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ベース少女は目立ちたい

作者: 猫の耳毛

 私の名前は天音凛。中学生14歳。小学一年生からピアノを母親にやらされ、今では中級者レベルだ。8年もやってこのレベルというのはちょっと下手すぎる。まあ、嫌いだから毎日最低限の練習しかしてないせいだけどね。

 私はとても暇だ。でも、それはさっきまでの話。私の目に留まった動画のサムネ。「今話題の●●●、ベースで弾いてみた」と大きく書かれていて、そこには可愛いらしい女の子。そして、その子が空気のように感じられるほど、かっこいい楽器。それは圧倒的な存在感を持ち、少女の横に佇んでいる。

 ギターかな?あ、いや、タイトルにベースって書かれてるからそういう名前の楽器なのかな?ちょっとネットで調べてみよう。

「…本来のバスあるいはベースの音域は弦楽器ではチェロやギターの低音域に…よくわからないなー」

 ざっくりまとめると、ギターのような見た目をしていて、違うところは4弦しかないところと、ギターよりも低音であることだ。

 私の指は、スマホの指紋だらけの液晶画面に吸い寄せられていった。

ぽちっ

『♬♯♫♭♫♮~』

 聞いたことの無い音が耳から私の心揺らす。いや聞いたことはあるのだろう。低音である上に、ソロパート少ないが故に目立たない。でも、ロックの曲には大体ある音。この人の動画はその音を強調するために音量の比率変えて聞こえやすいようにしてくれている。こんな最高にかっこいい楽器…

「初めて見た…」

 私の心の声は、つい口からこぼれてしまった。


あの感動は、一週間経っても風化しなかった。あの時、他にもベースの弾いてみた動画を何本、何十本も視聴した。この一週間、ベースについて色々調べた。黒板から聞こえてくるチョークの音だけが耳に残って、先生の言ってることが全く頭に入ってこない。どのベースにしようかな…

 ジャズベース、プレシジョンベース、どっちも捨てがたい。でも一応初心者用ベースがいいかな?考えれば考えるほど迷ってくる…どうしよう…

「じゃあ、天音。この時のエーミールの心情を答えなさい」

 私はずっとベースのことを考えていたので先生の話を全く聞いていなかった。

「あ、えっと…すごく嬉しい気持ちです!」

 その瞬間、教室がざわつき始めた。色々聞こえてくる。「それはないだろー」「天音って意外とヤバいやつだったんだな…」とか聞こえてくる。エーミール…あ…お気に入りの蝶を盗まれて嬉しいわけないよね…

 家に着いたら私は貯金を握りしめ、楽器屋に直行した。決めた。初心者だからとか、周りがおすすめしてるからとか、超どうでもいい!

 私が楽器屋で選んだのは5弦ジャズベース。名前の通り弦が通常より1本多くて、4弦じゃ物足りなくなったベーシストなどが使うもので、初心者に優しいものではない。一目惚れして、それ以降他のベースは印象が薄いものになった。それに、私が初めて見たベースの動画の人もジャズベースを好んで使っていた。

「か、かっこいいけど…10万…諭吉が10人…あ、いや、もう栄一だ」

 でも…こんな楽器初めて見た。10万なんて、これからの私の収入からしたら大金でもない。どうせこの貯金だって使い道ないしいっそここで全部使ってしまった方がいい。

「ぇ…ぇと…こ、これ…」

 そうだ私コミュ障だった。帰宅部で授業終わったら家に爆速で帰っていた陰キャだった。店員が相手でもテンパってしまう。今日のベース選びに置いて一番大変なのは、ベースを選ぶことではなく店員と会話すること。

「これ!お願いします!!!」

 やば…喉潰れた…

 店員はびっくりして未だにフリーズしている。

「あ、はい、料金10万円となります…」

「あっはい…」

 私は新しいベースを抱え家に帰った。道中、ちっちゃい子が好奇心で触ったり、犬に少し追いかけられたりして、さっそく傷つけそうになったけど。

 帰宅後、私は自分の部屋にベースを置くスペースを探していた。実は私の親、結構厳しくて、バンドマンになってほしくないのか、エレキギターやドラムなどの楽器を触らせてくれない。当然、ベースも親にバレたら5時間説教の後、返品させられるだろう。

「凛~?帰ってきたの?」

 お母さん!?まずい、まだベースの隠し場所が決まってない。今適当に押し入れの中に隠してその場を凌ぐことはできるけど、それでベースに傷がついたら本末転倒だ。私の心臓は、ドアの向こう側から聞こえてくるお母さんの足音の3倍程早かった。

「えぇーい。もうこうなったら他のことでごまかしてやる!」

 適当にエッチな動画見てたって言って、そのままリビングでの説教で気を逸らすか?あ、いや、でもお母さんは超が付くほど頭がいい。お母さんなら私が誤魔化そうとしてることくらい分かるだろうということだ。私はベースを持って、スマホを耳に当てた。

