第二章 え!? 教授は死んでいた?
ほとんど世界観の説明のようなものです。
*シャングリラ放送*
アナ『 ……以上で現場からの中継を終わります。では、オーパーツに詳しいシャングリラ大学の瀬賀教授をスタジオにお招きしました。お話を伺ってみたいと思います。では、先生。ミルフィーユは、何が目的でオーパーツばかりを、狙うとお考えでしょうか?』
瀬賀『その前に、みなさんはオーパーツというものが、どういう物なのかご存じですか?』
アナ『いやあ、なんとなく、凄い物としか……現代科学を超越した物とか……とにかく超古代文明の……』
瀬賀『まあ、一般の人の認識は、そんな所でしょうね。元々は英語で『out of place artifacts』を縮めて『ooparts』という単語になったのです。 それを生み出した時代や文化のレベルに合わない、場違いな工芸品とか文化遺産とかいった意味です。例えばです。ネアンデルタール人の遺跡を発掘していて、そこから冷蔵庫でも出てきたら、誰でも驚くでしょう』
アナ『はあ、私なら後から誰かが埋めたと思いますが……』
瀬賀『ですから、これは例えです。実例を上げてみましょう。まず、二千年前のパルティア遺跡から発掘された奇妙な壺です。最初この壺の用途は分かりませんでした。ただ、この中に銅製の円筒形物体と酸による腐食の激しい鉄の棒が入っていたのです。そこで、ある研究者がその壺の複製を作り、その中に元通り銅の円筒と鉄棒を入れ、酸を注いだところ電気が発生し、これが古代の電池であったと判明したのです』
アナ『はあ……』
瀬賀『また、一九五六年に中国の紅蘇省にある紀元三世紀頃の墳墓からは、アルミニウム製の帯留めが出土しました。ご存じのように、アルミニウムは精製するのに大量の電気を必要とします。電気のないはずの時代に、なぜアルミニウムがあったのか、さぞかし当時の人達は首をひねった事でしょう』
アナ『しかし、それは……』
瀬賀『分かってます。ただ、これは二十世紀の話です。二十世紀までは、科学技術は常に進歩するものであって、後退することは有り得ないと考えられていました。したがって、二十世紀人の常識では、このような発掘品はまさにオーパーツ・あるはずのない物だったわけです。しかし、二十一世紀に入ると古代文字解読技術が進歩し、さらに宇宙への進出により、月や火星でほとんど手付かずの遺跡が発見されるに及んで、人類も納得せざるを得なくなったのです。かつて、遠い昔に現在よりも優れた文明が存在し、それが滅びたという事実を……』
アナ『あ! つまり、二十世紀の人達はその事を知らなかったのですね。だから、オーパーツという単語が生まれたのですか?』
瀬賀『そうです。まあ、超古代文明が、かつて存在していた事は現在では常識ですし、その当時の我々の先祖に、文明を与えたのがアヌンナキという異星人だという事までが分かっている今となっては、このような発掘品は場違いではなく、あって当たり前の物なのですが、便宜上、今でもオーパーツと呼んでいるのです』
アナ『では、最初の質問に戻りますが、ミルフィーユはなぜ、オーパーツばかりを狙うのでしょう? 単に金が欲しいだけなら、銀行を直接襲った方が手っ取り早いと思うのですが』
瀬賀『もっともな事です。最初は私も、彼女は単なる骨董マニアの、愉快犯とばかり思っていました。しかし、これまで彼女の盗んだ物を調べてみて、彼女の目的が朧気ながら見えてきました。ミルフィーユがこれまで盗んできた物は、一部の例外を除くと、ほとんどがヴィマーナの部品なのですよ。それも極めて特殊な部類に入る物ばかり』
アナ『ヴィマーナというと古代の宇宙船ですね。しかし、前から不思議に思っていたのですが、一万年以上も放置されていた機械が、なぜ現在でも機能するのでしょう?』
瀬賀『ああ! それに関しては誤解がある様です。まあ、中には、そういう物もありますが、それは極めて特殊な例で、ほとんどのオーパーツメカは機械としての機能を失っています。 まあ、常識から考えて当然ですけどね』
アナ『しかし、現に各国の政府や企業がオーパーツ・ハンターと言われる人達から、オーパーツメカを、高値で買い取って利用しているじゃないですか』
瀬賀『オーパーツ・ハンターですか。私達、考古学者は彼らの事を『遺跡荒らし』とか『墓泥棒』とか呼んでいますがね。確かに彼らは古代の機械を回収しては、企業や政府機関に売り付けていますが、別にその機械を動かそうとしている訳じゃありません。彼らが集めているのは素材です。現在の我々には生成できない特殊な素材です』
