ボールを転がして
※この作品は2011年~2012年頃に書いた、「第三高校補欠部」電撃大賞第一次選考落選作品を修正したものです。良かったら当時のラノベ狂騒を思い出しながら読んで頂くと幸いです。
Innig 1
『ノーコンシューター』
麗らかな春の陽気が木洩れ日となってグラウンドを照らしている。
ここは千葉県立第三高校。
第三高校は、特にスポーツに力を入れている学校ではなかったが、大概の高校がそうであるように、サッカー部と野球部はこの高校にもあった。
そんなサッカー部の熱血監督矢島は、このサッカー部をいつか全国大会の常連校市立船橋のような強豪校にするという果てしない夢を思い描いていた。
そんな部員数二十数名の中に強靱な脚力を持つキッカーがいた。
的場俊平。
その脚から繰り出される強烈な弾丸シュートは、ゴールの枠を大きく外れ、空に吸い込まれるように飛び去った。
「これじゃ、キーパーいらねぇよ」
キーパーは地面に座り込んで愚痴をこぼした。
俊平は気にもとめず声高々に。
「なんとかの鉄砲、数撃ちゃ当たるだ!」
キーパーの嘲笑なんのその、更にシュートを放った。
放たれたボールはゴールの存在を無視するかのように飛んでいった。
「たまや~」
頭上を飛んで行くボールを見送りながら、キーパーはせせら笑った。
「くそっ!」
地面を蹴って、天を仰いだ。
一週間前の事。
「山下と交代って、どういうことですか!」 俊平の声は職員室に響き渡り、他の教師の視線を独占した。
しかし、監督矢島は至って冷静に対応した。
「お前はキック力はあるがコントロールが悪すぎる。いいか、俊平。フォワードは、いくらキック力があっても決定力が無ければ務まらん。山下はキック力こそ、お前に及ばんが、シュートコントロールはお前より優れている。今後、お前はシュートコントロールが身に付くまで、ベンチだ」
俊平は眉間にしわを寄せて詰め寄った。
「監督!三月まで待ってくれるって言ったじゃないすか!」
ボールペンをくるくる回しながら冷静に聞いた。
「今、何月だ?」
「し、四月です」
「そういうことだ」
過去の悪い記憶を振り払うかのように、俊平はボールを蹴った。
「かぎや~」
いい加減、うんざり気味のキーパーが呟く。「俺のイメージじゃ、ボールがネットを揺らしてるんだけどなぁ」
落胆している俊平に追い打ちをかけるように新レギュラー、山下の声。
「よぉ、ノーコンシューターさん、まだやってたの?」
「うるせえな、今にレギュラー取り返してやるよ。見てろよ」
わざとらしい咳払いをして冷たく言い放った。
「残念だけど、お前の出番はもう無いよ」
そう言うと、転がってるボールを蹴った。その正確なシュートは鮮やかにネットに突き刺さった。そして振り向き様に。
「監督が言ったんだ。お前はお払い箱だってさ」
「か、監督が・・・・・・?」
俊平の顔は色を失った。
「もうフォワードは諦めて、別のポジション探した方がいいぜ」
俊平は言葉なくグラウンドを去った。それからここに的場俊平が姿を現すことはなかった。
桜の見頃が終わり始めた頃、俊平は忘我状態から立ち直れなかった。
信頼していた監督・・・・・・
何より、もはや自分を熱くさせてくれるものはもう無い。そんな諦念から放課後、グラウンドに一瞥もくれず学校を後にするようになった。
そんな俊平には、お気に入りの場所があった。決して美しい川をは言えない『呈示川』。 小学校の頃、よくここで友達と秘密基地ごっこして遊んだ思い出の場所だ。
俊平は草が生い茂った勾配に寝転んで、流れゆく雲を眺めていた。
次第に瞼が重くなった。
いつものことだ。
眠りにつこうとしたとたん、ゴロゴロ地響きを鳴らしながら何かが迫ってきた。
ゴツッ!
「痛ってー!」
激痛が走る。
跳び上がって頭頂部を押さえた。
頭に直撃したのは、ボーリングの球のように見えた。
ボーリングの球は頭に当たって進路をずらしながら川の中にそれは飛び込んだ。
「ごめんなさーい!」
刮目した。
なぜなら、加害者らしき、その人物は一瞬痛みを忘れるかのような某お嬢様系の制服に身を包んだショートカットが良く似合う美少女だったからだ。
何度も謝りながら、勾配を駆け下りてきた。
「ごめんなさい。怪我はないですか?」
未知との遭遇。
未知の美少女との遭遇。
いやいや、待て何を言っているんだ。
しばらく彼女に見とれていたが、はっと我に返った。
その瞬間、忘れていた頭部の痛みが返ってきてまた頭を擦った。
彼女の白魚のような手から天使の羽根。
いや違う。ハンカチ、白いハンカチだ。
その光を帯びた羽根、じゃなくてハンカチを恐る恐る、ほぼ無意識に受け取った。
一方、彼女は心配そうに言った。
「大丈夫ですか?痛くないですか?」
心配そうに顔を伺う彼女を尻目に「痛いに決まってる」とは言えなかった。
精一杯の格好つけ。
「別に大したことねーよ」
彼女と視線を合わせられない。幼い頃からスポーツ一筋の彼にとって異性との交流は無縁の世界であり、未知との遭遇であり、異次元空間の世界であった。
あ、何を言ってるんだ。 とにかく、こういう時、女子と何を話せばいいんだ。
と、とりあえず。
「あ・・・・・・あれ?」
「えっ?」
「あ・・・・・・あれだよ、今の。丸い玉みたいだったけど」
「あっ・・・うん。ボーリングの球。私が使ってる・・・・・・」
なんでボーリングの球が転がってきて俺の頭に当たるんだという疑問を飲み込んで。
「川に落ちたけど、いいのか?」
突然、彼女は何かを思い出したかのように川岸に向かって滑るように降りて行った。
「どうしよう・・・私のマイボール・・・・・・」
どうやら困ってる状況であることは察した俊平は、まだ鈍い痛みが残る頭を擦りながら彼女の元に近づいた。
ゆらゆらとした川面を不安げに見つめている彼女を見ていると思わず。
「取ってやろうか?」
「えっ?でも、もうどこにあるのかわからないよ」
「大丈夫だって。ボールが落ちた所は見てたから、なんとなく分かってるよ」
「でっ、でも、いいんです!危ないから・・・・・・」
「それなら心配ない。ガキの頃、よく泳いでたんだ。それにここの川は割と浅いんだ」
「でもっ、やっぱり危ないよ」
「平気だよ」
チャンスだ。
何のチャンスだ。バカな期待は持つもんじゃない。
裸足になって、ズボンを膝まで捲って濁った川に足を入れる。
思った通り、浅い。
「確か、この辺だったような」
両腕を水の中に突っ込んで探してみる。
ない。なんでない?
