改稿前
半年も書かないと腕がなまるね。
夢を見てた。ちょっと前の夢。あれは、去年のロボットコンテストでのこと、俺、佐々木雄太は一年生にしてその発想力で未来ヶ浜中学のエースと言われてた。そんな俺の発想がチームの要になって初の優勝を飾った時の事。家に帰ってそのことを報告すると家族みんなが笑って迎えてくれた。でも、それは去年までの話。
目を覚ますと春なのに肌寒い空気が身に刺さった。時計を見るともう八時前でかなり急がないと始業式に遅刻しそうだったが急ぐ気力もなくのろのろと準備をしていた。それから数分経つといつも通りに階下から母親の怒鳴り声が聞こえてきた。
「さっさと降りて来い!降りてこないなら二度と降りてこられないように足の骨を折ってやるぞ!」
そんな、脅し文句に「あーい」と聞こえるか聞こえないかの気の抜けた返事を返す。どれだけ凶悪な脅しだって本当にやったらただの虐待だ。できるはずがない。そう、高をくくっている。だがそれを指摘されたとしても別にかまわない。どうせ出来やしないんだ。階段をのろのろ降りて適当に朝飯を突っ込む。そうして逃げ出すように学校へと向かう。それが現実の朝だ。
なぜこんなことになったのか。理由は簡単。俺が中学二年になる少し前、父親が事故にあって入院したからだ。詳しいことは知らないがウチの父親は事故にあって、仕事を続けられなくなったらしい。そうして退院後の父親は家にいれば酒を飲み、怒鳴り散らし。やっと父親がでかけたかと思えば次は母親が怒鳴り散らす。そんな生活が始まった。怒鳴る対象いつも俺だ。家にいるのは俺だけだから当然俺が怒鳴られる。でも、文句は言えない。俺が何もしなければ父親も母親も怒鳴らない、優しい両親なんだ。俺が何か、勉強せずに機械にばっかり没頭しているから怒鳴られる。そして、線を切られ、パーツを壊され、しまいには道具まで壊されてしまうんだ。
そんな時に見つけたのがゲームだった。
携帯ゲーム機ならすぐに隠せるし、俺の状況にはもってこいだった。ゲームソフトには色々な種類があるが、その中でも俺がハマったのは恋愛アドベンチャーと呼ばれる種類のゲームだ。簡単に説明するなら表示される文章を読み進めて選択肢を選び女の子キャラクターと仲良くなっていく、いわば選択肢のある恋愛小説みたいなものだろうか?(さすがに、簡略化しすぎているか。)その中でも特に気に入ったのは姉や妹のキャラクターが登場するソフトだ。そういった姉や妹と仲良くなるゲームは探せば探すほど出てきた。俺はそんなゲームに夢中になって、気づけば家の鍵のつく棚を埋め尽くすほどになっていた。
そんな生活をしていたある日、おかしな奴が話しかけてきた。
「なぁ、さっきからブツブツ呟いてるのって、アレのことじゃない?」
と、下がっていない眼鏡を知的に押し上げながら見るからにガリ勉なそいつは、そう訊いてきた。
「え?独り言、言ってた?」
たしかに、アレのことを考えてたが、まさか、独り言まで言ってたなんて。
「そりゃもう、バッチリと!」
親指をビシッと立てながらそいつは言った。そんな自信満々に言われても困る。
「僕は美登里。花月美登里ってんだ。名前から間違われやすいが男だぞ?」
そんな、テンションも名前もおかしなそいつに「佐々木雄太だ」と一言答えてあとは成り行きに任せていた。変な奴だが仲間が見つかって少し嬉しいと思う反面、何処からか、胸に冷たい風が吹いてきた気がした。
それから一週間。学校では美登里と情報を交換し合い学校が終わると独りで家に帰ってゲームをプレイする。そんな日々を過ごしていた。
それからしばらく経ち、桜の花も落ちて緑色が目立つようになった頃の放課後。この日もいつものように美登里と情報交換をしていた。
