彼女は後退った。おもむろに枇杷の木の方を振り向く。
「そんな、馬鹿な……」
もいだはずの葉は元通りになっていた。
枝には、どこにも葉を取った跡はない。
「何を驚いているんだい。キャサリン」
からかうような声は背後からかかった。振り向くと、いつの間に現れたのか、十才くらいの男の子が立っている。
天使のように愛らしい顔はほほ笑んでいた。
しかし、その笑顔は、天使のそれではない。
自分より劣る者、弱い者を前にして、歪んだ優越感に浸る時の笑い……嘲笑であった。キャサリンはこの少年を知っている。
人生に疲れ切った彼女に、優しく声を掛け、この森へと誘ったのがこの少年だ。
この森ではどんなものでも手に入った。
服でも、宝石でも、豪華な食事でも、ただ望むだけで手に入った。
理想の恋人さえも……
だが、やがて彼女は気が付く。
それは本物の人間ではなく、彼女の思い通りに反応するだけの、操り人形に過ぎないという事に……それが分かった時、彼女は走り出した。
森の中へ……
「ところでさあ。こんなところで何をしているのかな?」
少年は、あどけない表情に戻って質問した。
「な……なにって……」
「まさかと思うけど、この森を出て行くつもりじゃないよね?」
「そうよ! いけない!?」
キャサリンはきっぱり言った。今更隠す気はない。
「どうして?」
不思議な物でも見るような目で、少年はキャサリンを見つめた。
「どうしてって……? 当然でしょ!! こんな所にいられないわよ」
「どうして? ここを出てどうするの? また、元の惨めな生活に戻るの? 毎日、同じ時間に出社して、ただ生活のために金を得るだけのつまらない仕事をして、その間にも上司や先輩から嫌味や小言を聞かされ、セクハラに悩まされ、精神的にボロボロになって、帰宅すると、そこで待っているのは借金の請求書。それも、君の借金ではなくお父さんの借りた金。そんな、生活に戻りたいのかい?」
「そうよ!! それが生きてるって事でしょ! そりゃあ、この森にいれば働く必要はないわ。欲しい物はなんでも手に入る。なんの苦労も、なんの心配もない。でも……こんなのは、生きてるとは言わないのよ! 死んでるも同じだわ!!」
パチ、パチ、パチ。少年は手を叩いた。
「いやあ、関心関心。よく、その事に気が付いたね」
「馬鹿にしないで!!」
「馬鹿にはしてないさ。ただね、キャサリン。気が付いた時には、手遅れになっているという事もあるんだよ」
キャサリンの顔がサッと青ざめた。
「どういう事? ここから出られないと言うの?」
「いや、出られるよ。ただ、元の生活に戻る事はできないんだ」
「なぜ……?」
「この森が、『帰らずの森』と呼ばれているのはなぜだと思う?」
「一度入ったら最後、二度と出られない。だから、誰も近付かない。町の人達はそう言ってたわ」
「そう。でもね、それはこの森に出口がないわけじゃないんだ。現に君は、もう少しで出口を見つけるところだった。だから、こうして、僕が現れた」
「出さないつもり」
少年はゆっくりと首を横にふった。
「出ていきたいのなら、止めはしない。ただ、ここを出た場合のリスクを教えないまま行かせるのは不親切だと思ってね。こうして来てあげたのさ」
「随分と恩着せがましいのね」
「そんな、つもりはないんだけどね。いいかい、キャサリン。今までに、この森に入った人はけっして少なくない。中には危険に気が付いて、すぐに出ていく人もいたけど、それは稀だったね」
パチッ!
少年は指を鳴らした。
キャサリンの前に、テーブルが現れる。ホカホカと湯気を上げる七面鳥の丸焼きが、その上に乗っていた。
「このように、欲しいと思った物はすぐに手に入る。でもね、こんな事が現実にあると思うかい? あるわけないよ。何もないところから、物質は生まれないのさ」
「じゃあ、これは何なの?」
キャサリンは七面鳥を指さした。
「これは……この森にある物は、すべて普通の物質じゃないんだ。言ってみれば幻の物質。疑似物質だね。そして、疑似物質はこの森の中でしか存在できない。森の外へ出ると消えてしまうのさ。この意味が分かるかい?」
キャサリンは、きょとんとした顔で何も答えない。
「この森にやって来た俗物どもは、そんな事などお構いなしに、自分達の欲望を満たすのに夢中になった。豪華な宮殿を出して住み、大勢の召使を出してかしずかせ、毎日贅沢な料理を出して食べ続けた。君は、控え目だったけど似たような事をしていたね。でもね、幻の物質でできた食べ物を食べ続ければ、どうなると思う?」
キャサリンは答えなかった。いや、答えるのが恐ろしかったのだ。
「もう、分かると思うけど、君は一ケ月もこの森の食べ物を食べ続けている。すでに体の一部は、新陳代謝によって疑似物質と入れ替わっているんだよ。入れ替わった部分は心臓の一部かもしれない。あるいは肺の一部。皮膚や毛細血管を構成している細胞はかなり入れ替わっているだろう。森を出るのは勝手だが、そうするとそれが一斉に消えることになるのだよ。二年も三年もここにいた奴なら、森を出た途端いきなり白骨化するだろうね」
「そ……そんな……」
キャサリンは地面にへたりこんだ。
「さあ、キャサリン。どうする? 出て行きたければ、この道を道なりに行けばいい。十分ほどで外に出られる。君は、まだ一ケ月しかここにいなかったから、すぐに病院に行けば助かるかもしれない。もっとも、この森の周囲二十キロに人家はない。それにここを出たら、君はすぐに体が動かなくなる。なぜなら、君の血液には本物の糖は一分子たりとも流れちゃいないのだから。ここを出たら、一瞬にして餓死するだろうね」
キャサリンは動けなかった。
外へ出ていくわけにはいかない。しかし、ここに止まるわけにもいかない。どうすればいい。
少年は残忍な笑みを浮かべ、苦悩する女を見つめていた。
彼は心底楽しかったのだ。人の苦しむ姿が……
だが、彼の楽しみは長く続かない。
「マナ様!!」
森の奥から、彼を呼ぶ声が聞こえた。
見ると、一羽のカケスがこっちへ飛んで来る所だった。
「ギーバか、何の用だ?」
カケスは少年が差し出した右手の上に止まった。
「マナ様。一大事です。すぐにお戻り下さい」
「一大事だと? それは僕の楽しみを、中断するほど価値のあるものか?」
「はい」
「いいだろう。だが、もしそうでなかったら、お前を殺しちゃうよ。いいね」
「はい」
カケスは一礼して飛び立った。
まだ苦悩している女の方を振り向き、マナは言う。
「キャサリン。時間はたっぷりある。出ていくか、止まるか、ゆっくり考えるがいい」
マナの姿はその場から消滅し、数キロ離れた洞窟の中に現れた。
「話せ。ギーバ。何があった?」
そこにいたのは、あきらかに人間であった。先ほどのカケスではない。
「実は回帰派の奴らが、金星刑務所のゴーダと接触を計りました」
「回帰派だと? 今の奴らには、活動できる想念霊はいないはずだが……」
「接触があったのは、十ケ月も前の事です」
「そうか。で、ゴーダに張り付けておいたタルパは、今までどうしていた? なぜ、今まで報告がなかった。それにちゃんとゴーダを、始末したんだろうな?」
