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第三章 なんで、あんたがここにいる?

宇宙船同士の対決です。

やはりSFと言ったら宇宙戦争ですね。



        *ネフェリット*〈ショコラ〉


『では、〈ネフェリット〉の出港を許可します。こちらの提示した軌道に沿ってシャングリラを離れて下さい。良き航宙を』

 若い管制官のお兄さんに、ミルはウインクしながら答えた。

「はい、はあ~い・〈ネフェリット〉了解。ほな、おおきに」

『あ! 少々、お待ち下さい』

 通信を切ろうとしたミルの手が止まる。

「なんや、にーちゃん。うちに惚れたか?」

『い……いえ……そ……そうじゃなくて』

 もう、からかっちゃ、かわいそうでしょ。

 お兄さん真っ赤になってるじゃない。

『航空宇宙保安庁からの通達です。近頃、ゲート付近で、海賊による被害が多発しています。十分にお気をつけ下さい』

「海賊? そら物騒やわ」

『現在、ゲート付近では〈シャングリラ〉〈エル・ドラド〉〈アガルタ〉三か国の巡視船が、交替で警戒しております。ゲート通過時は極力、巡視船と行動を共にして下さい』

 軌道管制センターとの交信を終え、〈ネフェリット〉は〈シャングリラ〉の衛星軌道を離れた。

 あたしとタルトが慌ただしく〈ネフェリット〉に戻ってから三十分と経っていない。まさに緊急発進になったわけだ。

「しかし、うかつやったな。名刺にそないな仕掛けがあったなんて」

 念の為、あたし達が帰った後、弁護士達が置いてった名刺はすべて焼却処分した。

「しかし、そのねえちゃん何者やったんや。二人とも、なんか手掛かりになること聞いてへんか?」

 あたし達は首を横に振った。少なくとも、警察ではないと言う事と〈天使の像〉を欲しがっていることだけは分かったけど、他には何も分かっていない。でも、〈天使の像〉が〈パイザ〉なら、あの女もやはり外宇宙へ行きたいのだろうか? 何のために……? やはり、あたし達と同じように外宇宙に、家族がいるのかしら?

「でも」タルトはぽつりと言った。「あの女、どっかで見たような気がするんだよなあ」

「どこで?」

「ううん……思い出せない」

「まあ、その事は今、考えてもしゃあないな。お宝を欲しがる奴はなんぼでもおるし、そのねえちゃんも、その中の一人ちゅうこっちゃ。今は、それより考えなならん事がある」

「そうね」

 あたしは頷く。

「まずは、これや」

 ミルが指差したディスプレーには、短い文章が載っていた。

『瑤斗へ

 たった今、お父さんが亡くなりました。すぐに帰って来て下さい。

         母より      』

「さっき、届いたメールや。これには『たった今』と書いてあるけど、知っての通り第一太陽系と第二太陽系の距離は五・八光日。電波が届くのに五・八日かかる。しかも、ネメシス系を覆っている球殻は、超長波からガンマー線に至まで全周波数の電磁波を吸収してまう。したがって、これは星系外の中継所を通って来たから、六日は経っているはずや。つまり、タルトのお父はんは、六日前にお亡くなりになった」

「じゃ……じゃあ、あたし達が会ったタルトのお父さんは……誰なのよ!? まさか……幽霊なんて、言わないでよ」

 あたしは床にへたりこんだ。

「まあ、まってよ。うちの親父なら、死んだふりして、こっちにやって来る事ぐらいやりかねないよ。いい年して、時々ガキみたいな事やるからなあ。あの人」

「うちも、その事は考えたし、その方がうちとしても嬉しい。それに、昨日の教授はどう見ても生きていたし、ショコラとタルトが駐車場で見た幽霊がトリックの可能性はいくらでもある。しかし、うちはさっきコックピットの中で、先生の声を聞いたんや。しかも、すぐ側にいたモンブランには聞こえんかった」

「ト……トリックよ。そんなの……」

「念のために、あれからコックピット内を捜したけど、そないな仕掛けは、どこにもあらへんかった」

 シーン!

 リビングを重苦しい沈黙が覆った。

 ああ! 誰か何とか言ってよ。この、沈黙耐えられない!!

 あたしの願いも空しく、ミルもタルトも一言も口を利かない。

 モンブランは、まだコックピットから出てこないし……

「ニャー」

 代わりにペルシャ猫のパイが鳴いたけど、こういう時、猫の鳴き声は返って不気味ね。

「でもさ」不意にタルトが口を開いた。「幽霊って物を持てるの?」

「分からん。しかし、幽霊がいるとして、騒霊現象(ポルターガイスト)なんてのが本当にあるとしたら、物を動かすぐらい分けないやろうな」

「怪談話なんかで、幽霊が持ってきた品物が翌朝になったら、古びていたなんて事があるけど……あのカードは?」

「そうやな」

 ミルは不意に胸のジッパーを降ろした。左右に割れたつなぎ服の襟の間に手を入れる。前を見るとタルトが目のやり場に困ってあさっての方向を向いていた。

「あった!」ミルの手にカードが握られていた。「どう見ても新品やで。どこも古びてへん」

「それで、中身は?」

 あたしは身を乗り出して尋ねる。

「それは、さっき見た」

「なんだったの?」

「先生の研究記録や。それと簡単なメッセージ。おおまかに言うとな。先生はある研究をしとった。その研究に欠かせんオーパーツをうちに捜して欲しいちゅうこっちゃ」

「まさかと思うけど」あたしはここで少し勿体を付けた。「そのオーパーツを、ミルに盗みだして欲しい、なんていう内容じゃないでしょうね?」

「ブッ!」

 ミルは飲みかけの紅茶を吹き出した。

「ど……どこから、そういう発想が出るんや?」

「べつにぃ~。だだ、教授があの場所に現れたって事は、ミルが何をやってるか知ってるって事でしょ。だったら、そういう事を頼みに来たとしても、不思議じゃないと思って」

 あたしはジト目でミルを見つめた。

「ちゃう! そういう話やない」

「ほんとにぃ?」

「ほんまや! ええか、二人とも『オフィーリアの船』を知っとるか?」

「オフィーリアの船!? それって確か……」

 なんだったっけ? 聞き覚えがあるんたけど。

「昔、天王星の衛星〈オフィーリア〉で見つかった船の事ですか?」

 そういえば子供の頃、『世界オーパーツ図鑑』で見たっけ。

 天王星の衛星〈オフィーリア〉で発見された古代の宇宙船。

 でも、その船は多くの謎を残したまま、発見半年後に姿を消した。

 突然、連絡を断った〈オフィーリア〉に救援隊が駆け付けた時には、発掘隊のメンバーは一人残らず惨殺され、古代の宇宙船は影も形もなかったという。

 あたし達、オーパーツハンターにとって古代の宇宙船なんて珍しいものではない。太陽系各地……いや、太陽の兄弟星〈ネメシス〉〈ツクヨミ〉〈ルシファー〉〈テスカポリトカ〉なども入れた五連星世界各地での惑星、衛星で見つかっている。

 だが、そこで出土する物は、すべて異星人アヌンナキ、あるいは彼等によって文明化された地球人の建造したものばかりであった。

 それ以外の者が建造した船は見つからなかった。

 唯一つの例外を除いて……

「その唯一つの例外というのが、二十一世紀末頃に発見されたオフィーリアの船や。その様式や構造、すべてに置いて、これまでアヌンナキが使こうとったものとは、まるっきり異質の物やった」

「どんなところが違うの?」

「まずは、推進機関や。アヌンナキの使っとった船……ヴィマーナは反動推進と慣性推進の併用式に対し、オフィーリアの船は完全慣性推進。エネルギーは、アヌンナキが対消滅機関を使っとったのに対し、オフィーリアの船は縮退炉を使っとった」

「縮退炉って、マイクロ・ブラックホールに物を放りうこんで、エネルギーを取り出すっていうあれですか?」

「そやそや。ほかにも、細かいところでもいろいろ違いがあるけど、何より違うのは、超光速航法。アヌンナキは光の速度を越えるのに、時間圧縮航法を使っとった。〈ネフェリット〉にもそれを参考にした機関が装備されとる。まあ、これは構造そのものが単純やさかい簡単に真似できたんやけど、知っての通り、こいつは貴重な数種類のEMを必要とするんや」

 それは、知っている。だってあたし達はそのEM製オーパーツを集めるために、怪盗ミルフィーユを二年間やっていたんだから。

 時間圧縮航法というのは簡単に言うと、船内・というか船の周りに周囲よりも時間の流れが速くなる領域・時間圧縮フィールドを発生させることによって、光の速度を越えようという、なんだか怪しげな技術だ。

 例えば、あたし達の船〈ネフェリット〉に装備された装置では、フィールド内の時間の流れを百倍にする事ができる。

 つまり、外の世界では一秒しか経っていないのに、〈ネフェリット〉では一分四十秒が経過している計算になるわけ。

 竜宮城の逆だ。

 すると、こんな事になる。

 本来、光のスピードは秒速三十万キロ。

 フィールド内でも、このスピードは当然変わらない。

 変わらないから、フィールド内では一分四十秒の間に三千万キロ進めるんだけど、フィールド外から観測すると、それが一秒間に起きてるわけだから、光は秒速三千万キロのスピードに見えるわけだ。