「今日は遂にアレの発売日だな!早く手に入れてプレイしたいぜ!まさか予約してないなんて言わないよな?」
「まさか、そんなわけないだろ?あと、今月はあの会社の新作も出るからチェックしておけよ?」
「当たり前だろ!俺があの会社の新作をチェックし損ねるとでも?」
と美登里はいつものように伊達眼鏡を押し上げながら答えた。それからも色々な情報を交換し合いしばらくして、そろそろ帰ろうかと腰を上げた時、彼女はやってきた。
「雄太。今日、久しぶりに一緒に帰れない?」
そう聞いてきたのは俺の幼馴染の和泉由紀だった。中学一年の時はよく一緒に帰っていたのだが最近は話すことすら少なくなってすっかり疎遠になっていた。俺は急いで返答を考える。そうして、思いついたセリフを俺は一息で言い切る。
「今日は早く帰って新作のゲームをプレイしなくちゃいけないから無理だ。」
そう言った後、俺は由紀の反応も見ないで鞄を机からひったくるように取り「おい!雄太?」と言う美登里を無視して、さっさと教室を出た。
いつもより教室を出るのが遅くなってしまったな、と考えながら急ぎ気味に階段を下りていると窓越しにふと中庭の芝生が見えた。芝生が見えただけならまだよかったかもしれない。でも、そこでは芝刈り機が動いていた。
「あの芝刈り機。自動で動いてるけど、どうして芝生からはみ出さないんだろう?あ、まがった。ライントレーサー(光センサを利用して線の上をなぞって動くロボット等)に近い何かかな?」
そんな独り言を言っていた。自分でも痛いほどに分かった。そうしたら、なんだか急に頭に血が上って、むしゃくしゃしてきて、いてもたってもいられなくなり階段を駆け下りて中庭へと飛び出した。そして、例の芝刈り機を見つけると、動いているにもかかわらず蹴りつけた。靴は履きかえてない上履きのままだ。それでも蹴り続けた。上履きもいつの間にか脱げて靴下の先が赤くなっていった。足に激しい痛みを感じるがそれも気にならなくなっていた。そうやって蹴り続けていると野次馬が集まってきてその騒ぎを聞きつけてか先生達もやってきた。それでも芝刈り機を蹴り続けていた俺は、その後何人もの男の先生に抱えられて保健室に運ばれた。
保健室には当たり前だが、保健の先生しかいなかった。俺は保健室にもともとおいてあった椅子に座らされて色々なことを聞かれる。もちろん出口はさっき俺を運んだ男の先生たちが塞いでいる状態だ。俺は「イライラしてやった。」とだけ答えて他には何も言わないでいた。しばらくすると担任がやってきて、また同じようなことを何度も聞いてくる。それでもまともな答えを返さないでいると「親御さんに連絡しなくちゃいけないわよ?」と言われた。が、そんなことをされても俺の帰ってからの状況は変わらないし、脅しにもなっていなかったから答えるわけもない。その後もいっこうに帰してもらえず、結局学校を出たのは日が沈み外が真っ暗になったころだった。
四月も終わることになったがあの事件の日以降先生達は何も言ってこなかった。学校では長いゴールデンウィークの前に全校集会が開かれることになった。狭い体育館に全校生徒が座らされ、まだ夏ではないとしてもそこそこの気温になっていた。そんな中で聞こえた校長の話の中に「学校のものに限った話ではありませんが、公共の備品は大切にするように」というわざとらしい言葉が聞こえたのはきっと気のせいだろう。その後驚いたことに由紀が表彰されていた。どうやら小説のコンクールか何かで賞を取ったらしく、壇上で賞状をもらっている後姿を少しだけ見てすぐに目をそらした。
教室に戻ると美登里が話しかけてきた。