「じ……実は、ゴーダに張り付けてあったタルパは、回帰派の奴に不意を付かれ、今まで封印されていたのです。それが、先ほどゴーダが死んだ事によって、封印が解けて報告が来た次第で……」
「無能な奴め!! それで回帰派には、どのぐらい情報が漏れた?」
「それが、ゴーダは情報の見返りに、出所を要求していたのでず。そのおかげで、今まで情報が漏れることはなかったのですが、昨日ゴーダが脱獄した際に迎えに来た回帰派に、ここの位置を漏らしたようです。ゴーダはその直後に射殺されましたから、それ以上の事は漏れていないと思いますが」
「位置がばれただけでも、かなり面倒だよ。しかし、回帰派に動けるタルパがまだいたとはね」
「タルパではございません。生きてる人間でした」
「なるほど、自分達がもうすぐ活動できなくなるのを知って、人間を手なずけていたか。なかなかやる。で、その人間は誰だか分かっているのか?」
「宮下瑤斗と、名のっておりました」
「宮下? そうか、宮下邦夫の息子だな」
「しかし、マナ様。宮下邦夫と言えば、回帰派で最後まで活動していたタルパではないですか? タルパが普通の人間との間に、子を成すなどできるのですか?」
「可能だ。タルパにもよるけどね。タルパとは想念霊。つまり、人の思い描いた事が実体となったものだ。純粋に想念だけで作られたタルパもいるし、生きている人間を複写したものもある。タルパは、バイオン粒子を素材とした疑似物質でできている。想念だけで生まれたタルパは単純な構造しか持っていないが、人間を転写した場合、DNAまでが疑似物質で再現される。その場合、疑似物質の精子が人間の卵子に受精する事もできるんだ」
「しかし、疑似物質のDNAが消えてしまえば、その受精卵は死んでしまうのでは」
「受精直後ならそうなるよ。しかし、ある程度細胞が増えるまで、疑似物質が持ちこたえればそうはならない。細胞が十分に増えればDNAの一個が消えたって大して問題にならないはずだ」
「なるほど」
「それよりもだ。回帰派がどのぐらいの人間を抱き込んだかが気になる。おそらく、一人ではあるまい。まだ、いるはずだ。ギーバよ。宮下瑤斗の周囲を探れ」
「ハッ」
ギーバの姿が、洞窟内から消えた。
*SSN(太陽系ニュースネット)*
『……本日未明、金星のダグー刑務所で起きた大規模な脱獄事件は、脱獄囚全員の射殺という形で終了しました。しかし、金星での脱獄事件は、これまで何度もありましたが、今回のように脱獄囚が射殺されるなどという事はなく、なぜ今回に限ってこのような事になったか、現在調査中であります。一説によると……』
*〈ネフェリット〉*〈ショコラ〉
「なんか、自分のやった事が、報道されてるの見ると照れるで」
リビングでテレビを見ながらミルがそうつぶやいたのは、ゴーダさんを太陽葬に付してから三時間後。陽電子補給のために立ち寄った人工惑星都市〈ヘリオポリス〉での事。
「しかし、顔が映らんのが残念やなあ。いっぺん、映ってみたいんやけど……」
ピシ……ピシ……
「ミルゥー!!」
あたしは立ち上がって叫んだ。
「こんな形で、報道されてうれしいの!?」
「うん、うれしい」
涼しい顔でミルは言った。言うだけ無駄だったか。
「けどさあ、脱獄囚全員の射殺って言っているけど」
あたしはチラッとタルトを見た。
「タルトの事はどうなってるの?」
「それは大丈夫。刑務所に入っていたのは、宮下瑤斗じゃない。別の人間さ。僕が逮捕されて投獄されたという記録はどこにもない」
「じゃあ、タルトはまるっきりの別人に成り済ましてたわけ?」
「そうだよ」
「じゃあ、疑いを晴らすのはわりと簡単だったんじゃ……」
「なに言ってんの? そんな事したら、刑務所に潜入できないじゃないか」
タルトは意外そうに言う。
「簡単だったのね。疑いを晴らすのは?」
「簡単も何も、別人だという事が、ばれないようにするのが大変だったよ」
という事は……あたしはチラッと、リビングの出口に目をやった。
案の定、ミルが足音を忍ばせて出て行こうとしている。
「ミルゥー!!」
開閉スイッチに延ばし掛けたミルの手が、ピタッと止まった。
ひきつった笑みを浮かべ、ミルはぎこちなくこっちを振り向く。
「なんや? うちは、これからコックピットに行って、出港の準備を……」
「まだ、補給が済むまで一時間あるわよ。それに出港準備は、モンブランがやってくれてるわ」
「さよけ」
「不可抗力じゃなかったのね」
「なんのことや?」
「とぼけないで!! タルトの冤罪を晴らすつもりは、最初からなかったのね!!」
「いや……最初はあったんやけど……代わりの方法を考える前にタルトが捕まってもうて……ついでやから最初の予定通りいこうと……」
ついでって……あんた……
「ショコラ。文句があるなら僕に言いな」
「タルト!?」
「ミルさんが、冤罪を晴らそうとしていたのは本当だよ。ただ、僕が断ったんだ」
「なんで?」
「考えてもみろ。そんな事したら、なぜ指名手配犯のデータと、僕のデータが入れ替わっていたのか調べられるぞ。そうなると、ゴーダを逃がすチャンスを無くすかもしれないし、下手をすると怪盗ミルフィーユの事だってばれるかもしれない。最初の予定通りやるのが一番安全だと思ったんだ」
「でも……」
「それに今までの事はともかく、今回の事は僕の親父のしでかした事に、ミルさんを巻き込んでしまったんだ。ミルさんが悪いんじゃない」
「いいわ。これ以上言っても水掛け論だし」
『では、次のニュースです。先頃、海王星の衛星〈トリトン〉で発見された遺跡は……』 テレビのディスプレーが、黒い噴煙を上げる火山を背景にして遺跡の発掘現場を映した。「ああ! こんな、しょうもないもん映しとらんと、もっとうちらのやった事出してえな」
あかん、全然反省してない。
「ところでショコラ。僕らに何か言う事があったんじゃないのか?」
ふと、思い出したようにタルトが言った。
そう。あたしはみんなにモルの事を紹介しようと思って集まってもらった。
しかしだ……さっきからあたしが抱きかかえているヌイグルミを『アヌンナキのモル君でぇす』なんて言ってみなさい。
二人とも、大爆笑するに決まっているわ。
何て言って紹介するか、あたしはさっきから悩んでいた。
「モンブランが来たら話すわ」
取りあえず後回しにしよう。
その場合、爆笑する人間が一人増えるだけで、何の解決にもならないような気がするけど……
「ところでさあ。結局分かったの? 〈オフィーリア〉の船の事」
あたしは、さらっと話題を変えた。
「おお! そやった」
ミルはポケットから紙切れを取り出した。
「これは、ゴーダのおっちゃんがくれた物や」
紙切れには『雷神のベルト。東へ一六〇・〇八〇九一。南へ〇・〇〇八一』と書いてあるだけ。
「さて、二人とも、神話に出てくる雷神の名前を上げてみい」
「ええっと、建御雷之男神」
あたしは言った。
「帝釈天」
タルトが言った。
「ヨーロッパの神様の名前や」
「北欧神話のトール」
「ギリシャ神話のゼウス」
「ゼウスの別名は?」
あっ! そうか。
