イケメン女子は ③
俺と詩織が並んで座り、対面の席に座った狼谷と向き合う。
「それで虎沢さん、兎川君が言っていた込み入った話っていうのはなんだい?」
「えーとねー、狼谷さんが良ければ、私とゆーき君を共有しよー」
「……はい?」
ふわゆる笑顔の詩織から告げられた内容に、狼谷はキョトンとした表情で首を傾げた。
だよな、それが普通の反応だよな。
俺の共有を平然と提案できる詩織と、それをあっさり許容した妃奈さんが変わっているんだよな。
そしてやっぱり、こういう話を人前でしなくて良かった。
もしもさっき止めた場でしていたら、どうなっていたことやら。
ここでも、周囲に人がいない席を頼んで良かったよ。
「きょ、共有とは、どういうことだい?」
動揺を隠せない狼谷が、戸惑い交じりに詩織へ尋ねた。
「そのままの意味だよー。ゆーき君を、私達で共有するのー」
「えぇ……」
とても簡潔ではあるが要点は抑えた説明を聞いても、狼谷の戸惑いは消えない。
むしろ、いっそう強くなったように見える。
「だってさー、ゆーき君を巡って戦うよりも、その方が平和的で楽しいと思うよー。変に争ったら、ゆーき君に迷惑掛けちゃうかもしれないし、お互いに嫌われちゃうかもしれないしねー」
俺への迷惑や、互いに嫌われるかもしれないって話は昨日出なかったが、争い方によってはそう思ってしまうかも。
それなら仲良く共有した方がマシなのか?
いやいや、だけどそれは一般的じゃない。
でも今は多様性の時代だし、一般的なんて考えに囚われてなくてもいいのか?
駄目だ、自分でもなんだかよく分からなくなってきた。
「きょ、共有だなんて。そんなの創作の中だけの話だと思っているから、現実感が無いよ」
「想像を現実にする時が来たんだよー」
戸惑う狼谷へ、ちょっと良い事を言っているような感じで詩織が言うけど、事が俺の共有だから反応に困る。
「ででで、でも、虎沢さんはそれでいいの?」
「いいよー」
「そんな、あっさりと⁉」
「ゆーき君を他の人に取られちゃったり、ゆーき君から嫌われたりするぐらいなら、共有してでもゆーき君と一緒にいたいからねー」
独占という欲求を捨ててまで俺と一緒にいたいという想いは嬉しいし、理解できないことはない。
だけど、取った手段がこれだから当事者として少々頭が痛い。
「……この件について、兎川君はどう思っているの?」
「なんかもう、なるようになれって気分だ」
「悟りを開いたような表情のわりに、投げやりかつ諦めているんだね!」
だって、その場に当事者の俺がいるのに、意見なんて全く聞かれず話がどんどん進んでいったんだぞ。
悟りを開いたような表情については。無自覚でそうなったからなんとも言えない。
だけどあんな経験をすれば、共有の件については投げやりになるし、これはもう駄目だと諦めるしかないじゃないか。
「そういうわけだから、あとは狼谷さんの気持ち次第だよー。僅かでも嫌われる恐れのあるゆーき君を賭けた女の戦いをするか、共有にはなるけど確実にゆーき君が手に入る道へ進むか、どっちにするのー?」
「ううう……」
究極の選択を強いられたように狼谷が考え込む。
慎重な狼谷の性格からして、この場では答えが出ないから考える時間が欲しいとか言いそうだな。
どっちへ転んでもいいよう心の準備がしたいから、俺としてはそうなってもらいたい。
「分かった、共有しよう」
答えを出した⁉ しかもそっちかよ!
決断した狼谷はそれでいいけど、俺は心構えができていないから驚きだよ!