少しずつ歩を進めていくと・・・・・・
突然、深みに嵌まった。吸い込まれるように全身を捕られた。
「うわぁ!」
パニクって、冷静さを失った。必死にもがくものの体はゆっくり沈んでゆく。
俺の失態を見てオロオロする彼女。格好悪過ぎるだろ。
あ~あ、何やってんだか・・・・・・
ズフ濡れになったボーリングの球とズブ濡れになった的場俊平。お互いなんとか無事に生還した。
「ごめんなさい。私のせいで・・・・・・」
「大したことないよ。まっ、見つかって良かったな、ボーリングの球」
さっきの格好悪いシーンをもみ消したい一心で出たセリフ。本当は死ぬかと思った。
「うん・・・・・・ありがと」
初めて彼女の笑顔を見たな。どうやら頑張った甲斐があったようだな。
彼女は丁寧に球の水気を拭き取り、大事そうに抱えた。
「ボーリング・・・・・・好きなのか?」
彼女は微笑みながら。
「うんっ、プロボーラー目指しているの」
「へえ、そんな小さな体でか?」
自然と口に出た。俺も女子と会話出来るスキルは本能的に持ってるんだな。
「体の大きさは関係ないよ・・・・・・」
少し俯いた彼女を見て、マズいこと言ったかなと思った。
「そうだよな、体の大小は関係ないよな」
話題を変える。即決定。
「実は俺もプロサッカー選手目指し・・・・・・」 思わず言葉を飲み込んだ。先日、戦力外通告受けたばかりだ。
話題変更。即決定。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「に、二年」
「えっ?」
「だ、第三高校二年の的場俊平っていうんだ」
「あっ、わ、私も二年生です。聖テーゼ女学院の足栗千秋っていいます。」
成る程、お嬢様系の制服、如何にもなネーミングの学校通ってるんだな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あれ?
会話が止まった。お互いの間に微妙な静寂が訪れた。
どうした、俺の女子と交流出来るスキル!今、働かないでどうするッ!
「あの・・・・・・練習があるので、これで帰ります。本当にごめんなさい。あと・・・・・・ありがとうございました」
ちょっと待ってくれ、俺のスキルが・・・・・・ しかし、足早に去って行く彼女の姿を見送るしか無かった。
俺のスキル・・・・・・
「あっ、ハンカチ!でも濡れちまった・・・・・・洗って返すよ!」
そのセリフがようやく出た時には千秋が去って数十秒が経過していた。
Innig 2
『補欠部』
『私、プロボーラー目指しているの』
「プロボーラーか」
何かを目指す、人生に目標を持つ。そんな人間は幸いである。
少なくとも退屈からは逃れられる。
人生とは何かに打ち込んで、錯誤染みた情熱を得て行くものだろうか。
今の自分に目指すものなどない。挫折感を抱いて生きていくだけ。
それでいいのか?
人生をいくら皮肉で丸め込んでも、あるのは無気力な自分しか残らない。
こうなりゃ、哲学者になるか。
ちょっと待て、冗談言ってる場合じゃない。希望を探さないと。
サッカー部が駄目なら・・・・・・
そんな事を考えながら歩いていると小さな建物にぶつかった。
『補欠部』
「ほ・・・・・・補欠部?なんだそりゃ」
聞いたこともない部活名だった。いや、部活名ではないかもしれない。どこかの部の予備か?それとも、何か二軍的な意味合いで作られたものなのか、皆目見当もつかなかった。
「入部希望者?」
背後から声が掛かった。
女性の声。
振り返って見ると、やや長身、細身で長い髪。年上、二十代前半か。
驚いたのは、その出で立ち。いや、驚く程のことじゃないけど。
赤い野球帽に赤いジャンパー。パンツは白だがストッキングは赤。
つまり、どう見ても野球部の関係者。野球関係のレイヤーじゃなければ。
とりあえず、落ち着いて。
「いえ、ちょっと彷徨いてただけです」
「そう、残念ね」
「あ・・・この部室、野球部の部室ですか?」「野球部なら廃部になったわ」
まさかのコスプレイヤーか?
「じゃあ、この部室は・・・」
「看板見ての通り補欠部の部室よ。」
何ですか、補欠部って?とは言えなかった。よく解らないが、補欠部と聴いただけで悪寒がする。ここは挨拶も程々に退散するのがベストだ。
「じゃあ、さようなら」
と言葉を言い終わる前に。
「いい身体してるわね。何か部活やってるでしょ?」
「あ、はい。サッカー部にいましたけど、今は・・・・・・」
「辞めたのね」
随分、勘のいい人だな。
「私には、今のあなたが行き場を失ったドラに見えるわ」
ドラ?ドラ○もんじゃないよな。
「もはや捨て牌になったあなたが行くべき場所は私にポンされるか、もしくはチーされて私の手牌に加わるか、このまま流れるか、それだけ」
どうやら麻雀用語を絡めて補欠部に誘ってるようだ。流行っているのか?いや、ないな。
とにかく、正体不明の部活、補欠部について聞いてみた。
「あの、補欠部って体育会系の部活動なんですか?」
「表面上は普通の野球部と、なんら変わりないわ」
「えっ?でも、さっき野球部は廃部したって」 女性は顔色ひとつ変えずに。
「野球は野球でも、補欠野球よ。ただの野球ではないわ」
また謎が増えた。『補欠野球』ってなんだ?
野球と付くからには野球には違いないだろうけど。なぜに冠に補欠?
「とりあえず仮聴でもいいわ。歓迎するわよ」
カリテン?どうも仮入部のことを示唆してるみたいだ。いちいち解読するのが面倒だな。 しかし、どうする?野球だったら小学校の時、リトルリーグでやってたから、やれないことはない。
それにしても、『補欠野球』ってネーミングがなぁ、地味に格好悪いな。
もう少しマシな名称が思いつかなかったのかよ。
でも、普通の野球じゃないって所に好奇心が湧く。微妙だけど。
あっ、考え倦ねて肝心なこと聞き忘れてた。
「ところであなたは・・・・・・?」
「見ての通り、補欠部の監督、冠徳子よ」
ああ、やっぱり。男臭い野球部に女性監督。今時、驚くことじゃないが、珍しいと言えば珍しいな。
「悩んでるみたいね。だったら、いい事教えてあげる。今、補欠部の部員数は八名。この意味解るわよね。つまり牌は一枚足りないってこと。麻雀だったら五枚も足りないわ」
麻雀の話はどうでもいいだろ。
そんなことより、要するに今入部すれば即レギュラー確定。俺もサッカー部に未練はない。高校生活第二の青春が野球部のレギュラー。悪い話じゃない。
でも、どうしても『補欠部』って言うのが気乗りしない、名前がダサ過ぎる。
でもどうする・・・・・・?
