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第四章 脱走! 脱走! 大脱走!! (その三)

ミルはやはり悪巧みをしていた。

「ショコラとの約束通り盗みはやらんから問題ないやろ」

いや、大問題だが

*ネフェリット*〈ショコラ〉


「ミル! ミルゥー!」

 んもう! どこ行ったのよ?肝心な時に。

 あたしは、船内通話でいくら呼び出しても返事をしないミルの姿を、気密ボックスを片手に捜し回った。

 個室にもいなかったし、浴室にもいないし、格納庫はどうかな?

 あたしは格納庫へ続く連絡通路に入った。

 通路を抜けると体が軽くなる。

 重力発生機の作用エリア外に出てしまったからだ。今ここは彗星本来の重力、百分の一Gなっている。船全体に人工重力が掛けられたら問題ないのだけど、ハチソン効果を利用した重力発生機は高価な上に作用範囲が狭い。宇宙船に装備しても必要最低限の場所、操縦室や居住区画や研究室に使うのが精一杯だった。

「ミル!」

 ドアを開けた。

 中はガラーンとしている。

 ここには小さいけど、小型の連絡艇があったはず。

 まさか、二人とも連絡艇でどっかに出かけたのでは……?

 あたしは気密ボックスを、作業台の上にそっと置いた。中には、さっきあたしが穴の底で見つけた物が入っている。直接触りたいのだけれど、長時間彗星の氷の中にあった物を、いきなり酸素を含んだ空気に触れさせたらどうなるが予想がつかない。

 内部を彗星の大気と同じ状態に保っている気密ボックスから出すのは、専門家のミルに見てもらってからだ。

 最初あたしは、それをただの石ころだと思った。周りの砂をどけて見ると、それは石じゃない。直径三十センチ程の黒光りする球体。表面にはビッシリと古代文字が刻まれていた。

 自慢じゃないが、あたしは大抵の古代文字は解読できる。

 シュメールのは楔型文字でも、エジプトの神聖文字でも、イースター島のコハウ・ロンゴロンゴでも読めた。もちろん、日本の神代文字や、火星で見つかったタルシス文字だって読める。

 読めなくても、見れば何と言う古代文字かは分かった。

 だけど、その球体に刻まれているのは、あたしの知っているどの文字にも当てはまらない。

 という事は全く未知の古代文字。

 だとすると、これは世紀の大発見。

 あたしが大急ぎ駆け戻ったのは、言うまでもない。

 それにしても、連絡艇でどこ行ったんだろう?

