マーリス1
ーマーリス。
水に溢れた至る所に噴水や整備された川が流れその川を渡し船や観光船が行き交っていた。その中心の大道路にアストレイ軍のもの達が列をなし王城へと向け歩き馬に跨ったアルスランがその中心にいた。そしてその列から途中馬車が離れ商店街へと向かうと待っていたギルドの者たちがやってきたキャラバンを出迎える。その馬車にミオ達も乗っておりミオが馬車から降り辺りを見渡し胸をときめかせる。
「綺麗。建物が白ばかり。水も沢山」
「水の都と言われている美しい街ですから」
「はい。なので他国から来られた旅行客の方が多いのですよ。念のため注意されてくださいね」
ミオがサイモンを見て頷きはいと返事を返す。そして、サイモンが髪と目の色を変えたタイシと松葉杖を下ろす。
「ありがとうございます」
「いいえ。後公爵家までの護衛は?」
「頼んでます」
タイシが顔が似た双子の男女を示す。男が何も言わず小さく頭を下げ、女が微笑みAランク認定証を掲げ話す。
「メルルです。侯爵とは伯父と姪と甥に当たります。私たちでご案内します」
男が頷きサイモンが話す。
「わかりました。ところでご兄弟ですよね?お話は出来ないのですか?もしかして」
「いいえ。あと、ランカートと言います。ランカートは話は出来ますが、昔からこうでして。あまりと言うかほぼ話さないのですよ。私ともたまにしか話しません。そして本人曰く声を出すのが恥ずかしいとのことでした」
ランカートが頷きメルルがやれやれとする。
「まあそれでも、自慢の弟です。あと、私たちで護衛とご案内をします」
「はい。よろしくお願いいたします」
「はい。では早速ですがご自分の荷物を持たれていきましょう。街のもの達がアストレイ軍に気を取られている間に。人が少ないですしね」
ランカートがこくこくと頷きサイモンが確かにと頷きエリス達とともに荷物を持ちキャラバンのもの達に別れを告げる徒歩でその場を後にし貴族街にある侯爵家へと向かった。
ーああああ。
ナターシャが鏡を何度も見ていき髪や化粧ドレスなどを確認する。そば付きメイド達が苦笑し話しかける。
「お嬢様。そろそろお出迎えに参りましょう」
「はい。マーリスの首都を通過してからもうお時間も経ちますし旦那様がたも行かれてます」
「うー、おかしくない?変じゃない?」
「おかしくありません」
「はい」
「お嬢様。もう間も無くお越しになられるそうです。買い物から戻ったメイドが」
従者が急ぎ声かけするとナターシャが慌てる。
「すぐに行くわっ!」
「お嬢様。お足元にお気をつけください」
あわてて部屋を出たナターシャをメイド達が追いかけやれやれとしながらも従者も急ぎ後を追った。
ー大きい。
巨大な屋敷がミオの目の前に姿を見せる。その屋敷は左右対称で庭も左右対称に作られておりミオがはあと感嘆の息を吐き出しワクワクとしながら見渡す。
「とても美しいですね」
「はい」
「ここでは来賓客のパーティとかも開かれるんですよ。中も広いですが見ての通り左右対称で常に保つよう管理されている屋敷ですから」
サイモンが頷き、エリスがはいと返事をする。そして表の門が開きタイシ達が中へと入るとその先の屋敷の前に侯爵たちが出迎えておりナターシャがうずうずしながら待っていた。そしてタイシが見えるとぱあと明るい笑顔を見せ勢いよく駆け出す。侯爵がため息をし、御付きのメイド達が汗を滲ませる。
「ティーチ様あっ」
両手を広げたナターシャの両肩をタイシが腕を伸ばし手で止め、額をメルルが手をあてとめると軽く頭を叩きタイシが呆れてを話す。
「あのな。どうあれ公衆の面前。恥かくのは特に侯爵様だからな」
ランカートが強く頷く。
「う」
「はあ。はいおじさまの隣に戻りなさい。まったく」
メルルが背を押し連れていきその後をタイシ達が続く。
「我が娘が大変失礼した」
「本当です。元気になったのはいいですけど」
タイシが答える前にメルルが答えるとナターシャの頬をつついていき、ナターシャが気まずい顔をする。
「思わずとかついとかはだめよナターシャ。周りからあれこれ言われるわよ。分かった?」
「ひゃい…」
「ええ」
「お申し出受け入れてくださり感謝します」
「いや。まあ、こちらも悩みはしたがこれから女性として何も知らずに生きるよりも良い。そして何より彼の方の御息女かもしれない方ならこれから先のことを考えると知るべきこと学ぶべき事は身につけていた方がよいと考えてな。そして、ナターシャ。見ての通りまだお転婆が過ぎるところがある」
ナターシャがさらに気まずくし侯爵が話す。
「一緒に暮らせば淑女として学ぶこともあろうとの考えだ」
「わ、私もちゃんとしてます」
「しているならば、婚約者でもなんでもない者に抱きつこうとするな」
「……はい」
ミオがなぜと首を傾げ侯爵がそれを見るとタイシもまたみておりミオへと話す。
「貴族と一般人とまた違う関わり方がある。人との関わり方が」
「ああ。まあ、何も知らないならすぐにでも覚えるだろう。文字は確か分かるだったな?」
「はい。ただ意味に関して分からないところもありますが分からなければわかるまで尋ねます」
「分かった。尋ねるのはいいことだ。知らないままの放置が一番悪い」
「ええ」
「ああ。なら、彼女はこちらで預かるが他は?」
「あとは各々で過ごします。事前に伝えますのでたまに様子を見にきてもよろしいですか?」
「ああ。事前に伝えてくれたらいい」
「はい。ありがとうございます」
ナターシャがもじもじとしながらちらりとミオを見る。
ー私より若い。あと、目の色は緑と聞いたけど変えてるのね。
「髪や瞳は?」
「今のまま現状維持をお願いします」
「分かった」
タイシがはいと返事を返しミオを見る。
「なら、ミオ」
「は、はい」
ミオがタイシの隣に並ぶとユナがついて行きミオの足にしがみつく。ナターシャが目を輝かせるとしゃがむ。
「可愛いですね。おとしは?何歳ですか?」
侯爵がやれやれとしユナがじいとにこにこするナターシャを見て指を三本立てる。
「しゃん」
「かわいいー。お名前は?」
「ゆにゃ」
「ユナさんですかあ」
侯爵がこほんと咳をするとナターシャがしゅびっと立ち上がる。エリスがふふっと笑い、サイモンが元気なお嬢さんだなと心の中思う。
「荷物は?」
「手持ちの物のみです」
「分かった。では期限まで預かる」
「お願いします」
ミオがユナを一旦エリスに渡すとユナがエリスにだかれじいとミオを見る。ミオが緊張しながら会釈していきぎこちなくタイシたちを見る。
「ならたまに様子を見にくるからな」
「は、い」
「ああ。では俺たちはこれで行きますね」
「え」
ナターシャがショックを受け、タイシが話す。
「仕事他があるからな」
「ああ。ティーチ殿は忙しい身だからな」
ナターシャがずうんと落ち込みはいと弱々しく返事を返すと侯爵がため息し、タイシが悪いなと手をあげた。
ーまずは、身体を洗うことだな。
ナターシャがこほんとミオの前で咳をしミオの服を持ったメイド達の間で目の前のミオへと話す。
「では、まず沐浴についてです」
「はい。あと、沐浴とはなんですか?」
「お風呂のことです。まずは案内しますからついてこられてください」
ミオがはいと返事を返し3人の後をついていく。そして絶えず流れるお湯が張られた浴室へと来るとミオが驚き湯気の出るお湯とお風呂を見る。
「こちらが沐浴場です」
「これがお風呂…」
「はい。今までは?」
「はい。その、大きな桶にお湯を入れて入ってました。あとは、体を拭くか、暑かったら川にそのまま入ってました」
「なかなかな野生児ですわね…。まあでも、はい。ええ」
「旅人の方でしたらよくあるお話です」
「そう…まあ、もういいとして、ここがこちらの沐浴場です。そして、体を洗うのは彼女達の役目です」
「自分ではなくて、ですか?」
ミオが不思議そうに尋ね、ナターシャがそうと頷き早速しましょうと話すとメイド達がはいと返事を返し戸惑うミオの服を脱がせた。
マルクールが賠償金リストを前に突っ伏していた。そして見張りのマルクルがやってきたタイシへと胸に手を当て敬礼しその手を下げる。
「ご苦労様です」
「ああ。あと」
タイシがそのリストを手にする。
