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第四章 脱走! 脱走! 大脱走!! (その一)

少々長くなるのでこの章は分割します。

これから〈ネフェリット〉は太陽系へ戻るのですが、その間クルーはコールドスリープに。その際、ショコラは昔の夢を見ます。夢の中で昔の戦争のエピソードが語られます。そしてコールドスリープから目覚めると船の中には誰もないかった。

いったい何があったのか?

 *恒星間空間*〈ショコラ〉

 光速の十パーセントまで達したところで、〈ネフェリット〉は加速を止め慣性航行に入った。もちろん、時間圧縮フィールドの外から見れば、〈ネフェリット〉は光速の十倍で進んでいるのだから、第一太陽系まで一日で着くんだけど、時間圧縮フィールドの中にいるあたし達は七十日間も、狭い船の中で過ごさなければならない。

 光速の十パーセント程度では、ウラシマ効果で時間加速を相殺するなんてとても無理。そこで、あたし達はこの間、冷凍睡眠で過ごすことにした。

 そうそう、あれ以来、教授の幽霊は現れなくなった。

 ほっとした反面、ちょっと寂しい気がする。本来、あたしは幽霊って凄い苦手なんだけど、教授には、もう一度会って話したいなんて思う。だって、教授は何も悪い事はしなかったし、それどころか、あたし達を助けてくれたし。それに……タルトのお父さんだし…… だんだん、意識が遠くなってきた。

 冷凍睡眠中の間、どんな夢を見るだろう? そう言えば、モンブランが、始めてミルと会ったのも、戦争中に冷凍睡眠カプセルの中に入ったまま、宇宙を漂流していたところだったという。

 なんで、そんなところにいたのか、あたし達と会うまで何をしていたのか、彼は未だに語ろうとしない。それどころか、あたし達は彼の本名すらも知らない。

 彼は、過去を何も語ろうとしないのだ。ただ、普段はあたし達の前では屈託のない笑顔でいる彼も、時折、寂しげな表情を見せる時がある。

 その顔が、彼の重い過去を物語っているような気がした。

 眠い……もう……まともに……考えられない。

 いつの間にか、あたしは夢を見ていた。

 夢の中で、これは夢だって分かるのも変だけど……

 あたしは大勢の人達とバスに乗っていた。

 バスの外では、液化メタンの雨が激しく降っている。

 ここは、土星の衛星〈タイタン〉。あたしが六歳から十一歳になるまで過ごした衛星だ。夢の中であたしは、九歳の頃に戻っていた。

 あたし達を乗せたバスは、真っ黒なタールの大地の上をひた走っている。窓の外を見ると、同じようなバスが何台も走っていた。

 一緒に乗っている人達はみんな不安そうだ。

 あたしの隣にいる小さな男の子だけがピクニック気分ではしゃいでいるが、この状況を楽しめるほど、あたしは子供じゃなかった。

「なんてこった……」

 バスの中で軍用無線を傍受していたお兄さんが、蒼白な顔をして立ち上がった。

「あいつら……〈イアペタス〉に、核を撃ち込みやがった」

「なんだって!?」

「〈イアペタス〉だけじゃない。〈ハイペリオン〉も〈テチス〉も〈エンケラドス〉も爆撃されてる」

 一斉に車内がざわめきだす。

「なんて、ひどい事を!!」

「あたし達、もうおしまいよお! どこへ逃げたって、みんな殺されるんだわ!!」

 〈イアペタス〉軌道の防衛線を突破したマリネリス艦隊が、怒濤の如く土星系になだれ込んだのは数時間前の事。〈タイタン〉自治政府から避難命令が出て、大勢の人達がバスに分乗し、急ごしらえのシェルターに向かったのはその直後だった。前回の侵攻の時、衛星〈レア〉の都市が爆撃され、多くの難民が〈タイタン〉に逃れて来ている。それ以前にも木星系諸国から難民が流れて来て、〈タイタン〉のドーム都市は、限界一杯まで人が詰め込まれていた。

 ただでさえ多い人達を、ドーム都市から遠く離れたシェルターに移動させるのは大変な作業だったけど、あたし達は一刻も早くドーム都市から離れなければならない。

 濃密な大気と光化学スモッグという天然の要害に守られた〈タイタン〉は、容易な事では攻撃を受けないけど、それでも位置が明らかになっているドーム都市は、大気圏突入能力を持ったミサイルによる攻撃を受ける危険があったからだ。