「優柔不断ね。まだ決まらないの?さっさと打牌してくれないと他家に迷惑だわ」
ぐっ!確かに。何が? ええいッ!儘よっ!
「にゅ、入部します、仮入部で・・・・・・」
「決まりね。良かったわ。あなた名前は?」
「二年の的場俊平です」
「そう、俊平君ね、よろしくね」
「よろしくお願いします」
こんな感じで勢いで入部してしまったけど、これでいいのだろうか・・・・・・
数日後、練習用のユニフォームを鞄に詰めて放課後、部室に向かった。
ドアを開けると部員が一人、ユニフォームに着替えていた。
「あっ!清川、清川じゃないか」
「やあ、的場君、補欠部に何か用かい?」
「用って、入部したんだよ。仮だけど」
「そうかあ、君が監督が言ってた新入部員かあ、いやあ、助かるよ。これでメンバーが揃ったね」
「ちょっと待ってくれ、お前、卓球部の部員だろ、辞めたのか?」
「うん、監督にスカウトされたんだ。スイングの筋がいいって」
卓球のスイングと野球のスイングは違うだろ。
「ちなみに僕が補欠部の主将なんだ、よろしくね」
「ちょっと待ってくれ、普通、野球経験者とか野球が上手い奴が主将になるんじゃないのか?」
「うちの部員で野球経験者はいないよ。みんな初心者ばかりだよ」
マジか、不安な門出だ、大丈夫かよ。
「的場君、着替えるなら、ここのロッカー使いなよ。空いてるから」
とりあえず、制服を脱いで着替え始めた。
「なぁ、補欠野球と野球の違いってなんだ?」「僕もよく分からないんだ。監督が言うにはフリテンリーチが使えるとか、場合よっては、ぶっとびもあるとかなんとか、とにかく変なルールがあるらしいよ」
「へえ」
何を言ってるんだ?
内心、尋常じゃない不安が募る。やっぱり普通じゃないんだな・・・・・・
そうこうしている内に、次々と部員が入って来た。
皆、俊平が入部したことに喜んでいるようだった。これで試合が出来ると。
清川の言った通り、補欠部は第三高校の野球用グラウンドで普通の『軟式野球』の練習を始めた。
ウォーミングアップから始まり、ランニング、トスバッティング、打撃練習、守備練習などをこなした。
俊平は、しばらくグラウンドから離れていたこともあり、後半バテそうになったが、元々、スポーツマン気質の持ち主。ノッ来ると疲れも忘れて夢中になった。
やっぱり、スポーツ最高っ。
ユニフォームは泥だらけになっても気にならない。ひたすらボールを追いかける。体中から湧き出る汗は珠のように光り輝いていた。
正直、最初は何をやらされるか心配だったけど、これなら問題ない。監督はちょっと変わった人だけど練習メニューもしっかり野球の練習に沿って練られたものだ。これだったら本入部してもいい。
練習の最後は軽くランニングで締めくくり監督とのミーティング。部員全員が冠監督の周りに集まった。
「みんな、お疲れ様。今日の練習は、これで終わりよ。そう、新入部員のこと忘れていたわ」すると、部員達の間でドッと笑いが起き始めた。「もう知ってます」と言わんばかりに部員達は俊平のことを見て笑い合った。
「ふふ・・・どうやら紹介しなくても、みんな分かってるようね。これから彼も補欠部の一員。補欠野球は助け合いの精神が何よりも大事よ。みんなお互いを助け合って、これからも頑張るように。そう、もう一つ補欠野球に欠かせない事があるわ、それは想像力よ。豊かな想像力無くして試合で勝利する事は有り得ないわ。忘れないで」
「あざーっす!」と挨拶して練習終了。
なんだ、思ってよりも、しっかりした監督じゃないか。俊平は、なんだかほっと胸を撫で下ろすのだった。
Innig 3
『南山ボーリング』
夜の帳が下りる午後七時。冠徳子は第三高校から、さほど遠くない市街の歩道を歩いていた。
片田舎のネオン街だが、人目は疎ら。街灯だけが活気を装うように街を照らしていた。 徳子はビル群の中の古びた一棟の三階の窓を見ていた。
『雀荘 お一人様歓迎』の文字。
徳子は以前、一度だけ雀荘に行った事がある。だが、それは麻雀界の有名人、出出出陽助名人主催の金を賭けない、禁煙、ボケ防止、麻雀人口の間口を広げるなど、不健康で不健全なイメージがある麻雀のイメージアップの一環として行われた初心者向けイベント、『さわやか健康麻雀』の一度だけだった。
実際に雀荘に行って、博打打ちの様な雀士達と牌を打つのには躊躇いがあった。
もっぱら、徳子と雀卓を囲むのは、携帯ゲーム機の『どうぶつ麻雀』の雀士、うさぎさんやくまさん、きつねさん達であった。
特に強い雀士のくまさんには何度も振り込んで全く勝てなかった。コンピュータにさえ勝てない徳子は実際に雀荘で三次元の人と勝負する自信がなく迷いに迷っていた。
このまま帰ろうと踵を返すと、あるビルを見つけた。
『南山ボーリング』
直感。徳子の中で何かが閃いた。何かに突き動かされるように足早にそのビルに入って行った。
ボールがピンを跳ね飛ばす音がこだまするボーリング場の中で一際目立つ美少女がいた。 足栗千秋。
呈示川で俊平に故意ではないが、ボーリングの球を頭にぶつけてしまった少女だ。
彼女はコンベンショナルグリップと呼ばれるボーリングの球の指穴に中指と薬指の第二関節まで入れる、要するにボーリングを普通に娯楽として楽しんでいる人達と同じ持ち方で、十一オンスの球を持ち、ステップを踏んで、ファウルラインからスイングからのリリース。
ボールは四番スパットを抜け、真っ直ぐ一番ピンに向かって転がる。
ボールは加速しながら一番ピンなど、五本のピンを倒した。残り五本のピンを残して。
「あ~あ、またやっちゃった。ダメだなぁ」
千秋は落胆の顔を浮かべて椅子に腰掛けた。
「プロボーラーの道は大変。でも、こんなことで落ち込んでちゃダメ。頑張らなきゃ」
最低でもスペアは取る。
立ち上がってマイボールを取る。
そして、もう一度、スイングしながらステップ踏んで、リリース。
ボールは一直線に四番スパットを抜けそのまま六番ピンと八番ピンの間を抜けた。
「ふえ~ん」
結局、スペアどころか一本も倒せなかった。
「素晴らしいわ」
「えっ?」
背後から女性がやって来た。
綺麗なひと・・・・・・
千秋の第一印象だ。
「見せて貰ったわ。いいストレートだったわ」
「でも・・・・・・スペア取れなかったし、全然ダメです・・・・・・」
「そんなことはないわ。あんな鋭いストレートを投げれる子は、そうはいないわ。見事と言う他ないわね」
「そ、そうでしょうか?」
「ええ、間違いないわ。あなたは直球主体の投手に向いてるわ」
「は、はいいっ!?」
「あなた、うちの補欠部に入ってピッチャーやってみない?」
千秋は全く事を得なかった。ほけつぶ?ぴっちゃー?二つのワードが頭の中をぐるぐる回る。
そう言えば、この人誰?