「そう決めたのなら、後からやっぱり独占したいって言っても駄目だよー」
「勿論さ。僕に二言は無いよ」
「なら、よろしくねー。あと、そういう仲になるのならお互い名前で呼ぼうかー」
「構わないよ。確か詩織ちゃんだったね、よろしく」
「吹雪ちゃんこそ、よろしくー」
「いやいやいや、ちょっと待ってくれ」
俺を置いて話が進んでいくから、一旦ストップを掛ける。
「どうしたのー?」
「どうしたもこうしたも、狼谷はそれでいいのか?」
「いいから共有を受け入れたんじゃないか」
そうなんだけどさ、改めて言われると頭痛がしてくるよ。
現代日本において想像の世界にしか存在しないような提案をする詩織と、それを容認した妃奈さんにも頭を抱えたのに、まさか狼谷までそれを受け入れるだなんて……。
「正直なところ、独占したいって気持ちが無いわけでもないよ。でもそれ以上に、もしも兎川君を諦めることになったら、ということに対する恐怖心の方が勝ったんだよ。それはもう、比べるのもおこがましいほど圧倒的にね」
やや陰の入った表情になって俯き気味になる狼谷。
俺は彼女のそんな姿を初めて見た。
深い付き合いではなくとも、それなりに長い期間は交流してきた。
そんな中で俺が狼谷に抱いていた印象は、異性よりも同性を魅了する笑みが特徴のクールなイケメン女子。
少しであろうと陰が入った表情を見たことが無いから、少し驚きだ。
「意外かい、兎川君。だけど僕だって、一人の人間なんだ。好意を抱いている相手が別の女性に奪われるのは嫌だし、もしも君に選ばれなかったと考えるだけで怖くて悲しくなるんだよ」
それは俺への好意があるからこその気持ちなんだろう。
好意の切っ掛けは少々アレだけど、友人としてしか見ていなかった俺には無かったその気持ち、想いを知った今なら完全には無理でもなんとなく分かる。
狼谷はそれと独占欲を天秤にかけて、独占ではなく詩織と共有してでも俺と一緒にいる道を選んだんだな。
「分かるよー。私もそれは嫌だからねー」
腕を組んで頷く詩織は、表情に陰が入っていないから悩んでいるのか分かりづらい。
「というわけだから、一般的ではないかもしれないけど、虎沢さんと君を共有する道を選ばせてもらうよ」
普段のイケメンスマイルを浮かべる狼谷を見て、これ以上の言及をする気が失せた。
元より諦めの境地にいたんだ、こうなってしまったからには黙って受け入れよう。
「断っておくが、俺の中での狼谷はボルダリング仲間の友人ってところだからな」
「百も承知さ。そこから虎沢さんと共に恋人になれるよう、二人で頑張るのさ」
これが狼谷の恋愛相談なら頑張れと応援し、狼谷からだけ告白されたなら、これまでの付き合いから期待しているぞと挑戦的に言っただろう。
だけど現実は詩織と二人で恋人になって、俺を共有するつもりでいるから、なんと言えばいいのか分からない。
知っている人がいたら、今すぐ教えてくれ。
「……喧嘩はするなよ」
ようやく絞り出したのは、これくらい。
苦笑しながらそう告げると、詩織のふわゆる笑顔と狼谷のイケメンスマイルが目の前で共演した。
「しないよー。そのために共有するんだからー」
「ちゃんとお互いを尊重し合えば、大丈夫さ」
だったらいいんだけど。
それから二人は連絡先を交換して、俺と詩織が名前で呼び合っているから、狼谷――じゃなくて吹雪とも名前で呼び合うことになった。
さらにSNSのグループを作ったのは良いんだけど、なんでグループ名を「ゆーき君愛好会」にしたんだ。
しかも俺に意見を聞かず、詩織と吹雪の二人だけで決められてしまった。
自分の愛好会に所属するなんて変な感じだが、指摘しても詩織も吹雪も気にしないよう言うだけで、変更してくれそうにない。
「ゆーき君への愛を、隠すつもりは無いからねー」
「ここまで来たら僕も腹を括ってオープンにいくから、よろしく」
恥ずかしいことをふわゆる笑顔で躊躇も照れも無く言い切る詩織と、腹を括ったと言うだけあって堂々とした様子でイケメンスマイルを浮かべる吹雪。
通りかかった若い女性店員が、そのイケメンスマイルを見て頬を染めた。
ついでにそんな宣言をされた俺は恥ずかしい。
詩織が俺への想いを隠すつもりが無いのは、一週間で思い知った。
不安なのは、オープンになった吹雪が何をしてくるのか分からないということ。
これまでのボルダリング仲間の友人付き合いから、どう変化させてくるか。
「お手柔らかに頼む」
「無理だねー。ゆーき君に好きになってもらうため、一切の手は抜かないよー」
「僕も同意見だね。今の僕達はあくまで悠希君を共有するのに同意しただけで、正式に交際をしているわけじゃないからね」
無理って言われた。大事なことがだからもう一度、無理って言われた。
恋愛成就のために全力を注ぐことは否定しないし、対象が俺であることはむしろ嬉しいところだが、共同した二人からという点に関してはどうしたものか。
「ひとまず何か頼んで、あーんで食べさせあうところから始めようかー」
注文をするためのタブレットを取った詩織が、いきなり高レベルなことを言いだした。
俺が詩織と吹雪に食べさせ、詩織と吹雪が交代で俺に食べさせるというのか?