「すげぇよなぁ和泉。僕も同じコンクールに作品を出したんだけどかすりもしなかったよ。」
そんな風にいって絡んでくるのが鬱陶しかったので「お前じゃかすらなくて当たり前だろ?」と返すとしたら奴はもっと面倒くさいことになりそうなのでやめておいて、もっと普通の疑問をぶつけることにした。
「そういえばお前とゆ…和泉って接点あるのか?じゃなきゃ同じコンクールに出してたかどうかなんてわからないだろ?」
「お前今名前で呼びかけ…まぁいいや。同じ文芸部員だよ?知らなかった?」
初耳だった。由紀が文芸部に入っていたなんて知らされてなかったし、知ろうともしてなかった。昔からよく本を読んでいたが、小説を書いてるとは思わなかった。なんて考えているとちょうどチャイムが鳴った。
「おっとチャイムだ。またあとでな雄太。」
と言って、俺の席から近いのか遠いのかわからない自分の席(ちなみに美登里が窓際最後列、俺がその右の列の二つ前の席だ)に戻っていてからしばらくして担任の先生が入ってきて。帰りのホームルームが始まり、いろいろなプリントを渡されて中学二年のゴールデンウィークが始まった……のだが、黄金週間開始早々俺は風邪をひいてしまった。三七度五分と言う高熱ではないが微熱ともいえない何とも言えない熱を出し、そのほかにも片方だけの鼻づまりや声がほんの少しだけかれるなど微妙な風邪を引いた。俺は早く体調を戻すためにせっかくの休みなのに一日中寝て過ごす日々を強いられた。
そんな風に過ごしていた二日目のことだった。俺は布団の中でいつもどおりにゲームをしていた。体長はほとんど回復していたからだ。そんな風にゲームをプレイしていると突然由紀が目の前に現れた。由紀の服装はいつもよく見る学校の制服姿ではなく中学一年のころ家に遊びに行った時に着ていたうすい色のワンピースだった。そんな服装で夕日の差し込む教室の自分の席に一人で座っていた。俺は廊下からそれを見ていた。教室で座っている由紀はどこかさびしそうに見えて俺は放っておけなくなった。教室の扉を開けて由紀に駆け寄ると由紀は振り返り微笑んで見せた。でも、それはもう「さびしそう」なんかじゃなくて「さびしい」微笑みだった。
「雄太。ずっと好きだったよ。」
そう、言った。由紀が俺に告白をした。俺は何とも言えない感情を味わう。
「だからね、中学に入る時に喋ってもらえなくなるんじゃないかって心配だった。それでも、雄太はクラスが違うのに私と喋ってくれて凄くうれしかった。でも、最近は全然喋ってくれないね。避けられてるっていくら鈍感な私でも気付いたよ。私がいたらきっと邪魔なんだよね。だからバイバイ。」
由紀が教室の外に向かって歩き出す。俺は追いかけようしたが足が動かなくなった。由紀が教室から出てったあとやっと足が動くようになって廊下に急いで出たがおかしなことに由紀の姿はなくて、そして、目が覚めてオート再生されているゲームの告白シーン見ながらベッドで寝てしまっていたことに気がついて「ああ、夢だったのか。」と実感した。記憶はだんだんと断片的になっていっているがそれでも氷柱が喉に引っかかっているかのような感覚を覚えた。
ゴールデンんウィークの最終日の天気はものすごく荒れた。豪雨なのはもちろんの事、風も物凄く強かった。家に風があたる音がうるさくて少しゲームのボイスが聞きにくかったけど、聞こえるようにつぶやかれた母親の愚痴やいつも響いてる怒号なども聞こえにくくてとても過ごしやすい日だった。この日も俺はいつも通りゲームをしていたのだが昼を少し過ぎたぐらいに家の外から大きな金属製のものが倒れるような音が聞こえた。気になって雨戸を少しだけ開けて外を見てみると、いつも家の裏に置いてある自転車が派手に転倒していた。「これはいつか修理に出さなくちゃな」と思いながら俺は雨戸を閉めた。