アナ『言ってみれば、機械の残骸から、屑鉄を集めているようなものですね』
瀬賀『そうです。その素材には、いろんな種類がありますが、私達はこれを総称して周期表外物質……EMと呼んでいます。つまり、周期律表に当てはまらない物質という事です。一部の例外を除くと現在の我々には、これを精製する事などできません。我々に分かるのは、極めて限られた利用法だけです』
アナ『どの様な、利用法があるのでしょう?』
瀬賀『主に慣性制御、元素変換、各種の化学反応の触媒などに使用されています』
アナ『それで、ミルフィーユはそれで何を企んでいるのでしょうか?』
瀬賀『恐らく、超光速船の製造でしょう』
アナ『超光速船ですか?』
瀬賀『ええ、これまでに超光速船は数十隻建造されていますが、現在では二~三隻しか残っていません。五年前に起きたマリネリス紛争の際に、ほとんど破壊されてしまったのです』
アナ『その後、建造されていないのですか?』
瀬賀『建造しようにも、必要なオーパーツが手に入らないのです。ほとんど、掘り尽くされてしまったのでしょう。今、手に入れようと思ったら、好事家が隠し持っている物を譲ってもらうしかありません。もっとも、彼らは自分のコレクションを絶対に手放そうとはしませんが……』
アナ『なるほど。ミルフィーユとしては、盗む以外に方法はなかったというわけですか』
瀬賀『ええ』
アナ『ところで、鬼頭邸から盗まれた〈天使の像〉、あれも超光速船に必要な物なのでしょうか?』
瀬賀『いえ、あれは違います。しかし、あれも外宇宙に出て行くのには、必要なアイテムである可能性があります』
アナ『どういう事でしょう?』
瀬賀『先ほど、ほとんどのオーパーツメカは、機械としての機能を失っていると言いましたが、例外的に今でも機能している物もあります。その際たる物が、太陽系防衛機構と我々が呼んでいるものです』
アナ『どういうものでしょう?』
瀬賀『太陽には四つの兄弟星がありますが、太陽以外の恒星は、遥か昔にアヌンナキの手により巨大な球状構造物に覆われ隠されていたのです。そのために我々は長い間、太陽は銀河でも珍しい単独の恒星と勘違いしていました。アヌンナキが巨大な球状構造物を作った目的は二つあります。一つは地球の環境を安定させ、生物が住みやすくするためですが、もう一つは四つの恒星のエネルギーを利用し、太陽を中心とする半径二光年の宙域に、球殻状の力場障壁を形成するためです。このシールドは電磁波などを通しますが、宇宙船でここを越えることはできません。つまり我々は、僅か半径二光年の宙域に閉じ込められているわけです。ここからは、誰も出る事はできませんし、入る事もできません』
アナ『しかし、アヌンナキは、ここを出入りしていたのでしょう』
瀬賀『そうです。彼等はちゃんと出入り口を用意していました。ただし出入り口は常に移動しており、現在位置は、なかなか特定できません。もちろん、アヌンナキは位置を知るための装置を持っていました。我々は、それを〈道標〉と呼んでいます。そして、ミルフィーユは〈エウロパ〉で〈道標〉らしきオーパーツを盗み出しています』
アナ『なるほど。という事は彼女は、外宇宙へ出て行こうとしているのですね』
瀬賀『そうです。ただし、出入り口を抜けるためには、通行証が必要です。それがなければ、シールドは開きません。通行証の事を我々は〈パイザ〉と呼んでいますが、鬼頭邸にあったものが、そうではないかと私は以前から思っていました。そこで以前に何度か『研究させてほしい』と鬼頭氏に申し入れていたのですが、ガンとして拒絶されていたのです』
アナ『あの、と言う事は、ひょっとして……』
瀬賀『はい、ミルフィーユの予告状が出たとたん、真っ先に私に疑いがかかりました』
アナ『なるほど』
瀬賀『昨夜は身の証しを立てるために、警察署に泊まり込みでしたよ(笑)』
アナ『ご苦労様です』
瀬賀『まあ、たまにはいい経験です。二度とはごめんですが……それはともかく、太陽系防衛機構がどのような仕組みで〈パイザ〉を識別するのかは分からないのですが、これまでに〈パイザ〉を持っている船に対してだけ力場障壁は必ず開かれています。〈パイザ〉を持っていない船に対しては、例え〈パイザ〉を持っている船の直後を通っても、力場障壁は開かれませんでした』
アナ『偽造できないのですか』
瀬賀『仕組みが分からない以上不可能です。これまでのところ、〈パイザ〉からは電磁波、放射線などの類いは観測されていないので、どうやって外部に自分の存在を知らせているのかも分からないのです』
アナ『そうですか。まあ、とにかく〈天使の像〉が〈パイザ〉であるなら、ミルフィーユはこれで外宇宙へ出て行けるわけですね?』
