桜とハル。
私は、我修院 桜
この春から私立の高校に通う女子高生。
憧れの高校ライフを送って、充実した毎日を過ごしている…つもり。
最近は勉強も付いていけないし、部活も同級生達との差を感じてしまう。
『はぁ。今日も先生に怒られちゃったな…』
こうして落ち込むのが日課になってきたなと実感して、更に落ち込んでしまう。
ひたすらしょげていると、後ろから一人の女の子が走り寄ってきた。
『さーくーらー。どうしたの?また先生に怒られた?』
彼女は、蔵持 楓ちゃん。
私の幼馴染で、いつもこうして慰めてくれる一番の親友。
『楓ちゃぁん。私もう自信ないよぅ。』
『泣くな泣くな。私だってよく先生に怒られるし、重く捉えすぎだよ。』
『うぅ、私に優しくしてくれるのは楓ちゃんだけだよぅ。』
『よしよし。一緒に帰ろ。』
『うん。』
そうして、私達は一緒に帰った。
途中、変な男の人に出くわした。
見た感じ私達と同じくらいの歳頃みたいだけれど、この辺では見たことない顔で『困ったことがあれば助けてあげる…』とか変なことを言われた。
危ない人と思って、私達は走ってその場から逃げ出した。
楓ちゃんと家の近くで別れてやっとの思いで家に着き、玄関の扉を開く。
『ただいま。』
帰宅したことを知らせるが、返事がない。
いや、返事が無くて正解だ。
私の家庭は少し特殊で、私が幼い頃に両親が離婚。
今は母と二人、小さなマンションで暮らしている。
母は幼い私を育てる為に朝早くから、夜遅くまで働いている。
今は午後8時。
この時間もまだ仕事をしている時間だから家には誰もいるはずがない。
だから、返事がなくて当たり前なのだ。
いつもと変わらぬ家に、安心と少し寂しい思いをしながら自分の部屋へと戻る。
今日は疲れたから、お風呂に入って早く寝てしまおう。
そう考えながら、部屋へと続く廊下を歩いていると、ふと違和感を感じた。
誰も居ないはずなのに、人の気配を感じる。
さっきは感じなかったのに、今ははっきりと確実に人の気配を感じている。
『お母さん居るの?居るなら出てきてよ!』
急に怖くなり叫ぶが、返事はない。
家中を探すが、人影すら見つからない。
感じたことの無い恐怖に混乱していると、後ろから母ではない声が聞こえた。
『やあ。』
振り向くと、そこには見知らぬ男性が居た。
人は恐怖に面すると声を出すことができなくなるというのは本当で、助けを呼ぼうにも声は出ず、ただ固まって立ち尽くすことしかできなかった。
そんな私に、男性は話掛ける。
『そんなに怖がらないでよ。ほら、僕の顔に見覚えない?』
そう言われ、男性の顔をよく見ると帰宅途中で出くわした男の人だった。
『な、な、な、なんで私の家に?ス、ストーカーですか?け、け、警察呼びますよ。』
こういう時、警察というワードを出せば犯人は逃げると思い、震えながらも振り絞るように声を出した。
しかし、男の人からは予想外の反応が帰ってきた。
『無駄だよ。警察も呼べないし、呼べたとしても人間に僕を捕まえることはできない。』
この人が何を言っているのかさっぱりわからなかった。
私が怖がっているから何もできないと思って余裕の態度を見せているのだろうか?
『ほ、本当に呼びますからね。』
そう言って、まだ震えている身体を動かしポケットに入れていた携帯を取り出して110番通報した。
『もしもし、警察ですか?家にストーカーがいるんです!助けて下さい!』
叫びながら警察に助けを求めた。
しかし、電話の向こう側からは聞こえたのは『電源が切られているか、電波が入っていない…』などという通話不可を知らせるアナウンスだった。
どうして?こんなこと絶対あり得ないはずなのに。
更なる恐怖が押し寄せる中、再び男の人が話掛ける。
『ほらね。警察は呼べなかっただろ?まだ信じてはいないみたいだね。それじゃ、時計を見てみなよ。』
そう言われて、テレビの上に置いてある時計に目をやると、時計が止まっていることに気づく。
壊れているだけだと思い、携帯の時間を見てみると、こちらも止まっている。
混乱が混乱を呼び、頭の中はパニック状態だった。
『なにこれ?どうなっているの…?』
『どうやら時間が止まっていることに気づいたようだね。説明すると、ここは君が元いた現実世界ではない。ここは、僕が作りだした特殊な空間。要するに異世界だよ。だから時間も存在しないし、携帯も繋がらないない。紹介が遅れたね。僕はハル。別に君を取って食おうというわけではない。僕は君に忠告しに来たんだよ。』
『忠告…?』
『そう。君からは憑き神の匂いがする。君の周辺でおかしなことが起きるかもしれない。もしも、異変を感じたら僕のことを思い出して。僕にとって思いとは携帯の電波みたいなもの。すぐに君の元へと駆けつけるよ。それじゃ、頼んだよ。』
『待って。あなたは何者なの?』
『僕は付喪神。数多くいる神様の一人だよ。』
そう言うと、「ハル」と名乗る男の人は暗闇に消えていった。
その瞬間、今まで恐怖を感じていた身体はピンッと張った糸が切れたかのように床に崩れ落ちた。
全身に力が入らず、私はそのまま意識を失った。




