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第一章 怪盗ミルフィーユの引退宣言

サイエンスフィクションでありすごくふしぎでありすごくふざけています。


新作ではありません。第一回SF新人賞で落ちた作品です。

落ちた後、発表することなく眠っていたのですが、この機会に発表する事にしました。


なお、この作品はフィクションです。

実在の人物、団体、物理法則、超常現象、オーパーツなどもろもろ一切関係ありません。



タイトルについて

「秘密のアッコちゃん」のリメイク版に同じ名前のキャラが出てくることを最近になって知ったのでタイトル変更を考えましたが、下記サイトにすでにタイトルが出ているのでそのまま使う事にしました。

http://old.sfwj.jp/sinjin001.html


 第一章 怪盗ミルフィーユの引退宣言


*ニュース*

『五時のニュースです。本日正午、資産家の鬼頭(きとう)(りゅう)(いち)さん宅に、怪盗ミルフィーユと名乗る人物からの盗難予告状が届けられました。予告状の内容は、今夜十二時に鬼頭邸より〈天使の像〉と呼ばれる宝物を盗みだすという内容のものです。

 怪盗ミルフィーユは、二年前より第一太陽系各地を騒がせているオーパーツ専門の……


          *鬼頭邸*〈ショコラ〉

 あたしが中に入った時、リビングルームは物々しい雰囲気に包まれていた。二百畳ほどの広さの部屋の中に配備された警官達が、一斉にあたしの方を振り向く。

真奈美(まなみ)ではないか。どうしたのだ?」

 入って来たあたしに気が付いてそう言ったのは、白いあごひげを蓄えた老人だった。

 この屋敷の主人にして、あたしの祖父である……ことになっている鬼頭(きとう)隆一(りゅういち)(おう)

「おじい様! こんな物が……」あたしは紙を持っておじい様の元にかけ寄った。「先ほど、わたくしのパソコンに、このようなメールが送られてきたのです」

 あたしが今、おじい様に渡したのは、そのメールをプリントアウトしたものだった。

『ごめん。ちょっと遅くなりそうや。昼間のメールでは、今夜十二時って言うたけど、事情により十二時十分に変更します。       華麗なる大怪盗ミルフィーユより』 

ちなみに昼間来たメールの内容はこうだ。

『今夜、十二時。〈天使の像〉をいただきにまいります。警察に知らせてもええけど、税金の無駄遣いさせるだけやでえ。        華麗なる大怪盗ミルフィーユより』

「ふざけたやつですな」おじい様から受け渡されたプリント用紙を見るなり、刑事さんはそう言った。「しかも、自分で『大怪盗』と言ったり、『華麗なる』などと形容詞を入れたり、恥ずかしくないのか?」

 本題から外れているような気がするけど、あたしも刑事さんの言ってる事に同感だ。

「ふざけた奴なのかもしれんが、こいつが大怪盗というのは事実だろ。現にこいつは、これまで十数回、予告状を出し、ことごとく盗みに成功しているという。そして警察はまったく手掛かりを掴んでいない。それで、今回は大丈夫なのかね?」

 そう言って、おじい様は部屋の中央に備え付けられた台座を指差した。台座の上には、一片三十センチほどの正方形のガラスケースが置かれている。

その中にそれはあった。

 赤く輝く金属の彫像。背中に羽のある十才位の少年をモチーフにしているので〈天使の像〉などと呼ばれているが、本当は第二太陽(ネメシス)系第二惑星〈エルドラド〉で、その昔飢えた民のために虚空から食べ物を出したと言われるマナ神の像だ。

 ところでこの像、普通の金属のように見えるけど、実はこれ周期表外(エクストラ)物質(マター)の一種であるヒヒイロカネで作られていた。

 周期表外(エクストラ)物質(マター)、通称EMとは、簡単にいうと、メンデレーエフの周期表には、当てはまらない物質という意味だそうだが、普通の物質とEMのどこがどう違うのかなんてことは、あたしにはさっぱり分からない。

 ただ、EMに関してあたしにも分かる事は二つある。一つは、超光速船のような超技術や、重力制御、力場障壁みたいにあたし達が当たり前のように使っている技術のいくつかは、このEMなしには有り得ないという事。もし、二十一世紀の半ば頃に、EMが発見されることがなかったら、人類は未だに月に住むことすらできなかっただろうと言われているくらい有り難い物質なわけだ。