 いや、違う。

 連絡艇は、彗星に来る前にどっかに降ろしたんだ。

 〈ネフェリット〉の連絡艇は、彗星みたいにダスト粒子のだらけの空域では使えないはずだし。

 だとすると、二人はどこに……貨物室はとっくに見たし、後は居間と操縦室だけね。

 あたしは、作業台の上の気密ボックスを抱え、居間に向かった。狭い通路を抜けると、再び重力が一Gになった。

 ちょっと、一休み。Gの変化って、結構きつい。

 体がGになじんだところで、あたしは居間の扉を開けた。

「ミル!」誰もいない。ただ、白いチェスターフィールドの上で、ペルシャ猫のパイが寝そべっているだけだ。「ねえ、パイ。ミルを見なかった?」

 パイは、面倒くさそうにあたしを一瞥し、また何事もなかったかのように眠り込む。

 あたしは居間を抜け、隣の操縦室に入った。

 操縦席に人が座っている。

「ミル!」だが、そこにいたのはミルじゃなかった。「なあんだ、モンブランか」

「『なあんだ』はないでしょ。ショコラ」

「ごめん。今、あたしミルを捜しているの」

「あねさんなら、また外に出てますよ」

「ち! 入れ違いだったか」

「でも直ぐ帰ってきますよ。しかし、何があったんです?」

「むふふふふ・知りたい?」あ! この含み笑いはちょっと不気味だったかな?モンブランがたじろいている。「見つけたのよ」

「何を?」

「さっき穴の底を掘ったら、偶然見つけちゃったのよ」

「だから、何を?」

「もう! こんな氷ばかりの星の上で見つける物って言ったら、あれっきゃないでしょ!!」

「あれ?」

「もう! まだ、分からないの! オーパーツに決まってるじゃない!」

「ええぇ!?」

 モンブランは、よっぽど驚いたようだ。

 しかし、ちょっと驚き過ぎよ。

 そりゃ、ミルやモンブランが三週間かけて見つからなったものを、あたしに見つけられたのが悔しいのは分かるけど……

「そんな馬鹿な?」

「馬鹿とはなによ!? あたしが見つけちゃ、そんなに悪い」

「あっ! いえ……そんな意味じゃ……」

「だけど、あたしも二人を疑っていたのよね。彗星に、オーパーツがあるなんて信じられなかったし……てっきり、あたしは他の、よからぬ目的で彗星に降りたのを、ごまかしてるのかと思ったわ。ごめんなさいね。ミルにも帰ってきたら謝らないと」

「いや……あの……」

「だけど、こんな情報、どこで掴んだの?」

「いや……あっしは……姉御から聞いただけで……しかし、本当にあったんですか?」

 モンブランは、まだあたしを疑わしそうな目で見ていた。

「何よ! なんで、疑うのよ!? だいたい、あたしが、そんな嘘をつく必要がどこにあるの」

「そ……それは……」

「何、もめてんねん? お二人さん」

 不意に扉が開いて、宇宙服を着たミルが入って来た。

「いや……その……あねさん。ショコラがオーパーツを見つけたそうで……」

 モンブランの説明を聞いて、ミルの表情に驚きが現れた。

「見つけたって……? この彗星の上でか?」

「そうよ!」

 しかし、何を驚いているんだろう? だいたい、オーパーツを捜しにここへ来たと言ったのはミルなのに……

「そんなアホな!? ここに、オーパーツがあるわけ……!!」え!? 「あ! いや……その……」ミルは慌てて言い繕う。

 ロコツにあやしい。

 考えて見れば、あたしがちょっと掘って見つけた物を、ミルが見つけられなかったのは変だ。

「それで、どこで、見つけたんや?」

「さっき、あたしが逃げ込んだ噴出口の底だけど……」

「なにが、あった?」

「金属製の球体。直径は三十センチくらいかな。表面にはびっしりと古代文字が……」

「そんなもんがここに……ううん……まさにひょうたんから駒……あ! いや…… ようやったで。ショコラ」

「ミルゥー」あたしはジト目でミルを見つめた。「何を隠しているの?」

「なんやねん!? けったいな子やな。うちが、何隠してるって言うねん」

 ミルは動揺している。

 やっぱり、そうだ。ミルはここにオーパーツを捜しに来たんじゃない。あたしが見つけたのは単なる偶然で、ミルは別の目的……それもあたしに言えないような理由でここに来たんだ。

