放課後デート ①
俺の共有を前提に、吹雪からも迫られることになって数日。
今日も今日とて学校生活を送り、詩織から匂いを嗅がれるのが日常的になってきた。
俺と詩織のやり取りはクラスどころか、校内においても半ば日常化してきたようで、最初の頃に向けられていた嫉妬や好奇の視線は早くも落ち着き、現在は「ああ、またやっているのか」という感じの表情を向けられている。
ただ、月曜日に登校して早々、にっこりと笑った藤井からあることを告げられた時は、心底肝を冷やした。
「詩織が決めたことだから何も言わないけど、あのイケメン女子にかまけて詩織を寂しがらせたり悲しませたりしたら、私達が承知しないからね」
話の脈絡からして、私達というのは間違いなく【詩織守護女子団】のこと。
だけど肝心なのはそっちではなく、イケメン女子――つまりは吹雪の存在と、詩織が決めたことが指すのであろう俺の共有のこと。
この二点については伝えていないはずなのに、既に把握して詩織を蔑ろにしないよう釘を刺しにきたことに肝を冷やしたんだ。
てっきり詩織がそのことを藤井に報告したのかと思い、詩織に聞いたのかと尋ねたが、返事は「いいえ」。
つまり詩織から聞いたわけでもないのに、なにかしらの手段で日曜日の出来事を把握していたということだ。
共有の件は、詩織の妹で団員と思われる寿梨亜ちゃんから聞いたとしても、吹雪の件はどうやって把握したのか。
この時は少しばかり恐怖を覚えたし、どれだけの規模か分からない相手を敵に回したくないから気をつけようと、心の奥底から思った。
だけど校内で俺達を取り巻く状況が落ち着いたのは、変な噂が流れないよう動いてくれていた【詩織守護女子団】のお陰だし、吹雪も加えた三人での関係が形成されようとしていることを黙ってくれているから、感謝もしている。
ちなみにそういったこととは関係無く、詩織とは良好な関係を築いていると思う。
放課後に吹雪と過ごす日もあったが、関係の変化で態度がぎこちなくなることもなく、前と同じとはいかなくともどうにかやっていけている。
クンスハやカプハムに関しては、もう諦めて身を任せることにした。
そうしたこともあり、この数日で【詩織守護女子団】から何か言われることもされることも無く、藤井とも友好的に過ごせている。
だけどその影響もあってか、俺と詩織が付き合っていることになっていた。
「――というわけで、悠希と虎沢は既に付き合っていると、校内で認識されているわけだ」
授業の合間の休み時間中、ニヤニヤ笑う大河からそのことを聞かされてため息を吐く。
なお、詩織は藤井や他の女子達と飲み物を買いに行っており、この場にはいない。
「まだ付き合っていないのに……」
「なんで付き合っていないんだ。さっさと付き合え」
思わず呟いた一言に、呆れた表情の智彦がツッコミを入れる。
「さっさと付き合えって、他人事だからって簡単に言うなよ」
「何を言う。お前に告白を受ける度胸が無いだけだろう」
「むぅ……」
智彦に図星を突かれて言葉に詰まる。
「俺もそう思うぞ。なんやかんや理由を作ってかわしているけど、結局は悠希に虎沢さんの想いを受け止める度胸が足りないのが問題だよな」
「うぐぅっ!」
大河からも同じ指摘を受け、もう何も言い返せない。
そうだよ、こちとら異性と付き合った経験がゼロだから、何かしら理由を作って先延ばしにしているんだよ、悪いか!
