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スーツマンとジュースマン

 ──お客さんと話している時は話かけないこと。

 

 仕事中のお母さんに何回も言われていた私は、家の近くにある石に座って待つことにする。


 「何人いるんだろう。いーち、にーい──」

 

 指を折り曲げて数えていたが、お尻が痛くなり途中で数えるのをやめて、違う座る場所を探していると、お爺さんが歩いてきた。


 「賢治、先に休憩室行ってジュース飲んで待っててくれんか」


 「うん! 今日はスーツマンが沢山泊まりにきたね」


 お爺さんは無表情で何も言わずうなづき、もう一度スーツマンの元に戻っていった。


 「ジュースだ、ジュース! いそげ、いそげ!」

 

 石からピョンと飛び降りて旅館の中に入ると、あちこちにスーツマンが、大勢いて驚いた。


 熊の剥製を通り越して薄暗い調理場の前の道を通るとき、いつも料理を作ってるお喋り叔父さんに「今日は朝からお泊りする人が多いんだね」と話しかけても「そうだね」と言うだけで、スーツマンと一緒にどこかに歩いていく。

 

 今日は全然話さないなんて変なのと思ったが、突きあたりにある赤い冷蔵庫の前にたどり着く頃には、美味しいジュースが今から飲めるんだという事ばかりで、頭は一杯になっていた。

 

 ケースの中には、お酒とお茶。そしてジュースがよく冷えて綺麗に並ぶ棚から、きいろいジュースを前から一本取り出す。

 いつもはお爺さんが冷蔵庫の横に合体してある栓抜きに引っ掛けて落としてくれるのだが、今日は誰も栓を開ける人がいなかった。


 お仕事中だから邪魔しては行けないからと、自分でやってみるのだが全然上手くいかない。

 何度も何度も試してガチャガチャと、うるさくしていると人の良さそうな若いスーツマンが出入り口から顔を出した。

 

 若いスーツマンは「栓を抜きたいのかい? やってあげよう」と、私から瓶を取ると、カチャンと一瞬に栓を外してくれた。


 「おぉー、すごーい!」

 

 あまりに簡単に開けるので、この人は特別にジュースマンって呼ぶことにした。もちろん心の中でだが。


 「ありがとぉー」


 ジュースマンにお礼を言い、両手で持ちながら慎重に来た道を戻る。

 

 何度も途中でこぼした経験があるため、ゆっくりと歩いて無事に休憩室にたどり着くころには、瓶のフチに霜が付いていた。

 

 部屋には誰もおらず、畳に座って冷たいジュースを飲むと、ゴクッ、ゴクッ! と音が部屋中に響く。

 今日の旅館は朝から賑わっているが、この部屋だけはカチコチと柱時計が聞こえるほど別世界の様に静かだった。


 ふと、壁沿いにはテレビが置いてあるのが目に入る。

 ドアの取手みたいな部分を回すと画面の中が変わっていくのが面白いのだが触らせてもらった事がない。

 私が触ると画面が映らなくなるって言っていた。

 こわごわとテレビに近づくと、ガラスには自分がうっすら写っている。


 大人達は確かここら辺を触っていたな──、恐る恐る飛びでた部分を押したり引いたりしてみると、突然“ブーン”って音が鳴り驚いてテレビから距離をとった。

 壊れたのかなと、じっと見ていると箱の中に人が徐々に浮かび上がってくる。


 「ついた、ついた! あー、ここにもスーツマンが沢山いる!」

 

 初めてテレビを自分で動かした事に興奮してとても喜んだ。

 画面に近づいて他の部分も触ろうとした時、「賢治くん。奥田賢治くんは、いるかい?」突然、名前を呼ばれたので体をすくめる。ゆっくり後ろを振り向くと、さっき出会った若いジュースマンが立っていた。


 「ごめんごめん、驚かしたい? 君はさっきのジュースの子だね。奧田賢治くんで、あってるかな?」


 「ごめんなさい……」


 「どうしたんだい?」


 「テレビ……」


 「ああ、そうか。テレビを触ったのを怒ってるんじゃないよ。君のお爺さんが玄関近くのロビーで座って待っているから呼びにきたんだ」


 そう言ってニコッと笑うとジュースマンは、テレビを消した。

 

 私は直ぐにでも、お爺さんの元に走っていきたかったが、テレビを触ったこと言われたらどうしようと悩んでモジモジしていると、ジュースマンは、またニコッと笑って、「誰かテレビをつけっぱなしにしていたのを消そうとしてくれたんだね。ありがとう」と言ってくれたので「うん、うん!」と答えると休憩所に向かって、逃げだした。

 

 ──あと一口残ってたけれど

 

 一瞬そんな事を考えたが、嘘をついた自分が恥ずかしくて、大好きなジュースを置き去りにしてでも、その場から離れたかったのだ。

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