 実際、今の人類は月どころか、火星を地球化し、太陽系全域に進出し、カイパーベルト、オールト彗星雲を制覇して、太古の昔に何者(おそらくアヌンナキたど言われているけど)かによって巨大な球状構造物に蓋い隠されて、外部から見えなくなっていた太陽の四つの兄弟星〈ネメシス〉〈ツクヨミ〉〈ルシファー〉〈テスカポリトカ〉を発見し、その惑星群に植民地を築いているし、さらに近傍恒星系に探査の手を伸ばしている。

 だが、それらの輝かしい成果は全てEMという謎多き物質に支えられているわけだ。

 もう一つ、あたしに分かることは、EMというのは非常に貴重な物質だということ。といっても自然界には、かなり大量のEMが存在しているみたいなんだけど、鉱石から金属を抽出するみたいに、EMを精製することはできない。現代の人類には……

 ところが、超古代文明の遺跡からはEMを加工した品物が多数出土している。つまり、現代の人類がEMを手にするには古代遺跡から発掘する以外に方法がないということだ。

 それはともかく、おじい様が〈天使の像〉を手に入れたのは、今から五十年前の事だという。当時、この惑星〈シャングリラ〉に入植したばかりのおじい様が裏の畑を耕しているときに、愛犬が見つけ、それ以来、幸運続きで、あれよあれよという間に今のような金持ちになったという嘘か本当が分からんような逸話を聞かされたが、これが今回のミルフィーユのターゲットだ。

「私が思うには、この予告状はイタズラですよ。たぶん時間になっても何も起きないんじゃないんですか」刑事さんは時計を見ながら言った。時計は一二時を指している。あと十分。「ミルフィーユが、今まで犯行を働いたのは、小惑星〈セレス〉、土星の衛星〈タイタン〉、木星の衛星〈エウロパ〉、そして地球。今まで、第一太陽系にいた奴が、わざわざ一千天文単位も離れた第二太陽系くんだりまで来ますかね。大方どっかのバカが第一太陽系のニュースを見て、こんなメールを出して我々をからかっているんですよ」