「木星!」
あたしとタルトは同時に答えた。
「そや。CFCの船は、木星付近で消息を断った。という事は、今も木星系にあるっちゅう事や」
「そっか。でも、ベルトっていうのは?」
「木星を取り巻いているもの。つまり木星の輪ですね」
「いいや、土星ならともかく、木星のちっぽけな輪の中じゃ、とっくの昔に誰かが見つけとる。木星を取り巻いているものなら、もう一つあるやろ」
「ええ!?」「でも!?」
「でも、なんや?」
「あれができたのは、五年前。マリネリス紛争の直前ですよ。CFCの船が事故ったのは半世紀前」
「計算が合わないじゃない」
「ちちち。二人とも勘違いしてへんか?今、タルトは『できたのは、五年前』ちゅうたけど、それは入植が始まった時期や。二人ともあれの事を、もう少しよく考えてみい」
あれって言うのは、人類最大の建造物〈スープラマンデーン〉。 昔、誰かがこう言った。
『月から地球を眺めた時、見える人造物は〈万里の長城〉だけだろう』と。
そして現在ではそれを真似して、こんな事を言う人がいる。
第二太陽系から第一太陽系を眺めた時、見える人造物は〈スープラマンデーン〉だけだろうと。
でも、この前あたしは第二太陽系から眺めたけど、全然見えなかったぞ。
最初にそれを考案したのは、二十世紀の英国の科学者ポール・バーチだったと言われている。彼のプランは、木星にすっぽり覆いをかぶせて人工の地殻を作り、人の住める人工の惑星、〈スープラマンデーン〉惑星を作ろうとものだった。
これが、完成すれば、地球の三百倍の生活空間が生まれるという。
あの狭っ苦しいスペースコロニーとは、雲泥の差だ。
もちろん、実際にこれを建設するとなると、その費用、建設期間はスペースコロニーの比では無い。
そこで、このプランを縮小し、木星丸ごと包み込むのではなく木星表面から四万キロの位置に、軌道リングを建設するというプランが考案された。
実施されたのは、二十一世紀の後半ごろ。木星の赤道上空四万キロの同一衛星軌道上に、多数の基礎衛星を打ち上げることから始まった。
やがて、基礎衛星同士が連結され、木星を取り巻く複数の巨大なパイプが作られる。
そのパイプに液体金属を満たし、高速回転させた。
その結果、液体金属の遠心力によって支えられる帯状の人工大地ができたのが今から十五年前。
人工大地は、幅五百キロ、一周七十一万キロもあり、大地自体は木星に対して静止していた。
そのために、大地の上には木星の自然重力がかかってくる。
ただし、この位置での木星の自然重力は地球表面と同じ一Gなるわけだ。
次に始まったのが、この大地の南北両端に山脈を作ること。
それも、高さ二〇〇キロの。
山脈というより壁だ。
この巨大な壁で挟まれた帯状の空間に大気を入れると、大気は木星の重力によって人工大地の上に安定するわけだ。
最初は力場障壁を使うという案も出たが、シールドを維持するだけで膨大なエネルギーを食うために、その案はボツとなり、結局普通の物質で作ることになった。
最後の仕上げは、人工大地の上に土壌を敷き詰める事。
大量の土壌を得るために、無人の衛星〈イオ〉を壊して、それを敷き詰める事になった。
それに対して、世界中で反対運動が起きたけど、結局押し切られ、ガリレオ・ガリレイが発見した四つ衛星の一つは、永遠にその姿を消したのだった。
その後に空気が満たされ、人工太陽衛星が軌道に乗り入植が始まったのが五年前の事。入植と同時にマリネリス紛争が勃発した。
軌道リングも戦場になったが、幸いな事に基礎部分は破壊を免れ、現在ではその上で二億人の人が暮らしている。
「入植が始まったのは確かに五年前や。せやけど、軌道リングの基礎衛星は二〇八〇年頃から打上げられとる。CFCの船が遭難した時点では、衛星の数は千機近く回っていた」
「その一つに船が漂着したというわけね」
「そや。そして東へ一六〇・〇八〇九一。南へ〇・〇〇八一というのは、緯度経度を現している。つまり、船があるのは軌道リングの東経一六〇・〇八〇九一度、南緯〇・〇〇八一度のあたりということや」
「〈ネフェリット〉のデータバンクに軌道リングの地図はないの?」
「あるはずや」
ミルは、テーブルの端を引っ張った。引き出しのようにコンソールが現れる。コンソールを操作すると、今までニュースを映していた壁面のディスプレーに軌道リングの地図が表示された。地図というより写真だけど。
「これで、東経一六〇・〇八〇九一度、南緯〇・〇〇八一度の位置を拡大すると……」
中心部に標高三百メートルほどの小さな岩山があった。
その周囲三キロが緑色に染まっているという事は、その辺りに草原でもあるんだろう。「変だなあ」
タルトが怪訝な表情で言った。
「何が、変なの?」
「なんであの辺りだけ、あんなに青々としているんだろう? あの辺りは緑化計画の範囲から完全に外れていて、数百キロに渡って荒野が続いているんだ。中央水路からも十五キロは離れているし、どうしてあそこだけ、あんなに植物が繁殖できるんだ?」
「オアシスじゃないの」
「軌道リングに空気や水が満たされたのは、入植が始まる三年前。まだ八年しか経っていない。そんな短期間で、そういう地質構造ができるかな?」
「戦争中に、あの辺りで送水パイプが破損して、そのままになってるという事もあるで」
「でも、気になりませんか? よりによってCFCの船がある位置に、こういう物があるっていうのは」
「確かに変やな。念のために、他にこれと似たものがないか、検索してみよ」
ミルの指が、コンソールの上を流れるように動いた。
百平方キロ以下の緑地帯と言う条件で検索をかける。
五十六件見つかった。
その中で、都市部の公園を除外する。
三十二件残った。
中央水路、つまり軌道リングの赤道上を真っ直ぐ流れる幅五十メートルの運河から水を引いているものを除外する。
十三件残った。
その中で十二件は南北の大気遮断壁にへばり付くように存在している。
壁に積もった雪を水源にしているんだ。
水源のはっきりしない緑地帯は、そこだけだった。
「これは」「やっぱり」「怪しいで」
ミルは緑地帯をさらに拡大してみた。
「案外、緑のペンキを塗ってあっただけだったりして……」
バカな事を言った直後、ミルの顔が凍り付く。
ペンキなんてとんでもない。
ディスプレーに現れたのは、鬱蒼とした森だった。
「そんなアホな!? なんで、こんな大きな森が?」
「なにを驚いているの?」
「二人とも。これを見てなんか変やと思わんか?」
「何が?」「普通の森にしか見えませんが」
「何いうてんねん! 木がこんなに大きくなるのに、何年かかると思う」
「あ!」
確かに、計画的に緑化された緑地なら植樹も行われているだろうけど、こんなイレギュラーの緑地に植樹などされている分けがない。 ここの植物は、すべて種から育ったはず。
軌道リングに空気が満たされてから、八年しか経っていないのに、こんなに大きな木があるはずがない。
「CFCの船は、『オフィーリアの船』から外したワープ機関を積んでいたんですよね。 そいつのせいで時間の流れがおかしくなったとか……」
「それは違うね」