「開き直ったって駄目よ。今、確かに聞いたわ。『ここに、オーパーツがあるわけ』とか『まさにひょうたんから駒』とか」

「そないな事、言うたかいな」

「とぼけないで! だいたい、変だと思ったのよ。こんな小さな彗星に、オーパーツがあるなんて情報、どこから出てきたのよ」

「それは……この前、解読した文書……」

 ミルは、はたっと押し黙った。

 墓穴を掘った事に気が付いたのだ。

 ミルが解読した文書は、すべてあたしが先に目を通しているはず。

 ミルがあたしの知らない情報を、古代文書から得られたはずがない。

「ミル! オーパーツがあるなんて知らなかったのに、どうしてこの彗星に来たの?いったい、なんのために?」

「なに言うてんねん。ここにオーパーツがあるのは知ってたで。知ってたから、来たんやない」

「じゃあ、どうしてあたしから目を逸らすの?」

「……」

 ミルは押し黙った。

「何とか言ってよ!」

「何とか」

「ふざけないで!」

「ほな、黙秘権や」

 ようし、そっちがその気なら………あたしは詰問の矛先を変えた。

「モンブラン!」

「な……なにか?」

「あなたも言ったわね。あたしがオーパーツを見つけたって言ったとき『そんな馬鹿な!』って。という事はあなたも知っていたのね」

「言いましたっけ?」

 モンブランは完全にあたしに背を向け、頭をぽりぽりと掻きながら答えた。

「言ったわ」

 あたしがきっぱりと言い切ると、モンブランは観念したって顔でこっちを向いた。

「しゃねえな。ショコラちゃん。確かにここにオーパーツがあるなんて情報はなかったんでさ」

「モンブラン!」

 ミルが咎めるように言った。

「しゃあないでしょ、あねさん。隠し通せる事じゃありませんぜ」

「せやかて……」

「やっぱり、そうなのね! また、悪い事企んでいるんでしょ!?」

「またとは何や! またとは。うちがいつ悪い事した」

「やってたじゃない! この前まで泥棒を」

「泥棒とは、人聞きの悪い。怪盗ミルフィールはあくまでも、外宇宙へ行くのに必要なアイテムを集めるために、やっていただけや」

「どんな屁理屈を言ったって、人の物を盗ったら泥棒よ! それに盗んだものを良く調べて見たら、外宇宙へ行くのとは全然関係のないオーパーツまで含まれているじゃない」

「そやったっけ?」

「そうよ。去年エウロパの博物館から、ヒヒイロカネの鏡を盗み出したけど、あれは外宇宙へ行くのには、なんの関係のないものよ。これはどういう事!?」

「あれは、盗んだやない。取り返したんや。あれは元々のうちの御先祖様が大事に保管しとった物を、太平洋戦争中に軍部に没収されたんや。その後、空襲で灰燼に帰した事になっとるが、実は手癖の悪い将校がガメっとってな、それがどういう訳が、巡り巡って、あの博物館に収まっとった」

「太平洋戦争なんて、二百年も前の事じゃない。そんな事で、所有権を主張できるの」

「ユダヤ人の恨みは二千年。二百年など短い方や」

「それだけじゃないわ。他にも、月で盗んだツーオイストーンの宝玉。セレスで盗んだアヌンナキのコンピューター。地球で盗んだ賢者の石。どれも、関係のないものばかりじゃない。今度はなにを盗む気よ!?」

「いや、別に今回は盗むつもりは……ただ、以前から捜していたオーパーツの情報を手に入れるために、この彗星に来る必要があっただけで……」

 ミルの代わりにモンブランが応えた。

「そうそう。情報を握っている人に会うために来たんや」

「それだけ? じゃあ、どうしてあたしに隠すの?」

「それはその、その人と言うのは……実は宇宙海賊でな。ショコラが怖がると思って隠しとったんや」

「それだけ?」

「それだけや。他になんもあらへん!」

 いや、嘘だ。ミルの目は完全に嘘を付いている。

 だいたい、ミルは盗みをやる時でも、あたしに隠そうとしない。

 それどころか、いつも言葉巧みに協力させられてきた。

 少なくとも、盗みなら隠すはずがない。

 という事はミルがこれからやろうとしているのは、それ以上の事……

「よく、分かったわ」あたしは、すっくとGシートから立ち上がった。「二人がどうあっても、話さないなら、あたし、ストライキに入るわよ」

「ストライキ?」

 ミルは怪訝な顔で尋ねる

「二人が、きちんと説明しない限り、今後、解読作業には協力しないわ」

「ちょっと! ショコラ」

 あたしはミルの制止を聞かず、気密ボックスを抱え大股で操縦室を出た。

 バカ! バカ! バカ! ミルのバカ!

 いいわよ! あたしに隠し事するなら、こっちで探り出してやるわ。

 あたしは個室に入るなり、ドアをロックした。

 気密ボックスを床に置き、ベッドに俯せになる。

 考え事をする時いつもそうする。

 ミルはいったい何を企んでるのか? ううん。さっぱり、分かんない。

分からないまま、時間だけが過ぎる。

 だいたい、こんな彗星にミルはなんの用があるんだろう?

 こっそり人と待ち合わせるのに、いい場所かもしれないけど、それなら他にいくらでもある。

 こんな彗星に用があるのは、彗星の氷を切り出しに来るコメット・ハンターぐらいだし。いや、コメット・ハンターだって小惑星帯の内側に入った彗星では仕事をしないものだ。彼らにとって一番有望なのは、火星の近くを通る奴。うまい具合に彗星の軌道を変えて、火星の周回軌道に乗せれば、火星諸国が、彗星をまるごと買い取ってくれる。

 あいにく、この彗星は火星の側は通らない。

 金星の側は通るらしいが……

 ん? 金星? あああ! まさか!?

 あたしはガバッ! と跳ね起き、ディスクに向かった。

 パソコンの電源を入れる。

 顔に眼鏡型ディスプレーのフェイス・マウンテッド・ディスプレーを装着し、両手にデータグローブを着けた。

 この彗星のデータを呼び出す。

 やっぱし!