さすがに急き込んで、詳しい説明をしなかったことに気がついた徳子は。
「私は第三高校補欠部監督の冠徳子。よろしくね」
「第三高校・・・・・・?」
んっ・・・・・・聞いたことある。えっと、あっ、川でボール拾ってくれたひと・・・・・・あのひと確か第三高校って言ってた・・・・・・面白くって・・・・・・優しいひと。
「あなたのような豪腕投手が入ってくれれば、湘内高校との試合に勝てるわ。どう?力を貸してくれないかしら?」
はっと気づいた、千秋は。
「あの・・・・・・ほけつぶってなんですか?」
「表面上は普通の野球部と、なんら変わりないわ」
「えっ?野球部なんですか?むっ、無理ですっ野球なんてやったことないしっ!」
「野球は野球でも、補欠野球よ。ただの野球じゃないわ」
「でっ、でもっ!投げたり、打ったりするんですよね?やっぱり無理ですっ!」
「その点は大丈夫よ。あなたは、さっきみたいに投げればいいの」
「あのっ、投げてるんじゃ無いんです、転がしてるんですっ!」
「分かってるわ。それでいいのよ」
訳が解らなくなった。それはそうである。千秋はこの危機をどうくぐり抜けるか頭を巡らした。
「でっ、でも、私、二年生でプロボーラー目指してて、女子校通ってて、足栗千秋っていいまして、体小さくて、ヘタっぴで、とっとにかく無理ですっ!」
徳子は顔色ひとつ変えず。
「全て、問題ないわ。プロボーラー目指しているなら、補欠部でピッチャーやれば、一挙両得よ。ボーリングの練習にもなるわ。それに学校が違っても補欠野球の世界じゃ何の問題もないわ。どう?悪い話じゃないでしょ?」
「はっはいっ!そうですね!いえっ、あのっ、やっぱり、でもっ、そのっ!」
「とにかく、一度いらっしゃい。日曜に第三高校のグラウンドで会いましょう、足栗千秋ちゃん、待ってるわ」
「はいっ!いえっ、ちがっ、あのっ、あっ!」
徳子は風のように立ち去ってしまった。レーンに一人残された千秋は、ただ呆然とする以外になかった・・・・・・
「ど、どうしよう・・・・・・第三高校・・・・・・あの優しいひと・・・・・・第三高校・・・・・・」
朧気に見える的場俊平の幻影を見ながら立ち尽くす千秋であった。
日曜の第三高校の野球グラウンド。補欠野球部員の間で密かに話題になっていた話がある。女子マネージャーが来るらしい、と。
このような華やか情報があると、大抵の思春期真っ盛りの男子達は浮かれる。
朝の練習前に行うグラウンド整備に自然と力が入る。
そんなビッグニュースに心躍らせる部員達とは対称的に的場俊平は、とくに関心あるような素振りも見せず、黙々とグラウンド整備に使う、トンボと呼ばれている道具を使い地面を均していた。
そんな俊平を見て、補欠部主将、清川が寄って来た。
「的場君、今日は姫が来る日だね、練習でいい所を見せなければ」
「姫?何のことだ?」
「女子マネージャーの事だよ。監督が言ってたじゃないか」
「女子が来るって言ってただけじゃないか、マネージャーとは限らねえよ」
「う~ん、確かにそうだけど、女子が来るって事はマネージャーに決まってるよ」
「ふん、俺は興味ないね」
まあ、あの娘だったら別だけど・・・・・・有り得ないな。
そうこうしてる内に監督がやって来た。相変わらず、機嫌がいいのか悪いのか分からない表情で。
と、遅れて、ジャージ姿の小柄な女子がパタパタと監督の後を追いかけて来た。
あれ、本当にマネージャーだったのか。
って、んんんっ!
あのショートカット、嘘だろ、有り得ん筈だった筈だった筈っ!
「みんな、集まって!」
全力疾走で集まる思春期の男子達。
「バカに嬉しそうね。気味が悪いわ。ドラがアンコったような顔してるわよ」
誰も監督の顔を見ていなかった。隣にちょこんと立っている美少女に部員達は釘付けになった。俊平同じく。
待望の女子マネージャー。この男臭い補欠部に咲く一輪の花。誰もがそう思っていた。
「彼女は足栗千秋ちゃん。補欠部の正投手よ。仲良くしてあげてね」
間違いないっ!川で会った、あの娘だ!でも、なんでここに?ん?今、正投手って言わなかったか?
「千秋ちゃんも一言言って」
顔を赤らめ、もじもじと俯いていた千秋は思いきって顔を上げた。
「えっ、あっ、はいっ、あの私、足栗千秋と申します。えっと、聖テーゼ女学院の二年生です。あと、プロボーラー目指してますっ!みなさん、お、おめでとうございますっ!あっ、ちがっ、あ、ありがとうございます!」
その時、千秋と俊平の目が合った。
「あっ!」
あの時の、優しいひと・・・・・・第三高校・・・・・・面白い人・・・・・・第三高校・・・・・・優しいひと・・・・・・
「よ、よぉ」
俊平はぎこちなく応えた。
「あっ、あの時は、ありがとうございました、おかげで、あのっ、ボーリング、できて・・・良かったですっ」
他の部員達の間でざわつき始めた。えっ、二人はお知り合いなの、とどよめいた。
俊平は周囲を意識して、視線を外しながら。
「そっ、そっか、良かったな」
「はいっ」
さすがの冠徳子監督も態度には出さなかったものの、この偶然には驚いた、しかし。
ふうん。二人は知り合いなわけね。ふふ、ちょうどいいわ、千秋ちゃんをチームに引き込むために使えそうだわ。お互い、満更でも無さそうだし。
「話は終わりよ、みんな練習に戻って」
俊平は、何やら名残惜しい気持ちを持ちつつも整備に戻ろうとした。だが。
「俊平君は残って」
「えっ?」
「俊平君、あなたにはキャッチャーをやってもらうわ。あなたが、千秋ちゃんのボールを受けるの。いい?」
「は、はいっ分かりました!」
べ、別に喜んでるわけじゃないって、言ったら、嘘かな・・・・・・
でも、あいつプロボーラー目指してるんじゃなかったけ?・・・・・・まあ、いいか。
俊平はキャッチャー用のプロテクターを着て本塁に立った。
千秋と徳子はピッチャーマウンドに。
「千秋ちゃん、レーンのファウルラインからピンまで何メートルあるか知ってる?」
「えっ?あっ、す、すいません・・・・・・」
「約十八メートル。ここにあるピッチャーズプレートから俊平君の構えるミットまでも約十八メートル。つまり、あなたは、このプレートをファウルラインだと思って、ボーリング場で見せてくれた時のように投げてくれればいいの」
「は、はぁ、はっはい、分かりました」
千秋はプレートから五歩分の距離を取ってボールを持った。
十一オンスのボーリングの球に比べて、軟式ボールの重さは百四十四・八グラム。はるかに軽かった。
千秋の目つきが変わった。ボーリングをする時の目つき。
ミットを構える俊平は、この異変を察知した。
なんだ?何をするつもりだ?