「だと、いいのだがな……しかし、そのメールが本物ならばどうする?」

「もちろん、我々が完璧にガードして見せます」

 刑事さんは、自信たっぷりに言う。

「大した自信だが、何を根拠に言っているのだね?」

「いえ、こういうふうに答えるよう、警察マニアルで決まってますので」

 一瞬、あたりの空気が凍り付いた。

 普通、言うかよ! そんな事。

「なあ、真奈美よ」おじい様は心底不安そうな声であたしに話しかける。「今から、どこぞの私立探偵を雇った方がよくないか?」

「おじい様。この時間ではどこの探偵事務所も閉まってますわ。それに、もう時間です」

 あたしがそう言った直後、突然部屋の明りがすべて消えた。

 非常灯も灯らない。

 あたりは真っ暗闇となる。

 周囲が騒然としだした。

「だれだ! 明りを消したのは!」「懐中電灯持ってこい!!」「蝋燭はどこだ!?」

 停電くらいで混乱なんて、つくづく無能な警官達だわ。

 だいたいにして、予告状の時刻に部屋の明かりを消してから犯行におよぶのは怪盗の常套手段なんだから、それに備えて暗視ゴーグルぐらい手元に用意しときなさいよ。

 あたしが内心つぶやいた時、けたたましい警報が鳴り響いた。

 この警報音はガラスケースに何らかの異常があったときに鳴るものと同じ音だ。

 と言う事は……

 あたしはポケットから懐中電灯を取り出すと、台座のあるあたりを照らした。程無くしてライトの明りが台座を照らしだす。だが、その上にあるはずの物がなかった。

「おじい様!! 〈天使の像〉がありません」

「なに!?」

 暗闇の中からおじい様が聞き返す。警報音がうるさくて聞こえないようだ。

「〈天使の像〉が無くなってます」

「なに? 良く聞こえん。ちょっと待て。今、警報を切る。……おや? どうなっとるんだ。音が止まらん」

 ライトをおじい様の方に向けた。リモコンのスイッチをカチャカチャ押しているのが分かる。不意に警報がやんだ。

「おお、やっと止まったか。で、なんだ?」

「だからあ、〈天使の像〉が無くなってるんだってばあ!!」

 ハ! いかん。言葉使いが乱れた。

 だが、おじい様はそんな事を気にする様子は無かった。まあ、この状況では当然だろう。あたしは、再び台座にライトを向けた。同時に複数のライトが台座に集中する。

 警官達のライトだ。

 ここで、ようやくみんな〈天使の像〉が無くなっている事に気が付いたらしい。

「やや! いつの間に……」「おのれ! してやられたか」

石造りの台座が多少ゆがんでいるように見えるが、誰もその事に気が付いていないみたいだ。

「おい! 天窓のところに誰かいるぞ」

 警官の一人が叫んだ。全員の視線が天窓に集中する。

 月の光を背景に、人物のシルエットが浮かび上がっていた。

「ほーっほっほっほっ!」突然、若い女の高笑いが響いた。「無能な警察のみな様、こんばんわぁ・うちがミルフィーユどすえ。あんじょうよろしゅうに」

「貴様!! 〈天使の像〉を返せ!」

 暗闇の中で刑事さんの声が響く。

「あかん、あかん。これはもう、うちのもんになってもうた。ほな、さいなら」

 人影は飛び下りた。

「逃がすな! 追え!」

「おお!」

 刑事さんの号令と同時に、警官達は一斉に部屋の外へ飛び出して行く。部屋の明りが再び灯ったのは、そのすぐ後だった。

 見回すと、室内にいるのは、あたしとおじい様と、あの無責任な刑事さんの三人だけ。

「な……なんだ!? これは……」

 おじい様が指差す先に例の台座があった。二つほど……

 片方の台座には、何も乗っていない。そして、もう片方の上には……〈天使の像〉がちゃっかり乗っていたりする。

 そう、暗闇の中であたしがライトで照らしたのは、何も乗っていない方の台座だった。 真っ暗だったので、台座の位置が少しずれていることに誰も気が付かなかったのだ。

 もちろん、二メートル離れた所にある本物の台座に、誰かが光を当てたらあっさりとばれていただろう。

 だが、そうならないよう、あたしは台座を背後に隠し、そしてあたしの反対側に刑事さんが立ちトレンチコートを広げて台座を覆い隠していた。そのために、本物の台座に他の警官達のライトが当たる事はなかった。

 え?なぜ、そんなことをしたかって?それは……

「どういう事だ? なぜ、これが、まだここにある」

 おじい様は〈天使の像〉の乗った台座と、いつの間にか現れた、空っぽの台座を見比べ首をひねった。

「これはですね」刑事さんが空っぽの方の台座に手を掛けた。「一見、石の台座に見えますが、実はこれは形状記憶プラスチックでできていて、折り畳むとポケットにしまう事ができます。これにお湯を掛けると、三秒でこのような台座になるのです」

「ええ!? でも、変じゃない。〈天使の像〉が無事なら、なんで警報が鳴ったのよ?」

「あれは、警報ではありません。私が昨日コンビニで買った一つ五十クレジットの防犯ブザーです。ここの警報音と似た音を捜すのに苦労しました」

「なあんだ。そうだったのか……え?」ここであたしは、わざとらしく驚いた。「な……なんで、あんたが、そんな事を説明できるのよ!?」

「そ……そうじゃ! なんで、お前が知っている」

 おじい様も驚く。

「それはですね」

 刑事はニヤっと笑って、襟元に手を突っ込んだ。

 カチッ!

 なにかスイッチを押す音がする。

「うちが……」

 刑事の声が女の声になった。

 さっきのスイッチ音は、ボイスチェンジャーを切ったものだったのか。

 刑事は帽子のひさしに手を掛け持ち上げた。

「ば……化け物!?」

 おじい様が驚くのも無理はない。帽子と一緒に、刑事の顔も持ち上がったからだ。まるで、胴体と首が別れたみたいで、ちょっとグロい光景だけど……

「おじい様! 落ち着いて下さい。あれは帽子に、ホロマスクが仕込んであるだけですわ」

「なに!? そうか、ホロマスクか」

 立体映像仮面(ホロマスク)は変装用具の一種。他人の顔を撮影したり、CG合成した立体映像(ホログラム)を自分の顔の正面に投影する装置だ。ただし、立体映像と本来の顔がちょっとでもずれると、鼻が二重になったりして、あっさり変装を見破られる結構お間抜けなアイテムだったりする。 地球連邦の諜報機関が開発したもので、本来、その技術は一般には流出していないはずなんだけど、実際には、かなり出回っているらしい。

 あたしが説明している間にも、シャッターが上がるように、刑事の顔……つまり立体映像の下から、本来の顔が現れ始めた。始めに見えてきたピンクのルージュを引いた可愛らしい唇は、イタズラっぽい笑みを浮かべていた。