「また、大量に騙してきたな」
「その中に、嘘書いてる人いませんか…」
「完璧に被害を訴えたもの達だけだからないな」
「まじかあ」
「なら、今後の働きぶりで昇給も決めていく。まずは、掃除かな」
「は?へ?」
マルクールが顔をあげタイシがマルクルを振り向く。
「アストレイ領地の兵舎の掃除を頼む」
「わかりました」
「領地があんの、あるんですか?」
「ああ。一部ある。そこに軍や関係者は休むことになっている。政務や仕事の時で、観光は別だ」
「へえ」
「一応他国でもアストレイのそのための領地が一部設けられている。何故かは、やはり巨大な力を持ってるからが一番だな」
マルクルが頷き、マルクールが話す。
「えーと、なら、まあ、植民地になったけれどイーロンは?」
「あちらはない。あと、元々イーロンとアストレイは不仲でもあったし、他国でもイーロンは毛嫌いされているところがあった。政治的な問題で。なら、政敵をおいとけば其方が相手してくれるで合意。国の一部をアストレイの領地として受諾して置いたわけだ。今でも今回の盗賊や貴族絡みの問題も頼めばこっちは面倒ごとが避けられるで行われたのもあるな」
「ええ。ただ、今回ドナートがアストレイ側の者でもありましたので責任とりもさせられましたね」
「ついでになったからな。なかったら良かったけどな」
「本当そうですよ」
「ああ。なら、マルクールの掃除頼む。教えてくれ」
「はい」
タイシが手を挙げその場を去るとマルクールが去ったのを見てマルクルへと話す。
「あっち年下だろ?あんた年上」
「上も下も関係ない。行くぞ」
「はあ。へいへい」
マルクールがだるそうに告げ、マルクルがややむかつきマルクールを連れ向かう。
ーまず。
マルクルがデッキブラシをマルクールに渡すと洗剤バケツと足元に起き目の前の先に掃除をするもの達がいる大浴場を指差す。
「ここの風呂掃除」
「広すぎる…」
「当たり前だ。あと、昼までにすませないといけないからな」
「はあ!?」
「ぐだぐだ言うな。最初は教えるからあとは自分でやれ。あと、掃除だけで給金が出るんだ。いいと思え」
「いやどこがだよ…」
「やれ」
マルクールが顔をしかめ、マルクルがマルクールを持ち場に立たせ掃除のやり方を教えた。
ー髪も傷んでたからイマイチだったけど…。
ナターシャが体や髪が綺麗に現れ清潔なワンピースを着たミオを見ていく。
ー品位と言うか…。んー。
「似てますわね」
「え?」
「アルスラン様にです。目元もですがたたずまいと申しましょうか。んー、でも髪が短いのが…」
「その、旅では髪は短い方がいいと言われて切りました」
「まあ、そうですわね。痛みも激しくなりますし、下手をすれば虫に噛まれたりもしますから。ただ、私たち貴族の令嬢。女性にとって髪はなくてはならないものなのです。髪の長さと美しさもまた令嬢としてなくてはならないものですし、男性の方の評価にもなるのです」
「評価というとどう言った評価に…」
「女性としての佇まい。美しさですね。あと、髪については飾りなどをして誤魔化しましょう」
メイド達がはいと返事を返しナターシャが頷く。
「なら、そちらが終わりましたら、夕食前のテーブルマナーをまず見せていただきます。わかりますか?」
「はい」
「ええ。なら、時間も惜しいですから早く終わらせましょう」
「はい」
メイド達が返事を返し早速ミオを椅子に座らせ金髪の短い髪をピンなどを使いまとめ花飾りで長さを誤魔化し隠した。
ーミオ。
テラス席のカフェでエリスにユナがしがみつきぐずっていた。エリスがユナの頭を撫でサイモンが話す。
「寂しいんですね」
「はい。許しを得たら会いに行けますから。ただ、今は始まったばかりですからね」
「ええ。あと、こちらも明日教会にご報告なども兼ねて戻ります」
「はい」
「お待たせいたしました。カフィとトースト。サンドイッチです」
店員が注文の品を置いていくとエリスがユナへとご飯が来たことを伝えユナを抱き直しユナが涙を拭いながら鼻を啜りエリスが布でユナの顔を拭った。
マルクールがじいと魔術を使い遠くから風呂桶の中を洗う下っ端兵士を見る。
「魔法使って掃除」
若い兵士がマルクールへと話す。
「はい。最初は手作業だったそうですが、アルスラン様が魔法の練習にもなるとの事で使うようになったのです。確か、20年ほど前からになります」
「へえ」
「あと、掃除道具に関してはタイシ様が体の負担にならないよう、掃除が早く終われるように作られたりされて改善したそうです」
「だーから、見たことない形状のやつばっかなわけか。なるほどな」
若い兵士がはいと返事を返しマルクールがデッキブラシについたワイパーを見るも動かす。
「なあらこの洗剤関係も?」
「はい。そうきいております」
「なるほどな。あと、まさかの天下の軍の上が掃除まで気にかけるとは」
無骨な腕がどさっとマルクールの肩にのるとマルクールが震えぎこちなく片目に大きな傷の入った男を見る。
「それだけ兵士を思ってのことだ。あと身だしなみもだぞ小僧」
「は、はい」
マルクールがちらりといつの間にか離れて掃除をする若い兵士を見る。
ー逃げんのはええなおい。
「風呂場はどうだ?間に合いそうか?」
「はい」
「よし。なら俺はこいつを連れて行く」
「へ?」
「道具は片付けておいてくれ。行くぞ」
「ちょっ。え!?どこにっ!?」
マルクールが有無を言われず連れていかれる。若い兵士が敬礼し見送った。
マルクールの手が机に固定されるとマルクールが汗を滲ませながら傷のある男を見る。
「あの、ドミニク副将軍…。なにすんですか…」
「ああ。調べて採取するだけだ」
「え?採取?」
「みていろ。すぐだ」
魔術師が箱を持ちマルクールの手の甲に掲げると青い光が放たれる。マルクールが不思議そうに見ていく。そして箱の光が消え、今度は箱の上部が光る。すると天井にあたりマルクールの手の甲に彫られた魔法陣が映し出される。
「え?すげ」
「光魔法を使った投影機だ。これでお前が持つような魔法陣。その意味を読み解いたり研究をする」
「はあ、で、固定する意味は?あと事前に話しても良かったのではないかと思いますけど」
「細かいことは気にするな」
マルクールが顔をしかめ、魔術師が実物と確認する。
「はい。保管できました」
「よおし。なら調べてくれ。あの砂の壁が一瞬で出来たほどの力だからな」
「はい」
マルクールがため息し、兵士が拘束を解く。
「なら次は身体検査と運動検査だ」
「へ?」
「テオ。連れて行ってくれ」
「はっ」
「いや、掃除」
「他に任せろ。行け行け」
ドミニクがしっしっと手を振るとマルクールがさらに顔を顰めるもドミニクの部下のテオに連行され外へと出された。
ミオが驚きながら多くの食器を見る。そしてナターシャに教わりながら使っていく。
ー少し教わったときいたから切り方は分かってるわね。
ナターシャがじいと見ていき、ミオが緊張しつつ使い続ける。
「食事の時は基本静かに食べます。お話に関しては当主であるお父様がお話しされた時のみです」
「侯爵様が?」
「はい。他のところもですよ。目上の方のみお話は許されております。そして目上の方から話しかけられたら答えなければなりません」
「夜会という場所でもですか?」
「とは違いますね。普段の食事の時のみです。夜会は集まりの場であり出会いの場でもあるのです」
「出会い?」
「つまり、貴族同士の見合いの場にもなるのですよ。あとはもちろん他の方達との繋がりを作る場でもあります。そして夜会は基本立食。立ちながら食べて飲みます。そちらはまた後日マナー講師の方が教えてくださいます」
「はい」
「ええ。そして今回は静かに食べるのが基本です。食器の音もあまり立てないようにしなければなりません」
「食器も?」
「そうです。目立ちますからね」
ミオが頷きはいと返事を返しナターシャが時間になるまで繰り返して練習しましょうと伝えるとミオがはいと返事を返しスープを飲む練習をおこなった。
タイシが礼服を身につけ、右手に手袋をするとやれやれとその手を見る。
ー少し伸びてたな。
タイシが手を下ろし扉を開け部屋を出ると待っていたマルクルたちを連れ外へと向かう。