 窓の外ではメタンの海が、波打っていた。

 そんな海の向こうにある小さな島に橋が架かっている。

 前方を走っていたバスが次々とその橋を渡っていく。

 橋を渡りきったところにトンネルが待っていた。

 やがて、あたし達のバスもトンネルをくぐりシェルターに入っていく。

「なんも心配あらへんて」

 バスを降りる時、叔母さんが……ミルのお母さんがあたしを抱きしめて言った。だけど、そう言っている叔母さんだって本当は怖かったんだ。

「じきに、お爺さん達がマリネリスを、やっつけてくれるて。なんも、怖い事あらへん」

 それが、あたし達に残された最後の希望だったのだ。

 シェルターの中に入ると、色々な人で一杯だった。

 自治政府が流す戦況を、食い入るように見ている人。

 静かに本を読んでいる人。

 酒を飲んで寝ちゃう人。

 はしゃいでいる子供。

 それを叱り飛ばす、口うるさいオヤジ。

 食料を配るボランティアの人達。

 音楽を聞いて、ひたすら現実逃避する人。

 お祈りする人。

 喧嘩する人。

 何もしていない人。

「おい、優勢じゃないか」

「優勢なんてもんじゃない。圧倒的だぜ」

 3Dディスプレーの中で、マリネリス軍の艦艇が次々と爆発していく様子が映っていた。

「はは! 逃げてくぜ。マリネリスの奴等」

「避難する事なかったんじゃないのか」

 雰囲気は一変した。

 マリネリス軍撤退の報が入り、みんなは手に手を取って喜んだ。

 最初は誰も勝てるなんて誰も思ってなかったのだから当然だろう。

 なぜなら、マリネリス軍を追い返したのは、戦闘なんてまったくシロートの人達が結成した義勇軍だったからだ。

 その中には、ミルやあたし達のお爺さんもいた。

 だが、この戦いではっきり分かった。

 なぜ、これまで地球連邦が超光速船の建造を制限していたか。

 なぜ、神経質なまでに武装を禁止していたのか。

 義勇軍の使った武器は、本来は武装を禁止されてる外宇宙探査用の超光速船に取り付けた、急ごしらえのフッ化水素レーザー砲だけだ。戦闘なんてまったくシロートの義勇軍が、そんなお粗末な武器だけで、人を殺し、物を壊す事だけを目的に建造された軍艦に勝ってしまった。連邦の人達は、時間圧縮フィールドが戦争に使用される事を恐れていたのだ。 

 ニュースを映していたディスプレーに、衛星港へ続々と帰還する超光速船の姿が映っていた。

「叔母さん、見て! 見て! あの船。ミル姉ちゃんの乗っている〈ミストラル〉だよ。ねえ、ねえ叔母……さん……?」

 ふりかえると叔母さんは泣いていた。

「そんな……〈天津風〉が……お父さんが……」

 え? あたしはディスプレーをもう一度見た。そこには……

 突然、すべての光景が消えた。

 やり切りない思いが込み上げてくる。

 そっか、あの戦争でお爺ちゃんは死んだんだ。

 かわいそうなお爺ちゃん。

 軍人でもなかったのに、航宙士でもなかったのに……

 あの時、超光速探査船〈天津風〉に取り付けたフッ化水素レーザー砲が上手く作動しなかったため、お爺ちゃんは技師として乗り込んだ。

 もちろん、拒否する事はできた。

 だけど、お爺ちゃんは進んで乗り組んだ。

 あたし達を守るために……

 そして、〈天津風〉は時間圧縮フィールドを解除した瞬間を狙い撃ちされた。

 最初の一撃でフィールドジュネレーターを破壊され、逃げられなくなったところをX線レーザーの集中砲火が襲ったという。

 そういえば、長い事、墓参りもしてなかったっけ。

 あれからいろんな事があって、すっかり忘れてたもんね。

 第一太陽系に戻ったら、すぐにミルと一緒にいかなくちゃ。

「お嬢さん………………」

 あれ? 今、何か声が聞こえたような?

「お嬢さん」

「誰?」突然、あたしの目の前に人が現れた。「教授!?」

「やれやれ、やっと話ができた」

「あ……あの……」

「時間が無いので手短に話します。ネフェリウムに会いなさい。彼は氷の穴の中で待っています」

「あ! ちょっと、待って」

 あたしの制止にも関わらず教授はそれだけ言って消えた。

 ネフェリウム? それって、異星人アヌンナキの別名じゃなかったっけ?

