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今度は振り払われなかった。
でも冷たい。
葵の手、こんなに冷たかったか?
「…葵?」
「ふむ…しつこいの」
「あ、おい?」
名前を呼べば呼ぶほど、言い知れぬ不安が募ってく。
何故?
葵はただ変な被り物被ってふざけているだけなのに。
「こやつの事はもう忘れろ。こやつはもうおらぬ」
「…な、に?」
何?
何?
何を言っているんだ。
何を言っているんだ葵。
莔麻は震え出した手に、力を込めようとした。
なのに全然、身体がいうこときかない。
だからするりと手を、はなしてしまう。
「こやつの好奇心、いや、人の好奇心とはいやはや罪深い。だがそれにいつも助けられているのも事実。ふふ、ははは」
それはもう、葵なのに、葵じゃなかった。
はなっから、最初から、それを感じとっていたのに莔麻は受け入れられなかった。
今も、受け止められない。
だって。
だって君は。
「…葵?」
ふざけてる。
そう。
ふざけてるいるんだろ?葵。
「おらぬ。葵はもうおらぬ。そして我が在る」
ああくそハイビスカスの化け物が。
それをはやく取れよ葵。
莔麻はもうやめて欲しくって、力無く問う。
「…何、言ってるんだ葵…?」
意味不明なこと、言ってないで、今夜はたくさん話そう葵。
「そちこそ何を言うておるのだ。葵に未練なぞ、ないだろうに。欠片も想いなぞ、ないのであろ?」
葵の声で葵じゃないものがしゃべってる。
そうとしか考えられない物言いに、莔麻はついぞ声を荒げてしまう。
「ふざけるな!ふざけるな!葵っ!」
莔麻は、両の拳を握りしめ葵を。
葵の目が口が鼻が花。
「葵っ!いい加減にしろっ!」
いや本当にいい加減にしてほしかった莔麻は。
終わりにしよ、葵。
今日はいっぱい、君を、抱き締めたい触れたい話したい。
なのに。
ああ。
なのに。
「いやよい、もうよい」
いやだ葵。
「葵はおらぬ」
やめてくれ葵。
「この身体は我の物。卵を産ませねば。継がさねば」
そう、言って、まるで莔麻なんて相手にしてなかったかのように、去ろうとするから。
「あおいっっ」
莔麻は縋った。
葵の体に縋った。
なんてことだハイビスカス。
強烈な芳香それは華。
赤に似合う、あまい、におい。
こんなの葵の匂いじゃない。
「離せ痴れ者めが」
乱暴に引き剥がされそうになって、莔麻は爪たてしがみつく。
「あおいっ!い、行くな!!どこに、も、いかないでくれっ!!」
「なんじゃ、少しは気があったか。だかもう遅い。そしてそちでは卵は産めぬ」
「ま、まって、まってくれ!葵!葵!」
どうしても。
どういいいそてお。
どおお。
ああ。
「おらぬものの名、叫んでも無駄よ」
ああああああ。
うおぞあお。
ああああ。
「あ、あ、あお、そんな、うそだいやだあおい」
「葵はおらぬ死んだ」
ああ、あ、あああ
ハイビスカスの化け物めが。
淡々と。
告げる、から。
莔麻は気付いたら。
床に。
へたりこんでいた。