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1.魔女の婚姻

 

「お前を妻として娶る。拒否権はないと思え」


 ――魔女は不老不死である。

 最果ての魔女と呼ばれるリディアも例にもれず、それだった。


 そして、今までの長い人生の中で初めて言われた言葉に、驚き固まりその男を見た。



 ===



 彼は一言で言うならば、酷く醜い男だった。


 爛れた肌を覆い隠すように全身に包帯を巻いて、唯一見える隻眼は彼の不気味さを一層際立たせていた。

 けれど身なりは意外にもしっかりとしている。紳士然とした装いは車椅子姿でも威厳を感じさせるものだ。


 それでも、男に対しての所感はリディアだけのものだった。


 彼女を捕らえた奴隷商の男は、客である彼を見遣ると嫌悪を隠さない表情で顔を顰めた。

 しかしリディアの面前に居る男は、そんな店主の態度を一瞥もしないで鉄格子の向かいにいるリディアを凝視していた。


「こいつはなんだ?」

「はあ、魔女ですよ」

「……魔女?」

「よくは知らねえですけど、こいつがそう言ってるんだ」


 奴隷商は半信半疑といった呈で男に話をする。

 それを聞いて、男は店主に金の入った袋を投げた。


「こいつをもらおう。金は余分に入っている。迷惑料だ」


 有無を言わさずの男の態度に、奴隷商は渋々と言った様子で牢を開いた。

 リディアはそれに素直に従う。

 不老不死の魔女がこの程度の状況、簡単に抜け出せるからだ。捕まっていたのだって、日常に飽きて普段とは違ったことをしたかったという、おかしな理由からである。


「街の外れにある屋敷まで頼む」

「あの……」

「私のことは旦那様と呼べ」


 男はリディアにそう言いつけた。

 車椅子を押しながら、黙って頷く。


「分かりました。旦那様」

「それと……先の話は本当か?」

「私が魔女であるという話ですか?」

「そうだ」


 リディアはそれに肯定する。旦那様はそれを意外にも素直に信じてくれた。


「不老不死というのも本当か?」

「はい」

「なら、私より先に死ぬことはないな」


 呟いて、笑ったのか。微かに肩が揺れる。

 それを背後から眺めながらリディアは屋敷まで続く道をゆっくり歩いていった。


 その道中で、なんの脈絡もなく。


「お前を妻として娶る。拒否権はないと思え」


 ――そう、言ったのだ。




 ===




 街の外れにあるお屋敷が旦那様の住処だった。

 使用人はリディアひとり。

 他はどうしたのだ、と聞くと気味悪がって辞めたか、失踪したかだと旦那様は答えた。


 彼はリディアに身の回りの世話を命じた。

 身体が不自由なため、手伝って貰わなければ何も出来ないのだと素っ気なく言う。

 元々そのつもりだったので、特に異論もなくリディアの日常はゆっくりと変化していった。




 ――その日は旦那様の自室に朝から訪れていた。

 起床からのお世話を終えて、いつもなら退室するところをリディアは持参した本を片手に、寝台横のソファに腰かける。


 そうしたところで、旦那様が声を発した。


「屋敷の掃除はどうした」

「それはもう終わりました」

「……馬鹿を言うな。ここがどれだけ広いと思っている。一人で終えられるものでは――」

「そんなもの、魔法を使えばすぐです」


 その言葉と同時に、部屋の扉が開かれて箒を手に持った甲冑が入ってきた。

 リディアはそれに目もくれなかったが、旦那様は唯一見える隻眼をかっぴらいて言葉もなく驚愕している。


「今のは……いや、いい」


 どこか諦めたように嘆息して、旦那様は目を瞑る。少し黙ったかと思えば、すぐに声が掛かった。


「茶が飲みたい。炊事場に行って――」

「どうぞ」


 リディアがどこからか出したカップには、湯気を立てた茶が入っていた。

 たった今淹れたばかりのようなそれに、旦那様は目を眇める。


「これも、魔法とやらか?」

「はい。毒は入ってないですよ」


 試しに一口飲んでから差し出すと、旦那様はそれを怪訝そうに受け取った。その表情はなんだか複雑そうで、カップに口をつけるとすぐに突っ返してくる。


「下げてくれ」

「……お口に合いませんでしたか?」

「いいや」


 否定した旦那様の態度に不思議がっていると、隻眼がリディアを見つめていた。


「……なぜここにいる」

「え、本を読みたいので」

「それはこの部屋でなくとも出来るだろう」


 憮然とした態度でそんなことを言う旦那様に、リディアは口籠った。それは何も彼の言葉に気を害したというわけではない。

 先ほどの一連のやり取りについて、真意を理解したからだ。


「妻が夫の傍に居てはいけないのですか?」


 一言、そう言うと旦那様は何も言わずに目を逸らした。今の問答で察してしまったのだろう。

 どれだけ手を尽くしても、この女は傍を離れてはいかないのだと。


 諦めの感情がこもった溜息がすぐ傍で聞こえてきた。

 先の問答の是非を問う前に、旦那様はリディアに言いつける。


「そろそろ包帯をかえてくれないか」

「はい。ただいま」


 旦那様の頼みにリディアは本を閉じて腰を上げた。

 寝台に近づいて、そっと身体に触れる。すると物言いたげな視線と目が合った。


「これは魔法でやらないのか?」

「お身体の調子が悪そうなので。何か問題がありましたか?」

「こんなものに触れようとするなんて、魔女は怖いもの知らずか」

「ええ、魔女ですから」


 おどけて言うと、旦那様は小さく笑った。


 彼は見た目に反して冷徹な人間ではなかった。

 屋敷に招いたリディアに、何でも好きにして良いと言う。何の干渉もしてこない。世話をしてくれればそれでいいのだ、という。


 しかし、それならば妻として娶るのではなく、使用人として雇用すれば済む話だ。夜伽の為かとも考えたが、それもない。

 旦那様は就寝時は必ず一人にしろと言うし、傍に居ろとも言わない。


 リディアがこのお屋敷に来て、一週間。

 旦那様の真意は未だ分からずじまいだった。


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