 整った鼻筋に続いて、切れ長の大きな目が現れる。

 バサ! 最後に豊かなブロンドの髪が、帽子の下から飛び出した。

「怪盗ミルフィーユだからやあ!!」

「刑事に化けるなんて、一番ありそうなパターンね。オリジナリティのない奴」

「じゃかぁしい!!」

 ミルフィーユはあたしの突っ込みに怒鳴り返すと同時に、トレンチコートを脱ぎ捨てた。下から現れたのは、目にも鮮やかな赤いレオタード。

 すらっと伸びた長い脚は、メタリックブルーのタイツと白いレッグウオーマーが覆っている。

 どうでもいいけど、レオタードの上にスカートぐらいつけろよ!! この恥知らず!

「ほな、これはいただいてくでぇ。文句ないな」

 とっくに警報の切られているガラスケースを外し、ミルフィーユは〈天使の像〉をゆうゆうと取り出した。

「おじい様!! 何とか……」

 『言ってやって』と言いかけて、あたしは絶句する。

 振り返るとおじい様は、だらしなく口を開け、スケベ色に染まった目で女怪盗を見つめていた。

 たくもう!! 男って奴は……

「ほほほ! 爺さんも、うちの色気には勝てんようやな」

「黙れ、この変態盗賊!!」

 あたしはロングスカートをまくり上げ、右足のアンクルホルスターから、麻酔銃を取り出した。狙いは……

「まて! 真奈美!! 賊はあっちじゃ」

 自分に銃口が向けられたの気が付いて、慌てておじい様は正気に戻った。

 でも、もう遅い。

「ごめんね。おじいちゃん」

 あたしはトリガーを引いた。速効性の麻酔ガスが老人を襲う。

 一応、体に害の無い種類を選んだのだけど、やっぱりちょぴっと胸が痛む。麻酔が完全に利いたのを確認してから、あたしは、ヘアピースを外した。ヘアピースの下には、まだ真奈美ちゃんの顔の立体映像が投影されている。まるで生首を持っているみたいだ。

 ホロマスクのスイッチを切ると、それはただの、ヘアピースになった。それをしまうと、床に倒れ込んだおじいちゃんの元にあたしは歩み寄る。

 聞こえていないと分かっているけど、あたしは話しかけた。

「本当にごめんなさい、おじいちゃん。目が覚めたら、自室で縛り倒されている本物の真奈美ちゃんと刑事さんを助けて上げてね」

 そう、あたしは鬼頭真奈美ではない。あたしは……

「ショコラ。ようやったで」

 背後からミルフィーユ……長いからこれからミルって言うね……が猫撫で声であたしをねぎらう。でも、あんまし嬉しくない。

「ミル。その〈天使の像〉って間違えなくパイザなの?」

 あたしは、感情を押し殺しながら背後にいるミルに言った。

「まあ、ラボに持って帰って調べてみんと分からへんけど、十中八九間違えなしや」

 それを聞いてあたしは、麻酔銃を右足のホルスターに戻した。

「なら、これであたし達が外宇宙へ行くのに必要なアイテムは、全部、揃ったのね」

「そやな」

「ミル。あの約束は覚えているわね」

「約束?おお! 帰ったら、盛大に打ち上げパーティやろうな」

「違うでしょ」

「違う?……おお! そうや。これが終わったら、ショコラにお小遣いを……」

 忘れてる! こいつ、完璧に忘れてる。

 あたしは左足のホルスターから、スタンガンを抜いた。

 一度に三十発の電撃弾を、圧縮空気でショットガンのように打ち出すタイプだ。

 一発一発の弾はボールベアリング程の大きさだが、この中の常温超伝導物質のコイルには、人一人気絶させるのに十分な電力が蓄えられている。

 あたしはぴたりと銃口をミルに向けた。

「なんや!? ショコラ。なんのつもりや?」

「ミル。これで撃たれても死ぬ事はないわ。でも、最低三十分は動けなくなるはずよ。この状況で、それが何を意味するか分かっているわね」

「落ち着きいな、ショコラ。そないな事したら、あんたまで逮捕されるで」

「あたし十四歳だもん。横暴な従姉妹にそそのかされたって言えば済むわ」

「少年法を盾にするんかい。えげつないやっちゃなあ。でもな、それならモンブランやタルトはどうするつもりや?」

「二人には、あたしから逃げろって言っておくわ」もっとも、あの義理堅い男達が素直に逃げるとも思えないけど……「ミルが約束を守れば済むことよ。アイテムが全部、揃ったら、足を洗うという約束をね」