 つまり、見掛けの光速が速くなっちゃうの。

 だから、フィールドに包まれた〈ネフェリット〉が、秒速三千キロを超えると、フィールド外から見て〈ネフェリット〉は光速を超えてしまうわけだ。

 と言っても、〈ネフェリット〉から見れば、自分達が光速を超えたのではなく、外の世界の光速が遅くなったようにしか見えない。

 だから、この航法で恒星間旅行をやると、ウラシマ効果と逆の現象が起きちゃうのよ。例えば、地球を出発した宇宙船が時間圧縮航法を使って二百日後に帰ってきたら、船内では五十五年が経過していて、出発時に二十歳の青年だった航宙士が、七十五歳のお爺さんになっていたりするのよね。

 案外、玉手箱の正体って、この現象だったりして……

 でも、この問題を解決する方法がある。

 相対性理論でいう時間の遅れだ。

 宇宙船の速度が光速に近付けば、船内の時間経過が遅くなるという現象……俗に言うウラシマ効果は小学五年生の授業で習うからみんな知っていると思う。

 このウラシマ効果で、フィールドの時間加速を相殺しちゃえばいいのよ。確か、光速の九九・九九五パーセントまで達すれば、〈ネフェリット〉の中と外の時間経過はほとんど同じになるらしい。

 だけど、今の〈ネフェリット〉の性能では、光速の二十五パーセントが限界みたい。本格的に外宇宙に行くには、〈ネフェリット〉の改造が必要なのよね。

 ああ、それにしてもややっこしい。

 お願いだから、フィールドの原理なんて聞かないで。

 あたしにも、さっぱり分からないんだから。

 光の速度に近付いた宇宙船の中では時間の流れが遅くなるという現象は、相対性理論で説明付くけど、逆に時間が速くなるなんて事はまるっきり説明が付かないから、現在では物理学者達を大いに悩ませているのよ。

 そもそも、こんな現象が見つかったのもほとんど偶然なのよね。 二十一世紀の中頃に、土星の衛星〈タイタン〉で発掘された古代の船から外して来たEMでできてる部品を、元の状態に繋ぎ合わせ復元てみたら、こういうフィールドが発生すると言う事が分かったわけ。とにかく説明は付かないけど、一応危険はないみたいなので、取り敢えず光の速度を越えるのに利用しとこう、という事になったらしい。

「それに対して、オフィーリアの船はワープを使っとった」

「ワープって、昔のSFによく出てくる空間をねじ曲げてA点とB点をつなげると言うあれですか?」

「そや。昔のSFアニメでは危険や危険や言いながらポンポン使っとるけど、実際これはメッチャ危険な技術でな、歴史上これの実験が行われたのは三例あるけど、どれも悲惨な結末に終わったという剣呑なシロモノや」

「実際にあったの?」

「あった。最初の一例は、元々はワープやのうて、軍艦をレーダーに映らなくする実験やった。第二次世界大戦中のアメリカでの事や。駆逐艦に強力な磁場を掛けてみたそうやけど、実験を始めてみると、駆逐艦は白い霧に包まれだした。そして、しばらくして駆逐艦はレーダーから消えた。そして、姿も消えた。揚げ句の果てに実体まで消えていた」

「その後、どうなったの?」

「しばらくして、駆逐艦は現れた。しかし、無事ではなかった。中の状態はそれこそお茶の間で言うのも、はばかられるほど惨い光景やった。大勢の乗組員が発狂してお亡くなりになり、生き残った者も、後遺症に悩まされた。その後遺症というのは普通の病気というものとちゃう。しばらく経ってから、その乗組員は人前で突然、姿が消えたり現れたりするんや。そして、消えたまま二度と戻ってこなかった人もいる」

「その話、僕も聞いたことあります。確か、その時の駆逐艦の名が〈エルドリッジ〉」

「そや、そんな名前やった。しかし、まあこの実験は別の目的でやった結果、偶然ワープしてしまったわけやけど、二例目は最初っからワープを目的としたものや。北米のニューヨーク州ロングアイランドに秘密の研究施設を造って、ワープ実験をやっとった組織があったんや。おおかた〈エルドリッジ〉事件を見た人が、この現象を使いこなして金儲けしようなんて、スケベ根性出したんやろう。これも最初はうまくいったように見えたんやけど、実験中に周囲に怪奇現象を起こしまくった揚げ句、一九八三年に大惨事を起こして実験は頓挫した」

「怪奇現象って何があったの」

「タルポイド現象や」

「タルポイド!? 何、それ?」

「簡単に言うと、人間の思考が物質化する現象やな」

「そんな事ってあるの? それじゃあ『腹減った、パンが欲しい』なんて思うと、目の前にパッとパンが現れるとか」

「まあ、そういう事らしい」

「それじゃあ、まるで魔法じゃない」

「そうやな。まあ、うちも難しい事は分からんが、ロングアイランドの施設では実験中に研究者が心の中で思い描いた物が出現するなんて事が頻繁にあったらしい。そして、最後には毛むくじゃらの化け物が現れたんや」

「それでどうなったの?」

「暴れまくる化け物を消すために、施設内の機械という機械をすべて破壊したそうや。おかげで、化け物は消えたけど、それ以来、ワープを研究する人はいなくなった」

「だ……だけど……なんで、そんな事があるのよ」

「そやな。……ここはネット検索した方が速いな」

 ミルはテーブルの下からコンソールを出して操作した。

 リビングのディスプレーに『検索中』の文字が表示される。

 やがて、コンピューターは検索を終えた。

 画像と音声で結果が出力される。

『タルポイドとは、人間の思考が、物質化してしまう超常現象を言う。天使、悪魔、怪獣、妖怪、妖精の出現などは、人間の心の中にあるはずの存在が物質化したものである。聖母マリアの出現などは、この典型的な例と言えよう。近代において神秘的な事が人々に信じられなくなると、異星人や宇宙船のタルポイドが出現するようになった。

 また、平安時代の陰陽師安部晴明は、式神という鬼を使役していたと言われるが、これはタルポイドを自在にコントロールしていたと考えられる』

「実例はええから、仕組みを説明してえな」

 ミルの質問に対して、コンピューターの再び検索中の文字が表示される。

『仕組みは完全に解明されておらず、推測の域を出ていない』

「ほな質問変えるけど、そもそもタルポイドって、本当に何も無いところから物質が出現するんか?」

『それに関してはNO。物質化と言っても、バリオン物質が出現する分けでない。バイオン粒子によって構成された、疑似物質が出現する』

「なんや? バイオン粒子て?」

 再びディスプレーに、検索中の文字が現れる。

『バイオンは十九世紀フランスの科学者H・チャールトン・バスチャンによって発見されたEMの一種である。この発見は、すぐに忘れ去られてしまう。その後、バイオン粒子は二十世紀になってからウイルヘルム・ライヒによって再発見された。

 バイオンは、宇宙に遍く存在している電気的に中性の粒子である。強弱いずれの核力とも相互作用がなく、バイオン粒子同士はプシトロン粒子を媒介する第七相互作用によって結合し、(クラスター)を形成している。しかし、その状態のバイオンは、機器的に観測する手段がなく、バイオン塊の存在は証明されていない』

「プシトロンて何?」

 あたしは言った。

 コンピューターは再び検索を始める。

 程なくして結果が出た。

『数学者エイドリアン・ドップスによると、プシトロンという仮想の物質を認めるならば、未来の予知は可能になると言う。プシトロンは量子力学と大脳生理学両方にまたがる概念で、虚数の質量を持ち、光よりも速い速度で動ける。また、プシトロンは第七相互作用の媒介粒子ではないかと考えられている。基本相互作用は、物質間で粒子を交換する事によって成り立つ。重力の場合は重力子、電磁相互作用は光子。強い核力においては、中間子を重核子間でやりとりする事によって成り立つ。もし、古来から言われる霊体のようなものが存在し、それが何等かの粒子(バイオン粒子の可能性が大きい)で構成されているとしたら、その粒子間にも、相互作用があるはずであるが、それはこれまで知られている六つの相互作用とは違う第七の相互作用と推測される。だとすると、第七相互作用を媒介する粒子もあるはずだ。

 エイドリアン・ドップスのプシトロンこそ、それではないだろうかと言われている』

「それとタルポイドとの関係は?」

『心霊学的見地では、人は肉体、霊体、魂体の三つの体から成り立っていると言う。このうち霊体は、バイオン粒子で構成されているらしい。そして、霊体にはプシトロンパルスを送受信する機能があると推測される。テレパシーなどのESPは、プシトロンパルスに乗った情報をやり取りしているものと推測される。バイオン塊が、人間の思考を乗せたプシトロンパルスを受けると、クラスターは情報をプログラムされ変貌する。