瀬賀『ええ』
アナ『そうなると、今回の引退宣言も納得でます。もう、盗む必要は……
*シャングリラ上空三〇〇キロ*
「……あると思うんやけどなあ。まだ……」
ミルが未練がましくつぶいたのは、〈ネフェリット〉の操縦室で預金残高を調べているときだった。
数字は、ここ数か月の間に急激に落ち込んでいる。
「やっぱ、〈パイザ〉は太陽系で捜すべきやったやろか? 時間圧縮航法の試運転をかねてとは言え、わざわざ一千天文単位(千五百億キロまたは五・八光日)も旅して第二太陽系まで来たせいで大赤字や。〈ネフェリット〉の燃料かて、バカにならんしな」
〈ネフェリット〉は、かつてミルが在学していた大学がフィールドワーク用に所有していた船を払い下げてもらった船である。
元々は外宇宙で使用するために建造した物だが、建造中に戦争が始まり時間圧縮航法システムが未完成のままだった。戦争終了後も必要なオーパーツが揃わないまま、係留料金を食うだけの役立たずとなっていた。それに目を付けたミルは格安料金で買い取った後、必要なオーパーツを入手(盗んで)して完成させたのである。
〈ネフェリット〉は全長三百五十メートル、全幅百五十メートルと中程度の大きさであるが、その推進機関には、最新鋭のPE七型プラズマコア対消滅エンジンが二機装備されている。
電子と陽電子の対消滅が生み出す膨大なエネルギーから得られる加速度は最大三十G。 船体は五十Gに耐えられる構造になっており、居住区や研究室、貨物室など、高いGから守らなければならない部分には最大六十Gの慣性を打ち消せる、慣性中和機構が完備されている。
各国の宇宙軍でも、これほどの高性能の船はないが、その分の運用経費が高く付いた。
「姉御、残りの陽電子だけでは、光速の十パーセントまで加速するのがやっとですぜ。それ以上加速すると今度は減速できなくなって、太陽系を通り越してしまいます」
ミルの後ろで航法計算していたモンブランが言った。
「さよか。で、その場合、何日で帰れる?」
「三ケ月弱ってとこですな」
「まあ、何とか辛抱できんこともない時間やな。しゃあない。それで行こう。あ~あ、予定ではこの惑星で、もう二~三件仕事して、帰りの燃料代を稼ぐつもりやったのに、あないな引退宣言出した直後に仕事なんぞできんしな。それこそ、世間様に顔向けできん」
今までやっていた事でも、十分に世間様に顔向けできないという自覚はないようである。
「姉御。〈シャングリラ〉には、まだ手付かずの遺跡がそうとうありますよ。まともに、オーパーツを捜しても、十分稼げると思いますが……」
「あかん、あかん。〈シャングリラ〉の船舶係留料金はめっちゃ高いんや。こんな所で何十日も掛けてオーパーツ捜しとったら、それこそ係船料稼ぐためにオーパーツ捜すようなものやで。それにな、ここの遺跡が手付かずなのは理由があるんや」
「どういう事です?」
「ここの法律ではな、埋設文化財とか地下資源とか、ようするに地下に埋もれている金目の物は、すべて国有財産という事になっとるんや。こっそり掘り出しても、どっからか役人が嗅ぎ付けて来てな、オーパーツハンターが、みごとお宝を見つけた時を見計らってしゃしゃり出てきて、問答無用でオーパーツを没収してまうんや」
「なるほど」
「まったく、警察は無能なくせに、そういう所には優秀な人材を置いとるなんて、なんちゅういけすかん惑星や!」
「第二太陽系内には、まだ他に惑星があります。そっちへ行ってみてはどうでしょう?」
第二太陽系には、四つの惑星がある。
それ以外の惑星は、アヌンナキによって球状構造物の材料にされたらしい。ただ、惑星の配置が変わっていた。
チチウス・ボーデの法則から言って、本来第二惑星と第四惑星のあるべき位置に、惑星が存在せず、かわりに本来第三惑星がある軌道上に三つの惑星が存在していた。つまり、第二太陽系には第一惑星の他に、第二惑星が三つあるわけだ。
本来は第二、第四惑星だったものをアヌンナキが何らかの手段で第三惑星軌道上に移動させ、六十度の間隔をおいて配置したらしいと言われている。三つの惑星はどれも地球の大きさに近く、大気も呼吸可能だ。東から、つまり公転方向の前方からそれぞれ〈アガルタ〉〈エル・ドラド〉〈シャングリラ〉と呼ばれており、その内〈エル・ドラド〉には原住知的生命体が存在していた。
原住知的生命体といっても、その姿は地球人とまったく同じである。それもその筈、彼等はかつてアヌンナキに連れられて来た地球人の子孫だったのだから……
「そやな……〈アガルタ〉か〈エル・ドラド〉で一稼ぎしてから……」
