戦場のティーパーティ
その2つの国、アルトランド王国とヤマタイト帝国は300年以上、毎年のように戦争していた。
300年以上前に急逝した国王の後継者を求めた結果、年は十分で経験は豊富だが王位継承権第二位の王弟派、年はまだ10歳にも満たないが王位継承権第一位を持つ皇太子派に別れ、ぞれぞれが群雄割拠の戦国乱世へとなった。そして王位継承権戦争の開戦から10年が過ぎた頃、王弟は自分の領土を帝国とし、自分たちこそ、正統なる歴史の持ち主であると宣言。王国東半分をヤマタイト帝国とした。
一方、皇太子も年を重ね、自分の考えを持つようになると叔父である王弟の行いを許すことができぬとし、自らを正統なる王位継承者として国王となり、旧王国の西半分を統治するようになった。
とはいえ、豊富な食料自給率を誇り、海洋貿易により双方がそれなりの国益を上げている状態では双方の貴族に動員令を出しても徴募した民兵と指揮官役の騎士数名というのが送られてくるのもザラであり、国王、皇帝が動かせる軍事力は乏しく、戦争は膠着状態となった。
帝国暦253年、王国歴396年。銃というものが世界に広まった。西と東と分断されている国ではあったが、海洋交易で得られる情報は素早く、その結果、国王軍、帝国軍、双方の近衛隊も銃の導入という進歩を迫られた。とはいえ、各地に散らばる賛同勢力の貴族たちの機嫌も伺わねばならないため、双方の国は近衛隊の増強という強硬手段を行ったのである。
軍制改革により、義務教育の徹底がされ近衛軍兵学校が作られ、騎士科、歩兵科、砲兵科が導入され、新型兵器である大砲と銃、伝統的な騎兵運用が中等教育終了者への進路として開かれることになった。
当然、近衛軍士官としての待遇もあるので戦争への参加も任務として含まれるが。
そして今年も戦争の時はやってきた。双方の代理人である軍務卿が開戦を宣言し、堂々と戦う事を誓う。
それが毎年春に訪れ、近衛軍士官学校生が受ける300年以上も長きに渡り、続いてきた伝統であった
「総員!薬莢装填!小銃ねらえ!斉射!楯兵は防ぎきれ!」
土嚢で作られた簡易陣地、そこに伏せるのはブレストプレートとフルフェイスマスクで銃弾からの防御を狙った装甲歩兵。その前には通常より厚みのある楯を持ち、銃弾を防ぐためにだけに存在する大楯歩兵だった。お互いの銃弾は盾と土嚢によりある程度は防がれるが、それでも被弾するものは出てくる。ブレストプレートを装備しているとは言え、銃撃された痛みはきつく、倒れた兵士は泣き叫ぶ。その兵士を看病しようとするのは女子の衛生兵である。銃弾によるダメージは少なくとも負傷すれば戦闘能力が低下する。死なれては困るので当然、後方にいる軍医のもとへと少女たちは重たい装甲兵の少年を担ぎ上げ、急いで銃弾の嵐の中を逃げ出していく。
「砲撃用意!弾種、対人散弾。砲弾押し込め!照準合わせよし!!各個に砲撃開始!」
その一方で砲兵たちは自らが学び、習得した技術を披露しようと砲撃の腕を見せていく。いわゆる散弾を詰めた砲身は敵の陣地の真上を狙い、雨のごとく散弾が降り注ぐ用に打ち上げたのだった。
「やあやあ!我こそはヤマタイト帝国はエルドモン男爵家次男のサウザーである!さあ、我は思わん者はいざ尋常に勝負せよ!」
そして騎兵は騎兵で名誉ある一騎打ちにへと勝負をかけた。手にするには長槍、正々堂々とまっすぐ突撃していく2人の騎士と2頭の馬。帝国側の甲冑は東方の影響を受けてサムライという概念を得た結果、より派手な異国の仕立てとなり、王国の甲冑は伝統的な騎士甲冑そのものだった。それらの一団が横一列に並び、お互いが突撃、交差した瞬間、片方どちらかの騎士は馬の上から落ち、敵の虜囚となっていた。
「各歩兵部隊!抜剣!白兵戦開始である!」
砲撃と銃撃が終わったならば最後には歩兵同士の斬り合いとなる。鋼鉄の塊というべき剣を振り回し、楯兵たちがその攻撃を受け止め、右手と楯で兵士を殴りつける。