あちゃー! 突然の聞き覚えの無い声に、タルトとミルは辺りを見回した。程なくして、二人の視線はあたしに、いやあたしの膝の上にいるモルに集中する。
「なんや? そのヌイグルミ」
「ヌイグルミとは失敬な! 僕は知的生命体だぞ!! それも、君達地球人にとっては、教師とも言うべきアヌンナキ族だ」
ヌイグルミ呼ばわりされたのが、よっぽど気にいらなかったのか、モルは高飛車に出た。
「ショコラ。なんやそいつ?」
「あのねえ……」
あたしは、経緯をたっぷり十分かけて説明した。
「つまり、これがアヌンナキだって?」
タルトは、モルを指先でツンと突っついた。
「失礼な奴だな!! 君は」
「あ! ごめん」
タルトは慌てて指をひっ込めた。
「なんで、うちらに紹介せんかったんや?」
「じゃあ仮に、あたしがこの子をテーブルの上に置いて『アヌンナキのモル君でぇーす』と言ってみなさい。二人とも、どういうリアクションする?」
「そりゃあ、やっぱり……」
タルトとミルは少し考えてから言った。
「ショコラの額に手を当てて熱を計る」
「とりあえず爆笑する」
「だからあたしも、どうやって紹介するか悩んでたのよ」
まあ、これで紹介の手間が省けたからよしとするか。
「紹介が済んだところで、説明してもらえるかい?」
タルトが言った。
「何を?」
「ワープ機関のせいで時間がおかしくなったって僕が言った時、君が違うって言ったね」
「ああ、その事か。それは簡単だよ。まず、ワープ機関は時間の流れを加速したりはしない。そういう機能なんてないからね」
「そうなの?」
「そうだよ。ワープ航法は、時間圧縮航法とはまるっきり違うんだ。確かに空間を歪曲することにより、時間の流れに多少の影響は出るが、それでもここまでは大きな狂いはない。また、仮にこれが時間圧縮フィールドだとすると、ドップラー効果があるはずだ。ところがこの写真を見る限りそんな様子はない。あるいは写真を撮った時点で、フィールドが解除されていた可能性もある。しかし、それにしてもこの場所でフィールドを発生させるのはあまりにも危険すぎる。下手をすると軌道リングそのものが崩壊しかねない」
「どうして?」
「軌道リングを支えているのは、人工大地の下にある液体金属が流れているパイプだ。この液体金属が、互い違いの方向に高速回転する事によって遠心力を生み出しているわけだけど、このパイプに時間圧縮フィールドがかかったらどうなる?」
「なるほど」
タルトは納得したがあたしには分からない。
「どうなるの?」
あたしはタルトに質問した。
「つまりだな。軌道リングの人工大地には、常に木星の重力がかかっているわけだ。だから、それを丁度打ち消すだけの遠心力を、人工大地全体に掛けている。その力は強すぎても弱すぎてもいけない。また、力にばらつきがあってもいけない。常に一定一様でなければ、人工大地が歪むか、下手をすると崩壊する。もし、液体金属を流しているパイプの一部が、時間圧縮フィールドに包まれると、その部分に流れ込む液体金属の量にばらつきが生じる。その結果、その部分が陥没したり隆起したりするわけだ」
「森の中心に岩山があるけど、隆起してできたんじゃない?」
「いや、あの岩山は最初からあったんだ。もともと、軌道リングには地形に起伏を持たせるために、ああいう岩山がかなりあるんだよ」
「というより、衛星〈イオ〉のかけらを砕いて土にするより、岩のまま人工大地の上に定着させた方が、安く上がるっちゅうこっちゃな」
ミルが付け加えた。
「それに、あの船にはワープ機関はあったけど、時間圧縮フィールドジュネレーターは装備してなかった」
「そうか………え!? ……おい……あの船って……」
タルトがテーブル越しにモルににじり寄った。
「『オフィーリアの船』の事か?」
「そうだよ。君達がそう呼んでいる船の事さ。正式な名前は〈ト・ポロ〉という」
「お前! なんでそんな事、分かるんだ!?」
「だって、僕はあの船に乗ってたんだから」
「なんやて!」「なんだって!」
その説明は、さっきあたしも聞いた。〈ト・ポロ〉はアヌンナキと交易のある異星人の建造した船だという。
だからカプセルの文字が、あたしに読めなかったのだ。
アヌンナキですら使いこなせなかったワープ機関の技術を学ぶため、モルは彼等の星に留学していたのだ。
留学を終えたモルは、政府の買い取った船〈ト・ポロ〉を操縦して、意気揚々と五連星世界への帰途についた。
事故が起きたのは、五連星世界を守っている力場障壁を越えようとした時だった。
ワープアウトの地点をほんの少し間違えたために、船はシールドに激突したのである。その後、モルは脱出ポットで船から逃れ、あの彗星でずっと救援を待っていた。
船の方は、数千年間漂い続け、やがて天王星の小さな衛星に漂着したらしい。
「つまり……」タルトが、ジト目をモルに向けた。「お前のドジで船が遭難したと」
ああ! タルトって容赦ない。あたしが思っても言わなかった事を、ズバリと……
「う……ち……違う! 僕が悪いんじゃない! あの事故は僕のせいじゃない。僕だって最初はシールドから、十分離れた位置にワープアウトのするように設定したんだ。ところが、いっしょに乗り合わせた貴族達が、『それでは遅い。シールドギリギリの地点にワープアウトしろ』なんて言い出したんだ」
「それで変更したの?」
「そんな事するもんか!! あいつら、僕が寝てる間に、勝手に装置をいじくったんだ。気が付いた時には手遅れさ」
「ふうん」
タルトはまだ、疑わしそうな目をしていたが、話がそれると思ったのか、それ以上突っ込むのはやめた。
「とにかく、時間の流れがおかしくなったわけじゃないのは分かったけど……」
タルトは森が映っているディスプレーに目を向けた。
「それじゃあ、この森は、この事と関係ないのかな?」
「それは分からない。だけど、君の言った通り、CFCの船がある位置に、こんな怪しげな森があるというのが、ただの偶然とは思えない」
「じゃあ、どう関係があるんだ?」
「データ不足」
「なぜ、潔く分からんと言わん」
「じゃあ君なら分かるのかい?」
「地球人にとっての教師に分からん事が、地球人に分かる分けないだろう」
「いばるな!」
な……なんか、この二人って、相性悪そう。
あたしはどっちに味方すればいいんだろう。
「まあ、何にせよ。現地に行って見れば分かるっちゅうこっちゃ」
ミルはコントローラーを操作して、地図を消した。
ディスプレーはニュース番組に戻る。
『……地球を訪問中の、第二太陽系のレイピア王女一行は、迎賓館にて……』
「あれ? 〈エル・ドラド〉のお姫様なんて、いつの間に来てたの?」
ハーブ茶を入れながら、タルトは言った。
「あたしに聞かれても……あたしだって、冷凍睡眠してたから、その間の情報には疎いし……タルト。お姫様に興味でもあるの?」
「まっさか! たださ、今時、王族なんて時代錯誤なもんがいるって事態が意外だから」
