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イケメン女子は ②


 今の発言で野次馬達は一部を除いてドン引きして、除かれた一部に当たるお姉様方は何を妄想したのか、嬉しい意味合いでの「キャーッ」って声を上げる。

 ボルダリング友達の意外な暴露に対する反応に困っていると、詩織が俺と左腕を組んで密着したまま、解放した右手を頬に当てて「んー」と声を漏らして何かを考え出した。


「それで狼谷さんは、今のことを暴露した上でゆーき君と付き合いたいのー?」

「できればそうしたかったけど、無理だろうね。こんなよく分からない性癖を理解してもらえるとは思えないし、そもそも既に虎沢さんみたいな素敵な女性がいるのだからね」


 顔を逸らしてやや俯いた狼谷が、諦めた笑みを浮かべる。

 いや、詩織とはまだ付き合っているわけじゃないから、諦めることはないんだぞ。

 だけどカプカプハムハムしたいっていうのは、どうにも理解が難しい。


「ひとつ聞きたいんだけどー、それが素の狼谷さんなのー?」

「そうだよ。これが本当の僕だよ」

「なら、それを貫くといいよー。ゆーき君が好きなタイプは自分を装ったり偽ったりせず、素のままの自分を貫ける人だからねー」


 このタイミングでその話を出してくるだと⁉

 驚いて詩織を見ると、何故かドヤ顔で返された。

 いやなんで、やり切った感を出してくるんだよ。

 ああほら、狼谷が希望を見つけたような目でこっちを見てくるじゃないか。


「つまり、僕はこの衝動を隠さなくてもいいのかい? いやむしろ、隠すべきではない?」

「そうだよー。なにせゆーき君は、悪い意味での自分らしさでなければ、認めて受け入れてくれる懐の広い人だからねー。私がこうして匂いを嗅ぐのを許してくれているくらいだし、カプカプハムハムも許してくれるよー」

「おっ、おぉ……」


 やめてくれ、二人とも。

 失いかけた希望を取り戻したかのように目を輝かせて感動する狼谷も、ドヤ顔でハードルを上げながらも否定する道を塞いでいく詩織も、頼むから落ち着いてくれ。

 なんかもう俺がカプカプハムハムとやらを受け入れる流れになっているけど、せめて俺の意見を聞いてくれ。

 色々と妄想してハアハアしているお姉様方を除いて、野次馬達がマジかって表情で俺を見ているからさ。

 というか、そこまで言われて否定したら狼谷との関係が壊れそうだし好意を無下にしかねないし、詩織からはなんでと問い詰められそうだし、なによりも自分の好みについて嘘をつくことになる。

