稽古三日目
稽古三日目は朝から少し違った。稽古を付けるはずの指導者といってもいいタカシがおらず、クラスメイト達は自主練として組み手を行っている。
クラスメイト達が組み手を行っている間、タカシは指導役になれそうな人物を見つける為、エレノアと二手に分かれて拠点であるイスカンテを歩き回る。
相変わらず文明レベルが桁違いな街並みを眺めつつタカシは歩き回り、強そうな者を探す。今のところ、大した収穫はなく使えそうだと思えたのは魔王ヴァイスと初代魔王アイリスくらいだ。
確かにこの二人は強いがまだ物足りない。ここには世界から集められた強者が揃っているのだから、探せばもっと強い奴はいるだろうとタカシは探すのを諦めない。
しばらく歩き続けたが、望むほどの強者に出会えずタカシは広場で休憩を挟む。
「ふう。中々いないもんだな」
愚痴を零しながら、歩き回っている最中に購入したジュースを飲む。喉が潤ったところで捜索を再開しようとベンチから立ち上がると目の前にエレノアと見知らぬ老人が現れる。
「エレノア! 横の爺さんは誰だ?」
「こちらの方はつい先程この街に着いたばかりのリュウホウさんです」
「初めましてじゃな、異世界の勇者よ」
「俺達の事を知ってるのか?」
「まあの。自慢じゃないがワシはショウの師匠を務めたこともあるぞ」
「何!? 山本の師匠だと!!」
「とは言っても指南したわけじゃないがの。スキルを一つ教えて後は先代勇者達の遺物で勝手に強くなったんじゃ」
「なんだと? じゃあ、あんたは大したことはしてないと?」
「そうなるが、お前さんよりは力になれると自負しておるぞ」
「へえ。そこまで言うなら少し手合わせをしてみたいもんだな。今、クラスの奴らが自主練している施設がある。そこなら、頑丈に作られてるから派手に戦える。移動するぞ」
タカシはエレノアに頼んでリュウホウを連れて転移する。突然、三人が現れて自主練をしていたクラスメイトたちは驚きの声を上げてしまう。しかし、タカシはそんなことどうでもよくリュウホウと手合わせをする為、クラスメイト達を下がらせる。
「よし。準備は出来た。いつでも行けるぞ」
「ふむ。まあ、お手柔らかにの」
「言っとくが俺は全力でやらせてもらう。スキルに使用も魔法もなんでもありだ。死にさえしなければあそこにいる清水沙羅って女が治してくれる」
そう言って後方に控えている沙羅を指差すタカシ。タカシが指し示した方を覗くリュウホウは呑気な声で喜んでみせた。
「ほほう。じゃあ、お前さんを死ぬ寸前まで追い詰めても問題ないというわけじゃな」
「やれるものなら、なっ!」
言うや否やリュウホウに向かって飛び出したタカシは鋭い蹴りを繰り出す。リュウホウは最小限の動きで蹴りを避けてみせる。蹴りを避けられたタカシは特に驚くこともなく、落ち着いて次の攻撃へと切り替える。
次から次へと繰り出されるタカシの攻撃は赤子の手を捻るようにリュウホウは軽くあしらって見せた。あのタカシがあんな老人に軽くあしらわれているとクラスメイト達は驚天動地の思いで二人の戦いに見入っていた。
タカシの強さはクラスメイト達が一番知っている。何せ昨日模擬線で戦い完膚無きまでに叩きのめされたのだから。しかも、スキルを使用しない状態でも鬼のように強かったタカシがスキルを使ったら全員で挑んでも勝てないほどの実力を持っている。
そのタカシが全力で相手をしているのにあのいかにも杖でも突いてそうな老人がまるでじゃれついて来ている孫を相手にするかのような余裕が信じられない。
「うっそだろ、おい」
「何者だよ、あのじいさん」
「すご……」
「やばすぎ~」
そんなクラスメイト達をよそにタカシはスキルを使用する。声には出さず、その涼しい表情を崩してやると心の中で思いながら攻撃を続けていく。
しかし、一向にリュウホウは疲れた顔どころか汗一つかかない。逆にタカシの方が焦り始めてしまい、挙句の果てには胸の内を叫んでしまう。
「どういうことだよ! なんでそんなに動ける! スキルが効いていないのか!?」
「む? 何かしておったのか?」
「なんできょとんとしてんだ! 俺のスキルであんたは大幅に弱体化されたはずだろ!」
「そう言われてみれば身体が少し重くなったのう」
「それだけか? それだけなのかっ!?」
「それだけじゃが?」
「ありえねえ……何者だよ、じいさん」
「そう言われてものう~。まあ、他人からは闘神と呼ばれおるの」
「闘神だと。大袈裟な二つ名だが……あながち間違いじゃないみたいだな」
「そんな大層なものじゃないんじゃがの。さて、丁度いいから今度はワシの方から攻めちゃうぞい」
今まで避けてばかりのリュウホウが攻めに転じると宣言してタカシはゴクリと唾を飲み込んだ。闘神と呼ばれたリュウホウがどれほどの強さなのかとタカシは期待半分、怖さ半分の心境であった。
タカシが瞬きをした瞬間、リュウホウが眼前にまで迫り拳を突き出した。タカシは、いや、その場にいたリュウホウ以外の全ての者がリュホウが突き出した拳がとてつもなく巨大な拳に見えた。
実際はごく普通の拳なのだが、リュウホウ以外のものにはその拳が巨大なものとしてイメージが繊細に脳裏に浮かんだのだ。
「ぶわぁっ!!!」
リュウホウの拳はタカシの目の前で寸止めされたが拳圧でタカシは壁にまで吹き飛ばされてしまった。放心状態で固まっていたクラスメイトとエレノアはタカシが壁に激突した音で正気を取り戻した。エレノアはタカシの元へと駆け寄り、様子を窺がう。
「タカシ様!? タカシ様!」
名前を連呼するエレノアに抱かれたまま動かないタカシを見て、沙羅が駆け出してスキルを使用する。
「うっ……うぅ、俺はどうなったんだ?」
「良かった。タカシ様はリュウホウさんの寸止めされた拳の拳圧で吹き飛んだのですよ」
「そうか……俺は一発どころかただの拳圧で負けたのか」
うなだれるタカシを見てエレノアはなんと声を掛けようかとしていたら、リュウホウが近付いて来る。
「これで分かってもらえたかの?」
「ああ。充分だ。あんたなら、いや、これからはリュウホウ師匠と呼ばせてもらおうか」
「ほほっ。これまた生意気な弟子ができたことじゃわい」
「これからはあいつら共々よろしく頼む」
「まだあの子達の実力知らないんじゃが」
「全員束ねても俺より弱いと言えばいいか?」
「冗談じゃろ?」
「残念ながら真実だ」
「こりゃ骨が折れそうじゃわい……」
こうしてタカシを含む39人はリュウホウの指導の元、成長していく事になる。
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