まあ、普段のあたし達の認識では、王族なんてのは、ファンタジーの世界にのみ生息する生き物なのよね。もちろん、現実に王族と称する人達はいるが、それは王族と名があるだけで、実際には権力などない単なる生ける文化財だ。ただし、それは地球人の常識であって〈エル・ドラド〉では、今でも王家が実権を持っている。まあ近々、立憲君主制に移行するって話だけど……
あたしは、タルトの入れてくれたハーブ茶を口に含んだ。目を戻すと、レイピア王女のアップがディスプレー一杯に映っている。
「ブビュー!」
思わずあたしが吹き出したハーブ茶は放物線を描き、ミルの顔を直撃する軌道に乗った。ミルは寸前で躱したけど、その代わり背後にいたパイが被害を被る。
「フギャー!」
パイは慌てて部屋から逃げ出した。
「なんやねん! バッチイ子やな」
ミルの抗議を無視して、あたしはタルトの方を向いた。
「タ……タルト。あれ見て」
あ! ヤバ。タルトも口にお茶を含んでいた。
「ブッ!!」
タルトの吹き出したお茶はそのまま、モルを直撃する。かわいそう。
「うわあ! きたない!!」
「なんやねん! あんたら、行儀悪いで!!」
ミルもかなり頭にきたみたい。
「ミ……ミル……」「あ……あの人……」
あたし達は、ディスプレーのレイピア王女を指差した。
「ん?」ミルは、怪訝な顔で、ディスプレーを振り返った。「レイちゃんが、どないしてん?」
レ……レイちゃんて……あんた、仮にも王族を捕まえて……と、そんな事より……
「あの女よ!」
「〈シャングリラ〉のショッピングセンターで、僕らを襲った奴ですよ」
「レイピア王女が?」
ミルは首をかしげた。
「顔が似てるだけかもしれないけど……本当にクリソツよ。あの時の女と。ねえタルト」「ああ、間違えない。僕は一度見た人の顔は、まず忘れないからね」
「なるほど、レイピア王女ならありうるな」
「え?」
ミルの反応には、あたしの方が驚いた。てっきり『そんなアホな』とか『あんたらの見間違いやないか』とかいうと思っていたのに。
「ネメシス事件があった時、〈エル・ドラド〉から大量の宝物が、CFCによって持ち出された事を知っとるか?」
「うん。知ってる」
持ち出されたと言うより、略奪されたと言った方が正解ね。
事件の後で〈エル・ドラド〉からは宝物の返還要求が出て、地球連邦では今でも、連邦内に眠るお宝を捜し出しては、〈エル・ドラド〉に返している。
それでも全体の七割は、まだ行方不明のまま。
ほとんどはマリネリス連邦に流れたらしい。
「その一方で〈エル・ドラド〉の王室でも、独自に宝物の捜索をやっとる。その捜索活動を取り仕切っているのがレイピア王女や」
「じゃ……じゃあ、〈天使の像〉って元々〈エル・ドラド〉王室の物?」
「それは分からんが、レイピア王女が狙っていたという事はそういう事やろう。それにそうだとしたら、鬼頭のじじいが警察には通報せんと、配下の海賊を使って、うちらをしつこく追って来た分けも頷ける。あのじじい、CFCの関係者やな。〈天使の像〉がうちらの手にある間はまだしも、もしあれが公安の手に墜ちたりしたら、自分の素性がばれてまう。そうなったら、〈エル・ドラド〉政府に引き渡されて、一生刑務所行きやな」
「CFCの残党狩りって、まだ続いているの? もう、あれから半世紀も経つのに」
「ナチスの残党狩りかて、半世紀近く続いたで」
「ふうん」
ディスプレーの映像が突然切り替わり、コックピットにいるモンブランの映像が現れた。『姉御。出港準備終わりましたぜ』
「すまへんなあ。一人でやらしてもうて」
『とんでもない。それより、次の行き先は決まりましたか?』
「ほな、木星に向かってんか」
『アイアイサー』
ディスプレーはニュースに切り替わった。
「木星に行けば、分かるのかな? 親父の目的」
「大丈夫。行けば、なんとかなるって」
なんとまあ、アバウトな。
*アイデスの町*
「おい。あの女、また来てるぜ」
カーボーイハットをかぶったった若い男が仕事の手を休めて指差したのは、中央水路に突き出した小さな埠頭の上にじっと立ち、遠くの方を眺めている一人の若い女だった。
女は何時間もじっと立ち続け、動こうとしない。
ただ、白い帽子から零れた金の糸のような髪が川風に揺れている。
「誰か待ってるんだろう」
話しかけられた相棒は仕事の手を休めず、ただ面倒くさそうに答える。その後で、一言付け加えた。
「言っておくが、手を出そうなんて考えねえ方がいいぞ」
「なんでだ?」
「あの女、どっかおかしいんだよ」
「そうかな?」
男はじっくり女を観察した。特に変わった服装はしていない。
このような田舎町には、そぐわないような上品な服装ではあるが、それが変だと言うはずはなかった。
アクセサリーも特に派手な物は身に付けていない。
ただ、大きな水晶球を細い金の鎖で繋いだペンダントを、首から下げているだけである。
「格好がおかしいんじゃない。振る舞いがおかしいんだ」
「まあ、確かにな」
この炎天下の中を、何時間も立ち続けているというだけで異常である。いつ、日射病で倒れても不思議はない。
「それとだ、あの女の泊まっているホテルで俺の従姉妹が働いているんだが、そいつの話じゃ一ケ月前にもホテルに泊まっているんだ」
「それが、なにか?」
「一ケ月前、あの女はホテルで一泊したんだが、翌日どこへ行ったと思う」
「どこだ?」
「あの森だよ」
「あの森って、帰らずの森のことか?」
「このあたりに他に森があるか?」
軌道リングに入植が始まったのは五年前。
アイデスは、その五年の間に急速に発展した町である。
そして、アイデスが小さな集落だった頃から住民達は気が付いていた。
町から三十キロ西に奇妙な森がある事に。
そして、その森に入った者は誰も帰ってこなくなる事に。
本来なら、自治政府や軌道リング管理公社の調査が入るところだが、入植直後に始まった戦争とその後の混乱のために、この問題は棚上げにされていたのである。
「しかし、なんであの女が森に入ったって分かったんだ?」
「あの女。レンタカーを借りたんだよ。ところが翌日、レンタカーだけが自動操縦で戻って来たんだ。車載コンピューターの記録だと、車が自動操縦に切り替わったのは、あの森の近くだそうだ」
*木星系*
衛星〈シノーペ〉の軌道を越えて〈ネフェリット〉が木星系に進入したのは、〈ヘリオポリス〉を出港して二日後の事だった。
木星系に進入後、〈ネフェリット〉の速度はドン亀のような低速に落ちる。というのも、木星系内にはかなり大量のスペースデブリが漂っており、その中には戦争中にばらまかれた機雷も含まれていて、高速航行は極めて危険な状態だったからだ。
マリネリス紛争が木星系に残した爪痕は深く、五年の歳月を経ても、ぬぐい去られてはいない。
特に〈ガニメド〉〈カリスト〉のドーム都市群はことごとく破壊され、いまだに再建の目途も立たず、廃墟のまま放置されている。
現在、両衛星の住民は、氷を掘り抜いた空洞の中で暮らしていた。
しかも、空洞の中で断熱処置を施されている部分はほんの一部で、ほとんどの空洞は氷の壁がむき出しになっているため、中の気温を氷点以上に上げる事のできない状態になっている。
だが、この両衛星はまだましな方で、戦争中に住民が皆殺しになった衛星もあった。