さながら激しい喧嘩と言えるだろうか、鎧と兜のおかげで死人は出ていないが気絶者が多く出ている。
その中でも懸命に少女の看護兵が気絶した兵士を運びだし、治療しようとする。
騎士道が守られているためか、その少女たちと気絶している兵士は追撃を受けなかった。
そして午後三時。両軍の本陣から高らかにファンファーレがなる。
すると、騒がしいだけだった戦場から銃声が消え今日の戦闘は終わったという合図。
歩兵と砲兵は使った銃と大砲の整備を始め、騎士と従士は馬の世話を始める。
フルフェイスヘルメット、ブレストプレートを外せば、そこに現れるのは鍛えられたとは言え、まだ子供というべき士官学校の生徒たちばかりだった。
そのファンファーレと共に両軍の中立地帯というべき丘には白旗と共に両国の軍旗が掲げられ、ガーデンパーティでもするかのように高価な椅子とお茶の準備がなされていた。
王国側の一般兵士はコーヒーにビスケット、帝国の一般兵士は緑茶に煎餅という感じになっていたが、そのテーブルには真っ赤な血の色のような紅茶が二つのカップとともに用意されていた。
「今年もご苦労様です。アルトランド王国第二王子さま・・・いえ、王国軍近衛兵団兵団長さま」
「仕方ありませんよ。この制度は300年続いていたものですからね。ヤマタイト帝国第一皇女様。・・・もとい帝国近衛軍少年武士団長さま」
王子と呼ばれたのはアルトランド王国の王子、ジーク・アルトランド。当年16歳の少年。
金髪で長身。まだ幼いがそれなりに鍛え上げられた身体を覆う服は贅を尽くした金モール付きの近衛軍士官の物。本来はまだ近衛軍士官学校の生徒でしかないが、王国軍指揮官として、この場での決定権は代々、王子として受け継いでいる。
「よしてください。暫定権限を受け継いでいるだけですよ。近衛軍士官学校同士の戦闘に際しては実弾の使用は行わず、コルク弾頭の模擬弾で予備銃となりつつある紙薬莢式ボルトアクション銃を丁寧に使う。防弾装備を使い、騎兵はジョストでの決闘を行う。模擬戦争とはいえ、ある意味、体育会ですね」
侍女より紅茶を受け取り、ミルクと砂糖を入れていくジークの姿。その姿を見るのはヤマタイト帝国の第一皇女、エリーゼ・ヤマタイト。銀髪でスラリとしたスタイル、ジークと同じ16歳だが、同年代の少女に比べると、やや小柄で胸も小ぶりという事を除けば立派なレディである。同じく帝国近衛軍の指揮官役を受け継いでいるので服はスカートと共に上着は男子の軍服から転用したオリジナル物を使用していたりする。
「そうですわね。もはや競技会扱いされていますし、ここ北部は他国との国境もあります。さらにいえば正規軍は金属薬莢を使う連発式ボルトアクション銃が順次採用されていますしね。どうでしょう、ここはあの大技を使うのは?」
エリーゼは手にした紅茶にレモン果汁と砂糖を足し、いたずらを思いついている少女の顔でジークの顔を見つめた。
「はあ、私と貴方の恋愛話を公にするのですか?多分、大手の劇団は私たちの恋愛話を砂糖山盛りのごとく、甘く誇張して演劇の課題にするでしょうね。それが少々気に入りませんが」
「あら、ジーク様はわたくしの心をお疑いでしょうか?それとも冷やかし程度でわたくしとの事をなかったことにしたいと?」
初めて出会ったのは12歳の社交界でのデビューの時。お互いに北部の荒野を抜けた場所にあるゲルフォルト公国へと連れてこられ、お互いに名前を交わした時から双方の想いは高まっていった。とはいえ、一応敵国同士。そうそう仲良くしている姿を見せることはできなかった。
「有力貴族との調整もありますし、すぐにとは言いませんが・・・兄の存在も問題ですね。第一継承権は兄にありますから」
「ならば、説得してみせますわ。もし、私たちの国が再び一つになれば列強に負けない強い国になれますわ。それに北部の荒野の向こうにある国々のいくつかがわたくしたちの不仲をみて攻め込む好機と軍船を回してきてますわね。今は偵察程度みたいですが。」