 この彗星、最初の軌道より少しずれてる。

 爆薬かなにかで、軌道が変えられたんだ。

 金星をかすめる軌道に……偶然だろうか?

 いや、こんな偶然あるはずがない。でも、何のためにこんな事を……それに、軌道を変えたのはミルじゃない。軌道が変わった時期は、あたし達がまだ第二太陽系にいた頃だ。

「ショコラ。入って良いか?」

 インターホンからミルの声が聞こえたのは、その時だった。

「だめ!」

「全部、話す」

「本当に?」

「ほんまや」

 あたしはドアロックを解除し、ミルを部屋に入れた。

「なあ、ショコラ。うちがこれから言う事聞くからには、それなりの覚悟してもらうで。うちらが、これからやるのは……」

「脱獄幇助でしょ」ミルは絶句した。「その様子じゃ図星ね」

「何で……分かった?」

「この彗星は金星の側を通るわ。でも、そうなるように誰かが細工した」

「そうや」ミルはあっさりと認めた。もう少し、とぼけるかと思ったけど……「まあ、そうでもせんと、金星に近付けんからな」

 そりゃそうでしょう。

 金星は惑星まるごと監獄になっている。当然、警戒も厳しい。

 無許可で近付く船には、無数のキラー衛星が待ち構えている。

 地表に降りる手段は唯一つ。軌道上の要塞衛星〈太白〉と、マックスウエル山の宙港を結ぶスペースシャトル。ただし、地球や火星やタイタンで使うようなシャトルでは駄目だ。

 硫酸雲を抜ける前に圧壊してしまう。

 潜水艦並の耐圧殻に耐蝕コーティングを施した特製のシャトルでなければ、金星には降りられない。

「ミル。こんな事やめて! あたしとの約束を破る気?」

「約束?」

「忘れたの!?」

「忘れてへんで」

「それじゃあ……」……はっ! 確かに、ミルは約束を破ってはいない。ミルは泥棒はやらないと言った。だけど、脱獄幇助はやらないと言っていない。

 言ってはいないけど、ふつうやるかよ!

「今回は名乗りを上げへんから、怪盗ミルフィーユはやってへんし、ショコラとの約束通り、盗みはやらんから問題ないやろ」

「大ありよ!! 泥棒の方がまだましだわ」

「じゃあ、これを止めたら、泥棒は再開していいんやな」

「どっちも駄目!!」

「わがままな、やっちゃなあ」

「どっちが、わがままよ!? とにかく、なんのつもりか知らないけど、脱獄幇助なんて、やったら、只じゃ済まないわ」

「只じゃ済まないのは承知の上や」

「ミル!」

「でも、これはやめられん」

「なぜなの!?」

「実はな……」

 不意にミルは深刻な顔になった。

「な……なんなの?」

 どうしたんだろう?