 どうにかする方法はあるのかもしれないが、俺にはそんな妙案は浮かばない。

 こんなの。こんなの……。


「兎川君、本当にこんな性癖を持った僕でも、君は受け入れてくれるのかい?」

「大丈夫だよねー。ゆーき君なら、受け入れられるよねー」

「……まあな」


 諦めて受け入れるしかないじゃないか。

 返事を聞いた狼谷はイケメンスマイルじゃなくて女の表情で喜び、詩織はのんきそうに「よかったねー」と狼谷を祝う。

 妄想世界へ旅立ったお姉様方を除く野次馬達は、俯き気味で肩を落として苦笑する俺の様子を見て心情を察してくれたのか、頑張れって感じの表情になっていた。

 当事者としては、どう頑張ればいいんだよ、って気分だけどな。


「じゃ、じゃあ早速だけど、カプカプハムハムさせてもらえるかい? 腕でいいからさ」

「んー、少し待ってー。タイム、ステイ、待てー」


 おそるおそるといった様子で尋ねる狼谷へ、何故か詩織が返事をする。

 というか犬じゃないんだから、そういう言い方は――。

 ――どうだろうかと思おうとした直前に詩織からグイッと引っ張られ、油断していたからそっちへ体が傾くと、背伸びした詩織から頬にキスされた。


「っ⁉」


 いや、なんで⁉

 思わず詩織の方を向き、野次馬達はざわっとして、狼谷はポカンとしている中、詩織だけはやり切った感あふれるドヤ顔でむふーと鼻息を吹いている。


「はい、狼谷さんどうぞー」

「どうぞ、じゃない! なんでいきなり!」

「なんでって、マーキングだよー」

「マーキングって……」


 どうしてまた急に、そんなことをされなくちゃならないんだ。

 まだ付き合ってもいないのに。


「カプカプハムハム、略してカプハムするってことは、ゆーき君の肌に口を付けるってことでしょー? ほとんどキスみたいなものだから、先にやっておきたかったのー」


 ふわゆる笑顔での説明に、嫉妬心が垣間見える。


「ふふふふっ。おっとりした見た目の割にちゃっかりした人なんだね、虎沢さんって」

「いやー、それほどでもー」


 悔しそうにしている狼谷から皮肉を言われたのに、全くそのことを理解していない様子で照れる詩織は、鈍いのかしたたかなのか。

 ……どっちでもいいか、今なお伝わってくる胸の感触を含めて、良い思いをさせてもらっているんだし。

 そのせいで男達から嫉妬の眼差しが向けられているのは、頑張って受け流そう。


「で、でも、僕の方が兎川君と過ごした月日は長いからね。同じ学校とはいえ、まだ僕の方にアドバンテージがあるよ」


 全く関係の無い方向からアドバンテージを主張するとは、だいぶ困惑しているようだ。

 言っていることもそうだけど、イケメンスマイルをやや引きつらせている様子からも、強がっているのが伺える。


「つまり兎川君を賭けた勝負は、これからだっていうことだよ。こうして想いを明かした以上は、僕も手加減せずにアピールしていくからね」


 こっちをビシッと指差して勝負宣言する狼谷。

 その決意は立派だと思うし、俺への想いがそこまで本気だということは嬉しいし、一歩も引かずに戦おうとする勇気は高く評価する。

 だけどその決意と勇気は、狼谷の判断次第では不要になるかもしれないんだよな。


「別に勝負しなくてもいいよー」

「うん? それはどういう意味だい?」

「あのね――」

「ちょっと待て、詩織。あの件は込み入った話だから、後で三人だけでしよう」

「そー? 分かったー」


 危ないところだった、野次馬達がいる場所であの件を明かさせるわけにはいかない。

 今の時代、話を聞いた誰かによってSNSとかで拡散したら、一気に大騒ぎになるかもしれない。

 決して一般的ではないあの件を、無関係の第三者に聞かせるわけにはいかない。

 野次馬達からは気になるって視線が集中しているけど、こればかりは駄目だ。


「じゃーひとまずは、カプハムすればいいよー。私は私はで、クンカクンカスーハースーハー、略してクンスハしているからさー。クンスハクンスハ」


 再び匂いを嗅ぎだし、だらとろ笑顔を浮かべた詩織が強い。

 視線でどうすると狼谷へ問うと、両手で頬を叩いて強い決意を込めた表情を見せる。


「えぇい、分かったよ。兎川君、腕を貸してほしい。できれば二の腕で」


 頬を叩いた瞬間に察したが、本当にやるのか。

 かといって、ここにきて断るという選択肢を突きつけるなんて、俺にはできない。

 野次馬達からの視線や期待は無視していいとしても、断ったら提案者の詩織がどんな行動に移るか予想できない。

 今はだらとろ笑顔を浮かべて悦に浸っていても、断った瞬間に何をすることやら。


「はあ……。ほらよ」


 溜め息を一つ吐き、半ば諦め混じりに詩織が密着していない方の腕を前へ出す。


「で、では失礼して……」


 大事に扱うように俺の腕を支え、半袖を捲って二の腕を露出させる。

 太くはないものの筋肉で引き締まった腕を目の当たりにすると、感動した様子で「はわわわ」と変な声を漏らし、緊張しているのか小刻みに震えながら口を近づけ、「はむっ」と声に出して甘噛みした。


「~~~」


 途端に目を見開いて感動に包まれたような表情を見せ、少しして凄く幸せそうに何度も軽く歯で噛んだり、唇で啄んだりする。

 痛くも痒くもないが、なんだかむず痒い変な感じだ。


「ふあぁ……。ちょうどいい太さをした腕についた、引き締まっているものの固すぎることはなく、適度な柔軟性と弾力を兼ね備えたこの筋肉。それを手による触感とは違って、口で味わう食感に近い感触で堪能する……。これこそ、僕の求めていたものだよ。やっぱり兎川君の筋肉こそ、僕が追い求めていたものだったんだ」


 恍惚の笑みで喋る狼谷に周囲の女性陣がキャーキャー騒ぐ。

 気に入ってくれたようでなによりだが、今の俺はどんな表情をしているんだろうか。

 虚ろな目で無に至った表情でもしているのかな。


「分かる、分かるよー。私もゆーき君の匂いを初めて嗅いだ時、今まで嗅いだどんな匂いよりも心がときめいて蕩けそうな気分になって、思わず嗅ぎ直しちゃったからねー。あれから時間が許す限り嗅いでいるけど全く飽きなんてこなくて、むしろもっと嗅ぎたいって気持ちばかり強くなっちゃって、これが私の出会うべき人の匂いだって実感する毎日だよー。クンスハクンスハ」


 狼谷の反応に理解を示した詩織が密着を強め、さらに激しい勢いで俺の匂いを嗅いでだらとろ笑顔を浮かべた。

 密着を強めた分、押し付けられている胸の感触と漂う甘い香りも強くなっているのは、理性を総動員して全力で耐える。


「ふふー。カプハム、カプハム」


 上機嫌にカプハムを再開した狼谷まで、詩織と同じく擬音を口にしだした、だと?

 片や密着されてクンスハと匂いを嗅がれ、片や腕をカプハムと甘噛みされる。

 しかも普段はイケメンな表情であることが多い狼谷が、褒められてご満悦な幼子のように表情を崩しているなんて、ある意味レアな光景だ。

 しかし冷静に考えると、この状況はなんだ。俺が何をしたっていうんだ?