「マルクールは?」
「はい。後ほどドミニク副将軍が連れて行かれたとのことでした」
「なら、身体を見ると言われてしごかれたな。明日様子を見ておいてくれ」
「はい」
タイシが用意された馬車へとくる。そこに先にアルスラーンが乗っていた。その同じ馬車へとタイシもまた乗り込むと扉が閉まり馬車が進む。
「ミオは?」
「ヴィクトール侯爵のところですよ。半年間はそこで学ぶ予定です」
「ああ」
タイシがやれやれとする。
「今日来られます」
「分かった。ただ表立っての話はできないからな。後ほど手紙を送る」
「はい」
「ああ。あと、イオの所在について情報をつかんだサイからの報告だ」
「ええ」
「サイの話ではイオはここから南へと向かったそうだ。一週間前とのこと」
「なら、ヤスリル付近」
「ああ。あとは、サイがイオと接触出来たらいい」
タイシが頷き、アルスランがタイシの手袋を見て再びタイシを見る。
「もうその呪いについては知れ渡っている」
「はあ。本当情報が早いです」
「そう言ったものだ。だがそれでもと言うのも多い」
「…そのそれでもと言うのは?あと、今まで俺に何か話さなかったことありますよね?その件で」
「こちらで処理していたからな」
「その処理。一体何の処理ですか」
「見合いだ。お前にはまだ早い」
タイシが呆れアルスランが当然かのような顔をしていった。
ミオが広い食事の場へとくるとナターシャが話す。
「今日はお父様は夜会なので私と貴方だけが一緒に食事です」
「はい。あと、とても広いところで食べるのですね」
「私たちからすれば当たり前ですし、お客様が来られた時もこちらで食べますからこれくらいの広さは必要だと私は思います」
ミオが頷き汚れが一つもないテーブルクロス。食器などを見る。
ーすごいきれい。あと。
「お皿が全て陶器」
「そうですよ。それからガラスもです」
「木製のお皿とかは?」
「見たことがありません。あるとすれば、狩りの時だけです」
「狩りの、時…」
ナターシャが目をぱちくりとさせ複雑そうにするミオを見る。
「ええ。なにか?」
「狩り、は、なにを狩るんですか…」
「動物ですよ。鹿とか鳥とかです。何かと思いましたか?」
「人……」
「え?」
「その、イーロンは…、人で。私のいたところも、役場の方が、たまに。ただ、石当ての狩りでしたから…。でも、タイシさんは実際に武器で的にされたとか」
用意していたボーイ達が思わず手を止めナターシャが固まり汗を滲ませぎこちなくするも衝撃を受ける。ミオがはっとし慌てる。
「で、でも。助けられた。助かったそうです。ただ、その、狩りと、聞くと、その、どうしても…、思って」
「そ、そうなのですね…」
「は、はい……」
場がしんとなるとボーイ達がどことなく気まずくしながら用意を続ける。
「その、動物、ですか?」
「はい。私としての、認識、その、通常であり普通の狩は動物です。鹿や鳥、兎です。はい。あの、そちらではそういった動物は…」
「箱罠で捕まえて食べてました」
「そうっ。それが普通っ。当たり前です」
ミオが目をまんまるとしながらもこくっと頷く。
ーイーロン。聞いていた通り相当野蛮で非情な国だったのね…。
ナターシャがはあと息をつく。
「なら、狩りについてですが、そのイーロン国の考えは大変な過ちで大間違いです。本来は動物です。そして、狩りで得た動物もまた命あるもの。私たちの血となり肉となります。私たちの生きるための糧となってくれます。そのために祈りを込めて残さずいただかなければなりません」
「骨も?」
「いや流石に骨は…。肉など食べられる部位ですから」
ミオがはいと返事を返しナターシャがうんうんと頷くと狩について、そして得たもの。得るもの。あとはしっかりとした決め事もあることを食事の席が整うまでミオに丹念に教えた。
煌びやかな大きな城のホールに大勢の貴族たちが集まっていた。その場にヴィクトール侯爵もおり、ヴィクトールが周りを見渡していたが友人がくるとそちらへとむく。
「落ち着かないな」
「ああ。そうだな」
「アストレイのアルスラン侯爵か?」
「いや。その養子殿だ。あまり話ができなかったからな」
「そうか。それと、彼女はどうだ?ナターシャはうまく教えられそうか?」
「さてな。明日にならんと分からん」
その場の雰囲気が変わると2人がホールの入り口を見る。そこに、アルスランとタイシが夜会の場であるホールへと入ってくる。友人がタイシの手袋を見てヴィクトールへとひそめく。
「あの手袋の下か」
「ああ。私が見た時は包帯だった」
「そうか。あと、やはり話題は話題だな。みんな見ている」
ヴィクトールが頷き、タイシもまたやれやれとしながらアルスランの元で夜会の様子を見渡した。
ミオがメイドの手で着替えをさせてもらうと今度は髪をブラッシングされていく。
ー上の人たちはみんなこうだったのかな…それとも。
「この国だけ?」
「何がですか?」
「お着替えとか、色々」
メイドがああと声を出し微笑む。
「この国だけではありませんよ。勿論ご自身でご支度などされるところはあるでしょう。ただ、私たちがお嬢様達の身の回りのご支度などをするのは当たり前ですし、私たちの仕事になります」
「お仕事ですか?」
「はい。そうですよ。お給金もちゃんと頂いておりますし食事や休む場所。寝るところもございます。そして、おやすみも年に数度は頂けますのでその時は実家に帰ったり、他国に旅行に行ったりとしております」
「お給金で?」
「勿論ですとも」
「それは、いいですね。楽しそうです」
メイドがはいと返事を返しミオが微笑む。
ー羨ましい。でも、あそことここは違う。そう、違うの。
ミオがやや胸をチクチクとさせた。
アルスランが挨拶に来たもの達へと話を行う。その傍でタイシが水が入ったグラスを持ち話を立ち聞きしつつ周りの賓客達を見ていく。
ー今回も大体おんなじ人ばかりか。ん?
鎧をきた無骨な男達が3人集まっており、タイシが男達の鎧に刻まれた紋章を見る。
「イニエスタの貴族?」
「あれは逃げてこられた貴族達です」
マルクルがこっそりと告げる。
「内乱が始まったとのことです」
「ああ。それでか」
「はい」
マルクルが離れるとタイシの元へと男が来る。
「こんばんはタイシ殿。ご活躍のほどよくお聞きしております」
「感謝いたします。バレンティア伯爵」
「いいえ。ところでそちらの手」
バレンティアがタイシの手袋をはめた手を指差す。
「ダークエルフに呪われているとお聞きしましたが事実ですか?」
「ええ」
マルクルがはっとしタイシが手袋を外し稲妻模様を見せると周りがざわつく。そして、バレンティアがやや汗を滲ませ笑みを固める。
「その通りです。あと、手袋をしているのは正体不明の死の呪いですので外に危険が及ばぬよう常にはめております。一応、手袋や包帯をしておけば触れることは可能ですし通常の生活も出来ております」
「そ、うですか。しかし、死の、呪いとは…」
「今はその解呪に我々も勤しんでいるところだ」
バレンティアがアルスランを振り向きアルスランが話す。
「こちらも特に問題なく接している。タイシはまだ若いし私の息子でもあるからな」
タイシがそれを聞き耳を赤くさせつつ手袋をはめ直す。
ーこ、小っ恥ずかしい……。
「噂については何も間違ってはいない。そして、呪いを受けたのもまた他では出来ない事をした故だ」
「は、はい」
「人を食らっていた龍をまた一体倒し、砂漠の周辺の魔物の人災を見事に解決したとお聞きしている」
ヴィクトールがその場へとやや声を張り上げ来る。
「タイシ殿のご活躍は我々の生活にも多大に影響を与えてくれております。おかげでまたオアシスまでの流通が再開できましたし、竜の脅威に脅かされることもなくなりました」
「いや。こちらとしてはそこまで身を犠牲にしなくてもいいと思う所もある」
アルスランがタイシの肩に手を乗せる。
「ただ、誇りにも思う」
ーめ、っちゃ、はず。はずいと、いうかあ……。
タイシが更に耳を赤くさせ、ぎこちなくする。
「アルスラン侯爵も。盗賊達を退治したと」
「あれも実際はタイシだ。こちらが相手にしたのは同じ国内の元貴族とそれが雇った傭兵団たちのみです」
ーん?
