15万光年
見上げる空は真っ黒に塗り潰されていて、でもそこには幾つもの星がきらきらと輝いている。まるで、仲良く集まっているように。
でも私がそう言うと、隣でボーっとこの星空を眺める、ロマンチシズムの欠片も持ち合わせていない鈍感バカは、
「織姫と彦星……つまりベガとアルタイルでも15万光年離れてるんだぞ。川がかかったくらいで行き来できる距離じゃねーよ。最新のジェット機でも――――」
なんて講釈を垂れるから、私は、
「うるさい、バカ」
って、一蹴してやる。
でも、私がそう言うと、隣にいるこのバカは悲しそうな顔をして黙りこんでしまう。
なんか、悪い事したかな……って思っちゃうから、やめてほしい。
本当は――――私は、星の事になると子供みたいに目を輝かせて、長々としゃべるこのバカが――――好きなんだ。
だから私達は『天文部』を名乗ってこうして二人で星を見る事が習慣になった。
勿論、二人だけで、しかもただ星を見ているだけの活動が部として認められる筈もなく、同好会ですらない。
だから、これは私とこのバカだけの、秘密の活動なんだ。
だけど――そんな、無駄で、でも楽しかったこの活動も今日で終わってしまう。
明日このバカは、遠くへ引っ越してしまう。
ずっと前からわかってた事だけど。
ちゃんと星の事を勉強できる大学に行きたいからって、外国の大学に行くんだ。
本当にバカだ。
ううん、嘘。そこまで好きな事に真っ直ぐ向き合っているところも、好き……なんだ。
離れたくない。
織姫と彦星は、15万光年……だっけ? それほどじゃなくても、私にとって飛行機で十時間もかかるような距離は、それと同じようなものだ。
視界が霞む。
こんな顔見られたくないから、視線を合わさずに空を見上げていると、流れ星がスーッと尾を引いて夜空を走った。
離れたくない。 離れたくない! 離れ―――――
……流れ星は、夜空に消えてしまった。
三回、願い事できなかったな。
と、私が落ち込んでいると、隣で一緒に寝転がりながら夜空を見上げる星バカは、いつもの気の抜けた声ではなく、少し緊張したようにぎこちなく言葉を並べた。
「あの……さ。休みになったら、会いにきていい……か?」
「えっ……?」
「たったの1万キロだからさ。15万光年に比べたら、簡単だと思うんだ」
「それって、どういう――」
そこで、この星バカは、まっすぐな――私が大好きな純粋な目で私を見詰めた。
「好き……なんだ……と思う。たぶん」
なんでそこまで言って自信なくすかな。
「たぶん?」
「いや、たぶんじゃない……と思う」
「星より?」
「えっと……それは……」
「ぶぶー、時間切れっ」
「ええ! そんな……」
「返事は、今度会った時に言う。だから……絶っ対、ちゃんと会いに来てよねっ!」
「……はい」
そこで私達の会話は途切れた。
そしてまた、私達の会話を静かに見守っていた星空を、二人で見上げる。
どうやら流れ星は、私の願いを半分だけ叶えてくれたみたいだ。
本当はハッピーエンド大好きなのに、なかなかハッピーエンドが書けないので、今回はハッピーエンドを。