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8/14

イケメン女子は ①


 虎沢家へ出向いた翌日の日曜日の午前。

 今日は通っているジムにてボルダリングに励んでいる。


「よっ……と」


 動きやすいよう、上は半袖シャツで下は膝までのハーフパンツの恰好で、人口壁に取り付けられた様々な形状のでっばり、ホールドに手足を掛けて登っていき、時には勢いをつけて離れた場所へ移動してゴールとなるホールドへ到達。

 これでクリアだから下へ降り、対面の壁際に置いたタオルと水筒の下へ向かいつつ、握力を消耗した手を開いたり閉じたりしてほぐす。


「お疲れ様、兎川君。なかなかのクライミングだったじゃないか」


 声を掛けてきたのは、中一の時にこのジムへ入ってきて知り合いになった同い年の友人、狼谷(ろうたに)吹雪(ふぶき)

 俺より少し低い百五十半ばぐらいの背丈に、俺と同じ格好で華奢な体つきをしているイケメンで、汗を拭いながら俺へ向けた微笑みに周囲の女性達が頬を染めた。

 さすがはイケメン、少しの仕草も注目を集めている。

 これで女だっていうんだから、世の男達の大半は嫉妬するだろう。

 そう、見た目は美少年のようでも、こいつはれっきとした女だ。

 スレンダー体型で出るところは出ておらず、髪もショートカットにしているからパッと見では分からないけど、まごうことなき女だ。


「そういう狼谷こそ、さっきのクライミングは良かったじゃないか」


 自分のタオルを取って汗を拭い、水筒の中身を飲んで水分補給する。


「ふふっ、褒めてくれてありがとう」


 ただ笑っているだけなのに様になるのは、イケメンだからこそだな。

 狼谷と交流するようになって、異性よりも同性にモテる女子がどういう人なのか、分かった気がする。


「ところで兎川君、高校の方はどうだい?」

「んー、まあまあかな。ちょっと変わった友人ができたけど、悪い奴ではないよ」


 色々とあってそいつに気に入られ、匂いを嗅がれたり結婚前提の交際を申し込まれたりした点に付いては、説明が面倒だから言わないでいいよな。

 いやでも、三年も付き合いのある友人だからこそ、しっかり伝えておくべきか?


「そうかい。僕の方は相変わらずだよ」

「狼谷は私立で中高一貫の女子校で、内部進学だったな」

「まあね。周りが知り合いばかりだから気楽な反面、中学に引き続き王子扱いだよ」


 苦笑する狼谷から以前に、美少年のような見た目に加え、時代に合わせてスカートかスラックスを選べる学校でスラックスを選択していることもあり、入学してからずっと王子扱いをされているんだとか。

 俺から見れば、自分より背が低くて華奢な体つきだから、王子やイケメン女子というよりカッコイイ女子って感じがする。


「別に男装している訳じゃないのに、どうして王子扱いされるのやら」

「その見た目と喋り方だからじゃないか?」

「僕だって、それが理由じゃないかとは思っているよ。でも別に狙ってやっている訳じゃなくて、こういう髪型や喋り方が好きだからやっているだけだから、これが理由と分かっていても変えたくないんだよね」


 やれやれと首を横に振りながら、溜め息を吐く姿までイケメンだ。

 だけど、それが原因だと分かっていても自分が好きなものは変えない姿勢は、個人的に好ましく思う。

 もしも詩織からあんな距離の詰め方をされなかったら、狼谷との距離が縮まっていたかもしれない。

 尤も、狼谷がそれを受けるかは別の話だし、今となってはIFの話だけど。

 さてと、そろそろ次の壁に登るかな。


「ゆーき君、タオルと水筒は受け取るよー」

「ああ、ありが――なんでいるんだ、詩織⁉」


 床へ置こうとしたタオルと水筒を預かると言われ、流れでつい渡した相手はいつものふわゆる笑顔を浮かべる詩織だった。

 うん、気にしないぞ。膝まで丈がある赤系のスカートはともかく、上が昨日と同じく大きめのサイズのティーシャツで、「労働すると敗北」という字がデカデカとプリントされていることは気にしないぞ。


「にゅへへへへへへー。びっくりしたー?」


 受け取ったタオルと水筒を大事そうに抱え、これまたいつもの独特な笑い声を漏らし、ゆったりとして間延びした口調で尋ねられた。

 いや、そりゃあびっくりするって。

 だってボルダリングをしていることは伝えていても、このジムのことまでは教えていないんだから。


「びっくりするって。なんで詩織がここにいるんだよ」

「小陽ちゃんがゆーき君のお友達の山村君から聞き出したのを、教えてくれたんだよー。急に押しかけて、びっくりさせてあげなさいってー」


 小陽……ああ、藤井のことか。

 ということは大河の奴、詩織のために俺の情報を引き出す目的で、【詩織女子守護団】の詰問にあったのか?