一番、被害が少なかった衛星は〈エウロパ〉である。
この衛星は最後まで頑強に抵抗を続け、終戦までマリネリス軍の降下を一切許さなかった。
宇宙からの爆撃に対しても、実にダイナミックな方法で対抗している。元々〈エウロパ〉は薄い氷に覆われた海を持った衛星であった。戦争が始まった時、〈エウロパ〉政府は海に大量の熱核爆弾を投下し、水を蒸発させ緊急の大気圏を作って宇宙からの攻撃を防いだのである。
さらに〈エウロパ〉の都市はほとんど海中にあり、攻撃を受けにくかった事も、戦争の被害を小さくした一因であった。
この衛星の軌道を〈ネフェリット〉が横切ったのは、それからさらに二日後である。
彼等の前に無数の岩塊が漂う宙域が現れた。
そこはかつて衛星〈イオ〉の存在していた場所である。
破壊された後、軌道リングの建設資材を回収した残りが、岩のリングとなって木星を回っているのだ。
この岩塊もいずれは、建設中の極軌道リングの資材となるはずである。
*中央水路*〈ショコラ〉
「あついよおぉぉぉー」
あたしが本日三十回目の叫びを上げた時、人工太陽はちょうど真上に差し掛かっていた。 温度計は四十五度Cを示している。
こりゃあマジで死ぬかも……
「ミルぅー。修理屋さんいつ来るの?」
大胆なカットの水着に着替えて、サマーベッドの上で日光浴をしているミルに言った。もうすっかり、この状況に開き直って、バカンスモードに入り切っている。
「今日中には来るって。それまで、バカンスや思って、楽しんだらどうや」
いったい、なんでこうなったんだろう?
衛星〈シノーペ〉の軌道を越えて〈ネフェリット〉が木星系に入った時までは、問題なかった。
〈カリスト〉の軌道を越えた辺りから、急にデブリの密度が高くなり、おっきなデブリに衝突しそうになったり、自動追尾機雷に追い回されたり、それをレーザーで迎撃したりしたが、その程度のトラブルは予想の範囲内だった。
軌道リングに着いてから、シャトルの降りられる宙港と問題の森との距離が五百キロだというのは分かっていたが、たいした事ないと思っていた。
軌道リングがいくら大きいとはいっても、どうせ人工天体なんだから、交通網は十分整備されていると、たかをくくっていた。
ところが、いざ降りてみると現地へ向かう航空便も鉄道もなし。 幹線道路すらあるかどうか怪しい。
宙港のホテルで一日過ごして考えた結果、軌道リングの赤道を流れる中央水路を船で行こうという事になった。
翌日、ミルが調達してきたのは、全長三十メートルほどの中古のクルーザー。電磁推進が当たり前のこの時代に、スクリュー推進ときている。
今時、よくこんな物があったものだと思っていたが、予想通り、途中でエンジンがいかれた。
旧式の水素エンジンはタルトにもミルにも直せないし、機械オンチのあたしは問題外。こういう時、一番頼りになるモンブランは、〈ネフェリット〉に残ったまま、軌道リングの真上を周回している。
いざとなったら、上から必要な装備と一緒にカプセルで降下してもらうために、モルと一緒に残ってもらった。
今がその時だと言ったのに、何か考えがあるのか、ミルはガンとしてモンブランを呼ぼうとしない。
そうこうしているうちに、バッテリーもすっかり上がって、エアコンも使えなくなり、修理屋が来るまで、やけくその日光浴をやっていた。
人工太陽衛星は、有害な紫外線は出さないようにできているので、皮膚癌の心配はないものの、この暑さはどうにかしてほしい。
「タルトぉ。エンジンはともかく、エアコンだけでもなんとかならない」
ミルの背中にオイルを塗っている手を休めずにタルトは答える。
「無理だ。エアコンは壊れているんじゃなくて、電気がなくて動かないんだ」
「太陽電池があったじゃない」
「あるにはあるが、冷蔵庫を動かすので精一杯だ。エアコンに回す電力はない」
「いいじゃん。冷蔵庫なんか止めちゃえば」
「食料が腐る」
「このままじゃ、食料が腐る前に、それを食べる人間が死ぬよ」
「人間、このくらいじゃ死なん」
「そういう体育会系な事言ってると、女の子にもてないよ」
「わがままばっかり言ってると、男にもてんぞ」
いかん、このままじゃ水掛け論だ。
「ねえ、タルト」
「今度は何?」
あたしはサマーベッドの上で、うつぶせになった。
「あたしにもオイル」
タルトは、立ち上がってあたしの方へ歩いてくる。
「はい」
オイルの瓶を置くと、再びミルの方へ戻って、オイルを塗り始めた。
「塗って」
「自分でやれ」
「ケチ! あっ! そう言えば」あたしは少し勿体をつけてから言った。「この前、タルトの部屋に入ったら、押入れの奥に……」
タルトは一瞬にしてあたしの側に来て、引きつった笑みを浮かべながら、あたしの背中にオイルを塗り始めた。
「ははは……馬鹿だなあ、ショコラ。遠慮する事ないのに」
いや、してないんだけど……それにしても、押し入れに何を隠してあるんだろう?
なんにしても、今のがカマを掛けだってバレたら後がコワいわね。 ん? 不意に日が陰った。
雲かしら? ……え!?
突然、あたしはタルトに後ろから抱き締められ、強引にベッドから持ち上げられた。
ちょ……ちょっと……タルト!? どういうつもりよ!?
「ああん! タルト。だめだってば。いくらあたしの水着姿がセクシーだからって」
「ええい!! お約束の誤解をしてる場合か!!」
「え? 違うの」
プス! プス! プス!
何かが刺さるような音がしたのは、今の今まであたしが寝そべっていたサマーベッドからだった。
見ると、サマーベッドに小さな針のような物が刺さっている。
そうか。だから、タルトがあたしを抱えて防いでくれたんだ。
「気を付けろ! 麻酔銃だ」
麻酔銃!? どこから。
「上や!!」
ビーチパラソルを抱えたミルが叫んだ。
パラソルにも麻酔銃の針が数本刺さっている。上を見上げると、巨大なラグビーボールのような物が、人工太陽を遮っていた。
飛行船? 今時こんなアナクロなもの……
見とれている場合じゃない。
全長百メートルほどの気嚢の下に付いているゴンドラから次々と人が飛び降りて来た。総勢八名。それぞれ、背中にジェットパックを背負っている。
あたし達の行動は素早かった。
三人ともサッとキャビンに飛び込むと、それぞれ武器を取る。
真っ先に火を吹いたのが、タルトの荷電粒子銃。
飛行船のエンジンを一撃で沈黙させた。
これで、飛行船は風任せにしか動けない。
続いて、ミルのライフルから麻酔弾が発射される。二人仕留めた。 あたしは十分引きつけてから飛翔スタンガンを撃った。
細かい電撃弾が、三十度ほどの角度で銃口から広がり、五メートル上空まで降下した相手を襲う。
青白いスパークが、黒い繋ぎ服とヘルメットで身を包んだ相手の全身を包み込んだ。
だが、それだけ。
その人は何ごともなかったかのように、ジェットパックを操作して甲板に下り立とうとした。
その寸前にタルトに甲板から蹴り落とされたけど。
こいつら、耐電服を着けている。
五人がキャビンの屋根に降り立った。
ミルが麻酔弾を撃つ。
だが、麻酔弾は見えない壁に当たって跳ね返る。力場障壁!