「そう言えば」
ヴィクトール侯爵がタイシを振り向き、アルスランも見る。
「なんだ?」
「…この場では。別の場所で話したいです」
タイシが声を落とし話すとアルスランが頷く。
「分かった。彼方に行こう。少し失礼する」
「ええ」
アルスランがタイシとマルクルたちと共に休憩用のサロンへと向かう。そして2人のみ部屋へと入るとタイシが話す。
「あの時の傭兵団。たしか、イニエスタ出身のもの達でした。傭兵団の召集会の時に見たことがある者がちらほらいましたから」
「ああ。あと国の兵士ではないからな」
「ええ。ただ、気にはなりますね。イニエスタの亡命したと思われるあの貴族たちも」
「ああ」
「まあ、ここで騒ぎを起こすことはないと思いますけど滞在中は警戒していた方がいいですね」
「そうだな。あと、密偵を出す。わかることがあるかもしれない」
タイシが頷き再び外へと出るとアルスランがそばに居たラダンへとそのことを告げ、ラダンが御意と答える。そして再びホールへと向かうも喚く声が響く。
「なんでしょうかね」
「なんとなくわかるがな」
2人がホールへとくるとイニエスタの貴族と他貴族が揉めており、複数が仲介に入っていた。
「我々は負けてなどおらんっ。出鱈目を言うなっ」
「落ち着け。間も無く陛下もこられるのだぞ」
ヴィクトールが仲介するも貴族達が顔を赤らめて怒りだっていた。
ーあれはだめだ。見えてない。
「ちょっといって」
アルスランが向かおうとしたタイシを手で制しその揉めている貴族たちの元へと進む。タイシがやれやれとし、アルスランがその場へとくるとイニエスタの貴族たちが睨み、マーリスの貴族がやや萎縮する。
「間も無くマーリス王が来られる。自国であり自国でないにせよこのまま揉める事は、ここに招いたマーリス王の失礼に当たる。続きをしたくばここを出て行うか、このまままだ続けるのであれば私が相手をする。ここではなく外で。すぐにでもだ」
アルスランが剣を抜き初めから萎縮していた貴族、そして、アルスランの気迫に圧倒され始めたイニエスタの貴族へと向ける。
「も、申し訳ありませんアルスラン将軍」
萎縮した貴族が青ざめ告げ、イニエスタの貴族たちが舌打ちし何も言わずにその場をさる。アルスランが剣を再び納めタイシの元へと戻る。
「脅しすぎてません?」
「あれくらいでいい。奴らも殺気立ち始めていたからな」
タイシがまあ確かにと頷きヴィクトールが安堵し友人が無理するなと肩を叩く。
「タイシ。あらかた動けるようになるまでは護衛を必ずつけておけ。今のお前は格好の餌食だからな」
タイシが睨むイニエスタの貴族たちを確認し頷く。
「わかりました。あと、白夜も呼びます」
「ああ」
軽快な音楽が響き渡りマーリス王のおなりと声が響く。そして、扉が開き年配の白髪混じりの男と女とが姿を見せ王と王妃の椅子の前に立つと周りへと手を振り席へと座った。
ーいや。いや来ないで。
ナターシャが汗を滲ませ唸りうめいていく。そして黒い手がいくつも近づく。
ーいや。
ナターシャがハッとし目を開け息を切らすもひやりと冷たい物が額に当たるとすぐに横を向き濡らした布を当てたミオを見る。
「あな、た」
「その、声。聞こえてきたので……」
「……隣の部屋でしたよね?」
「あ、はい。耳がいいので」
ナターシャがはあと息を吐きミオが話す。
「お水あります」
「…ありがとう」
ナターシャが重たい体を起こしコップの冷たい水を飲む。
「隣で寝ましょうか?」
ナターシャが軽く吹き出し咳をするとじいと見るミオを見て気まずくした。そしてミオがナターシャの隣に入り体を横にしナターシャが息をつく。
「ティーチ様。タイシ様から私のこと何かお聞きしましたか?」
「はい。ここにいた、以前の後妻の方から酷い目に合わされた事。あと、誘拐されてタイシさんが助けてくれたことを聞きました」
「ええ。あと、そう。その通り」
ミオが頷き、ナターシャが話す。
「今でもまだ、元お母様がくるかもしれない恐ろしさがあって…外に出れないの。元お母様もだけど連れてきた侍従達からも密かに嫌がらせをされていた。そして、襲ってきた男達の中にそいつらもいて…。もちろん罪に問われた。でも、いずれ出てきたらと。もしかしたら、脱獄してくるかもしれないと思って…」
ミオが頷いていき、ナターシャが表情を曇らせる。
「あの、タイシさんは平気なんですか?」
「最初は、平気じゃなかったし、助けられた時は、暴れたり、その、顔を殴ったりしたの…。でも、タイシ様は怒りもせず私に謝り続けたの。怖くてごめん。遅くなってごめんと。最初はよくわからなかった。けど、私のことを思ってのこと。私の苦しみを分かってのことと後で気づいたの」
ミオがまた頷きナターシャが話す。
「それから、女性のギルドの方に私を預けたあとはそのアジトや元お母様達の悪事を暴いては酷いことをした連中を捕まえてくれた。タイシ様は殺しはしたくないと言われたの。むしろ、罪として生きたまま償うのが当たり前だとも言われた。死ねばそれまでだからとも。そして、罪人を捌くのは国の法でもあると」
「法律のことですか?」
「そう。だから、盗賊達はみんな死刑になったわ。あと、元お母様の侍従をしていたもので、私に手を出しかけたものについてもよ。でも、まだ数名は牢の中。元お母様に関しては王の妹。だから特別扱いで城にこもった生活を送っているだけ」
「こもった生活ですか」
「そう。まあ、見張りつきではあるけど」
ミオが頷きナターシャが息をつく。
「タイシさんは、お見舞いにとか来られたりしましたか?」
「ええ。数回。私が怖がらないよう離れた位置でお話とかしてくれたの。異国の故郷の事とかも話してくれたわ」
「タイシさんの故郷?」
「ええ。きいたことある?」
ミオが頭を振るとナターシャがじいと見るが拳を握り買ったと心の中で思う、
「どんなお話だったのですか?」
「まあ、そうね。タイシ様の故郷では女性はとても自由らしいの。短い髪の人もいれば両手両足を恥ずかしくなく見せる服を着て歩く人もいるとか」
ナターシャが話していきミオがうんうんと頷く。そして、ナターシャが安堵し徐々に眠くなるとミオが何も言わずにじいと様子を見る。その後ナターシャの目が閉じられ静かに寝息が立ち始めるとミオがそれを見てそろおと体を起こしベッドから降りからのコップと水の入ったタライを持ち扉を開け待たせていた夜勤の侍従へとぺこりと頭を下げそれらを渡し再び扉を閉めナターシャの隣に戻り共に眠った。
ー見せびらかしのつもり?
女が全問正解のテスト用紙を幼いタイシの目の前で破り捨てゴミ箱に入れるとその場を離れる。タイシがそのゴミの中のテスト用紙を拾い上げると今度は女の明るい声が家に響き幼い男児の声も響くと口をつぐませる。
ーすまんな。馬鹿な娘に育った。
タイシが禿頭の僧侶の老人の膝に顔を突っ伏しており、僧侶がタイシの頭を撫でその破かれたテスト用紙を見る。
ータイシ。これで挫けるな。
ーえ?
ー挫けちゃだめだ。ちゃんとお前を見てくれる人もいる。じいちゃんだってそうだ。
タイシが目を赤くさせながら顔をあげ僧侶が話す。
ーお前は出来る子だ。たくさん努力してきている。じいちゃんは知っている。
ーうん。
ーああ。だから、挫けるな。お前はお前で何事にも負けるな。そして自分のために、人のために尽くすものになれ。あーと、あの馬鹿娘夫婦達の家にいたくなかったらいなくていい。辛くなったり怖くなったり、そう。殴られるのが一番だめだ。そうなったらすぐにじいちゃんのとここい。
ーいいの?