「凛、帰ってきたら声をかけ…」

「で、アンタが旅行行ってる間、私がこのベース預かっとけばいいの?うん…うん…オッケー。じゃあ来週の月曜日に学校で渡すねー。…うん、ばいば~い」

「お友達…?」

「うん!その子にベースをしばらくの間預かっててって言われたの。その子の親厳しくて、楽器禁止なんだよね。だから、私が一時的に預かってるの」

 どうだ?本当は友達いないし、クラスメイトで楽器できる人もいない。私が知らないだけかもしれないけど。中々いい演技だった。

「そう…凛に友達ができてよかったわ…じゃあ、今日の夜ご飯は張り切っちゃうわよー!」

 良心にグサッと来る。申し訳なくなってきた。今度本当の友達作ろう…

 その日、私は押し入れの中でずっとベースの練習をしていた。


~一週間後~

 最初は指がすごく痛かったけど最近は慣れてきた。ピック弾きもいいけど指の方がかっこいい。ベースの本を何冊も買って、今も昼休みだが読んでいる。誰もいないところで読むのは最高だ。

「あ、天音ちゃーん、何読んでるのー?」

 私に話しかけてきた女は小林昭子。このネーミングセンスの欠片もないクラスメイトは私のことを虐めてくる。こんな人に時間を費やしたくないので無視する。

「……」

「ねぇー、聞いてるのー?無視っていうのはイジメと同じなんだよー?」

 無言でページをめくる私に、ずっと話しかけてくる。

「チッ!クソが!」

 切れた昭子は、私の本を鷲掴みして、引き裂いた。ビリビリに破れた本のページが、私の目の前でパラパラと落ちていく。

「ちょっ…私の」

「えぇー!?なんてー?こえがちっちゃくてきこえなーい」

 私は無言で目線を昭子からずらし、紙を拾い始めた私を見て、昭子は笑いだす。

「あっはっははは!貧乏人かよ!」

 私は何も言い返せない自分が悔しかった。特技が無い昭子だけが皆に好かれているのが気に入らない。精神力が強いわけじゃない私はどんどん溜め込んでいった。

 昭子よりも輝いて、みんなに注目されたい…みんなに認めてもらいたい!みんなに求められたい!私も…

「…目立ちたい」

 またしても心の声が漏れてしまった。

「ぷっ、あっはは!今、目立ちたいって言った?」

昭子は笑いながらスマホを取り出した。嫌な予感がする。

「はぁーい、じゃあ、動画撮ってるからもう一回言ってみ?ん?」

 やめて…つらい…

 私の目から少しだけ涙が零れていた。

「め…目立ちたいです…」

「はぁーい!じゃあ今度の文化祭でライブな!言い逃れしようとしたらお兄ちゃんに言うから…」

 昭子は録画を終えて、笑いながら教室に戻っていた。その場に残っていたのは私と、涙で濡れた本だけだった。


あれから一ヶ月。私は毎日練習した。両親にバレたりもしたけど、許してくれた。それどころか、私を応援してくれた。毎日毎日、地道に頑張ってきた。昭子を見返してやるんだ。

『♬♬♭♬♭♬…』

 でも、ひとつ。一つだけ、このベースという楽器に欠点がある。それは目立たないこと。低音で、音楽を陰ながら支えてあげるのがベースの仕事。文化祭のソロ、中途半端な演奏じゃ馬鹿にされて、いじめが更にひどくなる。昭子みたいな奴にベースの良さが伝わるとは思えない。私はかすかの不安を抱えながら練習を続けてきた。

 次の日、文化祭当日。私はカバーに包まれたベースを背負って自分の順番を待っていた。もうドラムのキック並みに心臓バクバクだ。

 文化祭ライブに出てる人はみんな陽キャで、ギターばっかり。バンドで出てる人もいるけど、そこにベースはいなかった。みんな、そんなにベースが嫌なの?

「ありがとうございましたー…次は、2年3組―」

 私の番が回ってきた。

「天音凛さん!」

 急に知らない人の名前が聞こえて、静まる体育館。沈黙の中、私の足音と、昭子の小さな笑い声だけが聞こえてくる。昭子はこちらに、スマホのカメラを向けてくる。私は昭子を一瞥し、マイクを手に取って。

「皆さんは、私の楽器を、ギターと勘違いしているのでは無いでしょうか?」

 私の言葉に、観客がざわつき始める。こんな大勢の人間の前で話したことがないから、声がかすれる。

「この楽器はベースと呼ばれるものです。低音を鳴らし、文字通り土台、ベースとなる楽器です。故に、このベースという楽器は目立ちません。私は、こんなにかっこいい楽器が目立たないのが、とても気に食わないです。聞いてください。●●●さんの●●●」

『♬♪♭♪♬♬♬』

 私は普通の指弾きで演奏するつもりだった。でも、それじゃあ私の承認欲求は満たされない。観客は皆、唖然としていた。

私がしたのはスラップ奏法と呼ばれるもの。親指で弦を”叩く”スラップ、人差し指または中指で弦を”引っ張る”プル。そして音を鳴らさず、アタック音だけを鳴らす、ゴーストノート。この三つを組み合わせて演奏する。一石一鳥では習得できない。習得には数週間、または数ヶ月かかる。

私は自分がしていることに恐怖した。私のしているスラップ奏法は、一ヶ月と一週間前、初めて見たベースの動画で見たものだった。私はそれを思い出しながらコピーする。自分の才能に心の底から驚く。私は初めて、自分の目標を達成できた。私は今…

…目立ってる!


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