 ミルはそのまま悲壮な顔で黙り込んでしまった。

 そうか。いくらミルが非常識でも、脱走幇助なんて、よほどの理由がなければやらないはず。

 そりゃあ、ミルは酒乱だし、がさつだし、泥棒もやるけど、けっして根っからの悪人ではない。

 きっと、これには、なにか深い事情があるんだ。

「一月前の事や。うちらは太陽系に入って真っ先に地球に行った。モンブランに留守を頼んで、うちとタルトだけで教授の家に行こうとしたんや」

「あたしが冷凍睡眠している間ね」

「そや。ところが船を出た途端に、待ち構えていた賞金稼ぎが、タルトを逮捕して行ったんや」

「なんだってえ!? ……だから……だから、あたしは泥棒なんて嫌だったのよ! いつかはこんな事になると……」

「落ち着き、ショコラ。別に怪盗ミルフィーユの事がばれた分けやない」

「じゃあ、なんでタルトが、逮捕されるのよ!? なんで?」

「すべて教授が仕組んだことなんや」

「教授が!?」

「タルトが逮捕されたのは冤罪や。別の指名手配犯のデータと、タ

ルトの個人データが入れ替えられたんや。教授の手によってな」

「でも、なんで自分の息子にそんなひどい事するの?」

「ショコラには話してなかったけど、あのカードの中に、プロテクトの掛けられたメッセージが入っていてな、そこに『オフィーリアの船』の調査結果が入っとったんや」

「何が、書いてあったの?」

「『オフィーリアの船』を盗み出したのは、CFCに雇われた宇宙海賊だと言う事まではこの前話したな。海賊が発掘隊の人達を皆殺しにした後、CFCの技術者がやって来て、ワープ機関だけを外して持って行ったんや。ところが、ワープ機関を積んだCFCの船は、木星付近で事故に遭い消息を断った。ただ、その船の船員が一人生き残っておる事を、教授は突きとめたんや。船員本人はもうお亡くなりになっとったが、死ぬ前に船の在処を一人の男に話しとる。それが現在金星刑務所に服役中のゴーダはんや。さっそく、先生は差し入れをぎょうさん持って金星に行ったんや。そして、ゴーダに尋ねたんや。だがゴーダは情報の見返りに、出所できるよう要求して来た」

「そんなの無理よ」

「でもな、先生は諦めんと地球連邦の偉いさんに掛け合って、なんとか仮出所させようとしたんや。その偉いさんが誰かは知らんが、いろいろ手を尽くしてくれたらしい。しかし、やっぱり仮出所なんて前例は作れんのや。しかたないので、警察には黙認させるから、脱獄させろと言われたそうや。まあ、司法取引みたいなもんやな」

「そんな、無茶な司法取引があるか!」

「うちに言うたってしゃあない。やったのは教授と偉いさんや。その偉いさんも、条件付きで認めたんや」

「条件て?」

「金星の刑務所では、囚人を使ってレア・メタルの採掘をやっとる。だけど、刑務所の誰かが、レア・メタルを横流ししとるらしいんや。その調査に協力するのが条件や。それで、交渉成立して、教授はいろいろと準備をしたんや。まずは金星仕様のシャトルを手に入れ、それから人を雇って、適当な彗星の軌道を変えて、金星をかすめるようにした。それが、今うちらのいる彗星や。後は、教授が刑務所へ行ってゴーダと繋ぎを取るついでに、横流しの犯人を探すだけやったが、その矢先に先生は病気になってしもて、お亡くなりになった」

「それで、代わりにタルトを、行かせようと仕組んだのね」

「そうや」

「あんまりだわ! それじゃあ、タルトがかわいそうよ。刑務所なんかに入れられたら、どんな目に会うか……」

「だから、うちもゴーダのおっちゃんには別の手で繋ぎを取る事にして、タルトの冤罪は先に晴らしてやるつもりやった。ところが、手を打つ前に、先走った賞金稼ぎにタルトが捕まってもうたんや」

「そんなあ、助けられなかったの!?」

「不覚やった。とにかく、これで分かったやろ。この計画、やめたらタルトを見殺しにする事になる」

 あたし、ミルを誤解していたわ。ミルが脱走幇助なんて大それた事するのは、タルトを助けるためなのね。

 そうよ、金が欲しいとか、面白いとか、浮ついた理由でミルがそんな事するはずないわ。でも……

「ミル、事情は分かったけど、やめて。危険すぎるわ。タルトだって冤罪で捕まったんだから、正規の手段でも助けられるはずよ」

「ええんかい。そんな、まどろっこしい事してて。刑務所って言ったら同性愛者の巣窟やで。そない所にタルトを長いこと置いといて、変や趣味でもうつったりしたら……」

「う……それは、イヤ。そういう漫画は好きだけど、身近な男の子にそういう趣味を持って欲しくない」

「そやろ。それに」ミルは少し勿体を付けた。「こんな面白い事、今更やめられるかい! それに、このお宝を手に入れれば、お金が一杯儲かるんやあぁぁ!!」

 あたしは床に突っ伏した!

 前言撤回。

 そうだった。こういう、女だったんだ。

「ミルゥゥゥ!」

「なんや?」

「念ため聞くけど、タルトを助けるためじゃないの!?」

「それもある。お金が儲かって、ついでにタルトも助けられる。まさに一挙両得」

 ついでにって……あんた!! 一瞬でも、こいつを尊敬したあたしが馬鹿だったわ。

「とにかく、やめて! お金と命と、どっちが大切なのよお!」

「どっちも」

「どっちか選んで! お願いだから」

「究極の選択ってやつやなあ」

「なぜ、命ってすぐに言えないの」

「まあ、心配せんでもええ。うちかて命は惜しい。いざとなったら、降伏する」

「やっぱり、やめようとか思わないわけ」

「思わん」

「降伏したって、逮捕されるわよ!」

「大丈夫。ショコラだけは逮捕されん」

「どうしてよ?」

「最初は、ショコラを地球に残していくつもりやったけど、冷凍睡眠装置の故障でできんかった。だから、このまま眠らしておいて罪を免れさせよ思た。だが、よりによって今のこの時期に、なぜか装置が直ってショコラが目覚めてしもうた。こうなった以上は……」 ミルは突然あたしに襲いかかってきた。