「おお! そうやった。忘れてへんでえ」

 うそつけ!! 今の今まで忘れてたくせに。

「『銭湯に行って足を洗おう』なんてギャグを飛ばしたら、即座に撃つわよ」

「あ……あはは……何言うてんねん。そないアホな事言うわけないやろ」

 そう言っているミルのこめかみに、ツーっと汗が流れるのをあたしは見逃さなかった。やっぱり考えていたな。

「じゃあ、足は洗うのね」

「当然や。うちが今まで約束をやぶった事あるか?」

「あのねえ、そういう風に言うと、まるで約束守ったことが、あるみたいじゃない」

「失礼な!! うちは約束を意図的に破った事はあらへん。ただ、覚えてへんだけや」

 なんじゃい、そりゃあ?

「じゃあ、今回の約束、思い出したからには、守ってくれるんでしょうね?」

「も……もちろんや。第一、アイテムは揃ってもうたし、もう盗む必要はないやろ」

「そうね。でも、あたし達が外宇宙に行くのに必要な資金は、まだ足りないわ。もし、ミルがそれを調達するために怪盗ミルフィーユを続けようって了見なら、あたし撃つわよ」

「そ……そんな事あらへん」

「じゃあここで誓って。怪盗ミルフィーユは本日を持って引退します。明日からは真っ当なオーパーツハンター(たけ)ノ(の)(うち)魅瑠(みる)に戻りますって」

 まあ、オーパーツハンターも真っ当な仕事とは言い難いが、怪盗よりましだろう。

「わぁった! わぁった! 言えば良いんやろ。怪盗ミルフィーユは本日を持って引退します。明日からは真っ当なオーパーツハンター竹ノ内魅瑠に戻ります。これでええな?」

甘い! 口約束を信じるほど、あたしは甘くないぞ。

 あたしはポケットからB5用紙のポスターを取り出した。

「じゃあ、これを壁に貼って」

 あたしはポスターをミルに渡した。

「何や? これ」

 怪訝な顔をしてミルはポスターを広げる。そこには……

『貴重なオーパーツを専門に盗む怪盗ミルフィーユは、今回を持って引退させて頂きます。長い間、ご声援ありがとうございました』

「な……なんか、マンガの最終回みたいな文章やな」

「なんでもいいでしょ。早く貼って」

「しかし、こんなもの貼ったら、まるで引退するみたい……」

「何だって!?」

「なんでもあらへん!」

 ミルは、そそくさとポスターを貼った。

 これでよし。ミルの性格からして、あたしとの約束はどうせ守らないけど、世間に公表してしまったことは律義に守るはずだ。

 バタン! 不意に扉が開いた。見るとそこに一人の警官が立っている。

 しまった!? 時間をかけ過ぎたか?

「しー! 僕だ、僕」

 警官は帽子を外した。帽子と一緒に顔も外れる。これもホロマスクだ。三十代半ばの男性の顔を写したホロマスクの顔の下から、十代後半の美少年の顔が現れる。

「タルトやないか。どないしてん?」

「どないもこないも、何をぐずぐすしてるんですか!?」

 彼はあたし達の仲間の一人、宮下瑤斗。年はあたしより四つ上のお兄さんだけど、あたしはいつもタルトって呼び捨てにしている。 さっき天窓を指差して『おい! 天窓のところに誰かいるぞ』と叫んだのは彼だった。

 タルトは十八才の現役大学生……だったのだけど、今は休学中で、ミルの所へはアルバイトのつもりでやって来た。

 もちろんミルが泥棒やってるなんて知らずに……

 知った時は、かなり驚いていた。驚いてはいたが、彼はあっさりと協力者になってしまった。どうやら、ミルに一目惚れしたらしい。

 しかし、これは彼の人生最大の過ちだと、あたしは確信している。

ミルみたいな女に惚れたら人生終りだ。一日も早く彼は、おのれの過ちに気が付くべきだわ。だいたいにして、なんだって彼みたいなハンサムボーイが、ミルみたいなオバンに夢中になるのよ。