ステップを踏みながら、スイングからのリリース。ボーリングの基本動作。
ボールはミット目掛けて一直線に転がっていった。
なっ、なんだ!
俊平はストライクゾーンド真ん中に構えていたが、慌てて、ミットを下げた。そして、ほとんど、拾うような形でボールを受け取った。
俊平は立ち上がって。
「監督!何のつもりですか!」
「見ての通り、ピッチング練習よ」
「監督、今の投球フォームは明らかにボークです。それに、転がしちゃ駄目です。ボールになっちまいます」
「それは野球の話でしょ?」
「だって、野球やってるんじゃないすか!」
「野球は野球でも、補欠野球よ。ただの野球じゃないわ」
「まさか、補欠野球じゃ、今のはストライクって言うんじゃないでしょうね?」
「ふふ・・・・・・その通りよ」
マジかよ。有り得ないだろ、どう考えても
「俊平君、ボールを千秋ちゃんに返して」
俊平は渋々、ボールを千秋に投げ返した。
「はわわわっ!」
千秋はボールをキャッチ出来ず、お手玉のようになりながら落とした。
「ああっ、ご、ごめんなさいっ」
「どうやら、千秋ちゃんはピッチング練習より、キャッチボールから始めた方が良さそうね」
果たして、俊平と千秋のキャッチボールは始まった。
「はわわわっ!」
俊平の投げるボールに千秋は何度も落球した。
「おいおい、大丈夫か」
「う、うん、ごめんね」
俊平は少し躊躇いながらも聞いた。
「やめたっていいんだぜ」
「えっ?」
「正直、お前の投球は反則投球なんだ。いくら補欠野球ったって無理だと思う」
「う、うん。でも・・・・・・」
「俺も辞めようと思ってる。正直、がっかりだ。何が補欠野球だよ」
暫く、二人の間に重い沈黙が流れる。
何だよ、俺、なんか悪い事言ったか?
・・・・・・・・・・・・「でっ、でもね、私、初めてなんだ!」
「えっ、何が?」
「誰かに必要だって言ってもらったこと。初めてなの。だから・・・・・・私がお手伝い出来ることなら、やってみたい!」
あ・・・・・・
『お前はお払い箱だってさ』
俊平はボールを握りしめた。
「・・・・・・分かったよ」
「えっ?」
「俺も付き合うよ」
ボールを千秋に返した。千秋はボールを抱きしめるように捕った。そして、笑顔でこう言った。
「俊平君、ありがとっ!」
俊平の顔が一瞬、赤くなったが、すぐに。
「べ、別にお前のためじゃねえよ」
「うんっ、ありがと」
こうして、第三高校補欠部に異色のバッテリーが誕生したのであった。
千葉県内には、補欠部として活動している高校は二校ある。
ひとつは第三高校、そしてもうひとつが房総半島の海に面して顕在している『湘内高校』である。
湘内高校は、軟式野球部から補欠部に鞍替えしたので、正規の部員が多く、第三高校とは比べものにならない程の強さを誇っていた。
湘内高校の監督、渡辺監督の前に選手達が集まった。
「今まで、練習試合に応じなかった第三高校がついに試合に応じた」
選手達の間で、おおっと言う声が上がる。
「いいか、我々は腐っても、元は正規の軟式野球部だ。それに対して、第三高校の補欠部は素人揃いの急造チーム。まともに勝負して、相手に勝ち目はない。しかしだ、補欠野球の世界と軟式野球の世界は違う。試合中、何が起きてもおかしくない。皆、気を引き締めるように」
「はいっ!」
ふふふ・・・・・・まあ、選手達の士気向上のためにやって損はない。せいぜい楽しませてもらおう、第三高校!
渡辺の不敵な笑いは第三高校に向けられた。
Innig 4
『タンブルスロー』
良く晴れた日曜の第三高校グラウンド。今日は、湘内高校との練習試合である。
試合は第三高校のグラウンドで執り行われる。
試合に際して、補欠野球に熟知している審判団が招聘された。
補欠野球は基本的に野球の公式ルールに準じて行われるが、補欠野球規則が付加され、これが後に波乱を生むことになる。
試合は表裏七回まで攻守が続く。同点の場合、そのまま引き分け試合終了となる。
第三高校オーダー
一番 三上 五郎 中堅手
二番 斉藤 隆 遊撃手
三番 清川 征次 一塁手
四番 的場 俊平 捕手
五番 長草 道夫 右翼手
六番 山本 優 三塁手
七番 有野 真一 二塁手
八番 坂本 博 左翼手
九番 足栗 千秋 投手
国広 友安 控え
「どうも、主審を務めさせていただく朽木です。よろしくお願いします」
「湘内高校の監督、渡辺です」
「第三高校監督、冠です」
「では何も無ければ、このまま試合を始めます」
「審判さん、ひとつあるわ」
「はい、なんでしょう?」
「うちの投手はボーリングの選手なの。よって投球フォームはタンブルスローターとして登録したわ」
「ええ、伺っております。問題ありません」
渡辺監督は怪訝な顔を浮かべた。
タンブルスロー?なんだそれは。野球にそんな投球フォームがあっただろうか。むむ、しかし、迂闊に質問したら補欠野球に無知な監督と思われかねない、ここは様子を見よう。
試合開始。
一回の表、湘内高校の攻撃。
青が基調のユニフォームの湘内高校補欠部一番打者がバッターボックスに立った。
「へっ、女がピッチャーかよ。こりゃラッキーだぜ」
俊平は余裕そうにバットを振る打者を見て笑った。
可哀想に。普通の野球が始まると思ってやがる。きっと、ぶったまげるぜ。
俊平は千秋にストレートのサイン。千秋は軽く頷く。
そして、ボーリングを投げる動作と同じステップで球をスイング、そしてスロー!
なっなんだ?