 

              *


「あ……あの……用ってなんでしょう?」

 思いっ切り緊張しまくった声にミルが振り向くと、ミルのプライベートルームの入り口に、期待と不安の入り交じった顔をしてタルトが立っている。

「おお! 来たか。まあ、入り、入り」

 ミルは部屋の中から手招きした。

「そ……それでは、失礼します」

 タルトは、コチコチに固まって右手と右足が同時に出てた。

「うちは、これから冷凍睡眠に入るさかい。その前に、話したい事があってな」

「はあ、そうですか」

「どないしてん? そんなカチカチになって」

「い……いえ……なんでも………」

「ははーん。分かっで」

「え!?」

 タルトは、逃げ出したくなる気持ちを辛うじて堪えた。

「うちの部屋に入った所を、ショコラに見られるんやないかと心配しとるんやな」タルトは一気に力が抜けた。「心配せんかて、ショコラは今、冷凍睡眠中や」

「なんで、僕がショコラを気にしなきゃいけないんですか」

 少し怒気の籠った声でタルトは言う。

「そないなこと言うて、本当は好きなんとちゃうか?」

「ば……ばか言わないで下さいよ。第一、ショコラはまだ子供じゃないですか!」

「さよか。そりゃ残念やな」ミルは急に真面目な声で言った。「いや、なに。あの子、あんたに気があるみたいなんや」

「まっさか。それに、あの子、僕の事、馬鹿にしてるみたいだし。この前なんか、寝てる間に顔中に落書きされたし……」

「やれやれ、ダウザーはんも、こういう事は鈍いんやな。自慢の水晶振り子も、乙女心は読めんのかいな。それとも、他に誰か好きな女いるのか?」

「そ……それは」……あなたです。

とは言えず、タルトは真っ赤になって、口ごもった。

「まあ、ええ。今はその事で話があったわけやない。ちょいとオフィーリアの船について調べとったら妙な事が分かってな。それで、タルトに確認してもらいたいんや」

「オフィーリアの船?」

 期待していたような色っぽい用件ではなかった事に、タルトは少々落胆する。

「調べたと言っても、〈ネフェリット〉のコンピューターの中にあるのは、公式発表だけや。それでも、いろいろと分かった。まず、これを見てみい」

 ミルがリモコンを操作すると、壁面に埋め込まれた小さなディスプレーに映像が映った。一人の中年男性の顔だ。

「見覚えあるか?」

 見覚えも何も、タルトにとってはお馴染みの人物である。

「親父が何か?」

「やっぱり、そう見えるか?」

「どういう事です?」

「その前に、タルトの親父さん。フルネームはなんていうんや?」

「宮下邦夫ですが」

「宮下というのは、お母さんの方の姓やないのか?」

「そうです。結婚前は……」

「大谷邦夫やないのか?」

「なんだ。知ってるじゃないですか」

「この写真は 大谷邦夫さんの写真や」

「結婚前の親父? それにしては、ずいぶんと老けてるな」

「五十年前の写真や」

「え?」

タルトは一瞬、ミルが何を言ったか理解できなかった。

「五十年前?」

「そうや」

「だって親父は、今年四十五……」

「オフィーリアの船の資料を元に、ワープ実験があった事は、この前話したな。この人は、その研究に携わっていた人や」

「そんな……馬鹿な?」

「うちかて驚いた。データベースからワープ実験の関係者を捜したら、その中に教授がおったんやからな。聞くだけ無駄や思うが、タルトに心当たりはあるか?」

「冗談じゃない! 正直言って、ミルさんが僕をからかっているとしか思えない」

「さよか。まあ、それはそれとして、もう一つ話があるんや。あのカードの中に、ショコラには見せられん事が書いてあったんや。それを見てもらうで」 

数分後。

「さて、どうするかはタルトが決める事や。うちは無理強いせん。タルトが嫌なら、うちも手を引く。やる気やったら、全面的に協力する。ようく、考えてから決めるんやな」

 タルトはこの時、生まれて初めて父親を心底恨んだ。

*ネフェリット*〈ショコラ〉


「なによ! これえ!?」

 冷凍睡眠カプセルの中で目覚めたあたしが最初にやったのは、タイマーを確認する事だった。百十日? タイマーの示した数字を理解するのに、あたしはたっぷり一分を要する。

 いや、別に百十日がどのくらいの時間か分からないわけじゃない。

 地球が百十回自転する時間だ。

 ただ、あたしとしてはタイマーがその時間を示していたという厳然たる事実を受け入れるのに一分かかったと言うわけだ。

 それにしても、百十日!?

 そんなに長く冷凍睡眠していたなんて……予定では六十日で、目を覚ますはずだったのに……なんで、四十日もオーバーしたんだろう?