それからゴールデンウィークが明けて三日ほどは何事もない日が続いた。連休明け三日目の放課後。俺は今校舎裏の石段に腰かけている。なぜこんなことになったかと言うと、呼び出されたからだ。先生にでも不良にでもない。由紀に呼び出されたのだ。朝登校したら机の中に手紙が入っていて、その手紙に放課後に話があるから校舎裏に来るようにと書いてあった。しばらく待っていると由紀がやってきた。
「ごめん。待った?」
俺は「大丈夫。そんなに待ってないよ」と手を振り問題ないことをアピールした。
「それで、話って?」
由紀に話をするように促す。由紀は少し迷ったようだったが「う、うん」と鞄の中から何かを取り出し始めた。
「これ……」
由紀が取り出したのはゲームソフトのパッケージだった。
「もしよければ、やってみてほしいんだ。つまらないかもしれないけど。」
そういって由紀は自分の取り出したゲームソフトを俺に向かって差し出す。俺は別にソフトが増えても困ることはないので貰っておくことにした。
「ありがとう。これ……」
「じゃ、じゃあね。さよなら。」
もらった時に何気なく裏返して見てみたパッケージの裏には会社名やスタッフがまったく記載されていなかったのが頭に引っかかったが鞄に入れてとにかく家に帰った。
俺は家に帰ってすぐに由紀からもらったゲームを起動させてみた。タイトルは「機械少女に恋をして!」(略してメカこい)と書いてあった。鞄からソフトを取出し、ゲーム機に入れて起動する。するとパッケージを見て多少予想はしていたが、これは、とある高校の機械部の話だった。主人公はとある理由により機械部を続けられなくなるところから物語は始まる。俺の中では親近感よりも先に、暗く冷たい気持ちが這い上がってきていた。ゲームが始まってとにかく途中までプレイしていった。しばらそうしていると、下の階から夕食を知らせる怒号が響いてきた。俺は、由紀のソフトをパッケージに入れて鞄の中に放り投げ。下の階から聞こえるうるさ過ぎる夕食の合図に下の階へ降りて行った。
そのまま、由紀からもらったゲームは鞄の中に放り投げられたまま特に見る機会もなくなった。そして、五月の中旬。由紀は、自転車で一時間ほどかかる別の市へ引っ越していった。
由紀が転校していった次の日。俺と美登里は放課後の教室に残って話をしていた。俺がいつまでたっても帰ろうとしないから、これはチャンスだと言って美登里が久々の長い語りを始めていた。そうしていると、日も傾き教室に残っているのは俺達二人だけになっていた。美登里だけがワイワイと話していたのだが、ふとした拍子に話題が途切れる。沈黙。しばらくすると美登里がこんな質問で沈黙を破った。
「お前さ。よかったか?和泉の見送りとかしなくて。幼馴染だったんだろ?」
俺の中で渦巻いてたものが頭をもたげた。それは冷たい何かを吐き出しているが俺はそれを閉じ込める方法をもう知ってしまっていた。
「別に、幼馴染は引っ越しの見送りしなくちゃいけないなんて法は何処にもないだろ」
「まぁ、それもそうだけどな。ちなみに引っ越しの理由とか言われたか?すげぇよなぁ」
「いや、聞いてない。」
そう答えると美登里は「予想通り」と「呆れ」が入り混じった驚きを見せていた。
「やっぱ聞いてなかったか。由紀ちゃん、お父さんの仕事を手伝うらしいぜ。シナリオライターのな」
思考が、働かなくなった。それも、一瞬のことですぐ持ち直す。
「どういうことだ?」
「そのまんまの意味だよ。お父さんの仕事場があるから大型の駅により近いB市に引っ越したんだ。小説のコンクールで賞を取ったのが踏ん切りになったらしいんだが、出てたろ?全校集会で。まぁ文芸部で話してた内容をまとめるとこんな感じかな?」
