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莔麻が帰宅すると、真っ暗な部屋、リビングに、恋人が座って居た。
明るく陽気でまるでハイビスカスのような恋人が、すっと背筋伸ばして正座をしている暗い場所で。
辛うじてベランダの窓からまだ紫の夕日差し込み、その姿捉える事が出来たが。
莔麻は様子のおかしい恋人を訝しみ、その名を呼んだ。
「葵?」
葵は反応しなかった。
いつもなら「おかえりー莔麻ー」と元気よく出迎えてくれるのに。
最近忙しくて顔を合わせていなかったから、今日は久しぶりに起きてる元気な葵と話せると、莔麻は思っていたのに。
「…葵?」
莔麻は再度名を呼んだ。
なのに葵は微動だにせず。
いや、ゆっくり頭部が動く。
花、のようだった。
多分、花。
花びらの集合体?
いや頭そのものが花?
しいてゆうなら開花寸前の蕾。
ハイビスカスの蕾のような。
ああそうだ、と莔麻は納得する。
葵がハイビスカスのような被り物を被っているのだ、と。
「何してるんだ?」
時々妙な物を作ったりする奴だとは知っていたけれど、今回は実に奇妙な被り物を制作したものだ。
そしてなんて精巧なのか。
本当にハイビスカスの化け物のような被り物。
これで飯が食えないのだから、芸術とは難しい。
「お主がこやつの番か」
それは葵の声だった。
けれど葵の言葉遣いではなかった。
葵の明るい声色じゃなかった。
「は?何言ってんだお前…」
違和感を覚える声色で意味不明な事を言うもんだから、莔麻は仕事の疲れも相まってちょっと苛立ってしまった。
折角久しぶりに早く帰って来たのに、こんなおふざけになんて付き合ってられない。
普段通りのやり取りがしたくって、莔麻はその被り物を脱がそうと手を伸ばす。
「こやつの思い入れがあるからと思うて待っておったが、期待外れじゃな」
ところがその手を跳ねのけ、葵が立ち上がる。
大きな赤いハイビスカス。
なんだかいつもより背が高く見えるのは感じるのは気のせいだ。
「…お前、何ふざけてんだ、いい加減にしてくれよ」
莔麻は面倒くさくなってきて、とりあえず着替えようとスーツの上着を脱いだ。
いつもならその辺にほったら葵が拾って、皺になるでしょって言ってくれるのに。
ハイビスカス、被った葵は動かない。
「よいよい、どうせお主はこやつを好いておらぬのだろう?」
シャツの袖、ボタンを外す手が止まる。
「あのな…葵…怒るぞ?」
聞き捨てならない言葉に、莔麻は苛立ち葵の腕を掴む。
ところがそれも振り払われ、莔麻は「え」戸惑った。
こんなに葵にすげなくされたのははじめてで、何が起きているのか理解出来なくなってしまう。
「時間の無駄であった…ふぅ…」
しかも何処か行くかのように玄関へ向かおうとするから、いよいよ莔麻は動揺隠さず葵の手を取った。