湘内の一番打者は一瞬たじろいだ。
ボールは一直線にミット向かって転がり、ついにはそのまま俊平のミットに収まった。
「ストライクッ!」
湘内の打者は呆然とした。さらに驚いたのは渡辺監督だった。
「い、今のがストライクだと?どう見ても反則球の筈だが・・・・・・あっ!こっこれか?タンブルスローとは。な、何と言うことだ、こんな事、許されない!」
渡辺監督はベンチを飛び出した。
「審判さん、今のは何ですか?相手投手はボールを転がしてるじゃないですか、しかもストライクゾーンにも入ってない。これがストライクとは納得出来ませんぞ!」
「それはそうですが、ちゃんと第三高校さんも事前に登録してますから」
「そういう事じゃないんです!これでは野球にならんと言ってるのです!」
「あなた、もしかして知らないの?」
冠監督が後ろから声を掛けた。
「な、何のことだ?」
「補欠野球ではピッチャーの特性は最大限認められる。つまり、ボーリングの選手がピッチャーなら球を投げずに転がしてもストライクとして通るのよ」
「な、何を言っている、我々は野球をしに来たんだ。ボーリングをやるためではない!」
「野球は野球でも補欠野球よ、ただの野球ではないわ。あなたもそれを承知の上で来たんでしょう?」
「ぐぐぐ・・・・・・」
小生意気な女だ。しかし、こ、これが補欠野球なのか?よく分からんが。だが、ここは苦しいが退くしかない。
「分かりました。このまま試合を続けましょう」
「物分かりのいい監督で良かったわ」
しかし、渡辺監督の怒りは収まらない、選手達に怒号が飛んだ。
「いいか!相手が投げようと転がそうと関係ない、必ず打て!いいなっ!」
だが、選手達は戸惑うばかりであった。
「ストライクバッターアウッ!」
渡辺の激も空しく超低級ボールを懸命に捕らえようとするも、空しく三振。
うぬぬ・・・・・・これでは勝負にならん。
渡辺監督は狼狽した。
「いいぞ、足栗。ナイスピッチ」
「あ・・・・・・ありがと」
一方、俊平と千秋の息もぴったり合っていた。その後も千秋の転がすボールに打者のバットは空を斬り続け、その結果、見事に三者連続三奪三振で一回の表を終了した。
一回の裏、第三高校の攻撃。
湘内高校のピッチャーは右のオーバースローだった。補欠部のピッチャーと言えども前身は軟式野球部。ピッチャーの右から振り下ろされるボールは力強く、速度を上げてミットに突き刺さった。
「速いね・・・・・・」
清川は思わず溜め息をついた。
「た、たいしたことねえよ」
強気に言い放ったものの、俊平も少し弱気になった。
「よーし、かっ飛ばすぜ」
自信過剰気味の先頭バッター三上はバットをブンブン振り回してバッターボックスに立ったが、文字通りブンブン振り回して空振り三振。
「かあーっ!惜しい、あと数センチだったな」 悔しがる三上を見て俊平は尋ねた。
「お前、ボールちゃんと見てるか?」
「俺はイメージで打つタイプだからな」
「つまり見てないのか?」
「頭の中ではジャストミートしてるぜ」
「そうか・・・・・・ちなみに前は何部だった?」
「将棋部だ」
三者連続三振。第三高校の攻撃は呆気なく終わった。
二回表、湘内高校の攻撃。
だが、足栗千秋の投球に手も足も出ず、三者三振。
監督渡辺は必死で数回しか読んだことの無い補欠野球教則を思い出していた。
「むむむ・・・・・・いったいどうすればタンブルスローを攻略出来る?・・・・・・ある筈だ、必ず。探すのだ・・・」
二回の裏、第三高校の攻撃。
ここで四番の的場俊平が先頭バッターとして登場した。
なんとか俺が出ないとな。足栗のためにも。 バッターボックスに入るとピッチャーマウンドが近くに感じる。十八メートル離れていても。
サインが決まって、相手投手がピッチングモーションに入る。最初はゆっくり膝を上げたかと思うと、そこから加速するように右腕が振り下ろされる。
来たっ!ストレート!
すかさずバット振るものの空を斬った。
「ストライクッ!」
あれ?タイミングはバッチリだと思ったが・・・
二球目はなんとかバットに当てたものの、ファウル。
そして三球目。ボールは、ほぼストライクゾーン真ん中に入ってきた。
俊平は渾身の力でバット振り抜いた。
「ストライクッ!バッターアウッ!」
くそっ!
悔しそうにベンチに帰ってきた俊平に冠監督が声を掛けた。
「俊平君、ノベタンよ」
「はっ?」
「相手投手の球足は思いのほか伸びているわ」
「はぁ・・・・・・」
「もう少し早めに振った方がいいわ、その方がアガル確率もアップするわよ」
「は、はい・・・・・・ところで、ノベタンってなんですか?」
「ノベタンキのことよ。数字が連続した形で単騎待ちの状態のことよ。麻雀の世界じゃ常識よ」
ま、麻雀って・・・・・・今、野球の試合やってるんだけど。野球じゃないか、補欠野球か。あ~頭がこんがらがるな。
両軍共、一歩も譲らず、五回の裏まで進んだ。ちなみに両軍共にノーヒット。
この回、先頭バッターは、またしても的場俊平。
えっと、早めに振ればいいんだな。よしっ オーバースローから繰り出されるストレート。俊平は少し早めに思い切って振った。
ボールはバットを擦り、バックネットに当たった。
おしい!でもタイミングはこれでいい!
二球目。ピッチャーから放たれたボールは真っ直ぐストライクゾーンに入った。さすがにこれを俊平は逃さなかった。完璧に捕らえきれなかったものの、無理矢理ボールをレフト方向に打ち返した。そしてそれはレフト前ヒットになった。
俊平は一塁を回って二塁を目指したが、湘内の守備は堅かった。レフトは素早くボールを拾ってセカンドに投げた。更にボールを受け取ったセカンドがファーストに投げようとしたので、慌てて逃げるように一塁に戻った。
ふぅ、あぶねえ。
冠監督はこれを見て、俊平にサイン。
『盗塁』
うっ、いきなり盗塁命令かよ。
湘内高ピッチャーは、セットポジション。俊平は少し大きめにリードを保った。
しかし、ピッチャーは、俊平に一瞥するも、そのまま投球体勢に入った。
よしっ!もらった!
俊平はダッシュで二塁に向かう。ところがここで予期せぬ事態が発生した。五番の長草がボールを打ったのだ。当たりはライナー性だったが、見事にショートのグラブに収まった。俊平はまたも逃げるように一塁に向かって走り出したが、俊足の俊平でも、ショートから返されるボールに追いつけず、ファーストでフォースアウト。やっと掴んだチャンスはダブルプレーという最悪の幕切れとなった。 俊平は苛立ちを隠せなかった。
「長草!盗塁のサインが見えなかったのか?なんで、いきなり打つんだよ!」
「いいだろ、いい球が来たんだから」
「一球ぐらい待てよ!」
「二人共、やめなさい。あなた達に責任はないわ。これは私のチョンボよ」
チョンボ?