 例えば、妖精の姿を思い浮かべた人の発したパルスをクラスターが受けると、クラスターは妖精の形になる。ただし、そのままの状態ではクラスターの姿は目に見えない。

 バイオンは電気的に中性であるが、電磁相互作用が無いのではなく、正と負の粒子が常にペアになって、電荷を打ち消しあっているのであると考えられる。

 ある種の条件が揃うと、第七相互作用が電磁相互作用を上回り、重核子の程の大きさの小クラスターの中から、負の電荷を持った粒子が引き離される。残された小クラスターは陽子の様に振る舞い、引き離された粒子は電子の様にその周りを周り始める。

 こうして出来上がった疑似原子は、電気的に結合し、目に見え、手に触れる事のできる疑似物質を形成する。これが、現在考えられるタルポイドの仕組みです』

「ふうん。その疑似物質って消えないの?」

『疑似物質は極めて不安定で、長時間は存在できない。すぐに電荷を失い、ただのクラスターに戻る。しかし、一度クラスターが受けたプログラムは消滅せず、条件が揃えば、クラスターは再び物質化します。一説によれば、プログラムされたクラスターは、意思を持った生命体の様なものになると言われている』

「昔のワープ実験の時に現れた毛むくじゃらの化け物がそれね」

「安部晴明が使役した式神も、タルポイドで現れた生命体ってわけか。しかし、何だってワープ実験の度に、そんな事が起きるんだろう?」

『タルポイドはバイオン粒子が高密度に集積している点で発生する。発生頻度は密度に比例する。ワープを行うと、その場所に極めて高密度のバイオン粒子が発生するらしい』

「なんで、ワープをやるとバイオンが発生するの?」

『ワープとは、空間を歪曲してAとBの二つの点を繋げる技術であるが、この際、AB二点間で超光速情報伝達が行われるはずである。当初これは、量子結合ないしタキオンパルスによって行われると考えられていたが、近年行われた実験の際に、どちらの現象も観測されなかった。よって第三の可能性としてプシトロンパルスがAB二点間でやり取りされていると考えられる。電流のまわりに砂鉄が集積するように、バイオン粒子はプシトロン粒子線の周囲に集積する性質がある事から考えて……』

 ようするにワープをやろうとすると、その辺にあるバイオンが集まって来て、タルポイドを起こすって事ね。ああ~ややっこしい。

「さっき、カードの中をざっと見たんやけど、先生の研究ではアヌンナキの時代にもワープの研究がされてたそうや」

「そりゃそうでしょう。現代のあたし達より優れた科学技術をもっていたんだから、そのぐらいやってただろうね」

「せやけど、さしものアヌンナキもタルポイドには苦労したらしい。最終的には成功したらしいが……現代発掘されているアヌンナキの船からは、ワープ機関がまったくないというのが気になるんや」

「どういう事?」

「アヌンナキはタルポイドを制御しようとしたんや。しかし、機械的制御はすべて失敗したので、精神生命体……式神みたいなものを作って、そいつに制御させたらしい。ただ、その方法が開発された時期と、アヌンナキ文明が終焉した時期が妙に一致するんや」

「まさか!? アヌンナキが滅びたのは、その生命体が……」

「暴れたせいかもしれん。それに関する文献が見つかっていないのでなんとも言えんが。 ただ、もしかするとその精神生命体、〈エル・ドラド〉の伝説に伝わるマナ神かもしれん」

 マナ神? ……それって〈天使の像〉の事じゃ……?

「伝説ではマナ神は何も無いところから、食べ物や家や道具を出したというが、それが本当ならこれはまさにタルポイド現象や。それと伝説ではかなり美化されているが、実際はかなり性悪な神さんだったらしく、当時の〈エル・ドラド〉王はアヌンナキの武器を探し出して、マナ神を封じたという」

「でも、食べ物を出してくれるなんて良い神様だと思うけど……」

「あのなあ、それがタルポイドだとしたら、ちっともええ事ないで。タルポイドで出てきた物質は、いつでも消えてまう疑似物質や。そないな食べ物を食べ続けたらどないなる? 血液中を流れている疑似物質の糖が一斉に消えてもうたら、たちまち餓死してまうし、体の一部が疑似物質と入れ替わったりしたら、えらいこっちゃ。そないなった人はもう二度とマナ神には逆らえん。実際、伝説にはマナ神から食べ物をもらった者は永遠の服従を誓ったというで」

「ところで、オフィーリアの船はどうなっていたんです? あれはワープを使っていたんでしょ? タルポイドはどうやって解決していたんです?」

「確かに、あれは何らか手段でタルポイドを防いでいたらしい。しかしオフィーリアの船は、詳しく調べる前に盗まれてしもたんで、その方法も分からず終いや。まったく、貴重な考古学の資料を盗みだすなんて、とんでもないやっちゃ」

「自分だって、やってたくせに」

「うちは、ええんや」

 何を根拠にそんな事が言えるのか突っ込んでやりたいけど、今は話がそれるからやめておこう。

「資料によると、オフィーリアの船は直径五百メートルの円盤形やそうや。おまけに内部には、マイクロ・ブラックホールまで入っとって相当重い。こないゴツいもん、どうやって盗んだんやろうな? こんな物を盗みだすなんて例えアルセーヌ・ルパンかて、ねずみ小僧かて……美しくて、プロポーションもよくて、超頭の良い怪盗ミルフィーユかて、不可能やで」

「自分で言うな!!」

「まあ、冗談はさておき教授の調査の結果では、『オフィーリアの船』を盗み出したのは、CFCコズミック・フロンテア・カンパニーに雇われた宇宙海賊だと言う事までは分かったんや」

