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第四章 脱走! 脱走! 大脱走!! (その二)

この小説、最初はこのあたりから書き始めたのです。タルトを主人公にして……しかし……この男、全然面白くねえ!! と思いながら書き進めていくうちに、ショコラが登場します。この子、面白い!! というわけでショコラを主人公に書き直したわけでした。

*金星 ダグー刑務所*


 ……やばいなあ、道に迷ったぞ。

 岩を掘り抜いただけの簡素な通路には、ほとんど人気がなかった。

 最初は、その男にとってそれは好都合なことだったが、今の状況ではそうもいってられない。通路はいくつも枝別れし、曲がりくねっていた。道を聞こうにも誰も通らない。

「まいったなあ。早くしないと、お祈りの時間が終わっちゃうし……強制労働中じゃあ監視の目がきついし……」

 金星は、鉱物資源の豊富な惑星であるが、その過酷な自然環境は、容易に人を寄せ付けなかった。それゆえに、開発は遅々として進まなかったのである。一度は、完全自動機械による開発計画が持ち上がったが、採算が採れない事が分かり、計画はすぐに白紙に戻ったという。その代案として持ち上がったのが、囚人を使っての強制労働であった。

 普通に人を雇った場合、給料の他にも、莫大な額の各種保険や各種手当て、福利厚生のための支出があるが、囚人にはその必要がない。また、金星に限らず、地球外環境で暮らす人達の生活施設は、事故に備えて、万全の安全対策を取っているが、囚人にそんな必要はないという事で、安全対策は必要最低限なものにできる。

 ようは、安全性さえ無視すれば、機械より人の方が安く上がるというわけだ。

 もちろん、このような非人道的なやり方には反対もあったが、この当時、ほとんどの国で死刑制度が廃止され、一方では犯罪が増加し、刑務所はどこも受刑者で一杯になっているという現状の前に、反対意見は黙殺されたのである。

 ダグー刑務所は、金星の十六の刑務所の中でも、特に凶悪犯罪者を集めた所であった。受刑者収容能力は八百人。現在収容されている受刑者は約五百人。その内、終身刑を受けている者は二十人。

 だが、例え終身刑ではなくても、この刑務所から生きて出所できる者はいないだろう。この刑務所ができたのは二〇九五年。

 その頃からの統計によると、受刑者の八割は三年以内に死んでいると言う。そして、残りの二割も五年でほとんどいなくなる。

 刑務所創設以来、生きて出所できた者は、二一五〇年現在で十八人。すべて、懲役五年以下の受刑者である。

 ほとんどの受刑者は懲役五年以上であるが、金星の刑務所で五年以上の懲役は、事実上の終身刑、いや死刑を意味していた。

 受刑者の一日は、毎日十時間が強制労働に当てられている。

 そして、強制労働の前後一時間は、祈りの時間であった。

 この時間に、自分の殺した人達の供養をするのである。

 そのために、刑務所内には寺院や教会、モスクなどが設けられていた。

ようやくの事で、男は寺院を見つけた。

 この寺院は、岩を掘り抜いて作った三百平方メートルほどの広さの洞窟の中にある。小さいながらも、荘厳な内陣で僧侶が木魚を叩き、その後で三十程の囚人が、畳の上に正座して御題目を唱えていた。男は、寺院に入ると囚人達を見回し、程なくして目当ての人物を見つける。

