しゃべるぬいぐるみの話
徳田 羽奈:語り手、しゃべるぬいぐるみがお気に入りだった。
しゃべるぬいぐるみ:羽奈が父から貰ったトーキング機能のあるぬいぐるみ。当時としては珍しく会話ができるタイプだった。
小さい頃、私にはとても大切にしていたぬいぐるみがあった。
喋る機能がついていたクマだか犬だかよくわからないぬいぐるみだ。
「こんにちは」
『こんにちは!』
私が話しかけると、こちらの言葉をオウム返しするぬいぐるみ。
これだけならよくあるトーキング機能のあるぬいぐるみだろう。だが、このぬいぐるみはそれだけではなかった。
「今日ね、お母さんと公園にいったの」
『たのしかった?』
「うん!ブランコしたり、おすなで遊んだりいっぱい遊んで楽しかった!」
『よかったね』
短い単語だったが、何故か会話が成立していた。当時から声を出す人形はあったが、一方的なもので会話ができるようなものはなかった。
今だとAIが内臓されているとか何とかあったかもしれないが、当時はおはよう娘が流行っていた頃だ。AIなんて全然浸透していないし、存在すら世間にはSFの中くらいでしか出てこないような代物だ。そんなものが子供のおもちゃに搭載されているはずがない。
「明日ね、お父さんと遊びに行くの!」
『たのしみだね』
「うん!」
「羽奈~、ご飯よ~」
「はーい!じゃあまたね!」
『またね』
その頃の私はそのことに疑問を持たず、家でも友達のように話せるぬいぐるみとして何でも話した。そのたびに相槌だけではなく、同調したり時には慰めてくれたりと本当の友達のようで”わん”と名前を付けて可愛がっていた。
そんなある日、私は風邪をひいて小学校を休んでしまった。
母は看病のために仕事を休んで家にいたがビングにいたため、私は自分の部屋で一人ベッドに寝転がっていた。熱があり体はだるかったが、午前中ずっと寝ていたので午後は特に眠くなくて暇だった。
私は、いつものようにぬいぐるみに話しかけた。
「今日かぜひいちゃって、学校お休みしちゃってるの」
『…………』
いつもなら返事があるはずなのに、ぬいぐるみからは何も反応がなかった。
「わん?」
『…………』
「どうしたの?お話できなくなっちゃった?」
『…………』
何も応答がない。
壊れてしまったのかと思い、ぬいぐるみを抱いてリビングにいる母の元へ行った。
「お母さん………」
「羽奈?どうしたの?」
「この子、話さなくなっちゃった」
「あらあら、この子も風邪ひいちゃったかな?お母さんが診ておくから羽奈も寝てなさい」
「………わん、治る?」
「ええ。だから羽奈も早く風邪治すためにいっぱい寝ましょうね」
「うん」
母にぬいぐるみを手渡した。
母がわんの後ろを確認すると一瞬だけ動きが止まったが、すぐに笑って私と一緒に部屋に行き、私がベッドに入ったのを見届けてから出て行った。ぬいぐるみは心配だったが、今度はすぐに寝付くことができ夕ご飯の時間までぐっすりだった。
寝て起きるとかなり片田は楽になって、熱も微熱まで下がっていた。
リビングに行くと、ちょうどお父さんも帰ってきており皆で夕ご飯を食べて、お風呂に入り風邪をちゃんと治すため早めに寝た。夕ご飯を食べてから母にぬいぐるみのことを訊いたが、
「お母さんじゃどうにもできなかったから。明日おもちゃのお医者さんに診せに行こうね」
ぬいぐるみのことを尋ねたとき一瞬母の顔色が変わった気がしたが、当時は気のせいだと思っていた。
小学校を休んだ翌日、元気になった私は登校し久しぶりに思えた友達とおしゃべりをして、普通に授業を受けて家に帰ると、すでに母が家に帰ってきていた。母は仕事をしているので、私より早く帰ることは滅多になかった。
「おかえり羽奈。さぁ、ランドセル降ろして。おもちゃのお医者さんの所行こう?」
「う、うん」
母はどこか焦っているような気がした。
当時の私はそんなにわんの調子が悪いのかと、純粋にそう思っていた。
「此方ですか。最近のタイプですね」
「ええ。うちの夫が同僚から貰ってきたものなんです」
「そうですか。どれどれ、君はどこが悪いのかな?」
おもちゃのお医者さんは優しそうなおじいちゃんだった。
さっそくわんの診察が始まったが、見始めてすぐお医者さんは首をかしげた。
「徳田さん、これ」
「羽奈、ちょっと先生と大事なお話しするからお外で待っててくれる?」
「え?でも……」