ーいいんだ。いつでもいいからな。
僧侶がタイシの頭を撫でるとタイシがうんと頷き答えた。
ーあー。
タイシが呪われた右手を触りつつ暗い中天井を見上げる。
ーその後、俺が弟をバカにしたからって言う嘘を弟につかれて親父に殴られ蹴られたんだ。そんでじいちゃんのとこに荷物持って家出て行ったんだったな…。
タイシが息をつき起き上がると右手に手袋をし部屋の外へと出る。
ーこの呪いの奴。見せてくれるなあ。
タイシがため息しやれやれとすると何かの気配を感じ通路の奥を見る。そこに黒い何かが立っておりタイシが僅かに息を吐き隠しナイフのある手首に触れるもハッとし後ろを見てすぐに抱きつこうとした両腕を避ける。タイシが転がり壁に当たると汗を滲ませふらつく。
ーくそ。まだ本調子でもねえのに。ん?
その剣を持った男の背に光る糸のようなものがつけられており男が体をぎこちなく動かし、黒い何かがその腕を伸ばし指を動かす。
ー傀儡か。あとこいつ揉め事起こした貴族。
タイシが揉めていた操られているマーリス国の貴族の男を見る。その男の首に糸も巻かれており、黒いものが指を引くとその糸が首を締め血を流していく。操られている男が小さく呻くとタイシが冷や汗を流す。操る男が面白く笑むも突如糸が切れるとその目を見開き今度は口から血を吐く。その後ろに白い狼が男の腹に牙を噛み締めていた。
「白夜っ。捕まえとけっとっおっ」
倒れた男をタイシが支えるも共に倒れ操る男が苦しく白夜の顔を掴む。
「ま、じゅ」
『違う。従魔だ』
白夜が男を叩きつけすぐさま前足で抑えると吠えていく。すると兵士たちが駆けつけ、タイシがアーバインが来たのを見てほっとしすぐさま両者を運ぶよう伝えた。
朝ー。
ナターシャが顔を真っ赤にしミオがやや疲れ果てながらメイドに服を着せられていく。
「……その、まあ、ええと」
「悩みとか抱え込む人に多い症状だと、亡くなった母からきいたことがあります。あと、顎とか、歯に悪影響なのでお医者様に、ご相談した方がいいでふ」
ミオが思わず欠伸をするとナターシャがポツリと告げる。
「……今日お願いするわ」
ミオがそれを聞きコクっと頷き再び欠伸をした。
ー申し訳ありません。
タイシが頭を下げる兵士達と死体となった操り手の男を見る。
「いい。あと、遅延性の毒を最初から含んでたのなら見抜くのは無理だ。操られていた方は」
「はい。今朝方目を覚まされました」
「なら、食事を摂らせて落ち着いた所で聴取を頼む」
アルスランがその場にくるとタイシが牢の中で死んでいる男を見る。
「俺狙いで殺そうとはせず生かしたままどこかに連れて行こうとしたようです。あと、突然苦しみ出して死んだそうです。俺が調べたら内臓が壊死してましたので毒をはじめから飲んでいたと思います」
「ああ。死体の方は解剖しろ。男の身元を洗え」
「はい」
アルスランが去りタイシが気にせず頼むと見張の兵士たちへと告げアルスランの後を追った。
ヴィクトールがミオとミオに熱心に作法を教えるナターシャを見てどこか安堵をする。そこにバトラーの年配の男が来る。
「旦那様。アルスラン侯爵様がお尋ねに来られました」
「アルスラン殿が?応接室に通してくれ」
バトラーがはいと返事を返しヴィクトールもまた朝がその場を離れる。そして、応接室へとアルスランが通され待っていたヴィクトールの元へといき握手をし挨拶を交わすとお互いに席へと座る。
「昨夜はいささかうるさかったですな」
「ああ。あのもの達ですね。はい」
「あのもの達。イニエスタのもの達はいつからここに?」
「ええ。半月ほど前です。内戦が始まり民衆側の反乱が貴族と王室を追い込み始めた為に先にここへと逃亡してきたようです。あの3人の中にイニエスタ軍の副将軍もおります。まさか、指揮官が先に逃亡するとはと、ほとほと呆れましたね」
「そうでしたか。私はイニエスタ軍の方は疎いので分かりませんでしたな」
ヴィクトールがふっと笑う。
「そうですか。あと、お預かりしている方ですが娘が熱心に教えております」
「感謝いたします。私は役目を勤めることができない立場です」
「…もし、よければお聞きしても?かの方がなぜ2人であなたの元をお離れに?」
ヴィクトールが尋ね、アルスランが話す。
「あれは、優しすぎたのです。私はあのままいてくれても良かったと心から思っておりました。けれど、祖国はまだ差別がはびこおっており、私自身当時若造でしたので上からの圧力が他より強かったのです。あれはそのことを知っており、自身が障害となっていると分かり私の元を離れたのです。今でこそようやく落ち着きはしましたが、遅かったです」
「探そうとはされていたのですね」
「はい。思い当たるところは全て。しかし、イーロンにいたとは私も思いもしませんでした。あそこは本人にとってもあまりいい思い出のない場所でしたから」
「そうですか」
「ええ」
ーまあ、確かにイーロンを恨む国、人は多かった。ただ、あの生活。
「確か、イーロンはかの異世界のような街並みときいております」
「ええ。あれも話していました。だから、恐ろしいとも」
「恐ろしい?」
「一部を発展させるための人員はどこからくるのかと。あれが言うに、イーロンは禁忌の魔法に近い召喚術を使い異世界の扉を開きあちらのもの達を攫っていたと聞きました。あれもまたそのうちの1人。そして、タイシもまた同じ」
「天災ではなく?」
「いいえ。人の手によるものです。そして、こちらに召喚されたものは二度と彼方に帰ることは出来なくなる。召喚は赤子から老人まで多種多様。無作為に選ばれてここに来させるのです。あれは家族との旅行中に。タイシは祖父と山に野草を採りにいっている時に突然景色が変わり呼ばれたとのこと」
「いわば、家族がそばにいながらここに…」
「ええ。あれに関しては女であったこと。光属性の力が強かったことで聖女候補ですか。聞こえはいいですがいわば、イーロンのもの達の操り人形にさせられ、タイシは力が未覚醒で弱かったために奴隷として扱われたのです。力の弱いものは奴隷。その後は狩の的にされた。イーロンの全てが悪いわけではない。ただ、あちらの世界から召喚された者たちの行末。そして、あの街自体が異界の国の偽造された街。この世界の資源。自然に大きな影響を及ぼしてきた街なので我々は全てを壊したのです」
「鉱物や油をめぐりイーロンは謀略をしておりましたからな」
「ええ。それらもまたあの街。そして、自らの楽な暮らしの為にです。あの街の使われたものを自然に戻し戻るには何千年と言う歳月が必要です」
「途方もないですな…」
「ええ。ただ、異界ではその生活をしているのです。しかしここは異界ではなく我々が暮らす世界。一部でもそのような場所があれば世界の秩序が全て変わる。我々もどうなるかわからない事態になりかねない状態となりましたからな」
ヴィクトールが頷きアルスランが話す。
「あれは、突然家族と別れ見知らぬ者達から使われていた事で苦しんでおりました。タイシもまた同じ。尊敬し愛していた祖父と別れ悲しい思いをしたと話しておりました」
「ええ。あと、失礼ですがタイシ殿はご両親は?」
「あれの話では愛されていなかったと言うことです。生みの母からも冷遇され生みの母の2番目の父親からは暴言、暴行を受け、弟からも見下され父親自ら暴行させるような嘘を吐かれていたと。唯一味方でいたのが生みの母の実の父。タイシにとっての祖父だけだったと聴きました」
「ひどい家庭環境にいたのですな」
「ええ。ただ、あれはそうではなかったようです。私といた時もまた両親と妹に会いたいと帰りたいと話しておりました。あれにとって家族は大切な存在だったのです」
「それが突然拉致されてしまったと言うことなのですね」
「ええ。ごく稀にではありますが夢に出ては泣いておりました」
ヴィクトールが頷きアルスランが話す。
「これを、あの子が知っているかは私にはわかりません。ただ、あれがあの子に残しているものもあるのでもしかしたら話したかもしれません。そして、タイシからの話から厳しくも優しい母として接してきたようです」
「ええ。あの子を見ればわかります」
アルスランが頷く。