……悪いか。素直に気持ちを打ち明けた詩織と吹雪に比べれば、何倍も悪いか。
「別に虎沢に文句は無いんだろう?」
「……無いな」
出会った当初は匂いを嗅がれることに戸惑い、いずれ俺を狙う恋敵が現れても敵対せず、俺を共有するようにしたいという発想に驚かされたが、今のところ俺の心境が複雑なこと以外に問題らしい問題は起きていない。
周囲を気にせず俺の匂い嗅ぐ姿は自分を貫いているようで好感が持てるし、普段のふわゆる笑顔も、匂いを嗅いだ時のだらとろ笑顔も魅力的だ。
あとは密着時の甘い香りとか柔らかい感触についても、一人の男として大変喜ばしく受け止めている。
まあ要するに文句が無いどころか、俺がヘタレでなければとっくに付き合っているくらい、好意的な印象を持っているってことだ。
繰り返すが、共有の点における俺の複雑な心境を除けば、だがな。
「だったら腹括れ。羨ましくも向こうから声を掛けてもらったんだ、さっさと付き合いやがれ、このリア充め!」
途中から俺に対する妬みが顔を出しているぞ、大河。
「あの難攻不落どころか接近すら困難な虎沢さんに、自分から近づいてきて貰った上に向こうから結婚前提告白までされたんだ、とっとと付き合って卒業後に即結婚しやがれこんちくしょう!」
悔しそうな智彦からも、俺に対する妬みが飛び出た。
こいつらに吹雪の存在や、俺を共有することになった件を伝えたら、どうなることか。
【詩織守護女子団】には既に把握されているが、積極的に周囲へ広めようとはしていないから、こっちから話さない限りは大丈夫だろう。
「ただいまー、ゆーき君」
戻ってきた詩織が密着してきて、「数分ぶりのゆーき君の匂いだー」とか言いながらクンスハからのだらとろ笑顔を浮かべる。
「おかえり」
「早速だけど、これ飲ませてー。口移しでー」
「できるか!」
買ってきた紙パックのバナナミルクを出してのおねだりを即座に一蹴。
俺が紙パックを持って飲ませてやるならともかく、人前なのに口移しで飲ませるとかどんなバカップルだよ。
それだったら先日のファミレスでやった、互いの注文した料理を食べさせあう方がずっとマシだ。
「えー、いーじゃーん。ご飯をあーんで食べさせあった仲なんだしさー」
「それとはレベルが格段に違うからな⁉」
どうやったら食べさせ合うのと、口移しを同列に扱えるんだ。
「マジか悠希、この野郎。いつの間にそんなことを」
「女子とあーんで食べさせあうくせに付き合っていないとか、鬼頭先生の言う通り距離感バグっているだろ」
食べさせあったことを詩織が暴露したものだから、大河と智彦だけでなく教室にいるクラスメイトがざわつく。
だけど、「あの二人なら、それぐらいしていてもおかしくないよな」的なことを誰かが言うと、それもそうだなと誰もが賛同してざわつきは治まった。
こうも早く鎮静化したのは、普段の俺と詩織の交流が理由だろう。
校内でカップルと認識されつつあるから、食事を食べさせあっても不思議じゃないってことか。
……だとしても、鎮静するのが早すぎる気はするが気にしないでおこう。
「むー。ゆーき君は堅いねー。もっとふにゃふにゃに柔らかーくいこうよー」
頬を膨らませる詩織の場合、俺に対して思考が柔らかすぎじゃないのか?
押し付けられている、とある個所は特別柔らかいと一瞬思ったけど、失礼だから目は向けないし口にもしない。
「俺達、学生。節度は守れ」
「はーい」
渋々ながらも了承してくれた詩織は、密着したまま紙パックへストローを刺してバナナミルクを飲みだす。
「そーだ、ゆーき君。放課後の予定、忘れてないよねー」
「ちゃんと覚えているって」
先日の休みに起きた件以降、放課後は詩織か吹雪、又は両方と過ごすことになった。
いわゆる放課後デート、というやつだ。
今日は二人と一緒に過ごすことになっていて、三人で駅前のショッピングモールへ行くことになっている。
ああ、トレーニングは帰ってから家でやったり、ジムで待ち合わせした吹雪と一緒にトレーニングするという色気の無いデートをしたり、という形で続けているぞ。
もはや日課となっているし、もっともっとボルダリングが上手になりたいからな。
ついでに言うと吹雪から、カプハムのためにできるだけ筋肉を落とさないでほしい、という要望が入っているのもある。
「よろしー。よきにはからえー」
その言葉の使い方は明らかに間違っているぞ。
こうしたやり取りをしながら今日も学校生活を送り、無事に放課後を迎えた。
柔道部へ向かう智彦を見送り、詩織に腕を組まれ、大河と藤井も伴って廊下を歩く。
放課後と会って廊下には多くの生徒がいるものの、俺と詩織が腕を組む姿は既に日常の一幕として捉えられており、当初は向けられていた奇異や嫉妬の視線は皆無。
順応力が高くて寛大で、絡むことなく放置してくれるのはありがたいが、お陰で詩織のアピールが遠慮なく続いているのが悩ましい。
まあ、嫌じゃないんだけどさ。
そう思いつつ外へ出て、駐輪場へ寄って自分の自転車を押しながら歩いていると、校門前で若干の人だかりができているのが見える。
人数はおおよそ十人ぐらいで、全員女子のようだ。
「なんだ? 何かあるのか?」
「漫画とかなら、他校のイケメンが彼女を迎えに来ていて、それを女子が取り囲んでいる場面だろうな」
俺も漫画を読んでいるから、大河の言ったような場面を想像できなくはない。
だけどそんなこと、現実に起こりうるだろうか。
でも、あの人だかりに対して他の解答が浮かばないのも確かだ。
校門前で商売なんてやっていたら、絶対に先生方が何かしら動いているだろうし。
「あー、あれってひょっとしてー」
「詩織には心当たりがあるの?」
「まあねー」
ふわゆる笑顔で藤井と会話をする詩織は何か知っているようだが……まさか?
