聖女の決意
強烈なビンタを喰らった俺の頬には真っ赤な紅葉が咲いている。命の恩人にこの仕打ちは無いのではないかと思うが、裸を見られたのだから当然なのだろう。むしろ、ビンタだけで済んだから良かった。これが、リズさん達だったなら軽く五回は殺されている。そう考えると流石聖女様だと感心してしまう。
いや、待てよ?
そもそも、死んでもおかしくなかった傷を治してこの仕打ちってのは酷いんじゃ無いのか?
普通なら大事な所隠して服を取りに行ってもらう様に指示するのが普通なんじゃ無いのか?
確かに俺にも非はあると思う。
そりゃ守るのが依頼なのに守れなかったからな。
でもなぁ〜
やっぱり割りに合わん!
と言っても文句言える立場でも無いから黙っておこう。
また、ストレスが増えたわ……
「それでこいつらどうします?」
「雇い主を吐かせましょう」
「でも、さっきから聞いてますけど誰も喋りませんよ?」
「そこは、ホラ、冒険者の技術ってヤツを」
「どうでもいいですけど、そっちが素なんですか?」
「あっ……」
「どうやら、慌ててたせいで素が出た見たいですね」
「うぅ……そうよ。あっちの喋り方は聖女としての喋り方よ。エリスとしての喋り方はこっちよ!」
「そ、そんなに怒鳴らくても」
「それより、こいつらの雇い主を吐かせてよ!」
「いや、だから――あっ……」
俺はある事を思い出し、クロを呼び出す。久しぶりにクロを呼び出した気がする。眠っていたようであくびをしながら身体を伸ばしている。
「久しぶりに呼ばれたな。それで何の用だ?」
「あー、そいつらの記憶読んでくれ無い?」
「面倒だから、嫌だ」
「そこをなんとか!」
「見返りは?」
「……高級キャットフードで良い?」
「ダメだな」
「くそっ! なら、何を!」
「そうだな、浴びるほどの高級ミルクだな」
「なっ、俺がお金無いの知ってるだろうが!」
「なら、記憶は読ま無い」
「て、テメェ!」
「待って」
「あん? なんだ、テメェ?」
「私はエリス、この国の聖女をやってるの。お願いを聞いてくれたら高級ミルクのお風呂にでも入れてあげるわ」
「よし、任せろ」
クロが縛り上げている男達に触れる。相変わらず反則な能力だ。触れただけで相手の記憶を読めるなんてプライバシーの侵害どころでは無い。
「ふむ……おい、ショウ」
「ん? どうした?」
「先にお前に見せておく。それでエリスに話すか判断しろ」
「わかった」
クロに記憶を見せてもらうと衝撃の事実に俺は驚いてしまう。その事実とは、聖女エリス様に忠誠を誓った騎士ユリウスが実は大司教のスパイだという事に。今回の件はユリウスが企んだ事らしい。男達は大司教により洗脳されており何も知ら無いようだ。
これをエリス様に伝えたらヤバイんじゃないか?
想い人が実は大司教の手先で自分を殺そうとしてたなんて知ったら発狂するんじゃね?
いや、下手したら自殺もんじゃん!
これはどうした事か……
「どうしたの? 雇い主が分かったのなら教えてよ」
「いや、これは流石に……」
「なんでよ、教えなさいよ!」
「だ、ダメだ!」
「ど、どうしてよ?」
「それは……その……どうしてもなんです」
「理由が言えないの?」
「………やっぱりどうしても知りたいですか?」
「ええ、当たり前じゃない」
「きっと知れば悲しみますよ? それでも知りたいですか?」
「もう、そんなの良いから教えなさいよ」
「…………クロ、エリス様に記憶を見せてやれ」
「了解だ」
クロがエリス様に記憶を見せる。記憶を見終わったエリス様はフラフラと泉の方へと歩いて行く。そして、泉の前で崩れ落ち膝を着く。手を地面に着けて泣き始める。必死で噛み締めているようだが、涙は止まらない。俺にはどうしようも出来ない。ただ、泣き止むまで見ているだけだった。
「うぅ……あぁ……ユリウス……どうして……どうしてよ……好きなのに……好きだったのに……ぁぁ……うぐぅ……」
辛いよなぁ……
悲しいよなぁ……
でも、これが現実なんだよな。
俺じゃその悲しみを癒す事は出来ないよ。
一体、どれ程時間が経ったのだろうか。先程まで晴れていたのに、今は雨が降っている。空を見上げるが灰色の雲が空を覆い尽くしており、太陽を拝む事は出来ない。雷が鳴り響き雷光が泉を照らす。
「エリス様、雨が降って来ましたよ。帰りましょう」
「……帰りたくない。もう、あんな所に帰りたくない」
「何を言ってるんですか。国を変えるんでしょ? このままだと大司教に国を取られてしまいますよ」
「取られればいいわよ……もう、私は無理よ……今までユリウスと二人で頑張って来たのに……そのユリウスに裏切られたのよ? 頑張れる訳ないじゃない」
「そりゃそうですけど……でも、それじゃあ今までしてきた事が無駄になっちゃいますよ?」
「知らないわよ、そんな事。もう、私には誰も居ないんだから……味方なんて、誰もいないんだから――」
「俺がいるじゃないですか」
「えっ……」
「俺は今、エリス様の身辺警護ですよ? しかも、期限はほぼ無期限。なんてたって聖女様が俺を外すまでですからね。それまでは俺は貴方の味方ですよ」
「キモっ」
「テメェゴラァ!! 今人がいい事言ってんのに、キモっとはなんだ、キモっとは!!」
「ふん、事実を言ったまでだ。鏡を見てからそのセリフを言えってんだよ」
「うるせぇ! 顔は、顔は関係ねえだろ!!」
せっかくいい場面だったのにクロに台無しにされてしまう。まあ、確かに臭いセリフを言っていたのは自覚している。我ながらキモいと思う。
「フフッ……なんだか、貴方達を見てると安心するわ」
でも、こうやって可愛い子の笑顔が見れるなら道化にでも変態にでもキモ男にでも俺はなろうと思う。
「ショウ、私は国を変える。亜人も人も笑顔で暮らせる国に変えてみせる。でも、きっとそれは茨の道よりも険しいものになると思うの。それでも貴方は私の味方でいてくれる?」
「もちろん、俺は最後まで依頼を果たすつもりですよ」
「ありがとう。それと普通に喋ってもいいわよ。敬語だと疲れちゃうでしょ」
「ういっーす」
雨が止み光が射し込んでくる。エリスは決意を新たにして大聖堂に戻る事にした。
「あっ、帰りも俺は走るのね!」
うへへへ
キモい
では次回を!