「CFC!! それって、ネメシス事件を起こした企業の事じゃないの」

 ネメシス事件。

 それは、宇宙開発史上の恥部とも言われるできごとだった。

 第二太陽系が発見されたのは、二〇五〇年だと言われている。

 そして、最初の探検隊が地球を出発したのは二〇九〇年の事。

 アメリカ、日本、中国、ESA、ロシア、当時国連と呼ばれていた地球連邦そして三つの企業が船を出し合い、船団を組んでの事だった。

 だが、帰ってきた船は一隻もなかった。

 すべて、ネメシスを目前にして消息を断ったのである。

 一年後に回収された、レコーダーから驚くべき映像が現れた。

 ネメシスから、奇怪な異星船が現れ、地球の船団を襲っている映像だった。

 そこに映っていたのは、一昔前のSF映画に出てきそうな嘘臭いスタイルの異星船だったが、誰もがそれを事実だと信じたという。

 ネメシスには、人類に敵意を持った異星人がいると……だが、それはすべてCFCによる捏造だった。

 CFCは、アメリカのNASAからの天下り職員達によって創設された企業だと言う。実際、彼等はNASAが発表しなかった極秘情報を握っていた。

 第二太陽系が発見されたのは、二〇五〇年という事になっているが、NASAでは、すでに二十世紀のうちに、惑星探査機〈ボイジャー〉が見つけていたという。

 そして、その情報はNASA上層部で握りつぶされていた。

 握りつぶしたのが誰かは知らないけど、そいつがその情報を持ったままCFCを創設したらしい。

 誰よりも先にネメシスに乗り込み、領有権を主張するために。

 そして、CFCは長い時間を掛けて準備してきた。ネメシスに乗り込むための。

 だが、ここで彼等にいくつかの誤算が生じた。

 まず、第一の誤算は、何も知らないNASAの後輩達が、ハッブル2望遠鏡でネメシスを発見してしまい、それを世界に発表してしまったことであった。

 だが、そのくらいの事はある程度予想していた。

 要は他国よりも先に、ネメシスに乗り込めば問題はなかったのである。

 実際、彼等はハッブル2が見つける前に、かなり入念に準備をしていたので、それは問題なかった。

 第二の誤算は、ネメシスに乗り込んでから生じる。

 彼等の船がネメシスを覆っている巨大な球状構造物の内側に入ると、そこには三つの居住可能惑星があった。

彼等は歓喜した。

 数十年来の努力がついに実ったからだ。

 後は、惑星上に降りて、旗を立ててその映像を世界中に流せば、この三つの惑星はCFCのものとなる。新たなフロンテアが自分達のものに……

 そう信じていた。

 惑星の一つ〈エル・ドラド〉に、先住民がいると分かるまで……

 その事実を知った時、彼等は大きく落胆した。

 宇宙条約によれば、先住民のいる恒星系には、勝手に入植する事ができない事になっている。

 もっとも、この条約が成立した時点では、地球外知的生命体との遭遇は数十年、数百年先に人類が遥か遠くの恒星系に到達したときの事と考えられていた。

 まさか、太陽から僅か一千天文単位のところで、ファーストコンタクトになるとは想定していなかったのである。

 もっとも、ファーストコンタクトと言ってもエル・ドラド人はまったく異星人ではない。かつてアヌンナキによって、この惑星に移住させられた地球人の子孫である。

 だが、どのような事情があるにせよ、彼らがネメシス系の原住民であるという事実には変わりなかった。

 ともかくこれで、数十年来の努力は無に帰った。

 彼等の落胆が理不尽な怒りに変わるまで、それほど時間はかからなかったという。

『先住民など抹殺してしまえ』

 それがCFC首脳部の決定だった。

 恐ろしい暴挙。それはまさに、スペイン人やポルトガル人が中南米で、イギリス人が北米やオーストラリアで行った事の再現だった。

 そして、多くの先住民達が殺された。女も子供も……

 だが、エル・ドラド人は頑強に抵抗を続け、CFCの計画は遅々として進まなかった。 おりしもこの時、各国の探検隊がネメシスを目指していたのである。

 CFC首脳部は焦った。

 この状況を各国の探検隊に見られたら、間違えなくCFCは潰される。

 そして、彼等は第二の暴挙に出た。

 探検船団を襲い、それを謎の異星人の仕業に見せかけたのである。

 その後、エル・ドラド人を悪の異星人に仕立て上げたCFCは、公然とエル・ドラド攻撃を開始した。

 だが、CFCの目論見は、なかなか思うようには行かなかったという。

 エル・ドラド人の抵抗の激しさも、さることながら、何よりも長い兵站線がCFCを悩ませた。

 この当時、時間圧縮フィールドはおろか、対消滅機関さえ研究中であった。核融合エンジンの補給船では、太陽系からの物資輸送に一年以上もかかっていたのである。

 そんな折り……

「天王星の衛星で発見された古代の船が、ワープ機関を備えているという情報を手に入れたって事や」

「ワープ機関さえ手に入れれば、ネメシスに大軍を送り込めると考えた分けですね」

「そうや。それが教授の調査結果や」

「バッカみたい。そんな昔の船を手に入れたって、その技術を実用化するには、何年も、何十年も研究期間が必要だっていうのに。そんな事のために、大勢の人を殺したなんて」「創設当時はともかく、その当時のCFCの首脳は、金計算だけが得意で技術知識なんてスカの奴ばかりだったそうや。昔の機械を持ってくれば、そのコピーを作るくらい、分け無いと思ったんやな。まあ、それ以前に、奴等はすでに、人間としての心を無くしとったんや。ネメシスプロジェクトが頓挫したら、CFCは潰れ、役員達は債権者に追い立てられる事になる。その恐怖の前には、他人の命など、どうでもよくなったんやな」

 しかし、ここで最後の誤算があった。

 全滅したはずの探検隊員が、生きていたのである。

 船団が攻撃を受けた時、一隻の搭載艇がかろうじて逃れ、〈エル・ドラド〉に着陸したのだった。

 もちろん、CFC側もその事に気が付いていたが、わざと見逃したのである。

 どうせ、先住民に見つかって、リンチに掛けられるだろうと考えたのだ。だが、先住民は探検隊員達を殺すどころか、手厚く保護したのである。

 先住民を、野蛮な未開人と見なしたのがCFCの最大の失敗だった。エル・ドラド人達は、地球の社会に関して、かなり正確な情報を持っていたのだ。彼等の協力でCFCの船を奪った探検隊は、地球に帰り、CFCの暴挙を告発した。

 こうして、CFCの主だった役員は逮捕され、金星刑務所で短い余生を送ったという。だが、一部の役員達は火星に落ち延び、マリネリス連邦を建国した。

「オフィーリアの船が盗まれる前に、発掘隊が残した研究資料があるんや。そのお陰でオフィーリアの船の事が世の中に知れ渡ったのは良いけど……その資料を元に史上三例目のワープ実験が実行されたのが四十五年前のことや。結果は大失敗。多大な犠牲というオマケつきのな」

「でも、それと親父と、どう関係があるんです?」

「そうそう! 先生はな、盗まれたオフィーリアの船、というよりそこから外されたワープ機関の行方を捜しとったんや。カードの中にその調査結果がびっしり入っておった。で、先生はうちに、調査の引継ぎをやってほしいそうや。先生の弟子の中で、それができるのは、うちしかおらん。だから、頼みにきたんや」

「幽霊になってまで?」

「そうや」

 ああ! 頭が混乱する。

 最初は幽霊の話で始まって、オフィーリアの船? 昔のワープ実験?

 そもそもタルトのお父さんは、生きてるの? 死んでるの?

 死んでるなら、昨日あたし達にカードを渡したのは誰なのよ!?

「まあ、それはともかく、先生がお亡くなりなったのが事実なら、うちらはすぐに帰らなならん。今からでは、葬式はおろか初七日も無理やろうけど、時間圧縮航法を使えば十四日の法要には間に合うやろ」

「そうね。ところでミル。捜すの?」

「なにを?」

「オフィーリアの船」

「それは分からん。まだ、カードの中身を十分検討してないんでな」

「そう。でも、ミル。一つだけ約束して」

「分かってるって、盗みはやるなっちゅうんやろ」

「そうよ。もし、盗まなきゃ手に入らないようなら、絶対にやめてね」

「分かってるって、盗みはやらん。盗みは」

 なんとなく、引っ掛かる言い方だけど、今は突っ込むのよそう。


*ゲート*


 第二太陽系を覆う球状構造物は、かつてアヌンナキによって建設されたと言われている。 その球状構造物の南北両極に、ゲート呼ばれる船を通すための巨大な穴が開いている。北極ゲートを警戒中の巡視船〈バラクーダ〉が、レーダーで〈ネフェリット〉を発見したのは、〈ネフェリット〉が港を出てから十六時間後の事だった。

 〈ネフェリット〉の出す識別信号を〈シャングリラ〉軌道管制センターから送られて来たデータと照合した後、エスコートを申し出る。〈ネフェリット〉のメンバーにしてみれば、海賊など実力で排除する自信はあったが、海賊との戦闘を嫌がったショコラの意見で、エスコートを受けることになった。

 もちろん、〈バラクーダ〉の船長が、ミル好みのだったのも一因である。


            *〈ショコラ〉


『そうですか。考古学の研究のために第二太陽系へ。いや、いいですな。私も、若ければ、そう言う事をしてみたかったのですが』

「なに言うてまんねん。船長はんかて十分若いやないですか」

 〈バラクーダ〉の船長さんと楽しそうに談笑するミルの背後で、タルトがイジけて床にのの字を書いている事に、もちろんミルは気が付いていない。

 もう! 鈍感なんだから。

 タルトもタルトよ! はっきりミルに気持ちを…………気持ちを…………伝えないでほしいな……

『いやいや、それ程でも……どうした? なにがあった』船長さんの背後から、誰かが話しかけたらしい。『分かった。直ぐ行く。では、ミス竹ノ内、申し訳ないが……』

 それが、船長さんの最後の台詞だった。

「え!?」突然真っ黒になったディスプレーを、ミルはしばし唖然と見つめていた。「なんや? なにがあった」

「姉御! 〈バラクーダ〉の識別信号が突然消えました」

 モンブランの叫びにミルは振り返る。

「モンブラン! 力場障壁展開や。タルト! 砲撃手(ガンナー)席へ」

「ラジャー!」「了解!」

 〈ネフェリット〉の周りを二重の球殻状力場障壁が覆った。

 外側のシールドはミサイルなど対物質防御、内側はレーザーなどの対ビーム防御を担当している。

「ショコラ! は状況を確認せい」

「はい」

 あたしは、腕にデータグローブを装着し、〈ネフェリット〉のメインコンピューターから情報を呼び出した。

 まもなくメインディスプレーに、〈バラクーダ〉の映像が映る。

 だが、そこにあるのは、もはや宇宙船ではなかった。

 無数のデブリを伴う残骸が、そこにあるだけ。

 ひどい!! さっきまで、そこに人がいたのに……楽しく、お喋りしていたというのに。あたしは残骸をスキャンし続けたが、やればやるほど生存者のいる可能性は減っていく。残骸には、気密を保てるキャビンは残っておらず、周囲には宇宙服、ポッドなど救命具も確認できない。破壊は一瞬にして行われたようだ。

「こちら〈ネフェリット〉。生きてる方いらっしゃったら応答して下さい。こちら〈ネフェリット〉。お願い! 返事して!!」

 それでも、あたしは懸命に呼び続ける。しかし、返信は全くなかった。

 周囲の熱分布、残骸の持ってるベクトルから、破壊のエネルギーを算出したあたしは、その数字に我が目を疑う。

「うそ!? X線レーザー並だよ。この破壊力」

 あたしは呟くと同時に、過去数十分間の赤外線センサーの記録を調べたが、付近でX線レーザー発射に伴う大量の熱放射はなかった。

「ほんまにレーザーか? 電磁砲(レールキャノン)の間違えやないか」

 あたしの出したデータを見てミルが言った。

「うううん。運動効果兵器なんかじゃない。これ、間違えなくビーム兵器よ」

 残骸の周囲に漂う大量の高温ガスが、熱による破壊であることを物語っている。

 でも、いったいどこから撃ってきたっていうの? レーダーに映ってる船は二隻。〈ネフェリット〉の進行方向二万キロにいる。

 所属不明だが、この二隻から熱放射はなかったし、残骸の持ってるベクトルから、攻撃のあった方向がある程度分かる。

 それは、この二隻のいる方向ではない。攻撃は天頂方向から来た。

 でも、天頂方向にいくらレーダー波を照射しても何も映らない。

「もしかして、ステルス艦かな?」

 タルトはつぶやくと、胸のポケットから水晶の振り子を取り出した。

「どないするんや? タルト」

「ダウジングで探ってみます。うまくいくか分からないけど」

 そう言って彼は、右手でトリガーを握り締めたまま、水晶振り子をぶら下げた左こぶしを額の前にかざした。

 地中にあるものを発見するダウザー〈水脈占い師〉の能力で、レーダーで見えない敵を見つけるつもりらしい。でも、うまくいくのかな?