 すぐそばに若くて、可愛くて、頭も良いあたしみたいな女の子がいるというのに……そこのおまえ、笑うな。

 ちなみに彼は、ダウジングという特技がある。振り子とか占い棒を使って、地下に埋まっている物を見つける、一種の超能力だ。

 そういう能力のある人をダウザー(水脈占い師)と言って、昔からヨーロッパでは井戸を掘るのに活躍していた。

 近代になっても、古い水道管を捜すにその能力が使われている。

 もちろん、遺跡発掘現場では重宝されていた。

「とにかく、急いで下さい。すでに三体のダミーミルフィーユが、警察の手に落ちてるんですよ。早く逃げなきゃ、警察が騙された事に気が付いて戻ってくるでしょ」

 ダミーミルフィーユってのは、今回の仕事のために用意したアンドロイドだ。

 適当に逃げ回って、警察を攪乱するのが目的。

 さっき、天窓のところにいたのもその一つで、全部で五体用意したから、あと二体が警察から逃げ回っているはず。

               *

「おい! そいつは本物か?」

 一人の警官が鬼頭邸の廊下で出くわしたのは、二人の警官に連行されるミルフィーユの姿だった。

「本物? どういう事だ?」

 ミルフィーユを手錠でつないでいる警官が言った。

「いや、さっき俺もこいつを捕まえたと思ったら、ダミーのアンドロイドでな。こいつ本物だろうな?」

 警官は、いきなりミルフィーユの胸を鷲掴んだ。

「ぬわにすんのやあ!!」

 ミルフィーユのキックが警官の股間にヒットするのと、連行中の警官が同僚の顔面に右ストレートを炸裂させるのと、ほとんど同時だった。

「貴様ぁ!! 僕ですら、まだ……いや、……天下の公僕たるものが、セクハラを働くとは何ごとだ!!」

 警官は同僚の胸倉を掴んで叫ぶ。

「落ち着いて下さい」

 ミルフィーユの背後から銃を突き付けていた、背の低い婦警になだめられ、警官は手を放した。

「それより、あなた」

 股間を押え、ピョンピョン跳ね回る警官に、婦警が話しかけた。

「鬼頭老人がリビングルームで、麻酔をかがされて倒れています。私達はこの女を連行しなければなりませんので、そっちをお願いします」

「わ……分かった」去って行く三人を見送った後、警官は言われた通りリビングルームに向かった。その途中ふとつぶやく。「うちの署に、あんな背の低い婦警いたかな?」

            *〈ショコラ〉

 警官に変装したあたしとタルトが、ミルを連行して正面玄関を抜けた。もちろん、ミルも素顔をさらしているわけじゃない。ちゃんと変装し直している。外へ出ると黒山の人だかりができていた。群衆と警官が押し問答をしている。凶悪な怪盗を見に来たのね。

 やばいなあ。

 この人達がミルをリンチに掛けよう、なんて考える前に逃げ出さないと……

「あ! 出て来た」

 群衆の中の一人が、あたし達に気が付いて叫ぶ。やばい! 急がなきゃ。

「ミルフィーユ!? 捕まっちゃったの!?」

 あ……あまり、敵意を感じない声ね。

「ミルフィーユさあぁん!」「おれ、期待してるからねえ」

 ……へ……………?

「必ず脱獄してねえ!」「無能警察なんか、ぶっとばしちゃえ!!」 ……を……をい……おまいら……

「脱獄したら、うちに来てね・かくまってあげるから」「いいや、うちへ来て!」「ミルフィーユさあぁん!!」

 犯罪者に、声援なんか送るんじゃない!!