「いや。直ぐに帰った方がいい」
「なんでですか? 先生………………?え!?」
ミルは慌てて周りを見回した。大して広くもない〈ネフェリット〉の操縦室の中には、自分とモンブランしかいない。
「なあ、モンブラン。あんた、今なんか言うたか?」
「ですから、ネメシス系内には、まだ他に惑星がありますが、そっちへ行ってみてはどうでしょうかと」
「いや、その後や。『直ぐに帰った方がいい』って……」
「いいえ。なんであっしが?」
「そやな、それに今の声、宮下先生にそっくりやったしな……」
「宮下先生……? 姉御、そう言えばあの先生からもらったカードは見たんですか?」
「おお! そやった。はよ、見んと買い物に行っとるショコラとタルトが帰ってきてまう」
「あの、二人がいちゃ、まずいんですか?」
「見てみんと分からんけど、もしかすると二人に見せられんかもしれん」
「はあ……」
「先生と、うちとの間にはいろいろとあったんや。あれは、うちがまだ大学生の頃やったな」
ミルはふと遠い目付きになった。
「宇宙考古学の単位が足りんで、うちがめちゃ焦ってる時にな、先生に『単位をやるから、今夜私の家へ来なさい』と呼び出されたんや」
「ま……まさか? 行ったんですか?」
「行った」
「ええ!? そ……それで、まさかその後で、お子様の前では、絶対にやってはいけない事があったのでは!?」
ミルはコクっと頷き、話を続けた。
「先生は紳士やし、まさか、そないな事あるまいと思ったんやけどなあ」
「だめです! そういう男が一番危ないんです!!」
「先生の家で、うちは先生と二人っ切りになったんや」
「あの野郎! 今度会ったら」
「先生は、うちの肩に手をかけ、こう言ったんや」
「ゴク!」
「『竹ノ内君。この学校の出資者の高野氏を知っているかね?』うちは頷いた『彼の家の床の間には、金星で発掘されたダイヤモンドタブレットが飾られている。それを盗みだして、そこに記せれている古代文字を翻訳しなさい。それができたら、レポートにして来週金曜日までに提出するんだ』そうしたら単位をくれると」
「あの……姉御……」モンブランは目を点にして言った。「それだけで?」
「それだけや」
「だって、さっき『お子様の前では、絶対にやってはいけない事』と」
「なに、言うてんねん! 教授が学生に犯罪を強要したんやで!! こんな事がお子様の前でやっていいと思うか!?」
「ご……ごもっともで……」
「あ! モンブラン、あんた今、やぁらしい事を想像したやろ」
「してません! してません!!」
「ほんまかあぁ~」
「本当です!! それで、どうなったんです?」
「その後、見事タブレットを盗みだしたんや。盗みのテクニックは教授に手解きしてもろうとんやけどな」
「て、ことは、教授もそう言う事をやっていたと」
「そうや。発掘品のコレクターって奴は、なかなかそういうもん手放そうとせんのでなあ。先生も苦労したみたいや」
「はあ……つまり、盗んでたと……」
「しかし、盗みだしたはいいけど、うちの読める古代文字はエジプトの神聖文字と日本の神代文字ぐらいで、タブレットの文字は全然読めんかった」
「じゃあどうやったんで……?」
「ショコラに見せたら、あっさりと解読してもうた。今かて、そうしとるやないか」
「ごもっともで」
実際、ミルが発掘するなり盗むなりして手に入れたオーパーツの古代文字は全てショコラが解読していた。
「ショコラは、うちのお母はんの妹の子でな。六才のころ竹ノ内家に預けられたんや。ご両親とも学者で、外宇宙探査に出かけてしまいはって、十年くらい帰らんと言う事になって、それで両親が戻るまで我が家で預かる事になったんや。ほんま、あの時は無口やけど可愛い子やったで、今はすっかり生意気になってもうたけど……」
「今でも、可愛いと思いますが……」
「それは置いといて、とにかくあの時、うちは盗みだしたはいいけど、タブレットの文字がさっぱり読めんで困っとったんや。一応シュメール文字に似とったので、シュメール語の翻訳ソフトを使ってみたけど、訳に立たんかった。そんな時、部屋にショコラが入ってきてな、タブレットを朗読し始めたんや。いや、びっくりしたで。六歳の子が、いきなりあんなもん読みだすんやから。聞いてみたら、この文字はタルシス文字といって、アヌンナキが使かっとった文字なんやと」
「前っから思ってたんですけど、なんでショコラちゃんみたいな子供が古代文字を読めるんです?」