「半年の間ではありますがあの子の事をよろしくお願いしたい」
アルスランが頭を下げヴィクトールが驚くも息をつきはいと返事を返した。
マルクールが医務室のベッドでぐったりと横たわっていた。そこにタイシが来るとタイシが話す。
「あの鬼教官の部下に鍛えられたんだって」
「ほ、んと、そう…」
「ああ。2日は休んでいいからな」
「は、い」
「ああ。で、また2日後は掃除を頼む」
「りょ、かい。そ、っちが、まだ、いい、っす」
「なんだまた掃除か」
マルクールが冷や汗を流し、タイシがやれやれとしながらドミニクを見る。
「マルクールは初めから兵士として鍛えてませんから」
「だとしても野朗として鍛えてるところはあるだろ」
マルクールがないないと頭を僅かにふり、タイシが話す。
「魔術を専門にしてきてるからないですよ。あと、何かわかりましたか?」
「まだだな。ちなみにタイシ。昨日呪いを公開しただろう?」
「どうせ噂で広まってるなら知っても同じと思いまして。まあ、ヤケもあって見せました」
「ああ。あれからになる」
ドミニクがタイシの肩を腕を回し面白く話す。
「貴族どもがこぞって競争しているぞ。呪いを解く方法を我が先に見つけるためにと」
「はあ?」
「あー、なんとなく、分かりますね」
マルクールがそれを聞きタイシ達へと話す。
「そこの若はここで相当モテてますから。ご令嬢から。そして、異界人ってのはもちろん知らながら。と言うかむしろますます欲しいと言うほどですから」
「なぜ?」
「いやなぜって、元は黒髪黒目の肌白いでしょ?この世界にそんな人種いやしませんし、まー顔も俺らと違う作りでもあるけどいいじゃないですか。だからその見た目欲しさにまず一つ。続いて強さ。名声。あと、アストレイ最強軍の指揮官とされるアルスラン将軍の養子となっている。貴族のご令嬢もですけど父親他にとってもこれ以上美味しい物件ないじゃないですか」
タイシが顔をしかめドミニクが頷く。
「後は知恵と人徳、人脈だな」
「ええ。なんかきいた話。どこかの国の皇太子さんとも仲良いとか」
「あー」
「そうだ。たまに会いに行っては話し相手をする」
「ええ。だから、美味しい物件。そりゃあ、解呪が分かればそっちだって喜ぶでしょ?そして、その代わりにって言うのをつけてくるのが筋ですよ」
タイシが嫌そうにする。
「だな。どうする?」
「どうするも何も、それより早く自分でなんとかしなくちゃと言う焦りが出始めましたよ」
「自分でまいた種だろうが」
「それでそう言う結果になると誰が思いますか」
「貴族ってのは馬鹿ばっかだからな」
ドミニクが面白くタイシから腕を外す。
「早速熱いラブレターが大量に来てアーバインたちを困らせてるぞ。ほらいけ」
「まじか…。わかりました」
タイシが急ぎ部屋を出る。
「どんだけきたんですか?」
「数数えられねえくらいだ。あいつは自分が人気者だって自覚とことんねえからな」
「…なんかそれはそれで腹が立つ」
「と言っても人気者に築き上げたのはあいつ自身の力だ。で、ちょいと確認したい」
「なんですか?」
ドミニクが近づき話す。
「ガルダにあったと言ったな」
「あーまあ」
「奴の背中に何かなかったか?」
「背中?」
「ああ」
「ありましたよ。人影」
ドミニクがパンと手を叩きやや興奮する。
「やはりな」
「あれ、天災と言うより人が乗って操ってるようなやつですよね?」
「ああそうだ。あと、俺の目に間違いはなかった」
「は?」
ドミニクが片目を指差す。
「これはガルダによって受けた傷だ。まだ若い頃だ。俺も奴の行く先にいて巻き込まれたんだ。アストレイ軍のまだ下っ端だった時、遠征からの帰り途中で奴と出くわし俺以外全滅した。俺が無事だったのは悪運が良かったのと見栄張って重い甲冑着込んでたおかげだ。それでも、この目の傷以外に体は至る所大火傷で半月は意識がほぼなかったって話だ。俺自身もその後の治療で5年はかかったからな」
「ならその腕も義手なのはそのせいですか?」
ドミニクがにいとする。
「ああ。そうだ。だから俺にとって奴は敵討ちの相手だ。そして、俺が見たのに間違いはなかったな。人影があったということだ」
マルクールが頷きドミニクが足を叩き立ち上がる。
「ま、分かったところで奴が今どこで何をしているか分からないがな。それじゃあな」
ドミニクが出ていきマルクールが見届けるとやっぱりあれ人乗ってたのかと思った。
「嘘だろ……」
大量の手紙に巻き物が宿舎に届いており魔術師達が術を使い問題ないかせっせと確認していた。そしてアーバインが困惑しつつ話す。
「早朝から届けられて今もまだ来るのです」
「おいおい……」
「タイシ様。検分が終わったものからお目通しください」
マルクルが箱に入った手紙を向けるとタイシが顔をしかめながら分かったと返した。
ータイシ子爵殿。お身体のお具合は。
ー父から聞いていてもたっても。
ー私と結婚されたらすぐさまお探し申し上げられます。
タイシがうんざりとしタイシが読み終え許可をもらった手紙をアーバインとマルクルが見ていく。
「どれもこれも似たような文ですな」
「ああ…。て言うかなんで俺こんななのに求めてんだ…」
「こんななのでしたらここまできませんから」
マルクルがやれやれと突っ込みタイシがはあとため息をする。
「奥さんに恋文出して、そして告白も文面で出して喜ばせたマルクルから見ての評価はどうなんだ?」
「い、まは関係ないじゃないですかっ」
「私は男ならガツンと正面きって言えと言ったのですがね」
「何が正面切ってだ。母さんの話だと何度もすれ違ったふりしては声かけてたんだろうが」
「そ、そんなわけあるかっ」
2人が騒ぎ出しタイシが気にせず見ていく。
「ほおら。俺が話した通りだったろタイシ?」
「はあ。ええ」
ドミニクが面白く告げくる。その隣にアルスランがおりその光景を見てやれやれとする。
「将軍。どうします?」
「緊急の手紙以外一旦止めるように指示を」
「はっ」
「ようやくまともな手紙だ」
「どう?」
「魔導局から。研究もかねて俺の呪いを見せてほしいとの事です」
タイシが手紙をアルスランへと向けアルスランが受け取り見ていく。
「ハリーもいると思うので行ってみます」
「ああ」
「なら、マルクールも連れて行ったらどうだ?」
「んー、まあ、本人に確認してから連れて行きます。そうしたら3日ほど開けます。確か二週間の滞在でしたよね?」
「ああ。なのでまだその頃にはいる。まだ報告はないがサジも連れてくるかもしれんしな」
「分かりました。そうしたらまずはーー」
「手紙はこの文通親子に確認させとけ。得意だからな」
「文通はしておりませんっ」
「お前達父子はだが、今でも細君としているだろう親子で?なら、その恋文の評価をつけて後で報告すればいいさ」
「…別に今はしておりませんけど」
アーバインがぶつくさといい、マルクルがダンマリとするとドミニクが楽しくマルクルの肩を叩いた途端マルクルがわずかに赤くしていた顔をさらに赤めぐっと口に力を込めた。
「背筋」
ミオが背中をまっすぐにし、そして足も綺麗に揃える。ナターシャがそのミオの頭に本を一冊乗せミオが慎重に準備された床の上に置かれた紐を確認しつつ姿勢良く歩く練習を行う。
「これで、よく、歩けるん、です、か?」
「意識。集中」
ミオがぎこちなく歩きながらもたどり着くが再び歩かされていく。そして、昼食、文章、数字の勉強。ダンスの練習などを目まぐるしく行った。
ー教会はお休みもあって……。
部屋に戻ったミオがやや疲れ果てながら椅子に座っていた。
ーお洗濯と、後小さな子と遊んだらご飯とおやつ。
くううとお腹がなるとミオがお腹に触る。
ー貴族の人達って…いつもこんな生活してるのかな…。
扉がノックされナターシャが中へと入る。
「ミオさん」
「は、はい」
ミオがすぐに立ち上がるとくうううと腹の根も鳴り響く。ミオが顔をみるみる赤くさせ項垂れる。
「ダンスの後は特にお腹が減るものね。こっちにいらっしゃい」
「はい…」