「まかしとき!! うちは必ず復活するでぇ!!」

「おお!!」

 胸をドンと叩いて声援に答えるミルに、喚起のどよめきが起こる。

「復活するなあ!!」あたしは叫んだ。「ミル。本当にやっちゃだめよ」

 あたしは小声でミルに言う。

「せやかて、こうも期待されたのでは……」

「ミルぅぅ……」

「二人とも、静かにして。他の警官に聞かれるだろ」

「分かってるわよ」

 群衆をかき分け、一人の初老の紳士がこっちへやって来た。なぜか警官も制止しない。その後からも、やたらと身なりの良い数人の男女がやってくる。

 はて? なんなんだろう?声援を上げているミーハーどもとは、明らかに違う人種のようだ。なんて思っている間に、紳士はあたしの目の前まで来ていた。

 良く見ると、なかなか美形のオジサマ……いかん! 見とれてる場合じゃない。

「ミルフィーユさんですね?」

 なかなか渋い声である。

「そやけど……」

 ミルもポーと見とれながら返事した。

「私、こういう物です」

 紳士の差し出した名刺を受け取り、ミルはまじまじと見つめた。

「弁護士さん?」

「はい。裁判の時はぜひ私をご指名下さい。必ず、無罪を勝ち取ってみせます。貴女のような美しい方に、鉄格子は似合いません」

 いや、似合うと思うぞ。宇宙広しと言えども、この女ほど鉄格子の似合う女はいないとあたしは思う。

「ミルフィーユさんですね?」

続いて名刺を差し出したのは、二十代半ばの女性。『私はエリートよ。ダサい人は声を掛けないで』といったオーラを、全身から発散させている感じの女だ。

「裁判の時は、ぜひ私をご指名下さい。私なら無罪どころか、不当逮捕でそこのチンチクリン婦警を告訴してみせますわ」

 ムカ!!

「誰がチンチクリンだあ!!」

「まあ、まあ、押さえて」

 女につかみ掛かりかけたあたしを、タルトが片手で押さえた。

「私ならば、警察署長に謝罪させてみせます」「いえいえ、私なら賠償金を取り立てて……」「私なら大統領に謝罪させて……」

 名刺攻撃はまだ続いていた。

「ねえ、タルト。この惑星って治安悪くないの?」

 あたしは小声で質問した。

「良くはないね。警察が無能だって話だよ」

 そうなのだろうか? あたしには弁護士のせいに思えるのだけど……

 パトカーがクラックションを鳴らして、近付いて来たのは、七人目の弁護士が名刺を出した時だった。もちろん、これも、警官に変装したあたし達の仲間のモンブランが、運転してくる手筈になっている。

「みなさぁん。うちは近いうち必ず帰ってくるでぇ。ほな、しばしの間、さいならや」

「さっさと、乗り込め!!」

 群衆に愛想を振りまくミルを、あたしは乱暴にパトカーに押し込んだ。

「ショコラ。そない、乱暴にせんかて」

 パトカーのドアが閉まると同時に、ミルは抗議してきた。

「演技よ。演技」半分本気だけど。「優しくしてたら、ニセ警官だってバレるじゃない」

「なに!! ニセ警官!? どういう事だ?」

 突然、運転席の警官が振り返った。

 ひええ!! しまった!? パトカーを間違えたか?

「あの……」タルトが、おずおずと質問した。「もしかして、貴方様は、本物ですか?」

「いや」警官は帽子を外した。帽子と一緒にホロマスクも外れる。精悍な白人男性の顔が現れた。「あっしでさぁ」

 やっぱりモンブランじゃないの。モンブランは、三十歳の白人男性で、普段は、無口で大人しい人なんだけど、切れると凄く怖いのよね。なにせ、身長百九十五、体重九〇キロと只でさえごつい体格の上に、何かの武道をやっていたらしく、そこらのちんぴらが束になっても、かなわないくらい強い。

 でも、けっして粗暴じゃない。あたしにはとっても優しいし、見掛けとは裏腹に結構、神経の繊細な人だ。それに、料理の腕はミルやあたしよりずっと良い。

 単にあたしやミルが悪すぎるという説もあるが……二十歳過ぎてるミルはともかく、あたしは十四なんだから、これから覚えりゃ良いのよ。

「ああ、心臓が止まるかと思った」

 タルトがほっと胸をなでおろす。

「もう、モンブランのお茶目さん」

 モンブランの背中を突っ突くミル。そのまま、車は発進する。

「ところで、ミルさん」

 鬼頭邸から、しばらく離れた所で不意にタルトが話しかけた。

「なんや?」

「親父の奴、どういうつもりだったんでしょう?」

 え? 親父? タルト、何を言ってるんだろう?