「本人が言うには、ご両親の仕事……宇宙考古学者やったんやけど、仕事を側で見ているうちに覚えたそうや。ただ、うちはショコラは自覚のないサイコメトリー能力者(物体を手にしただけで、その物体の由来や、あるいはまた、それにまつわる人々の過去、現在、未来に関する知識を得る超能力を持つ人)やないかと思うんや。つまり本人は文字を読んどるつもりやけど、実は文字に込められた思いを読んどるやないかと……」
「でも、それだと、姉御がタブレットを盗んだ事だって分かるのでは……」
「まあ、そのへんはうちにも分からんわ。超能力っていうのは、曖昧なもんが多いし」
「確かに……しかし、てとこは姉御。二年前に、姉御が怪盗ミルフィーユを始めた時は初犯じゃなかったんで?」
「初犯も何もあの時点では、前科二十犯ぐらいになっとったで。まあ、捕まらんかったから、前科はないけど。あれ以後もちょくちょく教授にレポートを提出しとったんや。いや、卒業してからもや。うちかて、卒業してから最初の二ヶ月ほどはOLちゅうもんをやっとた。しかし、すぐにこれは人間のやる仕事やないという事に気が付いたんや」
「いや、それほど酷いものでも、ないのでは……」
「会社勤めをやった事のない人は分からへんけど、あれは人間のやる仕事やないで」
「そうなんですか?」
もちろん、そんな分けがない。そんな分けは無いが、人によっては会社勤めは地獄の苦しみになる事がある。そして、ミルにとっては二ヶ月間の会社勤めは、地獄以外の何ものでも無かった。
「とにかく、二ヶ月で会社を辞めたうちは、直ぐにフリーのオーパーツハンターを始めたんや。その一方で教授の依頼を受けては、オーパーツを盗んどった。ただし報酬は単位やのうて、現金やけどな」
「なるほどねえ。どうりで二年前、初犯にしては姉御の手口が鮮やかだと思いましたよ」
「言っとくけど、この事はショコラとタルトには内緒やで」
「分かってます」
通信機のコール音が鳴り響いたのはその時だった。
*ショッピングセンター*〈ショコラ〉
「ショコラ、まだ買う気か?」
タルトが不服そうに言ったのは、郊外の大きなショッピングセンターでのこと。
「なに言ってるの。人間四人と猫一匹が三ケ月暮らすんだよ。たっぷり食料買いこんでおかないと」
「いや、それは分かるんだけど」
意味ありげな視線をオート・ワゴン(買い物客の後を自動的に追尾するワゴン)に向けてから言った。
「三ケ月近くも外に出られないのに、服をそんな買い込んでどうするの?」
ええい、女心の分からない奴! そんなんじゃ、いつまでもミルのハートは射止められないよ……射止められても困るんだけど……
「しかし、不思議だよなあ。これだけ服を買い込んで、どうして予算オーバーにならないんだろう? ちゃんとミルさんとモンブランの買い物リストは全部買ったのに」
「フッ、あたしのやりくりの賜物よ」
「どれどれ」
タルトは携帯端末を取り出した。
やばい! 領収書を見る気だ!!
「ああ! 見ちゃだめ」
「おい、ショコラ」どうやら手遅れだったみたい。「酒代がやけに少ないぞ。予算の十分の一以下じゃないか」
「フッ、そもそも、あたしら未成年に、酒を買って来させようというのが間違いなのよ」
「おいおい、いったい何をやったんだ? これだけの予算で、どうしてこんなに酒が買えるんだよ?」
「大した事じゃないわ。船底に転がってた高級酒の酒瓶を持ってきて、安酒を詰め込んだだけよ」
「知らんぞ。ばれても……」
「大丈夫よ。ばれないって。『養老の滝』なんか徳利に水を詰め込んできたのに、ばれなかったじゃない。あたしは曲がりなりにも、アルコールを詰めたんだもん」
「いや……あれは……水が途中で酒に変わって……」
「そんな非科学的な事、あるわけないでしょ。おおかたお父さんは、ただの水を酒だと思い込んで酔っ払ったのよ。偽薬効果ってやつね。だからミルにも『これはドンペリなんだ』って言って飲ませりゃいいのよ」
「ショコラ、知ってたかい? ドンペリって、シャンパンだって」
「え゛!?」……と、いうことは、炭酸が入っていないと確実にばれる?
「瓶に何を詰めたか知らないけど、僕は何も聞かなかったからね」
そう言ってタルトは駐車場に向かった。その後を三台のワゴンが自動的に追いかける。
「ああん! タルトって最近、冷たあい」
あたしは、慌てて後を追いかけた。
ドン!
突然、タルトが立ち止まったので、あたしは彼の背中に顔面から衝突してしまう。
「もう、なんで急に立ち止まるのよ」
鼻を擦りながら、抗議をしたけどタルトは聞いてる様子がない。ただ、呆然と立ちすくんで何かを見つめていた。
「ん?」
タルトの視線を追いかけると、道路の反対側に立っている人に当たった。あの人って!