 直ぐにでも確かめたかったけど、いかんせん、冷凍睡眠の直後は、体が上手く動かない やっとの事でカプセルから這い出したのは、小一時間ほど経ってからだった。

 シャワーを浴びて、身支度を済ませると、あたしは早速の他のカプセルを確認に行った。思った通り、ミルのカプセルも、モンブランのカプセルも、タルトのカプセルも空っぽ。ということは、三人であたしを除け者にして、何か悪巧みをしているのでは……?

 スリープルームを飛び出し、あたしは真っ直ぐ操縦室へ向かう。

 途中、台所に寄って、引っ掴んだシリアルブロックをかじりながら、あたしは操縦室に入った。

「ミル!」

 操縦室には誰もいなかった。

 それどころか、ほとんどの機器類が停止している。

 どうなってるの?

 とりあえず、船内をモニターしてみた。

 プライベートルーム、浴室、トイレ以外はすべてカメラが設置されているから、船内の様子は操縦室から見る事ができる。

 だけど、誰もいない。

 これで、食堂に、ほかほかのご飯でも用意されていたら、マリーセレスト号だけど、そういうコワい事はなかった。

 テーブルの上は空っぽだ。続いて生命反応を調べる。

 誤解のないように言っておくけど、別にキルリアン写真を撮ってる分けじゃないわよ。

赤外線センサーが捕らえた熱源のデータの中から、機器類など明らかに非生物の発している熱源を除外したデータを生命反応と言っているだけだからね。

 操作を終えると、ディスプレー上に〈ネフェリット〉の模式図に重なるように、船内の熱源データが表示された。

 その中から、機械の熱源が徐々に消えて行く。

 残った熱源に人がいるはず。

 だめ、誰もいない。生命反応を調べても、猫の子一匹いやしな……いや、猫はいた。

 隣のリビングルームで寝そべっているパイの反応があった。

 その近くに小さな熱源が複数あるけど、どうやら赤ちゃんが生まれたみたいね。それは、後で見に行くとして、猫より大きな熱源体は船内に存在しなかった。

 いったい、みんなどこへ行ったの?

 とりあえず、外の様子を見てみよう。メインディスプレーのスイッチを入れ、船外カメラの映像を呼びだす。

 無限に広がる大宇宙がディスプレーに…………現れなかった。

 何これ?

 ディスプレーは一面真っ白。

 漆黒の宇宙空間は、どこへいったの?

 宇宙空間は……むげんに、ひろがるだいうちゅうは、いったいどこ?

 て……慌てる事はなかったか。機器類がすべて停止していたって事は〈ネフェリット〉は、どっかのドックに入っているって事かもしれないし……

 しかし、ドック内なら、なんでディスプレーが真っ白なんだろう? 良く見るとディスプレーに映っているのは、湯気のような物だった。〈ネフェリット〉は今、霧か雲に包まれているんだ。

 てことは、あたしが眠っている間に〈ネフェリット〉はどっかの惑星に着陸したのかな? 〈ネフェリット〉は重力制御だけで、十分の一G以下の天体に離着陸できる。

 もちろん、地表の迷惑など顧みずに、対消滅エンジンを使えば、地球クラスの惑星に降りる事もできるけど、その場合、着陸地点は噴射プラズマを浴びて溶岩になっているだろうし、海に着水すれば津波を起こしかねない。

 だから、普通はそんな事はしない。

 十分の一G以下で濃密な大気のある星って言ったら……彗星!?

 あたしは外部のセンサー群を動員して外の情報を集めた。

 外部の自然重力は百分の一G。

 気圧は低いが大気があった。

 大気成分は主に水蒸気。

 それにメタン、アンモニア、青酸などが含まれている。

 やっぱり、彗星だ。それも、かなり太陽に近付いている。

 大気圧や気温から考えて、もう地球軌道の内側に入っているはずだ。

 太陽の位置を見てみよう。可視光線は大気に遮られちゃうけど、電波や赤外線から太陽の位置は分かった。

 そのデータから彗星の自転速度も分かる。

 それによると、この、彗星は六時間で一回転していた。太陽との距離は……もうほとんど金星軌道だ!?

 ピンポロリン! シャン!