「うぬぬ、羨ましい」

「爆発しやがれ」

「三角関係の新形態ね。これは新たな扉が開けそうよ」

「この後で一緒にお茶して、その扉の先について話さない?」


 男達からの嫉妬の視線は致し方ないとして、お姉様方は何の扉を開いて、その向こう側へ行こうとしているのやら。

 だけど今はそんなことよりも、流されるがままにこんな状況に陥った自分の状態について考えるのが優先だ。

 とはいえ、何をどうすればいいのか見当がつかないから、考えるだけ無駄かもしれない。

 事実、何も良い考えは浮かぶことなく、二人が満足するまで付き合って終わってしまった。


「どー? 思う存分、カプハムできたー?」

「ああ、僕にとってとても大きなことを成し遂げた気分だよ」


 匂いを嗅ぐのは止めても密着したままでいる詩織の問いかけに、カプハムした箇所をタオルで拭ってくれている狼谷は、今まで見たことがないほど輝かしくて満足げな笑みを浮かべている。

 拭ってくれているのはありがたいが、あのカプハムという行為に成し遂げた、という表現を使ってもいいのか甚だ疑問だ。

 まあ本人にとってそう表現するほどのことなら、構わないがな。


「少々不本意な経緯ではあったが、兎川君へカプハムできたのは虎沢さんのお陰だよ、ありがとう」

「いやー、それほどでもー」


 うん、さっきとは違い、ここはその返しで間違っていない。


「お礼と言ってはなんだけど、ボルダリングを教えてあげるよ。せっかく来たんだし、少し体験してみないかい?」

「いいのー? じゃー、お願いしますー」


 ようやく離れてくれた詩織が狼谷と初心者用の壁へ向かう。

 向こうはほとんど人がおらず、いるのも女性ばかりだから匂いによる不快感も無さそうだし、ここは狼谷に任せるか。

 俺達が落ち着いたから野次馬達も解散してくれた。

 さて、俺も気を取り直してボルダリングをしよう。

 登るつもりの壁の前に立ち、ホールドの位置を確認して到達点までどう登るかを頭の中でシミュレートし、軽く準備運動して体をほぐす。

 途中で体力や握力の問題でシミュレートした通りに登れなくとも、そこはその時にできる動きで臨機応変に対応して、場合によっては少し休みながら登ればいい。

 本気で取り組んでいるとはいえ、あくまで趣味の範囲であって、さらに言えば競技中じゃないんだからな。

 よし、準備ができたし早速――。


「ゆーき君!」

「どおぅっ⁉」


 ホールドへ手を掛けて、いざ登ろうとしていたら横から衝撃が⁉

 声からして分かっていたけど、衝撃を受けた方を見るとやっぱり詩織がいて、俺に腕を回してしっかりと抱き着いていた。

 俺と詩織の間に挟まれている柔らかな胸が潰れるほど押し付けられているが、今は悲しそうな表情を見せている詩織から事情を聞かないと。


「どうした。男から声を掛けられたか?」


 ホールドから手を放し、嫌な匂いを耐えられなくて逃げて来たのかと思って尋ねるが、首を横にブンブン振って離れた。


「違うよー。これが邪魔で上手く壁に体を寄せられないし、頑張って登ったら壁とかホールドっていうのに引っかかったり擦れたりして痛いのー」


 そう言って「労働すると敗北」とプリントされた大きめのシャツの上から、さっきまで俺との間に挟まれていた圧倒的存在感の胸を持ち上げる。

 ああ確かに、何かしらで押さえつけずにボルダリングをしたら、その大きさだと邪魔になりそうだな。

 だけど周囲の男達から視線が集まっているから、持ち上げるのはやめておけ。

 視線を横へ逸らして「分かったから静かに」とだけ返し、胸を持ち上げる両腕に手を添えて下ろさせる。

 その拍子に大きく揺れたのが目に入ったのは、不可抗力として許してほしい。


「ぐぬぬぬぬ。嫌味か……」


 狼谷、薄っぺらな自分の胸に手を当てて恨みがましい視線を送られても、俺にはどうしようもできないぞ。


「あー、安心して狼谷さんー。ゆーき君はそこの大きさで好き嫌いを判断するような人じゃないから、大丈夫だよー」


 詩織よ、それはフォローになっているのか?


「だ、だったらいいんだけどさ……」


 フォローになっていた。

 でも今のやり取りのせいで、男達からの視線に鋭さが増した気がする。

 空気が刺さるような感覚に襲われつつも、結局見学だけすることになった詩織に見守れてボルダリングを続行。

 声を出して俺を応援して女性トレーナーから注意されたり、何を思ったのか俺が汗を拭いたタオルの匂いを嗅いで「匂いの新境地だよー」と周囲を引かせたり、なんてことがありつつも昼近くまでボルダリングを続けた。

 一旦分かれて汗を流し、着替えたら詩織、狼谷と合流。

 密着する詩織と逆隣りを歩く狼谷の存在のせいか、やたら周囲から注目や嫉妬を浴びながら近場のファミレスに入る。

 少し騒がしくなるかもしれないからと案内の店員に告げ、周囲に人がいない奥の方の席に座らせてもらい、先にドリンクバーだけ頼んで飲み物を取ってきてから、ジムで中断させた話の続きをすることにした。


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