お互いに紅茶を嗜みつつ、国際状況を語り合う姿は子供には見えず、明らかに王族としての教育を受けている品格を感じさせていた。
「となると、この300年に渡る長き決闘は幕を下ろす時期ですね。ブレストプレートでは金属薬莢式のボルトアクション銃を防ぎきれませんし。騎士も連装砲などの長距離攻撃にはいい的です。兄と父は・・・最悪、ご勇退願うとしましょう。エリーゼもその準備を」
「ええ、分かっていますわ。・・・・それにしても、わたくしたちの好みも違うのにどうして貴方にときめいたのかしら。いつも貴方は一杯目から紅茶にミルクという甘くしなければという考えのお持ちですのに」
ミルクティーをおかわりしながらムッとした表情を見せるジーク。その視線は反撃をするかのようにエリーゼのカップへと向けられていた。
「そういうエリーゼこそ、レモンの果汁を使って紅茶本来の風味を殺しているように見えますが」
完全に売り言葉に買い言葉、子供の喧嘩そのもの、顔を付き合わせ、じっとお互いの目を睨みつけ合う二人。その姿を見て両軍の軍務卿はため息をついた。
「殿下、女性の目を見つめるときは睨みつけるのではなく、愛しく微笑みかけるべきですぞ。それにその様子では殿下は強引に皇女様の唇に接吻せんとしているようですぞい」
「そうですな。皇女様、如何に愛しい御方とは言え、人間には好みというものがありますのじゃ。それに両国国民からすれば紅茶はまだまだ珍しいもの。お互いの長距離交易艦隊がもたらす珈琲と緑茶が愛飲されているこの半島では、おふたりのお姿こそ珍しく映りますのう」
年の功とはこういう物と言わんばかりに付き添いの軍務卿の一言は二人は近づきすぎたお互いの顔の位置に気づき、慌てたように席に座り直した。
「ともかく、一応、毎年のことですが、捕虜交換の式典を・・・」
「ええ、では早速・・・・」
この場合の捕虜とは騎士科の決闘で馬から落馬して捕まった者、銃撃戦のあとに行われた模擬剣を使っての決闘で看護兵に救われなかった者たちのことである。全員、打ち身捻挫、銃撃や剣撃での打撲。頭部直撃での気絶など流石に死人は出ないが、模擬戦争である以上、ある程度の被害が出ていたりする。そう言った者を回収する看護兵は狙うことは恥としてされるので女子が割り当てられるのだが、元々の女子の入学者数が少ないこともあり、結果として敵側に回収される者たちがいたりするのである。
「では、調印を。ここに・・・。では、今回の戦争での捕虜交換を終了いたしますぞ」
「調印文書にあるとおりに一旦、本国の病院に送り、その後、治療が終わったものから順次解放となります。しかし300年も続けるとは。いやはや、執念とは恐ろしいものですのう」
調印文書に不備がないことを確認した軍務卿たちはその文章を持って、最後に二人の名前の下に確認者としての軍務卿二人が署名した。
「では・・・衝撃は3日後ほどですね」
「そうなりますわね、ジーク様のご活躍をお祈りしていますわ」
お互いに一年ぶりの愛を確かめ合った後、双方の軍は撤収を開始。3日ぶりに王都へ帰還したジークの発言と行動、それとほぼ時を同じくして行われたエリーゼの発言が大きな波紋となって半島の帝国、王国双方へと広がった。
「私は帝国皇女エリーゼ・ヤマタイトを愛している!そしてエリーゼも私のことを愛していると言ってくれた!この愛が叶わぬというのであれば私は帝国に亡命するか、自決か、それとも王権を奪うがために士官学校の全兵力を持って武装蜂起する!」
「わたくし、エリーゼ・ヤマタイトは王国第二王子ジーク・アルトランドをお慕い申し上げております。この想い叶わぬのであれば一生伴侶を娶らぬ覚悟にございます」
二人の発言は双方の国民、貴族にとてつもない影響を与えた。
一応は敵国同士だが、300年も、模擬戦争をしていただけで死人はそう出ていない。恨みは怪我させられたとかぐらいで、もはや憎しみはないに等しい惰性の戦争。士官学校へ子弟を通わせている貴族、平民の親からすれば嬉しいし、さらにいえば敵国ということで若干の関税が掛けられていたことも不満だった内陸部の商人、貴族も交易ルートの新規開拓が見込めるというチャンスに期待していた。