 その側により、男は正座した。

 懐から水晶の数珠を取り出すと、一緒になって御題目を唱えはじめる。ころあいを見計らい、隣の人物に小声で話しかけた。

「ゴーダさんですね?」

 ゴーダと呼ばれた男は、自分に話しかけてきた見知らぬ男を怪訝な顔で見た。

「だったら、どうする? 俺に復讐したいなら、他の場所でやってくれないか。ここは、仏様の前だ」

 ゴーダは、かつて宇宙海賊であった。

 入所前に殺した人間は、それこそ数え切れないほどいる。

 その一人一人を覚えていないが、少なくとも自分に復讐したい奴が大勢いるという自覚はあった。

 だから、見知らぬ他人が声を掛けて来たら、まず復讐者ではないか考える癖が付いている。

だが、この男は違っていた。

「宮下邦夫をご存じですか?」

「教授か。前によく面会に来たが、最近、来ないな」

「先月、亡くなりました」

 ゴーダは一瞬硬直した。もちろん、特に親しかった分けでもない人間が死んだ事が、ショックだったのではない。ただ、ゴーダにとって生きて出所できる唯一つの希望が、教授だったのである。

「そうか。で、お前さんは……」

 男は、変装用の付け髭を外した。もちろん、入所する時はこんな物は付けられないが、刑務所内では看守長の特別の許可で、これを付けていたのである。

 なぜなら、男はまだ十代の少年だったからだ。

 それも、かなりの美形である。このまま、男色の巣窟である刑務所に放り込めば、たちまち同性愛者達の餌食になってしまうため、付け髭で顔を隠す許可を得ていたのである。

 いや、許可と言うより、看守長自ら付け髭を付けるよう進めたのである。

 もっとも、これは看守長が親切だからではない。

 看守長自ら同性愛者であり、自分が目を付けた獲物を、囚人に手を出させないための処置であった。

 もちろん、こんな見え見えの変装でだまされる者はいないが、囚人達は知っていたのである。

 付け髭を付けている者は、すでに看守長の獲物であり、それに手を出した者が、どういう末路をたどるかという事を……

 したがって、付け髭を付けている限り囚人達は襲って来なかったが、その代わり入所してから一週間、看守長のしつこい誘いを断るのに、少年は神経を磨り減らしていた。

 だが、それもすぐに終わる。ようやく、この男、ゴーダに出会えたのだから。

「僕は宮下邦夫の息子、宮下(みやした)瑤斗(たると)です。父の約束を果たしに来ました」


                *洞窟*〈ショコラ〉


『アホ! ボケ! カス! スカポンタン娘!!』宇宙服の通信機から、ミルの怒声が響き渡った。『何年、宇宙で暮らしとるんや! 昼間の彗星が、危険やっちゅうことが、分からんのか! この、アホンダラ!!』

 ミルに、一方的に言われっ放しだけど、あたしは言い返す事ができないでいた。

 しょうがないよ。これはあたしが悪いし……

 幸いな事に、乱気流に飛ばされた先にはジェットの収まった噴出口があった。あたしはとっさにジェットパックを吹かして、その穴に飛び込んだのである。

 穴の底は、それほど深くなく穴の壁も底も非揮発成分で覆われていた。どうやら、この噴出口、かなり長い間ジェットが吹き出していないみたい。

 さしずめ、死火山てとこか。

『ええか! 日没まで、そこから動いたらあかんで!』

「分かってるわよ」

『まったく、なんだって外へ出たりしたんや?』

「だって、ミルが船外作業してるって言うから、大丈夫だと思って……」

『うちらは、安全な退避所で作業しとるや。だけど、昼間はここから動けん』

「ひょっとしてミル」

『なんや?』

「あたしが目覚めた時に船にいなかったのは、戻って来なかったんじゃなくて、戻って来れなくなったんじゃ……」

『……』

 ミルは押し黙った。

 やっぱり、そうなんだ。

 彗星上での作業は、たいてい夜の側で行う。

 恐らく、ミル達も夜の内に作業を終えて、船に戻るつもりだったのだろう。

 それが何かの理由で遅れて、気が付いたら昼間になってしまい、退避所から出られなくなったんだ。

『勝子……』あ! いけない。ミルを怒らせちゃったみたい。『ようく、覚えとき。うちには嫌いな人間が三タイプある』

「……」

『一つは、規則だの権威だの振り回して、人を縛り付ける頭の硬い奴。二つ目は友達や親類縁者にたかりまくり、借金を踏み倒しまくって、それを恥とも思わない、金にだらしない奴』