「親父……!?」
タルトがつぶやいた。あの人、昨日、名刺はくれたオジサマ? ……いや、タルトのお父さん!?
お父さんは、こっちを向いてほほ笑んでる。
一台の大型トラックが、あたし達の前を通り過ぎた。
過ぎ去った後には、お父さんはいなかった。
ちょっと、まって!! この展開って……!?
ピン! ポロリン! シャン!
不意にあたしのポケットの中で、携帯が鳴った。嫌な予感がする。携帯のスイッチを入れるとディスプレーにミルが現れた。
『ショコラ! タルトと代わってんか』
「良いけど、どうしたの?」
『たった今、地球からタルト当てのメールが届いたんや』
「分かったわ」
あたしは携帯をタルトに渡した。
なんか、嫌な予感が的中しそう。
「ええ!! そんな馬鹿な!? だって昨日……はい、分かりました」タルトは携帯を切ってあたしに返した。「ショコラ。済まないがすぐに〈ネフェリット〉に戻る」
「ど……どうしたの?」
「親父が……死んでいた。六日前にだ」
ひええ!! やっぱり、心霊現象だったのね。今夜はトイレにいけないよう……などと、やってる場合じゃないわ!
あたし達は駐車場の中を走った。
ワゴンの荷物を車に積み代えてから、リセットボタンを押すと、ワゴンは自動的に店に帰って行く。
「ちょっと、あなた」
助首席側から車に乗り込もうとしたあたしの前に、一人の背の高い女が立ちふさがった。
「どいて下さい!」
あたしは女の脇をすり抜けようとした。が、できなかった。
女に襟首を掴まれたのだ。
「何するのよ! 離してっ!」
「質問に答えなさい。この車はあなた達のね?」
「だったら、どうだって言うのよ! ヒッチハイクならお断りよ。あたし達、急いでいるんだから」
「おい! 何をやっているんだ!?」
タルトの叫び声と同時に、不意に首が軽くなった。女が手を離したのだ。見ると女はタルトに、右手をねじり上げられている。
はて? この女、どっかで会ったような……
「ぼうや。女性を乱暴に扱っちゃいけないわ」
何をいけしゃしゃあと! 先にあたしを乱暴に扱ったくせに。
女は不意にタルトのみぞおち目掛けて、肘を叩き込んだ。
だが、タルトも肘が当たる寸前に手を離すと、後ろに飛び退く。
女はさらに後ろ回し蹴りを放つ。
蹴りが当たる寸前に、タルトはバック転して飛び退いた。
女はさらに二撃、三撃と蹴りや突きを繰り出す。
タルトはことごとく避けていたが、次第にあたし達は車から引き離されていた。
不意に女は攻撃の手を止めた。
しばらく、あたし達はにらみ合った後、女が口を開く。
「あなた達、怪盗ミルフィーユとは、どういう関係かしら?」
ギク! なんで、その事を……
「ミルフィーユ? 何、分け分かんない事言ってんの? このオバさん」
タルトにオバさん呼ばわりされたのが気に入らないのか、女は顔をしかめた。
「勝子ちゃん、なんか知ってるか?」
ああ! いきなり、こっちにふらないで!!
「し……しらなあい。なに……いってるの。こ……このおばさん」
ああ! あたしの台詞、すっかり棒読み調だぁ!! タルトが頭を抱えていた。
くそ! あの女、バカにした目でこっちを見ている。
「その反応だけで十分ね」
「この子は昨日の夜、冷蔵庫の中に入れて置いた僕のミルフィーユをつまみ食いしたものだから、動揺しただけさ。怪盗なんたらとは関係ない」
「タルト! なんで知ってるの!?」
「本当だったのか」
しまった! 自分からバラしちゃった。なんてやってる場合じゃないわね。
「とぼけても無駄よ。昨日の夜、私はミルフィーユに名刺を渡しているの。一時間置きにパルスを出す発信機付きの名刺をね」
ああ! この女!! 昨夜あたしをチンチクリン呼ばわりした弁護士。顔が昨日と違うけど、変装していたのね。
でも、声が昨日のままだから、会ったような気がしたんだ。
「三十分前に、そこの車からパルスが出るのを確認したわ。これでも言い逃れできるかしら?」
「知らないね、名刺なんて。おおかた、僕の車の窓から、ミルフィーユが投げこんでいったんじゃないのか」
「ねえ、ぼうや。私も手荒な真似はしたくないの。それと、これだけは約束するわ。あなた達を警察に渡したりはしない。だから、正直に答えてちょうだい」
「へえんだ! なにが手荒な真似はしたくないよ! タルトは、こう見えても強いんだから。その気になったら、オバさんなんか、スペペノペエーでやっつけちゃうんだから」
「いいや、ショコラ。このオバさん。一人じゃないよ」