 振り子が揺れ始める。

 タルトはじっと振り子の揺れを見守っていた。

 見守りながら、右手のトリガーを縦横に動かしている。自動照準を切ったレーザ砲は、このトリガーの動きに合わせて動く。

 一瞬、振り子の動きが大きくなった。

 タルトは右手を止めて、振り子が大きく揺れた時の位置にトリガーをゆっくりと戻す。また、振り子が大きく揺れた。

 タルトはさらにトリガーを小刻みに動かし、振り子の動きが大きく揺れる位置にトリガーを固定する。

 次の瞬間、彼はトリガーボタンを続け様に押した。

 〈ネフェリット〉船首に装備されている二門の二百メガワット自由電子レーザー砲から放射された火線が、虚空に空しく消えて行くかに見えた。

「何!? これ?」

 あたしは思わず叫んだ。レーザーを発射した方向から、反応が帰ってきたのだ。でも、この反応って?

 普通、物体にレーザーが当たった場合、加熱され赤外線を放射するはず。でも、帰ってきたのは、それより遥かに周波数の高い紫外線だった。

 いずれにせよ、何かがそこにいる。

 タルトは勘だけで、それを見つけたんだ。

「なるほど、そういう事か。やはり、持ってる奴は持ってるんやな」

 ミルが言った。

「ミル。どういう事?」

「こいつはステルス艦なんて、ちゃちなもんやない。こいつは……」

 ミルが言いかけた時、不意にレーダーに反応が現れた。

 例の二隻の船の正面である。二隻の船は、今現れたばかりの船を守るかのように左右に移動した。

 やはり仲間だったのか。

 通信が入った。ただし音声だけで……

『今の射撃は、まぐれ当たりではないようだな。よほど、優秀な砲撃手がいると見える。だが、この程度のエネルギーでは、わしの船はかすり傷もおわんぞ』

 老人の声だけど、どっかで聞いたような?

「あんたか? これをしでかしたのは?」

 ミルは、感情を押し殺した声で言った。

 押し殺しているが、あたしには分かる。

 ミルは怒っている。それは普段のミルからは、想像も付かないくらい激しく。でも、相手は気付いていないようだ。

『だったら、どうする。わしは海賊だ。海賊が、船を壊して何が悪い』

「あの船には、人が乗っていたんや。大学を出たばかりの夢多き若者、故郷で妻や子が待ってる旦那はん。港に帰ったら、彼氏とデートするのを楽しみにしとったねえちゃん。そういう人達が乗ってる船を、あんたはどういう了見でブッつぶしたんや?」

『何を言い出すかと思えば、盗人風情が今更ヒューマニズムを唱える気か。さっきも言ったがわしは海賊だ。海賊にとって船は獲物。狩人がいちいち獲物の事情など考慮するか』

 盗人風情!? どうしてその事を……?

「どうやら、うちが誰だか知っとるようやな。けどな……海賊風情に、そないなこと言われとうないわ! うちは確かに盗人や! でもな、腐っても怪盗ミルフィーユ、物を盗んでも人は殺さんのや!!」

 もう、引退したんでしょ! ……と、突っ込める状況じゃないわね。

『今時、義賊気取りか。くだらん』

「ゴチャゴチャ言うとらんと、とっととツラ見せんかい!! この人殺しが!!」

 ディスプレーが不意に明るくなった。

 ゲッ!? なんでこの人が……

『こんなに早く会えるとは、思わなかったぞ。それが貴様の素顔か。真奈美に化けとったのは後ろの小娘だな』

 鬼頭隆一翁!? どうして……?

「な……なんで、あんたが、ここにいるのよ?」

 あたしのつぶやきに、お爺さんが答えた。

『知れた事、貴様らから〈天使の像〉を取り戻すためだ』

「そうじゃなくて、なんで海賊と一緒にいるのよ!!」

『なんでと言われても困るな。これが、わしの裏の稼業だからだ』

「なんでよ!? なんでお爺さんみたいなお金持ちが、海賊なんかやるのよ!?」

『馬鹿者! こういう事をやっているから、金持ちになれたんだ』

 なるほど……て、納得してどうする!

「駐車場で、うちらの仲間を襲わせたのもあんたか?」

 言葉に詰まったあたしをよそに、ミルは話を続けた。

『駐車場? なんの事だ?』

 あの事を知らない?

 という事はあの女とは無関係?

「あんたの仲間やないのか? うちらの仲間を襲って〈天使の像〉を要求したのは」

『な……なんだと!? まさか、そいつは、二十代半ばで、身長一七〇センチぐらいの女ではないだろうな?』

「なんや。やっぱり仲間やったんか」

 突然、お爺さんの顔から血の気がスーっと引いていった。

『レイピアめ……もう嗅ぎ付けおったか』

「レイピアちゅうんか? そのねえちゃん。うちの友達にも、同じ名前のがおるけど」

『そんな事はどうでもいい!! それより貴様ら! まさかその女に、〈天使の像〉を見せたりしていないだろうな!?』

「見られると、まずいんか?」

『どうなんだ!? 答えろ!!』

「いやあ、見せるもなにも、もうそのねえちゃんに〈天使の像〉を取られてもうた。だから、ここにはもうあらへんで」

 しばしの間、硬直していたお爺さんの顔が、突然不気味な笑みを浮かべた。

『ふふふ……そんな嘘に騙されるか。〈天使の像〉はその船にある。だから、わしはこうして追ってこれたのだ』

「どういう意味や? そういえば、よくこの船が、うちらのやって分かったな」

『それに関しては貴様の間抜けぶりに感謝する。〈天使の像〉をシールドしなかったな』

「シールド? なに言うてんねん。〈天使の像〉に付いとった発信機の類いは、全部処分したで」

 ミルは怪訝な顔をして言った。

『その様子では、知らんようだな。〈天使の像〉は、それ自体から不定期的に超光速粒子(タキオン)パルスを発信する。貴様が盗んだ後も、三回はパルスを確認したぞ。わしは、それを追ってここまで来たのだ』

「タキオン……パルス……やて……」

 ミルの顔が、これ以上ないぐらい引きつった。

 言い訳がましい目であたしの方をチラッと見る。なんか、やけにうろたえてるわね。今更うろたえても、しょうがないのに……

「と……とにかく……これは返さんでえ」

『そうか。では実力で取り返すぞ』

「ええんかい。うちらを、吹っ飛ばしたら〈天使の像〉もなくなるで」

『心配するな。巡視船は邪魔だから破壊したが、貴様らは手加減してやる。特にその小娘』あたしを指差す。『貴様は、ぜひ連れて帰ってくれと真奈美の要望でな。礼をしたいそうだ。わしが出かける前に、拷問用具を注文しとったぞ』

「う! やだなあ。真奈美ちゃんも心が狭い。ちょっと学校帰りに拉致して、ロープでぐるぐる巻きにしただけなのに」

 それだけやれば、やっぱ、恨まれるか。やってる事、ほとんど変質者だし……

『警官が発見したときには、粗相をしておった』

 ……そ……そりゃ、謝って済む問題じゃ、ないかも……


               *


「撃て!!」

 老人の号令と同時に、三隻の船から続け様にミサイルが発射された。合計六発のミサイルが、百G加速で真っ直ぐに〈ネフェリット〉に向かう。このまま行けば、七分後に〈ネフェリット〉に到達するはずだ。

「力場障壁を持っているようだが、これだけのミサイルを食らえば過負荷になるだろう。その後でレーザーで仕留めてやる」

 老人は一人でつぶやく。

「妙ですな。あいつ避けようともしない」

 コックピット内で、オペレーターの一人がつぶやいた時、異変が起きた。レーダーから〈ネフェリット〉の姿が忽然と消えたのである。

「なに!?」

 次の瞬間、船体が大きく揺れた。船の外では、二隻の僚艦がほとんど同時に大破している。

「どうした!? 何があった」

 老人は叫ぶ。

「高出力レーザーよる攻撃です。天頂方向から来ました。僚艦は二隻とも機能完全停止。犠牲者はいませんが、救援を求めています」

「後で助けてやると言え。本船は無事か?」

「辛うじて力場障壁が持ち堪えましたが、これ以上は……」

「分かった」

 老人は装置を作動させた。


            *〈ショコラ〉


 三隻の海賊船のうち、二隻は完全に機能を停止した。

 残り一隻は力場障壁に攻撃を阻まれたけど、あと一撃すれば力場障壁はやぶれるわね。

「さすが、タルト・百発百中よ!」

 あたしは思わず喚声を上げた。だって凄いんだもん。

 駆動系と武装は完全に破壊したのに、居住区は無傷だし、生命維持に関係する部分は、きっちり避けて攻撃している。

 ほんと神業だわ。

 でも、タルトは嬉しそうじゃない。

「こんなの自慢にならないよ。これじゃ命中して当たり前さ」

 まあ確かに、そうなのよね。

 今の〈ネフェリット〉は時間圧縮フィールドに包まれていた。

 このフィールドに包まれている限り〈ネフェリット〉は相手よりも、百倍早く動けるわけだから、フィールド外の敵は止まっているも同じなのよね。

 それを攻撃するのは、ロープで縛られて動けない相手をタコ殴りにするようなもの。

 これって、考えてみれば卑怯だね。

「タルト! 肝心な奴を逃がしたで」

「え?」

 その時、一隻だけ無事だった船の信号灯の色が変わった。色が変わると同時に、今まで止まっているように見えた船が急に動きだす。

 これって、まさか!?