全部俺の聞いたことない事ばかりだ。でも、全校集会で表彰されてたのもそうだし、そんなウソを言って美登里が得するはずもない。じゃぁ俺が渡されたあれは、なんだったんだ?俺が考え込んでいると美登里がそれを遮った。
「まぁそんなことはおいておいてだ。お前見たか?あれ、あの会社の新作情報がネットで公開されたぞ!」
俺は考えるのをやめて美登里の話に乗ることにした。
「へー。タイトルは?」
「なんだっけねぇー……確か、機械部のはなしだった気が……」
「メカこい」
「そーそー!それそれ!ってどうした顔色が悪いぞ」
おかしい、何かがおかしい。俺はそのソフトを持っている。俺は美登里に鞄から取り出したソフトを見せつけた。
「それ……なんでもってんの?」
「由紀に……渡された」
そう答えると美登里はカッコつけるでもなく俺にこう言った。
「お前、それちゃんと王令しといたほうがいいかもよ。じゃぁ俺は帰るわ」
そういって美登里はヒラヒラと手を振りながら夕暮れの教室を後にした。
夕日の中に取り残された俺は独り考える。これはなんなのか。どうして由紀がこれを持っていたのか。とにかく、考えてもわからないことだらけで、俺は走るように家に帰り由紀からもらったゲーム「メカこい」を起動してやり始めた。
俺は学校の屋上に来ていた。誰に呼ばれたからじゃない。ここに彼女がいると思ったから。
「きて……くれたんだ」
一歩、一歩と彼女に近づく。彼女もまた拒みはしない。
「辛いって分かってたの。でも私には何もできないってこともわかってた。だから隠してたでしょ?精一杯笑顔でいるように頑張ってたでしょ?」
彼女の眼からは雫が落ち始める。
「私なんかが居なくてもちゃんと逃げ道を見つけてたでしょ?私といなくても大丈夫なんでしょ?私といたくないんでしょ?」
最後の一歩を踏み出し、俺は彼女を抱きしめた。
「なんで、今更優しくするの……」
それでも彼女を抱きしめ続けた。俺にできるのはそれだけだと思った空。
「笑顔でいて欲しかった。機械に触れられなくても、あなたの事が好きだから笑顔でいてほしかったの」
そういって彼女は本格的に泣き出してしまった。けど、それは悲しい涙ではなくて。そんな彼女とずっと一緒にいたいと俺は思った。
HAPPY END
選択肢は全部決まっていた。二つある時の片方は選択できなかった。そして、このルート……これはきっと、いや確実に由紀の書いたシナリオだ。ゲームの電源を落とし時計を見る、夕方の五時。このあたりには駅がない。俺は自転車のある家の裏に慌てて駆けて行った。外は雨が降っていたが構わず飛び出して自分の自転車を探した。だが、見つけた自転車はこの間の嵐で壊れていて使えるようなものじゃなくなっていた。俺以外の家庭の自転車は一つもない。
「どうしろってんだよっ!」
自転車と雨にイラついて自分の自転車を蹴る。濡れた足に感じる痛みは芝刈り機の時より少なかったが心のやわらかい部分にはずいぶんと痛かった。
「雄太っ!」
そうやって迷っていると美登里の声が家の外から聞こえた。俺が家の前に出ていくと自転車に乗った美登里がそこにいた。
「お前……どうしてここに?」
「早く乗れ。いそいでんだろ」
美登里はそれだけ言うと自転車にまたがっていつでも乗れるように後ろの席を空けた。
「いつから待ってたんだよ馬鹿」
と言いながら俺は自転車にまたがる。
「さぁて兄さん。どちらまで?」
「最高速でB市まで頼む」
美登里が「了解」と真面目な顔になる。こいつは、全部知ってたんだろう。自転車は雨の中を走り出す。俺の思いを乗せて。