ほぼ唯一といっていい不満を募らせていたのは王国、帝国双方に存在する原理派であろうか。建国の理念を忘れるな、正当なる後継者は我々だという声もあったが、それすらも多くの貴族によって、こう返された。
『元々は王弟派、皇太子派という派閥の問題、ならば双方の子孫であるお二人が婚礼を上げてしまえば二つに分かれた決闘は1つへと帰る。原理派の諸君は何をお怒りかね?』と。
感情的になっていた原理派すら押さえ込む勢い。この状況に武装蜂起すら覚悟という宣言した弟の意志は硬いと第一王子は父である国王を説得、ヘタをすれば流血すらあったこの事変を無血にて解決したのであった。
第一王子はこういっていた。
「惚れた女のために国を動かす大馬鹿野郎がいてもいいんじゃないかな?むしろ、そういう大馬鹿野郎の方が王様って奴に向いているかもな。何しろ、制度を改めるんだ。というわけで俺は弟を手伝う。文句がある奴は板金甲冑来てこい。騎兵戦闘で蹴り上げてやるからよお!ああ、俺は王位継承権を捨てていいぜ。なんだったら平民でもいい。どーせ武芸しか取り柄のない戦馬鹿だからよ」
この時、少し内気な弟のワガママがここまで派手だということが面白いのか、豪快に笑いながら王子の証である短剣をジークに放り投げたとも言い伝えられている。
二人の婚礼がきっかけとなったとはいえ、300年のあいだに生まれた制度の違いを改める混乱を収めるのに苦労したと同時に言い伝えられている。どのような苦労かは歴史の教科書に乗っている。そして今では強国の1つとなったその国は植民地を取ることなく、西へ東へ、あまねく場所へ交易艦隊を多く派遣する大海軍国家へとなった。
ジークとエリーゼの恋物語は二人の死後も語り継がれ、演劇における有名な代表作ともなった。伝承では二人共、初公演をお忍びでみて余りの華燭な誇張をみて、やっぱり砂糖山盛りの紅茶みたいに演出派手にしているねと苦笑したそうだが、それが事実かは定かではない。
毎年行われていた両国の士官学校同士の演習は西部方面士官学校と東部方面士官学校の競技大会として、腕を磨くことが主な目的となり、大会終了後の休憩時間に恋人がいないものは緑茶、コーヒーを飲み、気に入った相手がいれば紅茶に誘うという恋愛の定番となった。ジークとエリーゼの加護があるのか、紅茶に誘った相手が同意してくれれば相思相愛となれると言われている。
これが今も恋に悩む若き男女を勇気付ける近衛軍士官学校の伝承の1つ、『戦場のティーパーティ』である
はい、えーと、この作品は徒然花さんのところから頂いた3つのキーワードから作品をつくるという企画がネタです。
残念なことに私はリアル仕事で岡山に長期出張で参加できませんでしたが、ネタが降りてきたので書いちゃいました。
えーっと、それでは作品の中についての銃についてなどについて説明を。
紙薬莢式ライフル=ライフルというと、みなさんは金属薬莢式を思い浮かべるでしょうが最初のボルトアクション式ライフルは紙で薬莢を作ったドライゼ式銃というものです。連発能力は高いのですが単発で撃ったら即再装填という物でした。それでもフリントロック式マスケット銃、つまり火縄銃みたいに銃口の先から火薬と弾を込めて引き金を引くことで火打石の火花で着火させ発射させるという時間のかかる方式よりはマシでした。が紙薬莢は次第に廃れ、30年ほどで金属薬莢式に駆逐されたとも言えるでしょう。
騎兵=騎兵戦闘での槍はこの作品ではワルキューレロマンツェで知られるジョストという競技用の木製の槍をイメージしてください。板金甲冑で馬での加速、それで木製長槍での突撃、訓練を受けていないと確実に落馬はしますね。
まあ、近代は騎士甲冑と銃が唯一同時に存在する最後の時期ですし、仕方ないかもしれませんが。出させてもらいました