「なにすんのよう!?」

 抗議する間もなく、ロープでグルグルに縛られる。

「ショコラは、うちへの協力を拒んだという設定や。万が一降伏した場合は、警官にそう言っとく」

「解いてよ!」

「我慢し。縛られとった方が説得力あるやろ。ほな、行ってくるでえ」


              *金星上空*


 マックスウエル山の基地を発したその航空機は、数時間掛けてラクシュミ高原を横切った。

 飛行にはもってこいの、上天気だ。

 もちろん、永久に晴れる事のない雲に覆われたこの惑星で、上天気と言う言葉はおかしいかもしれないが、それでも金星では上天気と言える気象状態だ。

 少なくとも、硫酸雨は降っていないし、風も穏やかだ。

 いくら耐蝕コーティングしてあるとは言え、機体を硫酸雨にさらすのは、あまり気持ちのいいものではない。

 耐蝕コーティングだって完璧ではないのだ。

 しょせん人間のやった事。どこかに穴がある。

 機体を長時間硫酸雨にさらせば、必ずどこかにガタがくるし、時にはそれが墜落につながる。

 だから、パイロットは雨の中の飛行を嫌う。

 だが、それでも事情によっては、飛ばなければならない時もある。

 そして、そういう事情のある時に限って、大抵雨が降っていた。

 今回のような、天気は珍しい。

 機体前方に、ダグー山地が現れた時、通信が入った。

「なんだって!?」短い通信であったが、パイロットは思わず通信相手に聞き返した。「済まないが、もう一度言ってくれないか」

『聞こえなかったのか?』

 そう言ってきたのは、ダグー刑務所の監守長である。

「俺の耳には『脱獄囚達を見つけ次第、爆撃しろ』と聞こえたが、聞き間違いだろ?」

 彼が、そう思ったのも無理がない。

 この航空機は、確かに武装はしていた。

 爆撃も可能であるし、機銃も装備している。

 さすがに、光線兵器はない。レーザーにしろ荷電粒子ビームにしろ、金星の濃密な大気の中では、ほとんど役に立たないからだ。

 とにかく、武装はあった。

 だが、彼は一度も使った事がない。

 必要がなかったからだ。

 少なくともこれまでは。

 金星。日本では『明けの明星』『宵の明星』として親しまれ、中国では『太白』と呼ばれ、古代ギリシャでは『美の女神ヴィーナスの星』と称えられてきた惑星である。

 だが、その実体は美の女神というより、冥府の王の名の方が相応しいだろう。

 金星の地表は、まさに地獄であった。

 地表の温度は鉛も溶ける四百度に達し、気圧は深度九百メートルの水圧に匹敵する九十気圧。年がら年中、空を覆っている濃密な雲の主成分は濃硫酸。

 ガス惑星を除けば、ここほど人の住みにくい条件の整った惑星はないだろう。

 逆に言うなら人を苦しめるのに、これほど適した惑星もないわけだ。

 現に金星は、その目的のために利用されていた。

『君の聞き間違いではない』監守長は淡々とした口調で言った。『私は確かに爆撃しろと言ったのだ』

「冗談だろ? だいたい、爆撃と言われても、この航空機の火器管制システムはプロテクトが掛かっていてる。俺の権限じゃどうにもならん。警備隊本部から、解除コードを打ち込んでもらわんと……」

『解除コードはさっき、私が打ち込んだ。プロテクトは解除されているはずだ。確かめてみたまえ』

 言われた通りにしてみた。確かに、武装は使用可能になっている。

「しかし、なぜ……」

 パイロットのつぶやくような質問に、監守長は答えようとしなかった。



作中でミルのご先祖様のことについて触れてますが、彼女が竹内巨麿の子孫であるかは定かではありません。

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