「えっ?」
「あら、気がついてたの? あんた達、出てきなさい」
周りに止まっている車の影から、ガラの悪い男達がワラワラと出てくる。
ひええ! いきなり、多勢に無勢。
二人の男が、左右から同時にあたし達に飛び掛かってきた。
あたしは慌てて、ポケットのスタンガンに手を伸ばす。しかし、あたしの手がスタンガンを掴むよりも早く、ガツ! ドス! と音がして、二人の男は路面に転がった。
タルトが何かやったらしいが、あまりに素早い動きであたしの目では捕らえられなかったみたい。
タルトってつよーい・
なんて、感心してる間もなく、さらに二人の男が正面から迫ってくる。あたしは咄嗟に手にしたスタンガンを撃った。
三メートル手前で、二人の男は青白いスパークに包まれ路面に昏倒する。
直後に、あたしの左手が誰かに掴まれた。ふりむくとタルトが、あたしのブレスレットを掴み操作している。
ブレスレットから発生した力場障壁があたし達を包み込んだ。
次の瞬間、力場障壁に何かが当たって、跳ね返される。
麻酔銃の弾!? 見ると、五十メートル離れたワゴン車の屋根から一人の男がライフルを構えていた。
「おやめ! お前ら!!」
女の号令で男達の動きはピタっと止まった。だが、その後で男達は五メートルぐらいの距離を置いてあたし達を包囲する。
この囲みを突っ切って、車に逃げ込むのは無理っぽいわね。
「力場障壁を張ったわね。見たところ重力と電磁力の併用フィールドのようだけど、エネルギーは後、何分保つのかしら?」
「そんな事、教える義理はないわ」
言いながら、チラっとブレスレットのディスプレーを見た。
エネルギーは保って五分てとこか。それを過ぎると、今あたし達を守っている重力と電磁力による斥力場は消滅してしまう。
「まあ、いいわ。どっちみち、携帯型力場障壁の持続時間なんてたかが知れてるし、それが待てない程、お姉さんは短気じゃないわよ。無駄なあがきは止めて、さっさとミルフィーユの仲間だと白状しなさい。それとも、そこの女の子がミルフィーユかしら?」
「僕らがミルフィーユの仲間なら、どうするつもりなんだ?」
タルト、もうシラを切る気はないのね。
「ミルフィーユと取引をしたいのよ」
「だめよ!」あたしは、きっぱりと言った。「ミルは怪盗を引退したのよ。もう、ミルは泥棒はやらないんだから」
「あら? 私は別にミルフィーユに何かを盗みだして欲しいわけじゃないの。昨日、ミルフィーユが盗み出した〈天使の像〉を譲ってほしいのよ」
〈天使の像〉!! でも、それは……
「できない相談だな。あれは僕らに必要なものなんだ」
「私にも、必要なのよ。でもこの調子じゃ、ミルフィーユ本人と話しても、同じ答えが返ってきそうね」
「当然よ。分かってもらえたなら、お引き取り願おうかしら?」
もっとも、素直にお引き取ってもらえるとは思えないけど……となると、次は……
「では、あなた達に、人質になってもらうしかないわね」
やっぱり、そうきたか。……タルトが、あたしをかばうように前に出た。
「分かった。僕が人質になろう」
「ちょっと!! タルト!? どういうつもりよ?」
あたしの質問に答えずタルトは続ける。
「そのかわり、この子は逃がしてやれ。それが駄目なら精一杯抵抗させてもらうが」
「ものわかりの良い子は大好きよ。いいわ、女の子は解放して上げる。こっちもつまらない怪我はしたくないし、ミルフィーユへの伝令役も必要だしね。お嬢ちゃん、聞いての通りよ。ミルフィーユに伝えてちょうだい。ぼうやを返してほしければ〈天使の像〉を用意しなさいって」
「タルト!! なんで降参しちゃうの。あんな奴等やっつけちゃってよ!」
自分でも無茶だなと分かりつつ、あたしは叫んだ。
「ショコラ。抵抗して痛い思いをしてから、人質にされるより、抵抗しないで無傷の方がましだよ」
「タルトの馬鹿! 根性なし!! 軟弱者!!」
悔しい。
タルトがこんな情けない事言うなんて……
「内輪もめは、そのくらいにしてもらおうかしら」
「ああ。それじゃあ、ショコラを通してくれ。でないと、つまらない怪我をすることになるぞ」
「いいわ。お前たち、道を開けなさい」
男達は無言で囲みを解いた。あたしは一旦、力場障壁を解除して渋々囲みを抜ける。抜けたところで再び力場障壁を張って振り返った。
「タルト。無事でいてね」
あれ?あたし涙声になっている。
「大丈夫だよ」
タルトは笑顔で答えた。