「やっぱり、そうやったんか」

 ミルは納得しているみたいだけど、あたしにはなんの話かさっぱり分からない。

「ねえ、二人ともなんの話してるの?」

「さっきな、ごっつうハンサムなおっちゃんが名刺くれたやろう」

「弁護士さん?」

「そや。あの人なあ、タルトのお父さんなんや」

「ええ!? だって、タルトのお父さんて、たしか大学教授でミルの恩師なんじゃないの?」

「だから、分からんのや。先生がなんのつもりで、弁護士のふりして、こんなところに来たのか?」

「他人の空似じゃないんすか?」

 運転席からモンブランが言う。

「それは違う。僕だって、自分の親父を見間違えたりはしないよ」

「そうや、うちもあんまり先生とそっくりなもんやから、驚いたで」

 あ! だから、さっき見とれてたのか。

「それに、これを見てみい」

 ミルは名刺をあたしに見せた。名刺の裏に、何か貼ってある。

「メモリーカード?」

 これ一枚で、小さな図書館並の情報が記録できるという記憶媒体が張り付けてあった。それと一緒に二つ折りの紙切れが貼ってある。広げて見ると……

『竹之内君、久しぶりだね。息子は元気でやってるかね。ところで変則的なやり方で申し訳ないが、君に頼みごとがある。詳しくはカードをコンピューターに掛けくれれば分かる。なお、これはあくまでも頼み事であって、これを実行するかどうかは、君の自由意思だ。あのような場所で君に会ったのは、単に私にそれだけ余裕が無かったのであって、けっして脅迫では無い。したがってこれを実行しなくても、君と君の仲間には、いかなる報復も無い事を約束する』

「少なくとも、あの弁護士がタルトのお父さんの宮下教授である事と、このカードを見ないと、何も分からんちゅうことは分かった」

「そうね」

「しかし、姉御。あの先生がここへ来たって事は、あっしらが何をやってるか知ってるって事ですよね」

「そやな」

 ハッ! そうだった!! だから、わざわざ脅迫じゃないって断ってあったんだ。言う事、聞かなくてもバラすつもりはないって事ね。 けど……それで、安心して良い分けないわ。

「ねえ、みんな。実は今、ミルから大事な発表があるんだけど、いいかな?」

「いいけど」

「大事な発表ってなんすか?」

「ちょっと、ショコラ。今ここで発表せんかて……」

「だめよ」あたしは、きっぱり言った。「後回しにしたら、カードの事にかまけて、うやむやにされる恐れがあるもん」

「チッ! 読まれてたか」

「何だって!?」

「なんでもあらへん! なんでもあらへんから、いい加減に銃をしまいな」

「あら?いけない。銃を持ったままだったわ」

あたしは物騒な物を、ホルスターに戻した。

「こほん! では、竹ノ内魅瑠さん。発表をお願いします」

「あ、はいはい。ええ、これまでの皆様方の努力の甲斐によって、うちとショコラ……勝子の悲願であった外宇宙へ行くために必要なオーパーツアイテムは、全部揃いました。よって、怪盗ミルフィーユの役割は、これにて終了したわけです。明日からは真っ当なオーパーツハンターに戻り、外宇宙で行方不明になった、うちとショコラの父を捜すための準備に入りたいと思います」

 パチパチパチ!

「以上、怪盗ミルフィーユこと竹ノ内魅瑠さんからの引退の挨拶でした」

「そうですか、いよいよやめるんですか。いやあ、よかったですよ。あっしはけっこう、楽しんでいたんですがね。こんな事やってたら、いつか姉御やショコラちゃんが警察に捕まるんじゃないかと不安だったんですよ」

 モンブランは賛同してくれた。

「もう、やめちゃうのか。せっかく面白くなってきたのにな」

「タルト君! こんな事が面白くなったら、人間おしまいよ!」

「いや、それはそうだが」

「あの、てことは、あっしの人生はおしまいなんですか?」

「モンブランはいいの!」

「だけど、ショコラ。アイテムは確かに揃ったけど、外宇宙に行くには、まだ宇宙船の改造が必要だよ。その資金は……」

「ほらほら、タルトもこう言ってる事やし」

「お金は額に汗して稼ぐの! 泥棒して、手に入れるものじゃないわ!!」

「いや、しかし……」

「アイテムはお金で買えないから、しかたなく盗んでいたの!! とにかく、泥棒はもうお終いよ! ドロボウは! 明日からみんな真面目に働くのよ」

 こうして、怪盗ミルフィーユの盗賊稼業は終わった……………はずだった?


この小説はすでに完結していますが、ワープロ専用機からPCにデータを移した時に文字化けしたり改行がずれたりしているのが見つかったので、それらを直しながら少しずつ発表していきます。


追記

連載終了しました。

これを書いたのは、恐怖の大王様が地球来訪をドタキャンされた1999年なので、もう15年前になります。

ハードな世界観をソフトな文章で表現して日頃SFに馴染みのない人でも楽しめるように書いたつもりですが、果たしてうまく行ったのでしょうか?

よろしければ私の他の作品も見に来てください。



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