こうして、この回、俊平のヒットのみで終了した。
だが、湘内高校監督渡辺は忸怩たる思いであった。
「いくら、第三の打撃を封じる事ができても、こちらの攻撃も封じられている。このままでは引き分けで終わってしまう」
渡辺の推測通り、六回の湘内高校の攻撃も千秋のタンブルスローの前に沈黙した。
だが、六回の裏に予想外の出来事が起きた。
ワンアウトから八番坂本がセンター前ヒットを打ったのだ。
徳子はすかさず、九番足栗千秋にバントのサイン。
千秋は戸惑った。基本的にピッチャーである千秋に打撃に期待するわけもなく、打撃練習は主にバント中心であった。それでもバントは練習で数回しかやったことがなかった。
どうしよう・・・・・・バントなんて出来ないよぉ・・・・・・
それでも不安を押し殺しながらバッターボックスに立った。
湘内のピッチャーはチラッと渡辺監督を見た。
渡辺は千秋のバッティングセンスは小学生レベルと判断、確実に抑えろという指示。
あの女がバントなんかできるわけがない。
ピッチャーは思いきり、ど真ん中に投げた。 千秋は震える両手でバットを突き出すようにバントの構え。目をつぶったまま・・・・・・
ボールはバットの先端部に当たり、地面に転がった。
バントが成功した。
「え?」
一番驚いたのは千秋本人であった。そのまま転がるボールを見送るように佇んでいた。
「足栗!走れ!」
俊平の声にはっとして、一塁に走り出そうとしたが、足が絡まって転倒した。
ボールはピッチャーマウンド方向に転がったが、ピッチャー自身もバントが成功するなど考えなかったため、出遅れを喫した。二塁に投げれば一塁ランナーを刺せるタイミングであったが、やむなく、一塁に投げた。
これでツーアウト二塁。
打順は帰って一番イメージ打法の三上。
「ようし、ここは飛び飛車打法で打つ!」
一球目。大振りでストライク。
二球目。大振りでストライクツー。
「いい加減、球見て打て!」
俊平は激を飛ばしたが。
「球など見えん!」
俊平はベンチからずり落ちた。
運命の三球目。
飛んでくるボールに対し、三上は。
むっ、何か物体が飛んでくるが、もしや・・・・・・
三上は思いきりバットを振る。鈍い金属音。 ボールは鮮やかに三遊間を抜けた。
坂本は三塁を回って、ホームに転がるように駆け抜けた。六回裏に待望の、いや、まさかの一点が第三高校に入った。
その時、渡辺監督は立ち上がった。失点に対しての激昂ではない。
「見つけたぞ!タンブルスローを攻略する糸口が。ふふ・・・・・・ふっふっふっ、この試合勝ったぞ!」
第三高校ベンチは歓喜に溢れていた。
Innig 5
『無人バント作戦』
ついに最終回、七回の表、湘内高校最後の攻撃になった。この回を抑えられれば裏を待たず、第三高校の勝利となる。
唸るタンブルスロー。
忽ち二者連続三振に斬って取った。これで二十人連続三振である。第三高校守備陣にも勝利ムードが漂っていた。
渡辺監督は秘策を編みだしたものの、この秘策が実際に適応するかどうか迷っていた。
「このままでは確実に負ける。一か八か試してみよう。もはや、やるしかない」
最後のバッターに耳打ちをした。
「か、監督?」
「大丈夫の筈だ。これが補欠野球ならば必ず成功する。私を信じろ」
「・・・・・・わ、分かりました」
バッターがバッターボックスに入った。
俊平はそれを確認すると。
「よし!ツーアウト!」
軽く頷く守備陣。
千秋はタンブルスローのモーションに入った・・・・・・その瞬間!
バッターはバットを本塁ベースを遮るように置いて、一目散に一塁に走り出した。
な、なんだ?
俊平は目を丸くした。
千秋はそのまま投球。ボールは本塁目掛けて高速で転がり、ただ、置いてあるだけのバットが弾くように当たった。
俊平はわけがわからなかったが、とりあえず、フィールド内を転がるボールを取って一塁に投げた。
「セーフ!」
線審の判断はセーフ。これには俊平は驚いた。
「審判さん、今のは反則だ、打たないで走ってる。これは明らかに反則プレーだ。あのバッターはアウトでしょ?」
「う~む、確かに普通の野球ならアウトですが・・・・・・」
「しかし、補欠野球なら別、そうですよね」
渡辺監督は得意げな顔しながらやって来た。
「いくら補欠野球でも、今のは明らかに反則ですよ!」
俊平はいくらか語気を強めた。
「くくく・・・・・・君は知らないのかね。」
『補欠野球はスポーツマンシップに則り、正々堂々と試合をしなければならない。しかし、創造性のあるプレーに関しては、野球のルールから逸脱したとしても最大限認められるものとする』
「な、なんだそれは?」
「第三高校のタンブルスローターには我々は手も足も出なかった。そこで、考えたのが『無人バント作戦』だ。これは私が考え抜いた秘策です。何ら補欠野球のルールに違反していないと思いますが、どうですかな、審判さん」
「そうですねぇ、確かに創造性溢れるいいプレーです。無人バント作戦、認めましょう」
「ありがとうございます」
マ、マジか?
「タ、タイム!」
俊平は慌ててマウンドの千秋の所に駆け寄った。
「的場君、今のは?」
「わからねぇ、わかねぇけど、もうタンブルスローはやめたほうがいい。セットポジションから普通の投球に変更だ」
「ええっ、でも私、普通に投げるなんて自信ないよ・・・・・・」
「いいから、投げるんだ。もうそれしかねぇんだ」
「う・・・・・・うん」
試合再開。
そもそも千秋はセットポジションからの投球などやったことがなかった。ぎこちない投球モーションから投じられるボールは悉く、ストライクゾーンから外れた。
気付いて見れば、満塁。最悪の状況を作り出した。
「タイム!」
俊平は泣きそうになりながら言った。
「監督!来て下さい」
冠監督は渋々、ベンチを出てマウンドに歩いてきた。
「監督、もう限界です。ピッチャーを交代して下さい。俺が投げます」
「なぜかしら?」
俊平はがくっとした。
「見てなかったんですか?相手は無人バント作戦とかいうやつで、こっちのタンブルスローを封じたんです。それに足栗に普通のピッチングさせてもストライクのひとつも取れません。このままじゃ、同点。最悪、逆転負けもあります。ピッチャーを交代させてください」
冠監督はしばらくの沈黙の後。
「俊平君、千秋ちゃんを見捨てるの?」
「えっ?何言ってるんですか、そんなこと言ってる場合ですか!」
「やっぱり、見捨てるつもりなのね。千秋ちゃんが気の毒だわ」
この空気に耐えられず、千秋が言った。
「あのっ、私、構いません。交代させてください」
「足栗には悪いけど、しょうがないです」
「男を下げたわね、俊平君。女の子ひとりも守れないなんて情けないことだわ」
「じゃ、じゃあ、どうすればいいんですか!」
「自分で考えなさい。交代は有り得ないわ。私はベンチで最後まで見守ってる。じゃあね」
「監督、待って下さい!」
冠監督は振り返って、こう言った。
「俊平君、千秋ちゃんを守ってあげて。ひとつ教えてあげる。相手のドラも使いよう・・・・・・よ」
「なんすか?ドラって?・・・・・・」
この光景を見ていた渡辺監督は上機嫌だった。
「くくく・・・・・・タンブルスローなどと卑怯な真似をするから報いが来たのだ。自業自得。第三高校は、もはや崩壊したも同然。我がチームの勝利だ」
「俊平君・・・・・・」
俊平は考えていた。この窮地を脱する方法を。
普通に足栗に投げさせたら、この試合、必ず負ける。かといって、タンブルスローなら無人バント。どっちを選択しても負けちまう。
どうする?