走ってる間に色々なことを考えた。B市に着いてどうするのか、俺は何故B市に向かっているのか。自転車のコースに合わせて体重を傾けつつそんなことを考えて、気が付けば一時間が過ぎていた。
「ここだ」
と息を切らして美登里が一つの家の前で自転車を止めた。俺達を濡れした雨は次第に弱まりを見せていた。
「ありがと」
俺は美登里に礼を言うとその家の玄関袖のインターフォンを押そうとするのだが後ろから呼び止められた。
「雄太……?」
振り向くとそこに立っていたのは由紀だった。
「あのさ! 由紀。遅くなってごめん。」
「見たんだ、あれ。ちょっと恥ずかしいね」
そういって、由紀は微笑む。そんな由紀のことをしっかりと視た。もう、これまで通りじゃいけない。
「見つめられたらもっと恥ずかしいよ」
そういって由紀の方から目をそらした。俺は由紀に歩み寄り由紀を……
「雄太っ?」
由紀を抱きしめた。由紀の肩が跳ねたが拒絶ではなく驚きだということが分かった。
「由紀。俺気づいたんだ。由紀のことが好きだ。」
抱きしめた小さくて強い彼女に俺は告白をする。
「私も、雄太のことが好き。だから、笑顔でいてほしかったの。私が我慢すれば美登里くんと笑顔で入れてたから、だから言えなかったの。引っ越すことも。」
「ごめんな、気づけなくて。」
雨はいつの間にか止んで俺達を静寂で包んだ。
「濡れてる。風邪ひいたらどうするの。無茶してばっかり」
静かな中で由紀の微笑みだけが耳に届く。それにつられて俺も微笑んで、いつの間にか俺たちは笑い合っていた。そしてどちらともなくお互いの顔と顔が近づいていき由紀の頬が次第に紅く染まる。俺の顔も雨でぬれているはずなのになぜか熱い。由紀の顔が目と鼻の先にまで近づき、そして……
「ゲフンッ!いい雰囲気なとこ悪いんだけど僕もいるんだけど、二人とも僕のこと忘れてない?」
バッ!と俺は由紀から離れた。由紀の頬はさっきとは違う風に紅く染まっていた。気まずい雰囲気が流れる。俺はとにかく何か言おうとして。
「腹がえったなっ!」
などとおかしなことを口走ってしまった!すると由紀が
「せっかくだし家に上がらない?濡れた服もどうにかしなきゃだし」
と助け舟を出してくれた。これに乗らない手はない!
「そうだな!お言葉に甘えさせてもらおうぜ美登里!」
「お、おう。じゃぁお邪魔します」
由紀の家で話し込んでいるといつの間にか雨が上がって、俺たちは自転車に乗って帰り、いま俺は家についてる。
「だーまー」
と習慣でいいはするが返事が返ってくるはずもない。リビングを静かにとおると母親がソファで寝ていた。俺は何か食べられるものがないかと冷蔵庫に向かった。すると、テーブルの下にメモのようなものが落ちている。俺はそれを拾って読んでみた。
用事があるから出かけます。
冷蔵庫の中にショートケーキが入ってます。
味に文句があるならケーキ屋に行ってください。
誕生日おめでとう。 母より
「こんなもの落とすなよな」
俺はそうつぶやいて冷蔵庫から缶のジュース。それと、そばに置いてあったポテトチップスを持って二階の自分の部屋に向かった。部屋に付きポテチの袋を開ける。一つまみいただいてから缶のプルを上げると爽快な音とともにジュースの甘い香りが広がった。しばらくはそうして食べていたのだが、次第にポテチの味が変わってきた。味をつけるための塩以外の塩分が含まれてしかも水滴がついていた。
気づいたら泣いてた。目が熱くて、ポテチもしっかり楽しめなくて机の下の段ボールを手に取る。その中からゴーグルを取り出してはみたものの涙を止めなくちゃポテチに着かないようにしてもどうしようもない。
きっとこれからは楽しくなる気がした。