ここで、三つ以上の例を上げるという、お約束をやるかと思ったが、それはなかった。『そして、なにより、うちが一番嫌いなのは、命を粗末にする奴や!!』

「……あ……あのう……」

『ええか! これだけは、言うとくで。今度、こんな危ない真似してみい。その場で〈ネフェリット〉から引きずり降ろして、女学校の寄宿舎に放り込んだるからな!!』

「ひええぇぇ!!」

 あたしは思わず、みっともないほど悲鳴を上げた。

 実はあたし、女学校じゃなけど、寄宿舎というものに一度入った事がある。

 あの時の悪夢が脳裏に、よみがえった。

 戦争でおじいちゃんが亡くなった後、叔母さんが心労で倒れ入院してしまってから、仕方無くあたしは寄宿制の学校に入った。

 しかし、あたしみたいに可愛くて頭も良い美少女がそんな所に行けば、イジメの対象になる。

 え? イジメの原因が違ってるんじゃないかって?

 ほっといてちょうだい。

 とにかく、そんな分けであたしは二ケ月ほどで寄宿舎を飛び出し、通信制の学校に切り替え、ミルの〈ネフェリット〉に乗り込んだのだった。

「ごめなさい! ごめなさい! もうしません」

 あたしは、ほとんど無意識のうちに謝りまくっていた。

 ああ、みっともない。

『わ……分かればいいんや……分かれば……うちもちょっと言い過ぎたわ』さすがにミルも拍子抜けしたみたいだ。声からすっかり怒りが消えた。『うちかて、本気でそんな事考えてへん。仕事中に、学校に呼び出されて『おたくじゃ、どういう育て方してるんですか』なんて嫌味言われるのは、もうごめんや』

「ああ! なによ、それ!! イジメられてたのはあたしなのに」

『だからって、あそこまで過激な仕返しすることないやろ』

「ちょっと五・六人程、病院送りにしただけじゃないの」

『ちょっとか?それが』

 ちょっとだと思う。たぶん……

「仕返しがコワいなら、やらなきゃいいのよ。だいたいにして、『イジメるけれど仕返しするな』なんて虫の良い事考える方が、間違っているのよね。人をイジメる以上は、仕返しに、殺されたって文句言えないはずよ」

『まあ、一理あるな』

「でしょ。それにミルだって」

『なんや?』

「ミルが、学校に呼び出されて帰った後、寄宿舎のコンピューターがウイルスに汚染されまくって、しばらく使えなかったんだけど」

『いやあ、そないな事があったんかいな。あの時、帰り際にちょこっとコンピューターを借りたけど、その後で、そないな事になってたとは……不幸な事故や』

「不幸な事故なの?」

『不幸な事故や』

「うふふふ!」

『ふふふふ!』

「あははは!」

『あははは!』

『なるほど、この従姉妹にして、この従姉妹ありってとこですな』

 あたし達が和やかに笑いあっている電波へ、モンブランがしみじみとした声で割り込む。「なんか言った!?」『なんか言うたか!?』

あたしの達の声が見事にハモった。

『いえいえ、なにも……それより姉御。嵐が収まりましたぜ』

『さよか。ほな、ショコラ。うちら、これから船に帰るさかい。あんたも嵐が収まったら、すぐ帰るんやで』

「うん」

 あたしは通信を切って時計を見た。日没まで後、三十分か。

 あらためてあたしは、洞窟内を見回した。

 直径は十メートルほど、深さは三十メートルくらい。

 昔は、この穴からも、勢い良く水蒸気ジェットが吹き出していたんだろう。

 長い年月の間にダスト粒子が滞積して、穴が塞がったんだ。

 あたしは屈み込んで、底の砂を手にすくい取ってみた。

 そこに、それが埋まっていた。



さて、砂に埋もれていたのはなんなのか?

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