「……羽奈ちゃん、かな?そっちに今入院中のおもちゃたちがいるから、僕の代わりに少し見ててもらえるかな?大丈夫、この子はおじいちゃんがきっと治してあげるから」
「うん………お医者さん、お願いします」
「はい、お願いされました」
私は素直に隣の部屋に行くと、修理途中と思われるおもちゃが所狭しと並べられていた。
見たこともないおもちゃもあり、私はお母さんたちが何を話しているのか気にならないくらい夢中でおもちゃを見ていた。
暫くしてお母さんたちが戻ってきて、そのままわんはおもちゃ病院に入院することになったと伝えられた。お医者さんもお母さんもそれ以上は何も言わずに、その日は渋々家に帰った。
翌日の学校から帰宅後、家の電話におもちゃ病院から電話が入った。
「え!?」
電話に出ていた母が、突然大声を上げた。
「はい……はい…………すぐ行きます」
「お母さん?」
いつも以上に焦った母が心配になり声をかけるとすぐにおもちゃの病院へ行くとだけ言われ、私は引きずられるようにしておもちゃの病院へ連れていかれた。
おもちゃの病院に着くと、おもちゃのお医者さんと一緒に何故かお巡りさんがいた。
お巡りさんが私達に気が付くと、母へ軽く会釈をした後私に話しかけてきた。
「君がこの子の持ち主かな?」
「うん。わんって言うの」
「そっか、この子はわんちゃんって言うんだね。可愛いね。いつもお話してたの?」
「うん。毎日学校から帰ってから、お話してたの」
「お休みの日も?」
「お休みの日も夜だけお話してた」
「日中、特に9時とかにお話しすることはあった?」
「ううん。その時間は宿題したり、お友達と遊んだりしてるからわんとはおしゃべりしてない」
「そっか………うん。ありがとうね」
お巡りさんはお礼を言うと、今度はお母さんと話始めた。
何が何だか分からない私に、おもちゃのお医者さんが声をかけてくれた。
「わんはちょっとだけ長く入院するかもしれないけど、ちゃんと戻ってくるからね」
「わんは、どうしちゃったの?」
「…………悪い病気にかかってたんだよ。でも大丈夫、僕とお巡りさんが悪いものとっちゃうからね」
お医者さんは私の頭を撫でながら、それっきり何も言わなかった。
後日、わんは戻ってきたけど会話はできなくなっていた。ただ私が言ったことをオウム返しするだけのぬいぐるみになってしまったわんだったが、それでも私の友達に変わりはなかった。
数か月後、お父さんにわんをくれた同僚が逮捕されました。
罪状は児童ポルノ禁止法違反とわいせつ物頒布等罪で、PCにデータは残っていなかったものの消した痕跡があり、同僚のデスクのUSBに複数の児童のわいせつな動画が見つかったためその場で逮捕となったようです。また警察の捜査で、ネットでその動画を不特定多数が見れるようにサイトにアップロードしていたためその罪でも再逮捕となりました。その人は最終的に、拘禁刑3年、執行猶予4年の有罪となり、執行猶予中に再犯したため刑務所に入りましたがその後は知りません。今は恐らく刑期を終えて、どこかで生きているのでしょう。
後日聞いた話では、この同僚が逮捕となるきっかけはあのぬいぐるみだったらしいです。わんにはレコーダーと無線機のようなものが入っていたそうです。不審に思ったおもちゃのお医者さんが、警察に通報したことで発覚したそうです。お母さんがわんの後ろを見たとき顔色が変わったのは電池が入ってなかったからだったらしいですが、この話を聞いて今度は違う意味で顔色が悪くなったそうです。
私がいつも話していた相手は友達のわんではなく、小さい子に興奮する変態だったんです。
同僚が逮捕された日、お父さんは帰ってくるなり私と母を抱きしめて
「オレが絶対守るからな」
いつも優しい父から出た低い声を聞いたのは、後にも先にもあの時だけだったと思います。
あの一件からぬいぐるみが怖くなった私は、わんや他のぬいぐるみも全部段ボールに入れてガムテープでぐるぐる巻きにして押し入れにしまって二度と開けることはありませんでした。
そんな事件から数年後、私も一児の母になりました。
「ね、面白いよね!」
『うん!面白いね!』
私の小さい頃と同じく、娘もこのトーキング機能のあるぬいぐるみがお気に入りのようです。
チャッキー人形みたいな霊の話ではなく、ヒトコワでした。最後の方は、何とも言えない気持ち悪さを感じながら書いてました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