 ふいにインカムの呼び出し音が鳴った。スイッチを入れると、ディスプレーに宇宙服姿の人物が映る。

『ショコラ。目覚めたか?』

「その声はミルね。どこにいるの?」

『今は、船外作業中や』

「船外作業? いったい、何があったの? こんな彗星の上で」

『いや、その……遺跡が、この彗星にある事が分かってな。それで捜しに来たんや』

「遺跡が? こんな彗星の上に」

『そや』

「それで、見つかったの?」

『それが、三週間もかかってるのに、まだ見つからん』

「三週間!? そんなに長く……タルトのダウジングでも見つからないの?」

『あかん、あかん。タルトは今ここにはおらん』

「どうして?」

『どうしてって…………お……お父はんがお亡くなりになったんやで。四十九日が済むまでは、家におらんと』

「そっか……そ……そうだ! どうして、あたしだけ、起こさなかったのよ!?」

『なに言うてんねん。うちらかて、心配したんやで。ショコラの装置だけが、どうしても解凍しないんでな』

「え? 装置が故障してたの」

『そうや。原因がさっぱり分からへんかったけど、四十日前は大騒ぎやったで』

「ふうん」なんか変ねえ。ミルの言葉は、なんとなく歯切れが悪い。「でも、良かった」

『なにが良かったんや?』

「あたしはてっきり、ミルがあたしに見られては困るような事をするために、装置に細工して解凍を遅らせたのかと思ったわ」

『………!』宇宙ヘルメットに隠されているため、表情は分からないけど、ミルが一瞬、動揺したような感じがした。『な……なに言うてんねん! うちが実の従姉妹に、そんな危険な事すると思っとるのか!! 装置が故障したのは、ほんまや! 第一、ショコラの言う通りだとしたら、今のこの時期に起こすわけ……』

 不意にミルは押し黙った。でも、あたしは容赦なく突っ込む。

「今のこの時期ってどういう事? 今、あたしが目を覚ますと何かまずいの?」

『い……いや、今は手が離せないほど忙しいのや。今朝になってショコラの装置の解凍プログラムが突然動きだしたのは、うちもモンブランも確認してたけど、面倒を見る余裕がなかったんや』

「あたしは子供じゃないわ! 面倒なんかいらない。そりゃあ、起きたら誰もいないので、びっくりしたけど……」

『と……とにかく、うちは忙しいから、これで切るで。うちらが、帰ってくるまで大人しゅうしとり』

通信は切れた。

 ふん! 大人しくしろと言われて、『はい、そうですか』と、素直に言う事聞くショコラちゃんじゃないわよ。

 あたしは操縦室を離れ、真っ直ぐエアロックへ向かった。

 とにかく、船の外へ出て『船外作業』とやらを見せてもらうわ。

 エアロックに入り、手早く宇宙服を身に付けた。

 漠然とした不安を感じたのは、宇宙服の気密を確認している時のこと。

なんだろう? なにか大切な事を忘れているような気がするが……服の気密は万全だし、酸素も炭酸ガス吸着剤も電力も十分。水タンクも満タン。

 まあいいか。念のため個体用力場障壁ジュネレーターを持ってこう。あたしは、腕にジュネレーターブレスレットを装着した。

 不安の原因に気が付いたのは、エアロック外扉の開閉ボタンを押した直後だった。

「しまったああぁぁぁぁ!!」

 慌てて扉を閉じようとしたが、もう手遅れ……ダスト粒子を含んだ突風が襲いかかり、あたしは船外に吸い出された。

 とっさにシールドを張って、助かったけど、そうでなかったら、無数のダスト粒子を浴びて宇宙服が破損していただろう。

 エッジワース・カイパーベルトにいる時は、ただの汚れた雪だるまに過ぎない彗星も、太陽に近付くとその姿が激変する。

 太陽光と太陽風にさらされた彗星の氷はたちまちのうちに昇華し、あの美しいほうき星が姿を現すのだ。姿は美しいけど、その内部ではダイナミックな嵐が吹き荒れている。

 特に太陽光を浴びてる昼間の側は凄い。地表のあちこちに、噴出口が開き、水蒸気のジェットが吹き出しているのだ。

 などと考えている間にも、あたしは突風に翻弄され〈ネフェリット〉から引き離されていく。このままだと、地表に激突するか、彗星の重力圏外に飛ばされちゃう。

 ジェットパックを操作して、辛うじてバランスを回復した。

 しかし、下を見ても無事に降りられそうな場所はない。

 ぶつかると痛そうな岩……いや氷肌ばかりが目に映る。

 不意にあたしは乱気流に巻き込まれた。

 乱気流は上下左右に、あたしを引き回す。

 フィナーレに地表に向かって投げ付けた。

 あたしの眼前に、真っ暗な穴の入り口が迫ってくる。


ああ、ショコラの運命は? と、気を持たせておいて次は金星の話です。

金星刑務所に潜り込んだタルトが一人の男と接触します。

いったいなんのために……

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