「無駄よ。そんなもの私に利かないわ」
先頭の一人が発した声は、聞き覚えのある女の声だった。
全員が一制にヘルメットを脱ぎ捨てる。
「レイピア王女!?」
そこに現れたのは、つい最近ニュース番組の画像で見たばかりの顔だった。
「よく、私だって分かったわね」
「あれだけ、報道していたら誰かて分かるで。それより、王女はんがこないところで油売っとってええんかい? 公式行事が山のようにあるんとちゃうか? 今の時間なら、天皇陛下から晩餐会に招待されているはずやで」
「バッカねえ。公式行事なんて、いちいち出てたら身が持たないわよ。あんなのは全部影武者にやらせているの。もっとも、晩餐会の料理は、ちゃんと折り詰めでもらって来るように言っといたけど」
せ……せこい王女だ。
「で、王女様が僕らになんの用ですか?」
「あら? 用件は、この前言ったはずよ」
「〈天使の像〉なら、ここにはないよ」
「分かっているわ。だから、あなた達の誰かに人質になってもらうわ。まあ私としては、坊やを人質に指名したいわね」
「うっ……」
タルトは後退った。
「なんで、タルトなのよ?」
「もちろん、この前おちょくってくれた礼をしたいからよ。さあ、坊やいらっしゃい。たっぷり、可愛がって上げるわ」
「そういう……」タルトは、心底イヤそうな顔で荷電粒子銃を構え直した。「いやらしい表現はやめんかあ!」トリガーを押す。
王女達は、光り輝く球に包まれた。
普段は、見えないシールドが荷電粒子ビームを浴びて発光しているのだ。
「無駄無駄。そんな攻撃は……あら?」
王女の笑みが凍り付いた。
ビームが収まった後、タルトの左右にいたあたしとミルがいなくなっていたからだ。
「どこだ!?」
「こっちや!!」
「え?」
王女は振り返った。
そこにあたし達はいた。
そう、さっきの荷電粒子銃は目眩しだったのだ。
あれでシールドが破れない事は分かっていたし、もしそうでなかったらタルトは絶対撃たなかったろうけど、少なくともビームを浴びてる間はシールドが発光して視界を奪われる事は分かっていた。
その隙にあたし達は、背後に回り込んだのだ。
ミルは、左腕のブレスレッド、個体力場障壁ジュネレーター作動させた。シールド同士を干渉させて、穴を開けるつもりだ。
ポン! ポン!
小気味良い音が二つ同時に起きる。
「あら?」
ミルのブレスレッドが煙を吹いていた。
「ああ!?」
王女のも同様である。
「どうしてくれるのよ!! これ高いのよ!」
「お互い様や!!」
予定外だけど、これでシールドは消えた。
バシュッ!
あたしは王女に向けてスタンガンを撃った。
「危ない!!」
一人の男が、あたしと王女の間に割り込む。
男の頭部に青白いスパークが走り、そのまま男は倒れた。
「ち」
王女は舌打ちし、転がっているヘルメットを拾い上げかぶり直した。
他の男達もそれに従う。これでスタンガンは使えなくなった。
残った男達は一斉あたし達に襲いかかる。王女だけが屋根から飛び下りた。
タルトが狙われている。
「ショコラ。こっちはうち一人で十分や。タルトを助けに行ったり」
「うん」
あたしが屋根から飛び下りると、甲板ではタルトと王女の死闘が繰り広げられていた。 どっちかというと、タルトの方が押され気味だ。
しかし、ここで背後からあたしが茶々を入れれば……
ガツ!
え!? 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
王女の背後から忍び寄って、パイプ椅子でぶん殴るという由緒正しい反則技をやろうとしたところまでは覚えているのだが、それをやる直前に胸に強い衝撃を受け、気が付くとキャビンの入り口に倒れていた。
「てめえ! 女の子に、なんて事するんだ!!」
「手加減はしておいた」
「このやろう!!」
タルトは、飛び掛かった。次の瞬間、タルトは甲板に叩き付けられていた。
「だめよ。坊や。頭に血を登らせては、技の切れがなくなるわ」
タルトはぴくりとも動かない。
「どうしての? もうグロッキー。それとも、気絶したふりして、奇襲の機会を狙っているのかしら?」
タルトの性格からいって十分ありうる。
「それじゃあ、こっちのお嬢ちゃんから、始末しようかしら」
え?
あたしは慌てて、起き上がろうしたが、すぐに王女につかまり高く持ち上げられた。
「いやあ! 降ろして!!」
「やめろ!!」
タルトがサッと起き上がって王女に飛び掛かる。
だか、王女はその動きを読んでいた。
タルトの攻撃は、あっさり躱され、そのまま蹴り飛ばされる。
「タルト!!」
「やっぱり、気絶したふりしてたのね」
「馬鹿あ! 放して!! あたしをどうする気!?」
「そうね。このまま川に放り込もうかしら」
「やめてよ! あたし、泳げないんだから」
「じゃあ、水泳の練習でもしてなさい」
そのまま、王女はあたしを水路に投げ込む。一瞬、背中に冷たい水の感触を感じた直後、あたしは水中深く没していた。
苦しい、息ができない。
そんな苦しさがどのくらい続いただろう。
不意に息苦しさがなくなった。
目の前をあたし体が沈んで行くのが見えた。
その後を、タルトが追いかけていくのが見える。
タルトは手を延ばし、あたしの髪を掴まえ、そのまま体を手繰り寄せ……
あれ? なんであたし、こんな光景を見てられるのかな?