今はまだ周囲の席に人が少なくとも、昼時になって客が増えてきたら、どういう視線に晒されると思っているんだ。
「さすがにそれは恥ずかしくないか?」
「大丈夫だよー。食べさせあっていれば、周りの人の目なんて気にならないってー」
気になるって。圧倒的に気になるって。
なにその、食べさせ合っていることに夢中になれば大丈夫って理論。
こうなったら頼む、吹雪。お前も協力して、食べさせあうのを回避してくれ。
「そういうことの定番は甘い物だけどさ、僕は運動後だから肉を頼もうと思うんだよ。だから少々色気は無いけど、このチキングリルセットを食べさせてもらえないかな?」
まさかの乗り気だった!
だけど俺も肉を食べたい気分だから、チキン南蛮セットが食べたい。
「別にいいと思うよー。私もエッグハンバーグセットをライス大盛りにして頼むつもりだからねー」
「君って意外とガッツリいくんだね」
そうそう、詩織はこの見た目で結構ガッツリ食うんだよ。
入学した日に寄ったファミレスで話をした後も、普通にトンカツ定食頼んでいたし、学食でも毎回大盛り頼んでいるし。
「ふっふーん。私、食べた分は二割がお腹で、八割はこっちへ行っているからねー」
そう言って「労働すると敗北」とプリントされた、やや大きめのティーシャツの上から存在感抜群の胸を持ち上げる。
あっ、向こうにいる女性店員が自分の胸と比べて肩を落としている。
「ぐぬぬぬぬぬ。なんて羨ましい」
ひょっとして吹雪って、そこの大きさを気にしていたのか?
口のするのは失礼だから憚れるけど、初めて会った時から全く成長せず平地だから、無理もないかな。
「私としては、吹雪ちゃんの引き締まったお腹が羨ましいよー。私なんかお腹にお肉がついて、プニプニなんだよー」
今度はシャツの上から腹の肉を摘まんだ。
目立って脂肪があるわけじゃなく、適度に摘まめるくらいなら健康的でいいんじゃないかと思う。
「僕は脂肪が付きにくい体質なんだよ。まあお陰で出てほしい箇所すら、出てくれないんだけどね……」
自虐気味なことを口にした吹雪が遠い目をした。
本人は悩ましく思っているが、人によってはそれって羨ましい体質だぞ。
ジムに通っている女性達の会話の中には、脂肪が付きやすいから運動している、なんてこと言っている人がいるし。
「じゃー、私は脂肪が付きやすいのかなー? でもそこまで太っていないし、燃費が良いのかもねー」
詩織はふわゆる笑顔でそう返したけど、通りかかった女性店員は腹部に手をやって落ち込んだ。
色々と思う気持ちはあるでしょうが、強く生きてください。
「かもしれないね。さて、そろそろ注文しようか」
「だねー。ゆーき君、私達にあーんよろしくね」
「……了解」
覚悟を決めて料理を注文。
届くまで雑談をしているうちに来店客で席は埋まっていき、配膳ロボットによって料理が届いた頃には、周囲にはお客がたくさんいた。
料理を取り出しながら、この状況に怖気づいて食べさせあうのを止めてくれまいかと願うが、現実は厳しかった。
自分で取ったチキン南蛮セットは、詩織と吹雪の中間に当たる位置へ持って行かれ、代わりに詩織のエッグハンバーグセットのライス大盛りと、吹雪のチキングリルセットが俺の前に置かれた。
ああこれはあれですか、相手に食べさせやすくするためですか。
そうですね、そうでしょうね、そこで料理の位置をいそいそと変えているお二人さん。
「あいつ、二つも食べるのか?」
「食べ盛りみたいだものね、一品じゃ足りないんでしょう」
「あっちの子達は一つをシェアするのね。可愛い」
「ぐぎぎ、男女でシェアなんて……う、うん? あの一人で座っている奴って、男か?」