 特に変な連絡は来ていないから大丈夫だとは思うが、後であいつにメッセージを送っておこう。


「というわけで、いつもの貰うねー」


 タオルと水筒を床に置いてくれた詩織が、こっちの返事を聞くこともなく密着して、スハスハと匂いを嗅ぎだした。

 今日もいつもの甘い匂いが漂い、存在感抜群の胸が変形するほど押し付けられる。

 急な密着に周囲はざわつき、女性達は主に好奇の眼差しを、男性達は主に嫉妬の眼差しを向けてくる。


「ちょっ、君、何をやっているのさ⁉ 兎川君、その子は誰なんだい⁉ まさか君の彼女なのかい⁉」


 普段からクールな狼谷が目を見開き、口調にも表れるほど動揺している。

 まあ、いきなり見ず知らずの人物が現れて、友人に密着すれば無理もないか。


「違うよ。こいつがさっき言った、ちょっと変わった新しい友人だよ」

「そ、その子が?」


 訝しいものを見る目をした狼谷は、警戒するように詩織を見る。

 だけど詩織はそんな視線どころか周囲の反応すら気づいておらず、俺の匂いを嗅いでふわゆる笑顔をだらとろ笑顔へと変える。


「にゅへへへへへへー。一晩ぶりにゆーき君の匂いを嗅げて、ようやく落ち着いたよー。しかもそれが汗の香りとのマリアージュだなんて、最高以外のなにものでもないねー。クンカクンカ、スーハースーハー」


 汗は拭っただけで洗い流した訳じゃないから、まだ匂いが残っているんだな。

 もうしかして詩織は、その匂いが目的でここへ来たんじゃないだろうか。

 あっ、匂いがどうこう言っているから狼谷以外の野次馬が、静かに距離を取ったりドン引きの眼差しを向けたりしている。


「ねえ兎川君、その子は大丈夫なのかい?」

「これが平常運転だ。言っただろう、ちょっと変わっているって」

「ちょっとどころの話じゃないじゃないか! 君の匂いを嗅いでそんな笑顔を浮かべているなんて、どう見ても匂いフェチの子としか思えないって! あと、付き合っていないのにその距離感はなんなのさ! 距離感バグっているんじゃないかい⁉」


