修行の場へと
額を擦り付けていた俺の肩に手が添えられる。一瞬驚きビクリと身体が震える。恐る恐る、顔を上げると闘神が優しい表情で俺の肩に手を添えていた。
「よし、それでは修行を始める前にお前さんには、まずあるスキルを見てもらおう」
「見るだけ?」
「見るだけじゃ。それと、お前さんは目上の人間に対して敬意を払うように。その言葉遣いもお前さんを増長させる要因じゃ」
「は、はい!」
「最後にもうひとつ! ワシのことは師匠と呼びように!」
「はい、師匠!!」
「うむ!! では、付いて来い!」
「はい!」
闘神に弟子入りした俺は、闘神を師匠と呼ぶことになった。師匠は立ち上がると、部屋から出て行き、その後を追いかける。廊下を歩きながら、師匠にずっと聞きたかったことを聞いて見ることにした。
「師匠。そういえば、ここはどこなんですか?」
「ワシの家じゃよ。なにか気になったか?」
「気になるといえば、古風ですね。木造で和室に襖や畳に加えて障子まで。今、歩いている廊下は縁側じゃないんですか?」
多分、今歩いてる廊下は縁側で間違いないだろう。横には中庭が見えており、その向こう側には恐らく岩山だと思われるゴツゴツとした岩肌が見えている。
「当たっておる。ここは、縁側と呼ばれる場所で間違いない。そして、ここは秘境と呼ばれておっての。人が滅多に来れない所じゃ。むしろ、並みの人間は来れん場所じゃ」
「そんな所にどうして家を建てたんです?」
「……父の意向での」
「……そうなんですね」
それ以上は聞いてはけない気がしたので、そこから先は無言で師匠の後ろを付いていく。ようやく、辿り着いた場所は道場のように広い部屋だった。
「さて、最初に言った通り、まずはスキルを見てもらおうかの」
師匠は道場の中央へと歩いて行くと、俺の方に振り返り腰を低くして構えを取る。
「はあああっ!!!」
「うおっ!?」
師匠が気合の入った声を上げると、身体から閃光のようなものが迸ると師匠の身体は光に包まれていた。
「ふう……これは【気功術】というスキルじゃ」
「【気功術】ですか」
「スキルについては説明したな。このスキルは父から教わったものじゃ。言ってなかったがワシは魔法が使えんくての」
「えっ!?」
「お前さんは知らんようじゃから、教えておくが魔法もスキルの一つじゃ。お前さんは当たり前のように使っておるから気付かなかったんじゃろう。不思議には思わなかったか? 魔法を使わない者がいることに」
そう言われれば確かにそうだ。魔法がスキルの一つだとするなら使えないものがいて当然だ。なら、なぜ俺のスキルには魔法が表記されていないかが分からない。
「ふむ……何かに気付いたようじゃが今はこっちに集中せい」
「あっ、はい」
「お前さんにはこの【気功術】を習得してもらう。しかし、異世界人といえども一朝一夕でスキルは身につかん」
「ちょっといいですか? その言い方だと【気功術】は誰にでも使えるんですか?」
「む、言っておらんかったな。【気功術】は魔力とは別の力を使う。気と呼ばれる力じゃ。誰にでも使える訳ではないが、異世界人には全員使えるはずじゃ」
「どういうことですか? 師匠は他にも異世界人を知ってる知ってるような口ぶりですけど?」
「詳しくは話せん……お前さんが倒すべき相手を倒した時、もう一度ワシのところへ来れば話そう」
「……そういうことなら、分かりました」
「では、続けるぞ。お前さんにはまず気の使い方を学んでもらう。しかし、お前さんには時間が足りなさ過ぎる。そこで、ワシが一度お前さんの体内にある気を操作するから、お前さんはその感覚を覚えるんじゃ」
「はい、わかりました」
師匠が近づいてくると、俺の手を取り目を瞑る。しばらくすると身体の中から熱を感じ始め、師匠に声を掛けようかと思っていたら、先に声を掛けられる。
「その熱をよく感じて、意識を集中するんじゃ」
「は、はい」
言われた通りに熱を感じて意識を集中させるために目を瞑る。
「その熱を一番感じるところはどこじゃ?」
ここは……
胸のあたりか??
ああ……
ここだ。
「心臓です」
「ならば、その心臓から全身に熱が回るように意識するんじゃ」
「はい」
熱を血液と考えて、全身に熱が回るように意識すると手の指先から足の指先にまで熱を感じるようになった。
「どうやら、全身に気を感じたようじゃな」
師匠が気を操作してくれたからうまくいったのだろう。俺だけでは、到底出来そうに無い技だ。
「では、気の扱い方についてじゃが実践あるのみじゃ」
「俺は何をすればいいんですか?」
「これから、お前さんには地獄へ行って貰う」
「えっと、言ってる意味がわからないんですが?」
「こっちへ来なさい」
師匠は道場から出て行き、その後を追いかける。向かった先は玄関で、靴を履いて外へ出る。師匠は何も言わずに岩山を突き進んで行き縁側から見た景色が視界に広がる中、師匠の背中を黙って付いていく。
そして、とある岩山に出来た洞窟の前で止まる。中を覗いても真っ暗で何も見えないが、まさか、ここが地獄だというのだろうか。
「この洞窟の奥に扉がある。その扉の向こうにはお前さんにうってつけの修行場所がある。先に言っておくがその扉の向こうは異世界人の魔法によって空間が変質しておる。
まず、向こう側は時間の流れが違い、具体的な時間は分からんがこちらの一日が向こうでは三年じゃ。向こうでどれだけ過ごしても肉体はこちらの時間のままじゃから安心するといい。
そして、重要なのが魔法が一切使えんということじゃ。異世界人が【気功術】の鍛錬の為に作ったのじゃからな。
地獄と表現した理由についてなんじゃが……これは自分の目で確かめるべきじゃな」
師匠の話を聞いて真っ先に思い浮かんだのは、某漫画で出てきた修行部屋だ。考える限り、その扉の向こう側を作ったのは同じ日本出身の異世界人に違いない。
だが、それよりも頼みの魔法が使えないというのはかなり不味い。下手をしたら、死んでしまう恐れがある。どうしても、死の恐怖に怯えて洞窟へ入るのを躊躇ってしまう。
「何を恐れておる。さっさと行かんか!」
「で、でも……」
「お前さんに足りないのは、経験じゃ。それを補うにはここしかない。行きたくないなら行かなくても良い。じゃが、ここでまた逃げ出すのか? お前は涙を流しながら土下座をして、ワシに強くなりたいと言った。あの時の言葉は嘘だったのか?」
ああ……くそっ!!!
俺はまた!!!
そうだよ!
俺は強くなるって決めたんだ!!
「……行きます」
「ふっ……ならば行くがいい。ここから先は地獄かもしれんがそれを乗り越えたとき、お前はきっと成長する」
「はい……」
覚悟を決めて、洞窟の中へと入る。真っ暗で足元すら見えないのに不思議と歩きやすかった。そして、奥へと進むと明かりが差した広い空間に出た。
「これが……」
目の前には、無造作に置かれた鉄製の扉があった。開けるのにも苦労しそうな扉の取っ手を掴むと、見た目よりも軽く簡単に開いた扉に驚きながら向こう側へと足を踏み入れた。




