ハンナの想い
「まだ何かあるかだと? あるに決まっておろうがっ!! この大馬鹿者めが!!」
ウンディーネは怒鳴り声と共に魔法を放ってきた。魔法は俺の横を通り過ぎていく。ウンディーネは俺に魔法を当てる気は無いのが分かる。ただ、単に足止めしたいだけなだろう。
「大馬鹿? そんなの知ってる事だろう? それだけなら俺は先に行くぞ」
「貴様は……貴様は阿呆か!!で、いつまで死んだ女の事を引きずっている!!」
「ッッ!!!! ウンディーネ、いくら何でも今の言葉は聞き捨てならねぇぞ。死んだ女だと? 俺の所為で死なせてしまった人達の事を引きずってちゃいけねえのかよっ!! あっ!? 答えろ!!!!」
「女々しいのだっ!! お主がいくら死んだ女の事達を考えても帰っては来ないだろう!」
「ッッッ………それは……そうだけどっ!! でも、俺は――」
「くどい!! 死者が口を聞くか!! それともお主は死者の声が聞こえるのか! 夜な夜なお主に恨み辛み言を吐いて来るのか?」
「あ……ぅ」
「お主はただ逃げてるだけであろう!! 己の所為で死した者達を言い訳にして!! 何故生きている者達に目を向けぬ!! 何を恐れる必要がある!!」
「俺は……俺……」
何も答えられない。
何も反論出来ない。
「もう良いのだ。死した女達を思いやるな、とは言わない。だがな、もう少し今を生きてお前を思ってる者達にも目を向けてやれ」
そう言うとウンディーネが俯いてる俺の前に移動して来た。顔を上げてウンディーネの顔を見ると、慈愛に満ちた表情をしている。敵わない。俺よりも何百年、何千年と生きているのだから。
「後ろを向いて見ろ」
言われた通りに後ろを向いて見る。振り向いた先には、先程まではいなかったハンナと特殊機甲部隊が立っていた。ハンナが少しだけ前に出てきた。
「生きてたんですね。てっきり死んだのかと思いましたよ」
「は?」
先程までのウンディーネとの会話からは予想も出来ない言葉に俺は思わず声が出てしまった。聞き間違いでは無いのなら、ハンナは俺に死んでいて欲しかったと思える。
「どういう意味だ?」
「はい? もしかして理解出来て無いんですか?」
「……俺に死んでいて欲しかったのか?」
「分かってるじゃないですか」
「……そんなに俺に死んで欲しかったのか?」
「当たり前じゃないですか。妹を止めるためとは言え、私を人質にするような屑は死んだ方が世の為です」
言葉が出なかった。まさか、屑と言われるとは思ってもいなかったから。でも、これでいいのかもしれない。これなら何の未練も無く去ることが出来る。少し、悲しいけど自分が撒いた種なのだから、仕方のない事だ。
「そうか。なら、俺のような屑は消えた方がいいな」
「ええ、早く消えてください。二度とこの大陸に帰ってこないで下さい」
流石にくるものがある。でも、へこたれてはいけない。嫌われて当然のことをしたのだから。
「何してるんですか? 早く消えてくださいよ」
くっ。
流石に切れそう。
でも、我慢我慢。
怒りたい気持ちを必死に抑えて、振り返り歩きだそうとする。
「あー、これでようやく変態で屑の人が消えてくれる」
あっ。
もう無理。
自分がやった事とは言えここまで言われたら我慢出来ない。
俺は再び振り返り、ハンナを睨みつける。ハンナは俺に睨まれて一瞬後ずさりするが、すぐに睨み返してきた。
「な、なんですか? 何か言いたい事でもあるんですか?」
「随分と言ってくれるじゃねえか。確かにお前の妹を止めるためにお前を人質にした事は悪かったさ。でもな、そこまで言われる筋合いはねえだろ!! 誰がお前を魔物から助けてやった!? 誰がお前をイスカンテまで連れて行ってやった!? 全部俺だろうが!! なのに、何だ! この仕打ちはよ!! 言いたい放題言って満足かっ!?」
「ッッッ……別に私は助けてなんて頼んでませんし。連れて行ってやったと言いますが、道中私がどれだけ死にそうな目に会ったと思ってるんですか! それにお風呂だって覗かれた事も!! どれだけ私が怖かった事か……貴方に分かりますか!?」
「ぐっ……ってか覗いたのはお前が叫んだ時だけだろうがっ!! 都合のいい様に言ってんじゃねぇぞ!!」
「でも、死にそうになったのは事実です!! 腕だって食いちぎられた事もありました!!」
「治してやったろうが!!」
「治したら問題ないと? 私がどれだけ怖かったか、どれだけ痛い思いをしたのか分かるんですか?」
「さっきからあー言えばこう言えやがって! ああ、分かったよ! 分かったさ! 俺のような屑で変態は消えた方がいいよな! くそったれが!!」
もう何を言っても無駄だと判断した俺は地面を蹴り付けて、振り返り橋へと歩き始める。その際に何か言われるかと思ったが、何も言われることは無かった。立ち止まり、後ろを振り返りそうになるがあれだけの事を言われたのだから向く必要はない。
俺は橋へと足を踏み入れた。そして、振り返る事なく歩き続けイルミゾートを後にした。
****
ショウの姿が完全に見えなくなると、ハンナは膝から崩れ落ちて顔を手で覆い隠した。聞こえてくるのはハンナの嗚咽する声。
「うっ……ふっ……うわぁぁあああああ」
必死に抑えていたが、やはり駄目だった。こらえ切れずに大声を上げて泣いてしまう。ハンナの瞳からはとめどなく涙が溢れ出る。どれだけ拭ってもとまりはしない。
泣きじゃくるハンナの元にウンディーネが歩み寄る。
「何故、あのような事を言ったのだ?」
泣きじゃくるハンナは何とか答えようと涙をこらえる。しかし、やはり止まることはない。それでも必死にウンディーネの問に答える。
「ふっ……だって……だって、ああでも言わないとショウさんは進みそうに無かったから……だから、だから……うっ……ふぐっ……うぁあああああっ!!」
「だから、わざとあ奴に嫌われるような事を言ったのか」
ハンナは口でこそ言わなかったが首を縦に振って肯定の意味を示した。ハンナの後ろからクレアがハンナを抱き締める。
「お姉ちゃん、あいつの事好きじゃなかったの?」
「好き……大好き……スケベてバカだけど、優しくて強くて、いつも私の事を守ってくれてたショウさんが好き。でも、でも……きっとこの世界にはショウさんのような人を必要としてる人がいると思うから……」
「だから、自分は嫌われようって思ったの?」
「うん。私もショウさんの真似をしてみたけど……辛過ぎるよぅ……好きな人に嫌われたくないよ……うっ……うっ……ぁぁあああああ」
「お姉ちゃん!」
思い出したら、また涙が出てくる。止めることは誰にも出来ない。ハンナはクレアに抱き締められたまま泣き続けた。
「隊長。俺的に超悲しいっす」
「うっ……ぐすっ」
「…………」
「健気な娘よ。想い人に嫌われてでも進ませようとするとはのう」
「ああ。嬢ちゃんも馬鹿だが、あいつはもっと馬鹿だ。あんなにも想ってくれる女の子に気付かないなんてな」
大変遅くなり申し訳ありません
不定期更新ですがよろしくお願いします