「向こうも、時間圧縮フィールドを持ってる!?」

 タルトがつぶやいた。

 そうか! あの船が時間圧縮フィールドを持ってるなら、〈バラクーダ〉がどうしてやられたか説明が付く。あの時、〈バラクーダ〉は何もいないところから、X線レーザーの攻撃を受けた。

 だけどX線レーザーは発射する時には核融合なり、対消滅なりの核爆発が伴うはずなのに、そんな現象は一切観測されなかった。

 これはあの船に搭載されている普通のレーザー砲から発射された光線が、船を包んでいる時間圧縮フィールドの外へ出たとたん、ドップラー効果でX線レーザーの周波数までシフトしたからだ。

 さっき、あの船の信号灯の色が変わった理由もそれで説明が付く。

 光や電波など電磁波がフィールド内から出たり入ったりすると、時間経過速度の違いによって周波数が変わってしまう。

 あの船がフィールドを展開したために信号灯の光の周波数が一気に高くなったのだ。

「やはりな」

「ミル。分かってたの?」

「先に説明しとくんやったな。これで、奇襲の効果はなくなった。こっから先は超光速船同士の勝負や」

 そうこうしている内に、敵は視界から消えた。

 時間圧縮フィールド作動中はレーダーがほとんど使えない。

 こうなると相手の位置を知るには、乏しい観測結果から、根気よく位置を計算するしかない。

 でも、条件は向こうも同じなはず。

 下手するとこのままずっと、互いに相手の位置を特定できずにいるかもしれない。

 かと言って時間圧縮フィールドを切れば確実に負ける。

 ううん。

 このまま、太陽系にトンズラしちゃった方がいいんじゃないかな。

「タキオンで、相手の位置を探れないかしら?」

「向こうがタキオンパルスを出しとれば、タキオン通信機を探知器代わりに使えるんやけど、まあ無駄やろうな」

「しかし」不意にタルトがつぶやいた。「あいつら、どうやってEMを手に入れたんだろう?」

 もっともな疑問だ。

 あたし達だって、それを手に入れるのに、散々苦労したっていうのに……

「考えられるのは、マリネリス紛争や」

「マリネリス紛争!?」

 五年前、火星の植民地国家〈マリネリス連邦〉が、他の火星諸国を次々に侵略していったのが、マリネリス紛争の始まりだった。

 地球連邦は早速、制裁を加えるべく艦隊を派遣したが〈ダイモス〉沖会戦で壊滅的打撃を被ってしまう。

 初戦の勝利に、調子こいた〈マリネリス連邦〉は、地球連邦が体制を立て直す前に戦況を有利にしようとして、重水素供給ラインを断つべく木星、土星諸国への侵攻を開始。

 木星系の衛星群は、たちまちのうちに制圧されてしまい、次にマリネリスの大艦隊は土星系へと迫った。

 土星系にはろくな戦力はなく、あるのは小さな警備船と、衛星〈タイタン〉の外宇宙探査基地にある超光速船団だけ。

 だけど、この超光速船団が意外な戦力になったのよね。

 時間圧縮フィールドに包まれた船をレーダーで補足する事はほとんど不可能。

 おまけにフィールド内から発射したレーザーはドップラーシフトで威力は数十倍に跳ね上がり、低出力レーザーでも戦艦を撃破する事ができた。

 さっき〈バラクーダ〉も、この攻撃方法でやられた。

 このどこから襲って来るか分からない、危険な雀蜂達のために、マリネリス艦隊は撤退を余儀なくされたのだった。

 だけど、逆にそれがマリネリス軍を本気で怒らせてしまったのよね。その後、マリネリス軍はレーダーに映らないステルス艦を投入し、メンテナンス中の超光速船を襲いだした。

 やり方はセコいけど、これで超光速船はほとんど全滅。

 この時に破壊された超光速船の残骸からは、EMは、ほとんど回収できなかったと言われている。

 特に、〈パイザ〉は一つしか見つからなかった。

 そのために、現在では外宇宙と五連星世界との連絡はほとんど途切れている。

 もちろん、戦前に外宇宙に行ったままの人達は、帰る事ができなくなった。

 その中に、あたしの両親やミルのお父さんもいる。

「あの時、残骸からEMが回収できなかったのは、先に回収した奴がいたからや。あのじじいは、そいつらから手に入れたんやろう」

「なるほどね。でも、先に回収した人がいるならいるでいいから、どうしてそれを表に出してくれないのかしら?」

「同じEMでも重力制御や力場障壁に使うツーオイストーンみたいに結構ありふれてるものならともかく、時間圧縮フィールドに必要なサンジャニカ水晶や太陽水晶は、持っていてもそれを隠している人が多いんや。でないと犯罪者に狙われるからな」

 あたし達がそれを言うと、妙に説得力があり過ぎて、悲しいんだけど……


               *


 宇宙船同士の戦闘は、その大半が待機時間だ。

 長い時間を掛けて相手の位置を探りだし、さらに長い時間を掛けて相手に近付き、そして攻撃を掛ける。攻撃が行われるのは、それこそほんの一瞬だ。お互いに高速ですれ違う船と船にとって、その一瞬しか攻撃の機会がないからである。その一瞬が過ぎると、二隻の船は大きく離れてしまう。

 そして、また同じ事を繰り返す。

 〈ネフェリット〉と海賊船の戦いは、すでに三十時間が過ぎようとしていた。ただし、それは〈ネフェリット〉の主観時間でである。

 両者とも今は時間圧縮フィールドの中にいるため、外の時間では二十分しか経過していない。

「どうやら、手加減できる相手ではなさそうだな」

 推進剤の分布、攻撃パターン、その他の観測結果が分析され〈ネフェリット〉のスペックが次第に明らかになるに連れ、鬼頭は相手を甘く見ていた事を認識した。

「時間圧縮フィールドの性能は、ほぼ互角か。しかし、加速力で僅かに負けている」

 鬼頭の船は、〈ネフェリット〉のものより旧式の対消滅エンジンを使用していた。無理をすれば、〈ネフェリット〉と同じぐらいの加速はできるが、そんな事をすれば燃費効率が悪くなるばかりか、エンジンも痛む。さらに、慣性中和機構の性能は〈ネフェリット〉の三分に一以下である。

 最大加速を掛けるとその慣性を殺し切れないため、あまり長時間の加速はできない。火力においては鬼頭の船の方が上だが、三十時間の間に交戦の機会は二回あったのに、その時に〈ネフェリット〉に命中したレーザーはわずか数パーセント。

 〈ネフェリット〉の放ったレーザーは五十パーセント以上命中している。

 力場障壁がなければ大破しているところであった。

 だが、その頼みも綱の力場障壁も消えかかっていた。

「なぜ、こうも命中率が違うのだ。実戦経験では、我々の方が上ではないのか?」

 鬼頭の疑問に船長が答えた。

「実戦経験と言っても、超光速船同士の戦いは俺も初めてです。それより、向こうは砲撃手にダウザーを使っているのでは?」

「ダウザーだと?」

「ええ。マリネリス紛争の頃、マリネリス軍は遺跡発掘現場で活躍していたダウザー達を徴用したんですよ。レーダーでは捕らえられない超光速船やステルス船を、ダウザーの勘で捕まえようという魂胆だったんでしょうけど、まあ、ある程度効果はあったみたいですよ。超光速船も何隻かやられたみたいだし……」

