****
その化け物に名前は無かった。
ただ卵を産ませる。
それだけしか無い、化け物だった。
真っ赤な、いや赤と呼ぶには少し柔らかな赤。
朱と呼ぶには茶が足りず。
桜色とも呼べぬ赤。
人の顔に当たる部分、すべて食らい尽くすその赤は。
確かに花びらのように幾枚も重なって。
ハイビスカスの化け物、か。
言い得て妙だ。
そう思った。
そして今回は会心の出来だったからついついこんな事を思い付いてしまったのだ。
「あおい…」
ゆっくり目を開けた最愛に、葵はなんて声を掛けようかと躊躇った。
でも「おはよ莔麻」いつも通り朝の挨拶が勝手に出て行ってしまう。
「あおい」
ぽやんとした表情のまま、莔麻がまた名を呼ぶから「うん」葵はその身体を抱き寄せる。
「あおい」
三度呼ばれた葵はどうしたのかと莔麻のおでこにキスをする。
ふふって嬉しそうな声、でも。
「あおぃ」
すりすりぎゅってしてきて可愛い、可愛いけど、えっと。
「莔麻…俺の名前は言語になりえないよ」
「あおい…」
「もしかして怒ってる?」
「…自分に怒ってる」
「…莔麻、試す、嫌なやりかたしてごめん」
「何処にもやりたくない葵」
「気持ち悪い事したし」
「首輪、つけたい」
「傷付けた…」
「監禁、する」
「莔麻、本当にごめん」
「葵、今日から家出るな」
「…何言ってんだ莔麻。俺は主夫だから」
「俺は何一つ、怒って無い傷付いてない。だから言う事を聞け」
「えと、えと」
葵は困惑した。
さっきから会話が成立していない。
葵は変なドッキリ仕掛けてしまった事を謝罪したかった。
けれど莔麻は、なんか変だ。
話を聞いてくれているようで、噛み合ってないのだ。
莔麻は頭がとても良いひとなのに、俺だよって被り物を取ってからずっと、変だ。
今までの莔麻が嘘のように、執着心剥き出しで、なんだかそれこそ卵から孵ったような感じで、葵を独占したがる。
「葵」
しっかり覚醒したっぽい莔麻が、葵をぎろりと睨む。
「は、はい」
今度こそ怒られる叱られる。
そう思った葵を莔麻が抱き締め直す。
「あおい…」
会社を無断欠勤させてしまったのに。
ベッド、ぐしゃぐしゃにしてしまったのに。
神経質な莔麻が怒らない。
むしろ半溶け、見た事が無い笑みを浮かべてくれてる。
「莔麻…?」
怒ってないの?
葵はそればかりが気になっていた。
執着独占好きにして。
嬉しいからもっとして。
だけど過ちには償いが、必要だと葵は思っていた。
そういう葵の思考を読み取れる莔麻は優しく柔く微笑んだ。
「葵…何か思い憂うのなら」
「うん」
「おれのそばに、いて」
溜息と嘆息のあいの子のような呟きだった。
葵は耳から全身、それを駆け巡らせ噛み締め細胞に刻み込み。
「…ぅ、ん…いちび、大好き…」
大好きな人を、抱き締める。
次話は会話形式になります