周囲の皆さん、誤解です。
あなた方は今から信じがたい光景を目の当たりにして驚愕し、俺はある種の天国であり地獄の時間を過ごすことになります。
「じゃー、ゆーき君。まずは私達に食べさせてー」
「詩織さんから僕への順で一口ずつ頼むよ。悠希君へ食べさせるのは、僕と詩織さんが交互にやるからさ」
はい、承知しました。
では参ろうか、天国であり地獄の時間へと。
詩織が注文した目玉焼きが載ったハンバーグを切り分け、隣で寄り添い口を開ける詩織へ食べさせると満面の笑みで咀嚼する。
続いて吹雪が俺の注文しチキン南蛮を箸で一切れ取って差し出すのを食べ、咀嚼している間に吹雪が注文したチキングリルを切り分け、一切れを食べさせる。
でもって次は詩織が箸で差し出したチキン南蛮を食べる。
これを衆人環視の中で繰り返す。
食べさせられている詩織と吹雪はとても幸せそうだけど、俺は平静を装うのが精一杯。
俺を想ってくれている二人から食べさせられていることと、二人が笑みを浮かべている様子を間近で眺めるのは天国だが、周囲の視線が突き刺さっているのは地獄だ。
「なん……だと……」
「そうくるのね! だから彼の下に二品あるのね!」
「リア充はあの野郎だったか……」
「ちゃん付けってことは、あっちの子も女の子なのね。男装女子にしてもイケメン女子にしても、色々と滾ってくるわ」
やっぱり視線が集まるよな。
周囲の様子を確認する余裕が無く、どんな類の視線なのかは分からないが、好奇、嫉妬、興味、疑問、戸惑い、といった視線が集まっているんだろう。
そんな視線に晒されながら、詩織と吹雪に飯を食わされ、詩織と吹雪へ飯を食わせてやるこの状況は、まさしく天国であり地獄。天と地の板挟み。
何度も同じようなことを考えているようだけど、それだけ気持ちの余裕が無いんだ。
「こらー、ゆーき君。次は私だよー。早く食べさせてくれないと、吹雪ちゃんみたいにゆーき君をカプハムと食べちゃうよー。がうー」
ふわゆる笑顔で両手を小さく上げ、爪を立てるような形にしての獣ポーズで虎みたいな鳴き声を上げる詩織が可愛すぎる。
「なにそれ可愛い。負けていられないから、対抗して僕もやってやるよ。虎沢の詩織さんががうー、だから狼谷の僕はこうかな。ぐるー」
詩織と同じく両手を小さく上げ、爪を立てるような形にしての獣ポーズを取ったイケメンスマイルの吹雪が、詩織に対抗して狼みたいな鳴き声を上げた。
何故だ、イケメンスマイルなのにカッコイイというよりも、可愛いが勝っている。
これはポーズによるものか、鳴き声を真似したことによるものか、はたまたその両方か。
「なんだ、あれは。モテない俺に対する、新手の嫌がらせか」
「そんなわけないだろ。僻むんじゃねぇよ」
「くっ、あの子達の頭にケモ耳が生えている幻想が見えるぜ」
「青春ねぇ。私も十年前はあんなだったわ」
「あの三人、どういう関係なのかしら? 夏に向けた新作のため、取材したいわ」
二人で獣ポーズと鳴き真似をしからか、余計に注目が集まったような気がする。
だけど詩織と吹雪は全く気にする様子は無く、餌をねだる雛のように口を開けてこっちを向き、俺から食べさせてもらうのを待っている。
こうした状況で俺に出来ることは一つだけ。
周囲の視線に耐えながら、二人へ食べさせ続け、二人から食べさせられ続けることだ。
自分へ言い聞かせるようにそう思った俺は、天国と地獄の板挟みの中で食べさせ食べさせられを数十分繰り返した。
詩織と吹雪が美味そうに食べる姿を間近で見られているから、決して苦行ではないとはいえ、精神的に少し大変だったよ……。