 俺も口にしていないだけで、同じことを思ったことはある。

 距離感については、鬼頭先生から何度も言われているよ。


「そんなに気にするなよ。こうやってただ匂いを嗅いでいるだけで、実害は無いんだから」

「実害の有無を気にしているんじゃなくて、君の友人として心配しているんだよ!」

「安心しろ、少なくとも俺が通っている高校、特にクラスメイトは誰も心配していない」

「今度は君の学校生活に対して、とても不安を覚えたのだけれど⁉」


 動揺のあまり、普段のクールな狼谷がツッコミの連打だ。

 なんか新たな一面を見られているようで、少し面白い。


「おまけに入学してまだ一週間ぐらいなのに、もう名前で呼び合っているなんて。その子はコミュ力の高い陽キャなんだね」


 コミュ力が高いというよりも、俺に対して距離感がバグっているというか、おかしいというか、詰め方がエグイというか。


「んー? ねー、ゆーき君、そこのカッコイイ子はゆーき君の友達なのー?」


 まだ密着したまま匂いは嗅いでいるけれど、幾分かは落ち着いた詩織が狼谷について尋ねてきた。


「このジムで知り合った友人の狼谷吹雪だ。ちなみに同い年の女だぞ」

「あー、やっぱり女の子だったんだー。嫌な匂いがしないから、そうじゃないかとは思っていたよー」


 そうか、程度の違いはあっても俺以外の異性の匂いを総じて不快に感じる詩織の嗅覚なら、男女の見分け、というよりも嗅ぎ分けは容易なのか。


「い、嫌な匂い?」


 その辺りの事情を知らない狼谷が若干狼狽えて、手首辺りの匂いを嗅いでいる。

 大丈夫だって、別に狼谷の匂いがどうこうって言っているわけじゃないから。


「申し遅れましたー。ゆーき君のクラスメイトで、ゆーき君と深い男女の仲になりたくて熱烈アタックアンドアピール中の、虎沢詩織っていいますー」


 名前だけじゃなくて余計なことまで言うから、周囲がざわついた。


「は、はぁっ⁉ なにそれどういうこと⁉ ちょっと兎川君、そんな人がいるなんて聞いてないよ!」


 すっかり普段のクールさを失った狼谷からは詰め寄られ、やることは済んだとばかりに詩織はだらとろ笑顔で匂いを堪能し続ける。

 二人の様子と周囲からの注目もあり、なんともカオスな空気になってきたから一旦話を切り、双方の紹介とするつもりの無かった事情を説明した。

 さすがに複数の相手との共有、って部分は省かせてもらったがな。


「なるほどね。なかなか特殊な嗅覚を持っているがゆえに、ようやく見つけた運命の匂いがする兎川君と添い遂げるため、そういうことになっているのだね」


 説明中に冷静さを取り戻した狼谷は、なんとか状況と事情を理解してくれた。

 周囲はまだなんとも言えない空気だけど、友人の狼谷が分かってくれたなら十分だ。

 友人と気まずくなるのは、なんとしても避けたいからな。

 ちなみに説明中も説明後の現在も、詩織は密着して匂いを嗅ぎ続けている。

 なんでも、周囲にいる男性達の匂いが不快で俺の傍にいないと気分が悪くなるから、だそうな。

 それを聞いた野次馬の男達は、総じて崩れ落ちて俯いた。


「君もなかなか難儀で厄介な状況にあるようだね、兎川君」

「まあな」

「でもでもー。ゆーき君、一度も嫌と言ったことはないよー」


 確かに嫌だと言ったことは無い。

 だって、ただ匂いを嗅がれて過剰に反応されているだけだから。

 それに匂いを嗅がれている間、詩織から漂う甘い香りと柔らかい胸が圧迫されて変形するほど押し付けられていて、こっちとしても得した気分だ。

 こんな役得を逃しかねない行動を取る選択肢は、俺の中には無い。

 だって年頃の男だもの。


「ぐっ……やはり君も男ということか……」


 その呟きは否定しない、というかできない。

 だけど、ほぼ起伏の無い自分の胸元に手を当てて、悔しそうな表情をされても困る。

 というかそもそも、なんでそんな反応をするんだ。


「むー? そういう反応をするってことは、狼谷さんもゆーき君が気になっているのー?」

「は、ははははっ。何を根拠にそんなことを言いだすんだね」


 首を傾げる詩織の問いかけに、明らかな動揺を見せながら狼谷は否定する。


「だってー、私のこれを自分のと比べたでしょー? ゆーき君を気にしていないなら、呆れるか笑うところだよねー。でも比較して悔しそうにするってことは、それで勝負できないって思った、つまりゆーき君を渡しに取られたくないってことでしょー?」

「うぐっ!」


 否定に対してしっかりと根拠が提示された。

 意外と詩織って鋭いな。

 ふわっとした緩い雰囲気だから、そういう機微には疎いと思っていたよ。

 それに対する狼谷の反応は、急所を突かれたかのような声を出してからの沈黙。

 しかもやや俯いて、俺達へ視線を合わせては外すのを繰り返している。

 えっ、そんな反応をするってことは図星なのか?

 いやいや、落ち着け、調子に乗るな。まだ本人の口からは何も――。


「参った、その通りだよ……」


 観念した様子で俯く狼谷から、肯定の返事が出ちゃったよ。

 えぇー、マジで? そんな素振り全く見られなかったぞ。

 周りにいる野次馬も気づいていなかったようで、「マジか」とか「気づかなかった」とか言っているのが聞こえる。

 ただ、「修羅場?」とか「三角関係?」とか言って楽しそうにしているお姉様方は、俺達に何を期待しているのだろうか。


「まさか初対面の人に暴かれるとは、思わなかった」

「ふっふーん。恋する乙女は無敵なのだよー」


 それは何か違くないか?