 その時に破壊された超光速船の残骸から、ジャンク屋に回収されたEMを鬼頭は手に入れこの船を建造したのである。

「それで、あの船の砲撃手が、ダヴザーだという根拠はあるのか?」

「ええ。先に管制センターに問い合わせて、あの船の船籍と所属を調べたんですが」

 船長はディスプレーにデータを表示した。


        船名……〈ネフェリット〉

        船籍……〈タイタン〉

        所属……竹ノ内ルーンリサーチ事務所    


「遺跡調査……俗に言うオーパーツハンターですよ」

「それが怪盗ミルフィーユの表の顔か。ふむ。オーパーツハンターなら、当然、仲間にダヴザーがいるだろう。だとすると、かなり、厄介だな」

 鬼頭の脳裏を、撤退の二文字が横切った時。

「お頭。ちょっと、これを見て下さい」

 部下の一人が計器を示した。

「ふむ」鬼頭は怪訝な顔で計器のぞき込んだ。「どうやら、運が向いて来たようだな」

ニヤリと笑う。

「このデータを元にして奴の居場所を割り出し、レーザーを撃ち込め。なんの反応もなければ、撤退する」

「反応があった場合は、どうします?」

「奴の正面に周り込め。そこが、超光速船の死角だ」

「は」

 船長が返事をした直後、船体が大きく揺れた。

「なにがあった!?」

「攻撃です! 力場障壁が完全に消滅しました。かなりの被害が出ています」

 別のオペレーターが被害状況を報告する。

「第三装甲板大破! 第二砲塔使用不能、第三エンジン完全停止。推力四分の三にダウン」


            *〈ショコラ〉


 タルトは砲撃手席に掛けたまま目を閉じていた。

 額から少し離れたところに彼の左手のこぶしが握られている。

 こぶしからは、金色の鎖につながれた水晶の振り子が垂れ下がっていた。タルトがオーパーツを捜す時に使っている愛用の振り子だ。

 不意にタルトは目を開いた。

 振り子が揺れ出す。

 最初は小さな揺れだった。次第に揺れは大きくなる。

 振り子の揺れ幅が安定したとき、タルトはつぶやいた。

「つかまえた」

 次の瞬間、彼は右手のトリガーボタンを続け様に押した。

 待つこと数分。反応が帰って来た。

 二つの時間圧縮フィールドを通過した事と、海賊船との相対速度から起きるドップラーシフトを考慮してあたしは反応を分析する。

 レーザーが何に当たったかは、これで分かるわけだ。

 程無くして結果が出る。ベリリウム、タングステン、炭素、アルミニウム、鉄、シリコンそれに水素の反応を確認した。

 ほとんど、宇宙船の構造材に使われている元素だ。

「やったわ! シールドを、突き抜けて本体に命中している」

「ショコラ……炭化水素化合物の反応はなかったか?」

 弱々しい声でタルトが尋ねた。

 こんな時でも、相手の事を心配しているのね。

「大丈夫! 人間には当たってないわ」

「そうか。よかっ……」

 不意に彼の言葉が途切れ、水晶の振り子が膝の上に落ちた。

 続いて、タルトは砲撃手席から転げ落ちる。

「きゃあー! タルト! しっかりして」

 あたしは、床に倒れたタルトの元に駆け寄った。抱き起こそうとしたけど、ほっそりした体形のわりにはタルトの体は重い。

 あたしの力じゃ、上半身を起こして支えるのがやっとだ。

「無理もないで。何時間も掛けて、ダウジングで相手の位置を探っとったんや。疲れたんやろ。部屋へ通れってって寝かしたり」

 ミルがコンソールを操作すると、メディカルロボットがコックピットに入って来た。そのまま、タルトの体を軽々と持ち上げ、担架に乗せて出て行く。

「ミル。あたしもついてくね」

 コックピットを出かかったあたしに、ミルが声を掛けた。

「ついていくのはええけど、寝てるすきにタルトの唇、奪ったらあかんでぇ」

「するかあぁぁ!!」

 扉が閉まる寸前にあたしは叫んだ。

 狭い通路を器用に抜けてロボットは担架を押して行く。

 その上でタルトは死んだように眠っていた。大丈夫かな?

「心配ない。すこし眠ったら回復する」

「本当ですか?………え!?……」

 あたしは周りを見回した。狭い通路に、あたしとロボットしかいない。今の声……誰? 中年の男の人の声だったけど……空耳かな? 程無くして、ロボットはタルトの部屋に入った。

 タルトが、あたし達の仲間に加わってから、四ケ月過ごした部屋は、わりとこざっぱりしていた。あたしやミルの部屋と比べて、整頓が行き届いている。かといって、殺風景でもない。

 ホログラフィーなど、程よく配置された装飾が、部屋の主の趣味の良さを物語っている。でも、やっぱり男の子の部屋なんだから、捜せばエッチ本とかエッチソフトが出てくるんじゃないかしら?

 いや、いやタルトに限ってそんな事は……ガサ入れしたい気持ちを押さえつつ、あたしはベッドに横たわったタルトの元に寄った。

 静かな寝息をたてて眠るタルトの枕元に、小さなサボテンの鉢が置いてある。

 鉢の周りに付いている七色のLEDが、仕切りに明滅していた。

 このLEDは、サボテンに繋いだ電極からサボテンの感情を読み取って明滅するらしい。サボテンも、タルトを心配しているのだろうか?

 あれ!? 二十一個のLEDが、全部真っ赤になった。

 怒ってる? いや……これは、サボテンが危険を察知した時にこうなるって、前にタルトに聞いた。

 ガクン! 突然、部屋全体が揺れた。

「わわわっ!」

 攻撃を受けたんだ!! あたしは、バランスを崩してベッドに倒れ込む。目を開けると、数センチ先にタルトの顔があった。

 わー! 急接近!! あたしの心臓は、爆発しそうなほど脈打つ。

「ううん」

 タルトが呻いた。

「ごめん! 起こしちゃった?」

 あたしはパッとベッドから離れる。

 動悸は、まだ治まらない。

「ううん……み……」

 タルトは目を開けずに呻いた。

「どうしたの? どっか痛いの?」

「……み……」

「水が欲しいの?」

「ミル……さん」

 ピシ!!


               *


 一分後、ショコラは肩をいからせて、タルトの部屋を後にした。

 部屋に残されたタルトは、顔一杯に落書きされていることにも気付かず、スヤスヤと寝息を立てている。

 枕元のサボテンが苦笑するかのように、LEDを明滅せていた。


               *


「反応がありました。しかし、力場障壁に阻まれて本体には達していません」

 オペレーターの報告に、鬼頭は満足そうに頷いた。

「そうか。それで奴の前方に周り込めそうか?」

「ええ。このデータが本当なら今のところ奴等は、十G加速で航行中です。これ以上加速されたら、とても追いつけませんが、これならなんとか……」

「奴は、いつごろ光速を超える?」

「このままなら八時間後に……」

「そうか。それで、あれはまだ続いているか? 普通は十分で治まるはずだが」

「すでに、三十分以上続いています。もしかすると、時間圧縮フィールドの中に置いたことによって、このような影響が出たのでは」

「ふむ。原因は分からんが、この状況を逃す手はないな」


            *〈ショコラ〉


 タルトが倒れてから、八時間が経過した。あれから、あたしは懸命に周囲を探ったんだけど、海賊船の居場所がつかめない。

 ゲート周辺は、交通量も多くて雑電波、雑熱源が多すぎるというのもあるが、何よりもタルトがいないのが痛かった。さっきまで、彼がダウジングで補佐してくれたおかげで、敵を見つけていたけど、今はそれがない。

 タルト、早く起きて来て。でも、起きたら怒るだろうな。

「ねえ、ミル。海賊は、もう行っちゃったんじゃないの? さっきの一撃で」

「そうかも、しれんな」

 〈ネフェリット〉が光速を超えたのは、まさにその時だった。

「さあ、警戒解除や。光速を超えた以上……? モンブラン、なにしてるんや?」

 ミルが、そう言った直後、船体が大きく揺れた。

 なに!! 攻撃!?

 そんな、今はシールドを……あれ?

 ちゃんと力場障壁が張られている?

 対ビーム用の力場障壁は、莫大なエネルギーを食うので四六時中張ってるわけではない。敵が近付いた時だけ展開していたはずなのに……

「モンブラン……あんた、攻撃が来るってなんで分かったんや?」

「そ……それが、今、あっしの耳元で『あぶない! シールドを張れ!!』って声が聞こえて、無我夢中で……」

「声? 男のか?」

「ええ、そうでした」

「教授……おられるんか?」

 ええ!? じゃあ、あたしがさっき聞いた声も……

 あたし達は、狭いコックピット内をキョロキョロ見回した。

 でも、誰もいない。

「キョロキョロしてるな! 敵は目の前だ!!」

 き……聞こえた!?