ナターシャが頷きミオを連れて部屋を出る。そして中庭へとくるとミオが手入れされた中庭を見渡しながら花に囲まれた母屋にたどり着く。そこにクッキーやケーキなどのスイーツと紅茶などが用意されておりミオが目を輝かせナターシャがそれを見てふっふっと小さく笑い教えた通りに食べましょうと告げるとミオがはいとやや明るく返事を返した。
タイシがマルクールと護衛としてステラを連れ魔法陣の上に立つ。すると薄暗い部屋の景色が変わり天井高く明るい部屋へとくる。その周りには柵と見張であろう魔術師達が5名おりマルクールが驚きながら周りを見渡す。
「こんにちは。お約束ですか?」
「ああ。これ通行証と招待の手紙だ」
「はい」
「ここが魔導局?」
「いや。ここはその領地内だ。後は子竜に乗らないとダメだ。そうでなければ降り立たない」
「え?でも、俺もですよ。遠目から見た感じ歩いて中に入ってる人もいましたけど?」
「あれは事務的なもの達しか入れない。魔導局の入り口は地上から十メートルほど離れている。そして、その下の建物と魔導局の建物とは完全に別離していてな。だから、一つの建物にもう一つの建物が乗っかっている形なんだ」
「へえ」
「なら、まっすぐ進まれてください」
「ああ」
「あと、魔導局は一般的に王でも簡単に入れない。魔導局のものから許されない限りはな」
「まじですか。へえ」
タイシの後を2人が追う。そして、子竜達がいるテラスへとくるとそこで世話をする魔術師に招待状を見せた後小竜へとまたがり空を飛び巨大なヨーロッパの作りを思わせる建物へと向かう。その後その建物の子竜達がまたいるテラスへとくると子龍達が降り立ちタイシが目を輝かせる女魔術師達に見られながら招待状を見せる。マルクールが熱い視線を送る魔術師達を見てステラへと話す。
「ここでもとある若様はもてるんですか?」
「ああ。術師としての力もある。あと、他の男達と違って嫌な思いをさせないからだろうな。ちなみにあれはとんでもなく鈍感でようやく徐々に気付き初めて来ていると、感じてはいる」
「いや鈍感すぎるでしょ」
「局長がまず会いたいそうです」
「え?」
「分かった。なら行くぞ」
タイシがはいと返事を返し老齢の魔術師の後をおい2人と共にその場を離れた。
「おお。よくきたな」
黒いケープに金の帯をつけ長い髭を生やし丸メガネをかけたひょろっこい老人が野菜や肉を乗せた籠を両手で抱え見せながらタイシたちを出迎える。その隣に同じく丸メガネの金髪に黒いケープにこちらは青帯の青年が楽しく現れ話す。
「待ってたよタイシ」
「はあ。なら作ってからでいいですか?」
「うむ」
タイシがやれやれとし籠を受け取り奥へと向かう。
「なにすんですか?は?」
「鍋じゃ」
「は?」
「タイシの故郷の料理なんだよ。そろそろ食べたいなと思ってた時だったから」
「うむ」
マルクールが呆れステラが話す。
「たまにこの鍋だけを作らせるために呼ばれたりするからな。あいつもお節介なところがある」
「お節介すぎんでしょ。あと、えー、若さんは料理得意なんですか?」
「ああ」
「得意じゃな。うまいし」
「これももての必見だね。本人は無自覚なんだけどここでも魔術師の女の子達に持て囃されてるんだよ」
「わしの孫娘もその内の1人でな」
「えー、局長さん、ですか?」
「そうだ。オーガンと言う。さあてまず、そちらの手の甲を見せてくれ。手紙にもかいてたし聞いてただろう?」
マルクールがため息しはいと返事を返し手を向けるとオーガンと青年が見ていく。
「えーちなみにどなたさん?」
「孫息子1のハリー。祖父の局長の世話と助手してるんだ」
「ああ。孫達の中で一番優秀でな。この年でもう上級魔術師だ」
「えーと、その区分というか、区別はその青帯とかで?」
オーガンがマルクールの手を見ながらうむと答えハリーが話す。
「そう。局長が金。副局長が銀。続いて茶色が最上級魔術師。青が上級。黄色が中級。緑が初級で白が見習い。上級になるには召喚術の上位精霊を召喚して上手く使役できたら取れるんだ。最上級になると悪魔との契約が可能になる」
「ああ。精霊と違い悪魔の召喚は計り知れない代償と知恵、力が必要だ。その代償をどうするかを考えて呼ばなければならない。悪魔は呼ぶのは簡単だ。そして呪いも付与する事が出来るが、その重みをいかに背負うかが問題だ。その代わり精霊はそれはないが温和なものから気ままなものまだ多種多様。4元素の精霊達をうまく使役できたら上級者になれる」
「そう」
マルクールがへえと声を出すがオーガンが目を光らせる。
「面白いな。土と風がうまく混ざった術式だ」
「はい。でも、片方ずつの使役は難しそうですね」
「ああ。だが、2大元素を合わせた魔術を使う方が無理難題だ。しかしこれはそれを可能としている」
オーガンがマルクールの手に手を重なる。
「オーガンの名において、眠れる力よ少しばかり目覚めたまえ」
手の甲が光砂と風が僅かに舞う。
「ほう。これは中々」
「へえ」
「つかそれで術出せるってすげえな」
「ほっほっほっ」
「そりゃ魔導局の局長ですから」
「準備できましたよ」
2人がすぐさまタイシを振り向くとスタコラと向かう。
「良い肉だったんで割下作ってすき焼きにしましたから」
「それは良いなあ」
「最初は抵抗あったけど美味いんだよねえ」
2人がタイシの後に続くとマルクールが呆れるがステラが行くぞと告げ進みマルクールが本当これでいいんかと小声でつぶやいた。
ーうまっ。
マルクールがといた生卵に濃いめの味付けをした肉や野菜をつけ夢中で食べる。そして、オーガンとハリー、ステラもまた食べたいき、タイシが個々人の皿へと野菜などをつぎ分ける作業を行う。
「いやー、タイシの毒とかを判別する力はいいよね」
「そうだな。おかげで生卵で腹を壊す心配もない」
ー毒を判別?
マルクールが食べながら目を丸くし、タイシが話す。
「しっかりたまごの殻を洗浄して適した温度のところに置けばそれだけで十分防げるんですけどね」
「うむ」
「そうだけど、僕たちが実際育てるわけじゃ直し、育ててるところに言っても面倒臭いと言われてあしらわれるから」
「ああ。まあ、生食文化は俺のところでも俺が住んでた国くらいしかなかったからな」
「その生で食べるのもすごいけどわざわざ毒を持つ魚の毒を抜き取ったり、除去したりして食べるって話を聞いた時は驚いたよ」
「ああ。美味いものを求めるならという先人達の欲が現代に受け継がれたんだ」
「よくやるよね」
「食に関して研究熱心だったんじゃよ。さあてと食べながらで見せてみろ」
タイシが包帯をほどき手を見せる。そして、オーガンが抵抗なく素手で触る。
「なるほどな。確かにダークエルフの力を感じるな。しかしか、ふむ」
オーガンがメガネを軽くあげる。
「多少許しているところはある」
「許す?」
「ああ。この呪いを受けて夢をよく見ているな」
「はい。まあ、俺の過去の夢ですね」
「ああ。この呪いは幸せな夢をも破壊するが、お前は幼き頃からそうではなかったと聞いたからな。幸せと思う時間は全て実の家族が日々持ち去っていた」
マルクールがふむと考え、ステラが話す。
「虐待を受けていたんだタイシは。実の母。そして病死した父に2番目の父からも誰からもな」
「嘘。え?」
マルクールが驚き、オーガンが話す。
「唯一の理解者は祖父だけだったそうだ。そしてその祖父はここで言う聖職者と同じような職についておりタイシにもまたその教えを受けている。それが一番功をなしているようだな。この呪い。先立ち聞いたところによればダークエルフとなったサイと聞く。サイは聖女と言われた葵に心奪われていた。そしてその葵もまた聖職者の父を持ち、また別の宗教の習わしを学んでいた。その習わしがタイシが祖父より教えてもらったものと似ている。そして、同じ国の出身者。色々と似た傾向があるので呪い自体が迷っているな」
「迷うって、というと?」
ハリーが尋ねオーガンが髭を撫でる。
「呪いが呪いに抵抗していると言うことだ。本来の死の呪いならば当に心臓に辿り着き死んでいるはず。それだけ危険極まりない呪いのようだ。だが、この呪いは呪いに抵抗している。なので未だここまでしか侵食されていない」
オーガンが手首に触れる。
「ダークエルフの呪いを解くにはちと難解だな。何せ全員一週間内に死んでおる」