タルトは懸命になってあたしを抱え、岸に泳ぎ付いた。
あたしを岸辺に横たえると、タルトはあたしの顔の上にかがみ込み………
*〈ショコラ〉
目が覚めると、そこはクルーザーのキャビンだった。
ただ、さっきまでとは違って涼しい空気が満ちている。
エアコンが動いているんだ。
魚の焼ける匂いが、鼻腔をくすぐる。あたしは、おもむろにベッドから起き上がった。半開きの扉を開けて調理場に入る。
「タルト」
調理場にいたのは、タルトだけだった。
「やあ。気が付いたかい。心配したんだよ」
「うん……ねえ、タルト。あれからどうなったの?ミルは……」
タルトは、しばらく言葉に詰まった。
「ねえ、タルト」
「連れて行かれた。あいつらに」
「そんな」
それからタルトは、ポツリポツリと経緯を話し出した。
岸辺で途方にくれているところへ、修理屋の船が通り掛かり、クルーザーまで乗せて行ってもらったこと。
クルーザーに戻るとミルがいなくなっていたこと。
そして、衛星軌道上にいる〈ネフェリット〉に、レイピア王女からの脅迫状が届いた事。それによれば、ミルを返して欲しければ〈天使の像〉を持って、明日の正午までに例の森に来いという事になっていた。
「でも、〈天使の像〉は〈ネフェリット〉に置いたままだよ」
「今夜、〈ネフェリット〉がこの真上を通った時に、大気圏突入カプセルで中央水路に落とす事になっている。もう自治政府と管理公社の許可も取った」
「でも、許可を取るにはカプセルの中身を言わないとならないんじゃないの?」
「大丈夫だよ。考古学調査のための、器材だって言ってあるから。もっとも、あの森の方へ行くと言ったら、ついでに調査してくれって頼まれたけどね」
「なんで?」
「あの森。地元の人達からは『帰らずの森』と言われて恐れられているらしい。入った者は二度と出てこない。自治政府は半年前に調査団を送り込んだけど、やはり誰も帰ってこなかった」
「ちょっと、大丈夫なの? あたし達だけで、そんな所に行って」
「そのための専門家に来てもらう」
「専門家って?」
「いいかい、あの場所で何かおかしな現象が起きているとしたら、こりゃあもうCFC船の積み荷以外に原因は有り得ない。と、なるとその大元の関係者って誰だ?」
「モル!!」
「そうだよ。だからあいつも〈天使の像〉と一緒にこっちに来てもらうことにした」
「でも、モルだって知らないみたいだったし……」
「いや。あいつ何か知ってるよ。知っててとぼけているんだ」
「そうかな……タ……タルト」
「なに?」
「お魚、焦げてる」
「わー!!」
夕食は甲板の上で取ることにした。昼とは打って変わって涼しくなっている。これが夜になると氷点下にまで下がるらしい。
「六時半には、カプセルが投下される」
ニジマスの塩焼きを、つつきながらタルトは言った。
「それを拾ったら、全力疾走して七時半にはアイデスの町に着けるはずだ。うまくすれば今夜はホテルで寝られる」
「明日はどうするの?」
「レンタカーを借りて森へ向かう。途中で道がなくなるから少し時間が掛かるが、一時間ほどで着くだろう」
「どうでもいいけど、故障しない車にしてよ。砂漠で立ち往生なんてヤダかんね」
「大丈夫だよ。今度は僕でも直せる車にしておく」
「だからあ! 最初から、直す必要のない車にするの!!」
食器を片付けた後、タルトは甲板でカプセルが投下されるのを待っていた。
「ねえタルト」
あたしは、パイプ椅子に腰掛けていたタルトの背後から声を掛けた。
「冷えるよ。中に入ってな」
そっけなく言い返されたにも関わらず、あたしはタルトの両肩に手を掛けた。
「あたしに、何か言うことない?」
「え? なにかあったっけ?」
「例えば、あたしのファーストキスの事」
言ったとたん、タルトは大いにうろたえた。
「い……いや、あれは……そんなつもりじゃ! ……その……あれはショコラを助けようと思ってやったことで……けっして、いやらしいつもりで……」
そこまで言ってタルトは気が付いた。
「なんで、知ってるんだ?」
「だって、一度溺れたあたしが生きてるって事は、当然誰かが人工呼吸したって事でしょ。時間的にみてタルトしかありえないもん」
本当は幽体離脱して全部見ていたんだけど、それは言わないでおく。
「すまん。あれしか方法なかったんだ」
「なんで、謝るの? タルトはあたしを助けようとしたんでしょ?」
「怒ってないの? 大事なファーストキスなのに」
「うん」タルトだからいい……とは言えなかった。「タルトの方こそ、こんな事をミルに知られたくないんじゃないの?」
タルトは、怒濤の如く汗をかきまくった。
「な……なんの……ことかな?」
「タルト……まさかと思うけど、バレてない思ってたの? ミルを好きな事」
「ひょっとして………バレバレだった?」
「かなり……あたしもモンブランも知ってた。気が付いてないのはミルぐらいだよ」
実際、タルトってミルの事が絡むと、冷静じゃなくなる事があるからね。
「しっかしさあ、前から聞きたかったんだけど、ミルなんかのどこに惚れたの? そりゃあ、人並み以上の美人だというのは認めるけど、タルトより十も年上だよ。タルトなら、もっと若くて綺麗な娘と付き合った方が、お似合いだと思うけど」
「言って置くけど、僕はミルさんが美人だから惚れたんじゃなくて、僕が惚れたミルさんが、たまたま美人だったってだけだよ」
「だから、なんで惚れたわけ? 始めて会った女に」
「ああ! ショコラには話してなかったっけ。ミルさんが、僕の親父の教え子だって事は知ってるよね」
「うん」
「ミルさんが学生の頃、よく僕の家へ来たんだよ。なんか、親父の研究を手伝いに来てたらしいけど、手の開いてる時に、僕と遊んでくれたり、勉強教えてもらったり、喧嘩の仕方を教えてもらったりしていたんだ」
「ひょっとして、初恋だった?」
「そうかもしれない。とにかくあの頃はミルさんが来るのが楽しみだったんだ。ところが、ある日を境にミルさんは来なくなった」
「つまり、大学を卒業した日ね。ミルは飛び級だったから、卒業した時は二十歳だったわね。タルトはその頃十才じゃない。その頃から、ずっと思い続けてたわけ?」
「というか、その頃は憧れみたいなものだったんだよなあ。それが、一年前にたまたま再会して改めて惚れ直したってところかな。実を言うと、大学を休学しているのも『講義が面白くない』というのは建て前で、本当はミルさんの近くにいたかったからなんだ」
「もったいないなあ。せっかく、大学に入ったのに」
「なあに、来年には通学制から通信制に切り替えて復学するさ」
「でもさ、そうまでして近付いたのに、なんで告白しないの?」
「なんでかなあ。臆病というのもあるけど、なんか今のまま状態を、壊したくないって思いもあるからかな。実の言うと今の生活がけっこう気に入ってるんだよ。告白したら、それが壊れてしまうような気がしてさ」
「それって、ふられるのが怖いって事?」
「それもあるけど、逆にラブラブになったとしても、今まで通りには、いかないような気がするんだよ」
「そんなものかな? あ! 流れ星」
あたしが指差した先に、長く尾を引く流れ星があった。
「いかん! 願い事を、ミルさんとラブラブ。ミルさんとラブラブ。ミルさんとラブラブ」
とかなんとか言って、結局望みはそれかあい! と、内心叫びつつ、あたしもタルトとラブラブを三回唱えてたりして……
それにしても、しつこい流れ星ね。
これなら、消える前もう一つぐらい願い事が……これって、流れ星じゃなくて……
「タルト! 今何時!?」
「六時半。……しまった! あれは大気圏突入カプセルだ」
タルトはブリッジに上がり舵を握った。
「ショコラ! 落下予想地点は?」
「待って!」
あたしはパソコンに必要なデータを入力した。
「現地点から東へ七キロ行ったところよ。時間は三十秒後」
「ラジャー」
冒険も気になるけど、ミルとショコラとタルトの三角関係はこの後どうなるか気になりますね。
「あのーあっしも入れて四角関係とかになる予定は?」
ない!! モンブランには気の毒だが……
「とほほ」