「えっと、狼谷。本気なのか?」

「この際だからハッキリ言った方がいいだろうね。本気も本気、超本気中の超本気で君のことを恋愛的な意味で好ましく想っているよ、兎川君」


 顔を上げた狼谷が頬を染めた真剣な表情で、真正面から想いを伝えてきた。

 女だと分かっていても、顔の作りがイケメンだから一瞬同性から告白されたように感じたのは仕方ない。

 だけどそこのお姉様方、ねっとりとした粘着性のある熱い視線を向けて、「色々と滾る」とか「ありがとうございます」とか「攻めと受けはどう思う」とか、何を想像して妄想しようとしているんですか。


「ちなみに理由はなんなのー?」


 密着したままの詩織が尋ねた、好きになった理由は俺も気になる。

 お姉様方の件はひとまず放置して、いつどこで、どのタイミングで俺にそんな気持ちを抱いたのか、返事を聞くことにしよう。

 すると狼谷は少し照れて戸惑う様子を見せた後、頬を染めたイケメンスマイルをこっちへ向けて口を開いた。


「いわゆる一目惚れってやつだよ。中学一年の時、友人達とボルダリングをしてみようという話になってこの施設を訪れた際、たまたまいた兎川君を一目見た瞬間から、僕は心奪われてしまったんだよ」


 舞台役者のように、やや大げさな動きをしながら告げられたのは、まさかの一目惚れ。

 正直、細マッチョな点を除けば、特に顔が良いという訳でもないのに。

 しかも当時は今ほど筋肉もついていなかったし、どこに一目ぼれしたというのか。


「むー。一嗅ぎ惚れの私とかぶってるー」


 詩織が頬を膨らませ、不機嫌そうな表情を浮かべた。

 全然かぶっていないぞ、見るのと嗅ぐのでは大違いだ。


「だって仕方がないじゃないか! 兎川君の筋肉の付き具合が見事なまでに僕好みで、その体をカプカプハムハムしたい衝動に襲われたんだから!」


 ……なんだって? 今、なんて言った?


「んー? どーいうことー?」

「可愛い子供とか動物を、食べちゃいたいほど可愛いって言うじゃないか。あれと似たような感覚で、僕にとって凄く好みな筋肉の付き具合をしている兎川君をカプカプハムハムしたいだけなんだ。しかも年月と共に筋肉がたくましくなって、さらに僕好みになっていくからカプカプハムハムしたい衝動を抑えるのが大変だったよ。ああ、勘違いしないでほしいが、間違っても本当に食べたいだなんて、微塵も思っていないからね。感覚としては、甘嚙みくらいのものだよ」


 その言い分、安心できるような、できないような……。

 これを性癖やフェチに例えるとしたら、何に該当するのか俺には分からない。


「なるほどねー。よーするに、ゆーき君の体つきが狼谷さんの好みだから、口に含んでカプカプハムハムと甘噛みして味わいたいってことだねー」

「その通り! 分かってくれて嬉しいよ」


 こっちはとても複雑な心境だよ。

 一目惚れと言うからには外見で判断したのは分かるし、それが筋肉というか体つきというか、そういう点なのも理解は示せる。

 世の中にはたくましい体つきをした人が好きって人や、逆にそれが苦手って人もいるし、体型がどうこうって言う人もいるからな。

 でも甘噛みしたいほど好みの筋肉を持っているから、というのは理解が難しい。

 しかも詩織が言った、味わうっていう点は否定しないのか。


「勿論、それだけじゃないさ。君に声を掛けたのはそういった下心からとはいえ、今日まで続けてきた交流から、人物的にも好ましい人だと思っているよ」


 爽やかなイケメンスマイルでそんなことを言うから、お姉様方が盛り上がっている。

 ああでも良かった、ちゃんと内面的なところも見てくれていたか。


「でも兎川君のことを好きな理由の一番が、皮膚を通じて筋肉へ甘噛みしたいほど、美味しそうだからなのは変わりないよ」


 今、美味しそうって言った!

 間違いなく、美味しそうって言った!


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