「オバさん! タルトに変なことしたら、ただじゃ済まさないからね! 宇宙の果てまで追い詰めて、原子の塵にしてやるんだから!!」
「おお、怖い怖い。大丈夫よ。ぼうやには指一本ふれないわ。〈天使の像〉さえくれたらね」
あたしは車にたどり着いた。
「さあ、もういいでしょ。力場障壁を解除しなさい」……え? あっそうか。力場障壁って目に見えないから、あの女、まだタルトの周囲に力場障壁あると思い込んでるのね。
「シールドジュネレーターはショコラが持っているだけだ。今の僕の周囲に力場障壁は無い」
「あら、そうだったの」
「それより、武装解除とやらを、しなくていいのかい? 言っとくけど、僕は武器を持ってるよ」
あたしはふり返った。
「そうね。武器があるなら出しなさい。ただし、言っとくけど、その武器を使おうなんて考えない事ね。そんな事をする前に、あなたの頭に風穴が開くわよ」
「この状況で、そんな事をするほどバカじゃないよ」
言いながらタルトは、44マグナムとワルサーP38をポケットから取り出す。
「随分、アナクロな銃だな」「複製品だろう」
そう言いながら、二人の男がそれぞれ一丁づつ受けとった。
「はい」
続いてコルトとモーゼルミリタリーを出した。さらに二人の男が受けとる。
「ほい」
フッ化水素レーザーガンと、荷電粒子銃を出した。また、別の男が受けとる。どうでもいいけど、タルトってば、どこにこんなに武器を、しまっていたんだろう?
「はい」
続いてスペツナズナイフと手裏剣、さらにSMG。etc etc……
「いったい、いくつ持ってるのよ!?」
女はいらただしげに怒鳴る。
「これで最後。あ!」
タルトは最後に取り出した手榴弾を取り落とした。
手榴弾は乾いた音を立てて路面に転がる。落ちた手榴弾とタルトの右手に残った安全ピンとの間を、男達の目が往復した。
シーン。
周囲は一瞬、静まりかえった。嵐前の静けさと言うやつだ。
そして、次の瞬間。
「逃げろおぉ!! 爆発するぞう!!」
タルトの絶叫を合図に、男達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
ポン!
猛然とあたしの方へダッシュしてくるタルトの背後で、小気味よい音を立てて手榴弾が破裂する。
周囲に紙吹雪が散った。ただの花火だったのだ。
「あ! てめえ騙しやがったな」「ぶっ殺す!!」
早くも騙されたと気が付いた男達が追いかけて来る。
だが、タルトは余裕の笑みを浮かべポケットから何かを取り出した。コントローラーである。いったいなんのコントローラーかって?それは……
「うぎゃー!」
タルトがスイッチを押した直後、追っ手の半数が悲鳴を上げて倒れた。倒れたのは、タルトに渡された銃やナイフを持っていた男達である。そう、あれは銃やナイフに似せて作った、リモコン式のスタンガンだったのだ。
「車を出せ! ショコラ」
助首席のドアを開けるなりタルトは叫ぶ。
「はい!」
あたしは車を発進させた。
「待ちやがれ!」
一人の男が車に追いすがって来た。
閉まり掛けた助者席のドアに、体を割り込ませる。
「しつこいっ!」
タルトは男に頭突きをかました。それでも男は離れない。
タルトはさらにしがみつく男の手に、蹴りを入れる。
ようやく男は離れた。
それを確認すると、あたしは一気に車にスピードを上げる。
しばらくして、追っ手がかかってないのを確認してからあたしは質問した。
「タルト。いつも、あんな物を持っているの?」
「紳士の嗜みさ」
紳士だったんか? あんたは……
「さっきはごめんね。ひどい事、言っちゃって」
「いいって、気にしてないよ。その事はね」
「え……? その事」
という事は、その事以外で問題があるのかしら?
「冷蔵庫にしまっておいた、ミルフィーユをつまみ食いした事は、きっちり怒ってる」
チッ、覚えてたか。
「でもタルトがあんな手を考えてるって分かってたら、心配する事もなかったのになあ」
あたしは、さり気なく話題を変えた。
「とんでもない。ショコラが最初から知っていたら、下手くそな演技でばれていたさ」
「へ……下手くそとはなによ!! 下手くそとは! そりゃあ、さっきは失敗したけど、こう見えたって、あたしは怪盗ミルフィーユの相棒……」
「あれ?やめたんじゃなかったの?」
ニヤニヤしながらタルトが言う。
「う……しょ……しょりわ……」
あたし達が〈ネフェリット〉に戻ったのはその一時間後だった。
さて、うまく逃げられたけど、このあとどうなるか?