いや、ありうる。今日の待ち合わせ場所は詩織が任せてと言うから任せたし、何故か俺にはその場所を秘密と言って教えてくれないし、SNSのグループ内にも打ち合わせをした形跡が無かった。
だから電話かグループ以外でのメッセージでやり取りをして、俺を驚かそうと考えていればありうる。
なんとなく詩織の考え方が分かるようになってきたと思いつつ歩を進め、人だかりの原因を目の当たりにして疑惑は確信になった。
「あー、やっぱりー。おーい、吹雪ちゃーん」
「やあ悠希君、詩織ちゃん。見ての通りの状況だから、早く行こうじゃないか」
今の会話が示す通り、女子達に囲まれていたのは吹雪だ。
通っているのは女子校だが、今の時代に合わせてスカートかスラックスを選べる校風もあり、吹雪はスラックスの制服姿をしている。
それにイケメンな外見が加われば、美少年にしか見えない。
今までジムでしか会っておらず、そこでの服装はスポーツウェアだし、ジムへ行き来する時の服装は普段着だから学生服姿は見たことが無い。
普段着もスラックススタイルだけど、学生服姿はなんか特別感がある。
こうして見ていると、学校で王子扱いをされているのが分かるし、女子の人だかりができるのも納得だ。
「ふっふっふー。ゆーき君を驚かせようと思って、集合場所をここにしたんだー。どう? 驚いたー?」
「……少しな」
実を言うと、人だかりと詩織の反応からなんとなく察していたから、ここに吹雪がいること自体は驚かなかった。
少しとはいえ驚いたのは、制服姿の吹雪が想像していた以上に美少年な見た目だからだ。
予め女だと認識していなければ、間違いなく男だと勘違いしていたな。
「えっ、こいつ悠希の知り合いなのか?」
人だかりの中を抜けた吹雪を大河が人差し指で指して尋ねる。
「何度が話しただろう。ボルダリングをやっているジムで知り合った、同い年の友人で狼谷吹雪だ」
「ああ、そういえば言っていたな。でもそいつって女じゃなかったか? うん? よく見ると……女子か?」
やや前のめり気味になった大河がジッと吹雪を見て、性別に気づいた。
パッと見は美少年だから、初見で勘違いするのは仕方ないか。
「失礼だから、ジロジロ見ないの」
「おっと、悪い」
目つきを鋭くした藤井から注意され、前のめりになった姿勢を戻しながら大河が謝る。
今のやり取りで見せた藤井の鋭い目つき、結構迫力あったな。
もしも詩織を泣かせたら、俺にもアレが向けられるのか。気をつけよう。
「気にしなくていいよ。僕にとってはよくあることだし、彼女達にも最初は勘違いされていたからね」
そう吹雪が告げると、吹雪を囲んでいた女子達が少し気まずそうな表情になる。
だけどそんな彼女達の方を向いた吹雪が、「君達も気にしないでね」と言ってイケメンスマイルでウィンクすると、全員が頬を染めて女の顔になった。
吹雪よ、そういう対応をするから学校で王子扱いされているんじゃないのか?
「これがイケメン女子ってやつか。ああすれば俺も彼女ができるのか?」
知るかそんなこと。
というより、参考にするのがイケメン女子でいいのか?
「ふむ……。団員からの報告では聞いていたけど、実際に見るとなかなか手ごわそうね。兎川君と何年も前から顔馴染みで友好関係を築いている点を考慮すれば、詩織が共有の道を選んだのは正解だったのかしら」
真剣な表情をした藤井の小声が耳に届いた。
やっぱり既に吹雪の情報を入手していたのか。
一体【詩織守護女子団】の情報網は、どうなっているんだろうか。
「ところで狼谷さん、だっけ? 今日は悠希に会いに来たのか?」
「まあね。今日は詩織さんと悠希君と、三人でデートさ」
あっさりとデートと言い切った吹雪は、イケメンスマイルを浮かべて詩織が組んでいるのとは逆の腕を組んできた。
当然そうなれば周囲はざわつきだし、「どういうこと」とか「両手に花」とか「ハーレム野郎」といった声が聞こえる。
中には「イケメン少年じゃなくてイケメン女子なのが惜しい」、「そこは脳内変換で補うのよ」、なんて言っている女子達もいるが、気にしないことにしよう。
「はぁっ⁉ 三人でデートって、どういうことだよ、悠希!」
「お前、藤井に俺が通っているジムの場所を教えただろう。それを聞いた詩織がこの前ジムに来て吹雪と知り合って、なんやかんやあってこんなことになったんだ」
内容が無いようだから詳しい説明はせず、なんやかんやと言って誤魔化す。
「仕方ないだろ。教えないとただじゃ済まないような圧を藤井から掛けられて、喋らざるをえなかったんだよ」
泣きそうな顔で肩を落とす大河の姿に、チラリと藤井の方を見るとすごく良い笑顔を浮かべたが、余計なことは聞くなよと言いたげな圧が放たれている。
詩織も大概掴みどころが無いが、藤井も違う意味で掴みどころが無い。
大人しそうな顔して暗躍大好き少女藤井よ、お前は普段何をしているんだ?