「実際にあったってことですか?」
「ああ。過去の文献に載っていた」
「うん。だから、タイシはとうに死んでてもおかしくないのになんでかなって話しててさ」
「うむ。まあ、異界人だからだろうと思ったがどうもそうではないようだ。呪いは術者の精神にも反映される。なので、これはサイが自ら掛けた呪いだが、サイがお前に対し罪悪感を持った為に遅くさせているわけだ。術者が死んだとしても呪いは術者の考え。意思を受け継ぎ宿主を蝕む。だが、お前の場合蝕んでいるどころか対抗しておくらせているわけだりまあそれでも時間はあるからな」
「ちなみに解く方法は?」
「本来なら一週間内で死ぬ呪い。そして死んだら呪いも消えるので、といえばわかるだろ?」
タイシがため息をし、オーガンが話す。
「呪いについてまずわかったことは術者の意思。想いの影響を強く受ける呪いであると言うことだ」
オーガンが手を離し茶を飲む。
「呪いは大抵術者の影響は受けるがそれでもわずかなもの。わずかと言うのは呪いたいものに呪いを放つというその命令と指示のみ。力については呪いの術式や方法によって変わる。しかしその呪いは誰かに向かって罰を与えながら死に至らせる呪い。つまり、初めから呪いたいと言うわけではなく、呪えたら。八つ当たりに近い。なので他の呪いとは違う傾向にあれば、術者の意識を持ち続けている呪いだ。わしとしてはだ。解呪というよりも呪いと語る方法を探せば良いと思う。お前の師が話したオオオサと言う言葉。おそらくエルフかもしれんがもっと別の意味を持った言葉かもしれん。その呪いを知るものは恐らくいないと言ってもいい。受けたものはすぐに死んでおり、わしらも調べようとはしたがその痕跡は消えてしまいない。あと、わしが生きてきた中でダークエルフの呪いを受けたものは3人だ。そしてその内その呪いを与えたダークエルフは2人生きておるはず。ダークエルフへと堕ちる条件はわが子を殺す事」
マルクールが驚き、ステラが頷く。
「その後は常に誰かに対する憎しみの感情しか持たぬ者へと変わる。なのでエルフ達は子を大切にし慈しんでいれば我が子、己自身がそうならぬようお互いが気をつけあってもいると聞いた。そして、お前に対する呪いの遅れは、サイの想い人、聖女葵と似た点があるところ。お前の子供の頃の経緯。あとは、お前は聖女葵の遺体を埋めていた地面から掘り返しただろう」
「え?それ本当?」
「ああ。頼まれたんだ。そして、確認したら体は病でほぼ蝕まれていた」
ハリーが頷き、オーガンが髭を撫でる。
「その時も見たのだろうな。呪いがお前の記憶を辿ってその最後の状態を。そして、アルスラン、か。最後に会えずに死に別れをしたことに、まあ、それだけでも報われたと思っているに違いないな。なのでそれらの事情を意思を持った呪いが判断して呪いを遅くさせているようだ。あとは言えば早く解いて生きろとも言えよう」
「はあ…。でもなんか、納得しないような気もしないわけではないんですけど…」
「しかしわしが感じたのはそれじゃ」
タイシが複雑そうにし、オーガンがじいいとタイシを見て再び今度は左手を握る。
「仕方がないの。では夜も何か作ってくれ。もう、こやつらが全て食べてしまったからな」
「あ、すんません」
「いただいた」
「もうちょっと材料用意したらよかったな。後夜は酒のつまみになるのがいい」
「わしはあのやわらかいユドーフの餡掛けを食べたいのお」
「あー、あれは前準備が必要なので。その代わり揚げ巾着は出来ますよ」
「むう。ならばそれでいこうかの。またユドーフは楽しみにしておる」
「ええ」
オーガンがよしよしと頷く。
「タイシの守護者よ。わしと語り合おうぞ」
タイシの背後が僅かにぼわあと光が止まり即座に消えるとオーガンが眉を寄せあごを撫でる。
「あ、じいちゃんが顎を撫でた」
「は?」
「非常に変わったことが起きてるとか危機的状況の時はあごを撫でる癖があるんだよ。あとは髭」
「わしは自覚ないんだがなあ。あと、ふむ。また面白い」
オーガンが手を離す。
「どうやら、サイの魂がお前に取り憑いておる」
「え?」
「なに?」
ステラが驚き、オーガンが話す。
「ミオか。その子に悟られたようだ。つまり、己の事を読まれたと言うわけだ。死んだ後に直接魂に触れられた為に己の想いを読まれ、悟られた。そして、おそらくそこでもまたミオの記憶をサイも見たのだろう。葵と過ごすミオの事を。自分が思ったような暮らしはしておらず、2人もまた大変な苦労をしながら生きてきたと言うこと。葵の病気。病気の葵に変わり働くミオ。あとは、葵や村の最後。己が村を破壊したその事を重ね、子を重ね、その魂も苦しんでいる。そしてお前に恨むがまま呪いをかけてしまった。お前もまた同じ幼少期を苦しんだと言うのにだ。生前のサイは人が好きで特に子を可愛がっていたエルフだった。なので尚更苦しんでいる。衝動的とはいえ我が子を殺めてしまったことに。そして、堕ちた後にお前達に対し苦しみを与えたこと。関係のないもの達を死なせたこと。今魂がついているのは少しでも罪滅ぼしをしたいと思ってついているのだろうな。呪いの遅れもその魂が呪いの意思の想いと強まったが故に遅くなっていれば少しでも食い止めなければと言う思いがある。お前の記憶が夢に出てくるのはその呪いのいわば特徴の一つなので止めるのは難しい。だが、死の時間を近づかさせないように止めるのは出来ると言うことで、今この状態で進行が進んでいないと言うわけだ」
タイシが頷きオーガンがじいとその納得したタイシを見る。
「なんとなく、見えたりしていたか?」
「普段は全く。ただ夜になると何かがいるという。けれど、攻撃的なものはない。寧ろ危険が及んだ場合教えてもくれましたから」
「そうか。なら、お前にとって呪ってくれた相手ではあるが今は少しでも償いたいと言う思いでそばにいる。呪いが消えたらおそらくサイもまた消える。魂は強く心残りがあれば留まるからな。今の心残りはお前に対する償いの意思だ」
タイシが頷きオーガンが話す。
「タイシ。お前は本当に運がいい子だ。運を味方にし生きるのもまたいい。ただ。その運を悪運に変わらぬよう注意はしておくんだぞ。よいな?^_^」
「はい」
「ああ。なら、さて…」
オーガンが空になった鍋を見てしょんぼりとする。
「もう少し食べてから調べれば良かったのお」
「じいちゃんご馳走様」
「こやつめ……」
「中身は分かったところで、あとはサジだな。イオ」
オーガンがああと声を出す。
「イオなら来ておるぞ」
「え?」
「サジもだ。その件ではないか?」
タイシが頷きステラがここに呼べるかと尋ねるとオーガンが良いぞと頷いた。
中庭にてー。
ータイシさんがお料理?
2人が談笑をする中、ミオが驚きナターシャが嬉々とし頷く。
「そうです。タイシ様の故郷のお料理を頂きました。トーフと言うもので豆から作られているとお聞きしましたときは驚きましたがとても滑らかで美味しかったのですよ」
「豆から?」
「はい。形は白く柔らかくほのかな自然の甘みがありました」
「白くて、柔らかい…」
ミオが首を傾げ、ナターシャが話す。
「そのご様子ですと旅をなさっておられる時はタイシ様はお料理をされなかったのですね」
「はい。私かエリスさん。あとは、一度だけサイモンさんが教会で食べられる保存食と言うものを作られたのを食べました」
「教会で食べる保存食というものがあるのですか?」
「はい。木の実を蜂蜜を使って熱して練り固めて干したものです。エリスさんのエルフの方々が作られる保存食と似ていると言われてました」
「はい。あと、木の実やはちみつを使われているならとてもお腹持ちが良い物ですね」
「そうなんです。大きさは小さかったのですが食べたらお腹が中々空かなくて。教会の方は巡業などの時に持っていかれるそうです」
「ええ」
「失礼致します」
老齢の従者がその場へとくる。
「お嬢様方。講師の方がお見えになられました」
「分かったわ。なら、次のレッスンに行きましょう」
「はい」
ミオが片付けようとしたがすぐさまナターシャがしないと止める。ミオがそわつくもメイド達の仕事になるからと告げすぐさまミオを連れ屋敷内へと戻った。