どっちにしろ、交代は無いわけだから、当然、この場面、タンブルスローを足栗に要求するしかない。となりゃ、三塁ランナーはホームに・・・・・・
ホームに?
『相手のドラも使いよう』
あった!ひとつだけ、無人バントを破る方法が!だが、一か八かになる。それでも!
そして、何か決意めいた表情になって千秋にこう告げた。
「足栗・・・・・・タンブルスローで投げてくれ」
「えっ?でも・・・・・・」
「いいから、いつも通りタンブルスローで投げるんだ」
「う・・・・・・うんっ」
「足栗、ごめんな。俺、必ずお前を守るから信じてくれ」
俊平の真剣な表情に千秋はなんだか勇気をもらったような気がした。
「的場君・・・・・・うんっ、信じる!」
「よし!いくぜ」
Innig 6
『電光石火』
ツーアウト満塁。普通の野球となれば、五分五分。しかし、補欠野球の場合、ことに第三高校と湘内高校のこの試合状況。圧倒的に第三高校が不利であった。
この圧倒的不利の状況の中、俊平がとった行動とは。
俊平は身につけていたキャッチャープロテクターを全て外して、出来るだけ身軽の状態にして定位置についた。
この変化に驚いたのは湘内高校の渡辺監督であった。
「キャッチャーが防具を外した・・・・・・どういうことだ?」
渡辺監督は考え倦ねた。
と、とにかく、嫌な予感がする。ここは一球、様子見だ。
監督はバッターに『一球待て』のサインを送る。
第一投。
千秋はタンブルスローの構え。
ステップを踏みながらスイングし、そしてスロー。タンブルスローだ。
「ストライクッ!」
「ぐぐっ、なんだ、普通のタンブルスローではないか。こんなことなら無人バント・・・・・・いや、この場合、無人スクイズを出しておけば良かった。しかし・・・・・・気になる。だったらなぜ、キャッチャーが防具を外す必要があるのだ?分からん。だが、ここはもう一球様子を見なければ・・・・・・それからでも遅くない。ツーストライクまでは遅くない」
第二投。
タンブルスローでツーストライク。
「ううっ、またしてもタンブルスロー!相手は、もはやタンブルスローは通用しないと分かってる筈だ・・・・・・そうか!苦し紛れの策か!何か策があるように見せかけて、実は何も策などないのだ!策などない!だったら問題ない。発動だ。無人スクイズを使う!」
渡辺監督、バッター、そして各塁にいるランナーに無人スクイズのサイン。バッターはバントの形でホームの前に置き、千秋のタンブルスローのモーション始動すぐスタート。各ランナーも呼応するかのようにスタートを切る。
この時、重要になるのが三塁ランナー。
投手のモーションが始まると同時にスタートしなければならない。つまり、ホームスチール。なぜなら、タンブルスローの球は投げる球と違い、転がす投球である。当然、ボールが無造作に置いたバットに当たっても、それ程の反発は期待出来ない。そのため、ほとんど本塁から動かないため、バットに当たったの確認してからのスタートではキャッチャーに捕られ、本塁で三塁ランナーが刺される恐れがあった。それでも、ボーリングの投球フォームを行うタンブルスローはモーションから投球までの動作が普通のピッチングフォームより明らかに遅い。よほど、足の遅いランナーでもなければ、悠々と本塁を奪う事が出来る。
運命の第三投。
千秋はタンブルスローのモーション。
それを見たバッターは無人スクイズの形にして一塁目掛けて疾走。一塁、二塁、三塁の各ランナーも飛び出す。
千秋の手からボールが放たれた。ボールは加速度を上げながら、キャッチャーに向かって転がる。
この時、もう一人飛び出した選手がいた。
的場俊平である。俊平は転がるボールを取りに行ったのである。
ピッチャーマウンドから本塁の、ほぼ中間地点でボールを捕った俊平は、本塁を狙って走り出しているランナー目掛けて突進した。
三塁ランナーは俊平の存在に気付いて、本塁にヘッドスライディングを試みようとしたが、突然、背中が重くなった。俊平の指がベルトに掛かったのだ。それでも果敢に本塁に飛び込んだ。
ギリギリでホームベースにタッチ。俊平とランナーが重なり合った形になったものの、僅かな差でランナー生還したと思われた。土埃が舞う。
「アウトッ!アウトッ!アウトッ!」
「痛てて・・・・・・ふぅ、間に合った・・・・・・」
渡辺監督は呆然とこの光景を見ていた。
「しまった!最初からこれを狙って・・・・・・身軽になってホームベース前で刺すために防具を外したのか・・・・・・迂闊だった」
冠監督は微笑んだ。
「随分、乱暴な手だけど、まあいいわ。アガりはアガり」
試合終了。一対〇で第三高校の勝利で終わった。
負けた湘内高校の渡辺監督はなぜか上機嫌だった。
「いやはや、参りました。お互い補欠野球の実戦は初めてでしたが、非常に得るものがありましたよ」
「ふふ・・・・・・こちらこそ。オーラスまで楽しませてもらったわ」
「オーラス?い、いや、次は負けませんぞ」
「私は負けるの嫌いだわ、次もアガらさせてもらうわ」
第三高校の選手達は試合後の後片付けに追われた。
「的場君っ!」
「あ、足栗・・・・・・」
「あの・・・・・・ありがと」
「いや、お前が信じてくれたおかげだよ」
「そっ、そっかな?」
「そ・・・・・そうさ」
「あのっ、的場君、補欠部辞めるの?」
「えっ?ああ、あ~なんだ、保留中かな」
「・・・・・・格好良かったよ・・・・・・」
「えっ、なんだ?」
「ううん、なんでもない」
千秋は小走りでその場を去った。
「なんなんだ?あっ、そういえばハンカチ・・・・・・まあ、いいか。補欠部にいれば、また会えるんだし・・・・・・」
夕日の赤みが空間を染める。
冠徳子は夕日を眺めながらこう言った。
「今日も平和ね・・・・・・」