「うちにも、今、聞こえたで」「あっしも」

 じゃあ、今のは……いけない! それどころじゃない。

「ミル! 敵は正面よ!! レーザーはそっちから来たわ」

「なんやて!? いつの間に。モンブラン! 左舷スラスター全開! コースをずらすんや」

「ラジャー」

 そうだったんだ。奴はずっとあたし達の正面で待っていたんだ。

〈ネフェリット〉が光速を超えるのを……

 光速を越えた船に、光は追いつく事はできない。だから、今の〈ネフェリット〉を後方や側面から攻撃する事は不可能なはず。

 ただ一つ、正面を除いて……

 そのたった一つの死角を取られたあたし達から、攻撃はできない。

 〈ネフェリット〉はすでに見掛けの光速を越えているために、フィールド外にレーザーを撃てないのだ。

 それは敵も同じなはず。レーザーを発射するには、一時的に時間加速率を落として、速度を光速以下に落とさなければならない。

 そして、レーザー発射後に再び加速率を上げる。もちろん、こっちも時間加速率を落とせばレーザーを発射できるが、正面にいる敵は攻撃できない。

 どうしてかって。

 敵がレーザーを撃つために加速率を下げた瞬間を狙えば別だが、それ以外の時は敵も常に光速を越えている。つまり、超光速で移動する敵の後方からレーザーを撃ってもレーザーは敵に追いつけないばかりか、時間加速率を元に戻した〈ネフェリット〉は自分の撃ったレーザーに追いついてしまうのだ。逆に正面にいる敵は〈ネフェリット〉のスピードなど関係なしに攻撃できる。

 数分後、〈ネフェリット〉を再びレーザーが襲った。

「なんでや? なんでこっちの居場所が分かるんや?」

 それからも、〈ネフェリット〉は右へ左へとコースを変え続けた。

 にも、関わらず敵は正確にこっちの居場所を把握し攻撃してくる。

「何とか、前に周り込めんか?」

「やってるんですが、敵はこっちの加速にぴったり合わせて加速してるもんで、なかなか……何より、力場障壁にエネルギーを回し過ぎて、これ以上加速が……」

 でも、変ね。確かに、こっちから発したレーザーは追いつけないけど、そのかわり他の電磁波も追いつけない。だから、敵は電磁波から、こっちの動きを知ることはできないはずなのに……

「タキオンだ」

 また、あの声が聞こえた。

 ちょっとまって、タキオン? あたしは超光速粒子探知器のデータを確認した。やっぱり! 〈ネフェリット〉の中から超光速粒子(タキオン)パルスが出ている。それも八時間前から……

 でも、なんでパルスが……?………!!

「〈天使の像〉だわ!! ミル! 〈天使の像〉が超光速粒子パルスを出している!!」

「なんやて!?」

「あたし、パルスを止めて来る」

 あたしはシートから立ち上がった。

「ちょい、まちーな。ショコラ」

 ミルの制止に構わず、あたしはコックピットから飛び出した。

 〈天使の像〉は研究室に置いてあるはず。あたしはリビングを横切り、通路に飛び出した。

 タラップを降りようとしたとき、船体が大きく揺れる。

「きゃあっ!」

 あたしは、背中から転落した。

 ドサ!!

 何かが、いや誰かがあたしを受け止めた。

 まさか!? 教授の幽霊?

「大丈夫か? ショコラ」

 じゃなくて、その息子の方だった。

「ふええーん! タルトぉ!!」

 あたしは、思わずタルトの首っ玉にしがみつく。

「おい、どうしたんだ? こんな所で。それに、さっきからこの揺れは……」

「あのねえ!! 〈天使の像〉がパルス出して、敵が正面に周り込んで、攻撃されてて、こっちから攻撃できなくて、あたしはパルスを止めに……」

「ああ!! 分かった! 分かった! なんだか分からんが、よく分かった!!」

分かったのか? 今ので……

「とにかくコックピットに、いきゃ良いんだな」

 タルトは、そっとあたしを降ろした。

 すばやく、タラップを上り始める。

「ああ! タルト待って。その前に顔を洗った方が……」

「そんな暇はない」

「いや、あの……」……顔の落書きが、そのままなんですけどぉ……と言えず、あたしは研究室に向かう。

 狭い通路を抜けようやくたどり着いた。ドアを開ける。

 奇怪な石像。古代文字の刻まれた金属プレート。ピンジュラーの鏡、太陽水晶などヴィマーナの部品。オリハルコン、ヒヒイロカネ、ツーオイストーン、エレクサ、その他いろんなEMでできている発掘品の数々が雑然と置かれている。

 ほとんど、ミルがあっちこっちの惑星や衛星で集めてきたものだ。

 中には盗んだ物もあるけど……

 そう言えば以前に、ミルがここで発掘品の山に埋もれて眠っていた事があったけど……あの時は、ミルは自力で出てこれなくて、あたしが引っ張り出したっけ。まったく、オーパーツ・ハンターが発掘されてちゃ世話ないわね。

 あたしは、作業台の上に乗っている箱を開ける。あたし達が盗み出した〈天使の像〉がそこにあった。

 さあ、タキオンを止めなきゃ……どうやって?

 ああ!! タキオンって、どうやったら止まるのよぉ!?

 インカムでミルを呼び出そうか。

「スウェーデンの石を使うんだ」

 また、教授の声?

『スウェーデンの石』っていったら、二十世紀始め頃のアメリカの電気工学者ヘンリー・モレイが発見した物質だ。石とは言うけど白い粘土のような物質で、ゲルマニウム半導体の一種と当時は考えられていた。今では、これはEMの一種だと分かっている。

 ヘンリー・モレイはこれを宇宙エネルギーという訳の分からないものを電気に変換するんだって言ってたけど、実際には中性粒子(ニュートリノ)を電気に変換していたのよね。

 しかも、変換効率はあまり良くなくて、実用的ではなかったと言う。でも、こんな物でタキオンパルスを遮断できるのかしら?

 スウェーデンの石なら、三年前に水星で発掘した後、買い手が付かなくて、コンテナに閉まっといたはずだけど……

 あたしはコンテナを開けた。

 あった! スウェーデンの石。

 あたしは粘土のようなスウェーデンの石をかき分け〈天使の像〉を埋め込むと、インカムでミルを呼び出した。

「ミル。タキオンは止まった?」

『ようやったで、ショコラ。どうやったか知らんがパルスは消えた』

 本当に止まったんだ。嘘みたい。

『モンブラン! タルト! 反撃や! 超光速船を後ろから攻撃できないと思い込んでいる、あのくそぢぢいに思い知らしたれ! レーザーが追いつけんでも、この世で唯一つ、超光速船に追いつける物があるという事を!!』


               *


「頭。タキオンが急に止まりました」

「なに! 気付かれたか? それとも、自然に止まったのか?」

 考えてる余裕はなかった。

「左舷後法からレーダー波が」

「レーダー波ぐらいでうろたえ……何!? 後方からだと」

 超光速船の後方から、電磁波が追いつけるはずがない。

「時間圧縮フィールドに歪みが」

「なんだと!?」

 海賊船の左舷後方、わずか三百メートルに〈ネフェリット〉がいた。それぞれの船のフィールドは、船体から二百メートルの範囲に及んでいる。

 すでに二つの船のフィールド境界面は触れ合っていた。触れ合った部分に穴が空き、その穴を中心にフィールドは一気に融合する。「うわわ!?」

 突然、目の前に現れた〈ネフェリット〉に海賊達は肝を潰す。

「何をしている攻撃しろ!!」

 何とか驚きから立ち直ったものの、その時にはすでに手遅れであった。〈ネフェリット〉の放ったレーザーはまず海賊船の武装を破壊した。続いてエンジンを止める。

 ただし、爆発を避けるため、推進剤パイプを狙う。推進剤の供給が止まると、対消滅エンジンは自動的に停止した。

「お……おのれ。かくなる上は自爆して……」

「頭! それだけは勘弁を」「生きていれば、きっと良い事あります」

「ええい! 止めるな!! ここで、残りの陽電子を一気に対消滅させれば、奴を巻き込める」「やめて下さい!」「殿中でござる!!」

 その時〈ネフェリット〉からチューブのような物が飛び出し、海賊船に突き刺さった。さらにレーザーが海賊船の装甲の一部を吹き飛ばす。

 その穴にもう一本チューブが飛び込む。チューブの先にはマニピュレーターが付いていた。

「時間圧縮フィールドが消滅します」「コイルの中の陽電子が急速に減って行きます!」

「何があったんだ?」

 そこへ、通信が入った。

『やっほー・元気にしとったか? くそぢぢい』

 ディスプレーにミルのアップが現れる。

「貴様! わしの船に何をした!?」

『いや、なに、爺さんが妙な気を起こすんやないかと思ってな、陽電子を抜き取らせてもろたで』

「なんだとう!!」

「いやあ、すみませんねえ。実は妙な気、起こし掛けていたんですよ。うちの頭」

 鬼頭の背後から、オペレーターの一人が言った。

「よけいな事、言うな!!」

 鬼頭はオペレーターを蹴り飛ばした。

『ついでにこれも、もろといたでえ』

 ディスプレーには、ミルに変わって、別の映像が映る。水晶球のような物体をマニピュレーターが掴んでいる様子であった。

「あれは……サンジャニカ水晶!?」

 時間圧縮フィールド・ジュネレーターに欠かせないオーパーツの一つであった。

『これで、時間圧縮フィールドは使えんやろう。爺さんにこんな超技術は、なんとかに刃物やしな』

「こらあ! 返せ! このドロボーめ!!」

『ドロボー? 今さら、なに言うてはりまんねん。うちを誰や思てんのや? 華麗なる天下の大怪盗ミルフィーユたあ、うちのこっちゃでえ。あはっはっはっはっはっ! ほな、さいなら』

 通信は切れた。

 続いて〈ネフェリット〉も、時間圧縮フィールドに包まれ何処かへと姿を消す。

「こらあ!! 返せえ! わしの宝。この盗人めが!!」

 とっくに真っ黒になったディスプレーに向かって叫びまくる鬼頭の背後で、二人の部下がささやきあってた。

「取り敢えず、自爆させられなくてよかったな」

「ああ、さっさと救援を呼んでおこうぜ」 


この後、舞台は太陽系に移動します。

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